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悪役令嬢が処刑された後  作者: load
第四歩は果てぬ熱情です
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71.犠牲

 森を抜け出した一行は、辺境地の前で合流した。レッタが気を利かせて車いすを持って来てくれていたので、セーヴはインステードを下ろして彼女をそこに座らせる。

 インステードの頭からは、延々とエリーヴァスの最期の言葉が離れなかった。

 セーヴらがエリーヴァスの犠牲を説明し、皆を鼓舞した事。レイナが自分をテントまで連れて行ってくれて、今までずっと寄り添ってくれていること。

 アリスが泣くことも笑うこともせず、何かを抑えるかのように今ひたすら訓練をしまくっていて危うい状況である事。そしてその訓練をレンが見守っている。

 セーヴはシスティナ、そしてレイと共に辺境地の防衛を強化しながら、千里眼や索敵で敵の動向を遠距離から確認できないか試みていた。

 フレードはレッタと共に、怯えたり不安になる兵士達を元気づけるため一人一人に声をかけて回っている。

 そして、『慈善盗賊フィオナ軍』のリーダーは、今一度レンに引き継がれた。


 ――そんなことを今更レイナに聞かされるまで、インステードは知りもしなかったのだ。自分の思考に閉じこもって、現状を理解する余裕がなかった。まだ、何もかもが追い付いていない。


「好き……わたしが、わたしなんかが……?」


 うわごとのようにつぶやく。インステードは、自分の視界がかなり狭いことを昔から一応自覚してはいた。

 自分と、自分の大事な人、大事なものだけを見据えて生きていて。ずっとずっと過去はこの帝国を守るため、四大剣聖である仲間と共に――なんて、バカみたいに明るい視線で世界を見たこともあったが、そんなことはもう思い出したくもない。

 自分の大事なものは、ティアーナやセーヴと過ごせる時間。

 大切な人は、ティアーナとセーヴの二人だけ。あとはもうなくてもいい。どうでもいい。ただ小さな幸せがあれば、それでよかった。

 抱えるものが大きければ大きいほど、失う時が辛いから。


(でも、ティアーナさんがいなくなって……みんなで、復讐をして……わたしは、また、仲間を見つけたの……。でも、少し怖かった。もうこれ以上失いたくないって思った……セーヴに、あいつに、『ティアーナを忘れたのか』と言われた時、凄く凄く痛いくらいに自覚して……。また、わたしはほかの事に目もくれず復讐の一点だけを見つめた……)


 ひたすら前へ、前へ。

 セーヴ以外ならもう何を失ってもいい、この身が削がれてもいい。ただ視線の先を復讐に定めて――、だけれど。

 自分に向かって手を伸ばしてくれた者が、いた。

 ティアーナの復讐を。そしてセーヴへの想いばかりに注目していたインステードは、伸ばされる手を無意識に振り払い続けていたのだ。


(でも、そうしなければ、楽しくて復讐の想いが消えちゃうんじゃないかって、そう思うのも確かで……。だからセーヴの言葉も間違ってなんかいないの。あの時は邪神に精神を支配されかけたみたいだけど……あの言葉は、響いたの。悪いのは……全部に目を向けられない、わたし……)


「――さん、インステードさん」


 ただただ自分を責めるばかりの思考になっていって、しかしふと、穏やかで優しい声が耳に届いた。

 もちろん、レイナの声だろう。

 ここにはレイナしかいない。他の皆も気を利かせて近くへ来ない事を、インステードは察していた。察する余裕が、ほんの少し生まれているということでもあるだろうが。


「いつものインステードさんは、どこへ行ったのですか」

「……え、ぁ」


 名前を呼んだ優しい声とは裏腹に、ほんの少し強い口調で語りかけられる。


「……いつだって最前線で戦ってくださって。セーヴさんがピンチの時には颯爽と救出されて。いつも頼りになりますし、砕けぬ強い想いを抱えていらっしゃる」

「ぁう」

「かっこいいんです。そんなインステードさんは、凄くかっこいいんです」

「え……」

「だから、エリーヴァスさんもお命を賭けたんです。それなのにそのインステードさんが前を向けず、この事で延々と下を向いていてどうするのですか? グレイズさんも、エリーヴァスさんも、それを望んでいらっしゃらないと思います。誰もがティアーナさんのために集う中、彼らだってティアーナさんのために散ったのですから」

「……そう……」

「――そうだよ、インステードちゃん」


 レイナの言葉に心が揺らいで、頷きかけた時。その背中を押すかのように響いたのは、セーヴの声だった。

 レイナは全てを分かっていたかのように、す、と後ろに下がる。

 セーヴはテントの中に入ることはせず、入り口の前にしゃがんでインステードを見ていた。


「全部見てられないのは、人間だし当然だよ。どこかに肩入れしちゃうし、……思い出はいつまでも色鮮やかでいられるものじゃない。ティアーナに思いをはせるのも、仲間とはしゃいで楽しんでしまうのも、全部間違ってないよ。あの時の僕はちょっと、いやかなり昂った状態とプラス邪神の支配で話していたけど……こんなに全力で戦ってる人を見てさ、『過去を忘れるのか』だとか、言っちゃいけない事だと思ってる。ごめんね、インステードちゃん」

「ぁ、あ……で、でも、わたし……」

「それと、贖罪だとか、誰が悪いだとか……。それこそ、今は目を向けるべきじゃない。仲間の事も考えながら、ただ復讐を目指そう。あ、それと……インステードちゃんは、いつでも格好いいよ」

「ッ!? あ、ぅ、わ、分かったの、ありがとうなの、うん」


 インステードの思考を読みでもしたのか、あの邪神に支配されたときの話をするセーヴ。ずっと気にしていたのか、少し気まずそうな謝罪が告げられた。

 それでもセーヴは前を向いている。業火を全部背負って、しかし復讐を絶対に成し遂げるという覚悟が、彼の中で完全に形成されたのだろう。

 ちょっと、いやすごく照れる台詞と共に希望も沸き上がってきたが、インステードの覚悟が少し遅れていることも事実。もっと精進せねばならない。それは、復讐のためだけではない。これ以上仲間を失わないためにも。


「それじゃあ、レイナさん、僕は今からアリスちゃんのところへ行くんだけど……」

「……私も行かせていただいても?」

「もちろん。それじゃあ」

「はい。失礼します、インステードさん」


 ほんの少しわたわた、と不器用な雰囲気をぷんぷん醸し出しながら、レイナと共に去って行くセーヴ。

 体操座りでテントに残されたインステードは、顔を膝にうずめて。


「……へたくそ」


 そう、頬を膨らませて呟いたが、その表情はどう見ても喜んでいる。

 先ほどのセーヴの行動は、『インステードちゃんを一人にしてあげて』というものに違いない。レイナも、それを察したのだろう。

 もちろん、かなり無理をしているであろうアリスに会わなくてはならないのは確かだが。

 でも、そんな気遣いが嬉しい。こんな時でも空気を読まず速くなる心臓の鼓動は、いつもより心地よく感じられた。



「あ、あなたっ!」


 アリスが訓練しているという広場に駆けつけると、レイナがすぐさまレンのもとへ向かった。セーヴはそれを追いかけずに、現在のアリスの状態を分析する。

 魔力はかなり減っていた。瞳から迸る青い光は鍛錬されたものだと分かるほどに昇華されている。ただひたすら魔術でレンに仮想魔物を作ってもらっては、弱点を見抜いて打ち砕くことを続けているようだ。

 現在はレイナらが来たため、レンは数十体の魔物を作り置いて彼女の方に目を向けた。


「ど、どれくらいあの状態なんですか?」

「戻ってきてからずっとっすよ。無休憩っす。声をかけてもまるで聞こえないみたいなんす……まるで目に誰も映っていない、それほどの必死さ」

「無休憩ですか!? 倒れたりは!」

「いいや、しばらくはしないと思うよ。それはレンも分かってるから声をかける以上の事はしないんだと思うし、今回の事はフレードくんのときと同じように、アリスちゃんへの試練になり得る。もしこれでアリスちゃんがもっともっと強くなってくれるのなら、エリーヴァスの死は更に皆が先へ進む『想い』になるから……本当に危なくなるまで、好きにやらせた方がいいと思う」

「それに今は、何か考えたら崩れてしまってもおかしくないっすし、訓練とかに集中していた方がいいっす」

「分かりました。危険ではないのなら……こんな環境下ですし、成長した方がいいのも分かります。すみません、医学にはあまり詳しくなくて」


 焦るレイナは、レンとセーヴの言葉でほっと胸をなでおろす。

 貴族出身であらゆる勉学をさせられる二人と違い、レイナは平民出身。レンはそう偉い貴族出身でもないのでセーヴと違い、医学についてはさらっと流した程度だが、しかしそれでもレイナよりは詳しい。

 彼女もそれは承知の上なので、大人しく二人の言葉に従う。

 ちなみにセーヴについては侯爵家として一定以上の医学を学んだだけではなく、元から理系男子ということもあり身に着けるのがかなり早かったのだ。


「あ、それから収穫した創造剣については、既にアルミテス帝国へ送っているよ。ランスロット曰く、第三皇子殿下はかなり喜んでいらしたみたいだ」

「しゅ、収穫っすか……。まぁでも、創造って結構便利っすからね。国の人間としては欲しがるのも無理はないっす」

「あと、数分後にはさすがにアリスちゃんを止めてくれるかな。その後については、やっぱり家族の方がいいと思うから……任せていいかな」

「もちろんです、お任せください」

「当たり前っす。アリスは、絶対に自分達が何とかするっすよ」


 任せる、というのは、レイナがフレードに、そして彼女やセーヴがインステードにしたように、改めて前を向かせる話し合いの事だ。

 セーヴが話すのも悪くはないだろうが、そこはやはり家族に任せるべきだという彼の判断は、珍しくかなり真面目な顔をしたレンと僅かに微笑んだレイナによって、快く受け入れられた。


 そうして改めてシスティナとレイと合流するため広場を出たセーヴは、ふと、帝国王城の方へ目を向ける。


(さて……カゲロウは間違いなく重傷を負った。四大剣聖、そして帝国が総力戦でかからねばならないと分かったはずだ。……帝国はどう動くかな)


 ティアーナを。

 そして今は、グレイズやエリーヴァスを。

 

 ――犠牲にしてくれた怨恨は、必ず返す。必ず。

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