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悪役令嬢が処刑された後  作者: load
第四歩は果てぬ熱情です
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68.激戦

 それから、段々乱戦の状況がはっきりし始める。

 森の奥では魔物が跋扈し、それと戦うのはレイナ、レッタ、アリスの三人。

 中心部ではインステードが真正面からカゲロウと戦い、システィナとレイが一度攻撃するごとに自身の居場所を変えながら、決して悟られぬよう隠密として動いている。

 その少し外側では、生贄達を相手にセーヴ、エリーヴァス、レン、ランスロットの四人が応対していた。

 森を囲んで巨大な結界を作るのはレッタの私兵。今、レイが先頭に移ったため指揮は完全にフレードに一任されている。

 膠着する戦場の中、動いたのはセーヴだった。


「僕がインステードちゃんの援護に行く。もう慎重な真似をしている意味はないってわかったから。僕が戻るまで頼んだ!」

『大丈夫っす! むしろ戻るまでに生贄を一掃してるかもしれないっすよ?』

『お任せください』

「それから、エリーヴァス」

「はい、もちろんです。全体の戦況の把握とそれに応じた強化をします」

「ありがとう。それじゃ、時間がないから」


 そう言って、セーヴはクラウチングスタートで力んでから駆けだした。魔力で後押ししているので、一瞬で背中が小さくなる。

 木の上に座って矢を放つレンはにやりと口角を上げ、ランスロットは黙って生贄の数を削っていき、エリーヴァスもまた攻撃と仲間の強化を同時進行していた。



「!」


 インステードの魔術を鎌で切り裂いたカゲロウの余裕の表情が、ふと引き締められる。隠密としての研ぎ澄まされた感覚が、強大な存在の接近を感知した。

 この場でインステードレベルの強者は、セーヴ以外に居ない。

 つまりはそういうことである。


「それはァ……予想外だなァ……?」


 彼の評価は、一言で言えば『慎重で臆病』だと思っていた。どんな時も、圧倒的な力で蹂躙しながらも、身の丈に合った行動をしている。

 戦争では絶望を見せたりその策はどれも肝を冷やすものだが、強敵を目の前にしたとき彼の気持ちが高ぶっている場合以外は下手な行動に出ない。

 クラヤミが向かった時も、皆が前に出たらどうなるかわからないからとほとんどの人間が防御、トラップの警戒、前線の強化に徹し、軍の中でも圧倒的強者であるインステードを『守る』ように動いてすらいた。

 はっきり言ってカゲロウの目から見て、セーヴは賞賛できる人物ではない。

 いっそグレイズの方が、よほど信念を貫いていて凄いとすら思えた。


「ほゥ……? 評価を改めなきゃァ……いけないみたいだねェ……?」

「何の評価なのよ」

「セーヴ君への評価さァ……彼の事は、臆病者だと思ってたからねェ……」

「悔い改めろ」


 口を三日月に歪めて、浮いているインステードの魔術を受け止めてそう言うカゲロウ。インステードは瞬時に言い放って火焔魔術を放った。

 だが、カゲロウの鎌から出現する黒い穴に呑まれて消える。

 その黒い穴に対し、システィナの呪縛とレイの重力増加魔術が放たれ、封じられて重い力をかけられたそれはあっけなく閉じてしまう。


「あーァ……」

「せいッ!」

「は!」

「おォっと……」


 そこへ到着したセーヴの速度がついた剣を鎌の曲がった部分で受け止め、インステードの風魔術を闇の靄で無力化した。

 

「さァ、どう出る……! ボクをどう殺すつもりかなァ……! 来なよ、さァ!」


 更に口を愉悦に歪めたカゲロウが、鎌を上に掲げて好戦的な言葉を口にする。


 ――月光の朧ルナリア・インヴィジブル



 『焔火乱舞フレア・スプラッシュ


 召喚――上位精霊Ⅰ『炎の魔神(エフリート)

 ――我が想いのままに


 鎌から噴き出たのは、黒、紫、灰三色の靄。黒は麻痺、紫は落睡、灰は認識阻害の能力を持つという高性能なものだ。

 対するはインステードの煉獄の炎。次々にぶっ放され一面を炎の海に変える、文字通り火の乱舞たる魔術。

 そしてその後押しをするは、重力に逆らって舞う赤髪を持つ巫女装束の精霊、炎の魔神エフリート。

 認識阻害により照準が合わなくなりかけるインステードの炎、システィナ、レイの術をサポートしながら、麻痺で削られる威力を補完する。

 ついでに精霊が下した命令を実行している間は、セーヴにそこまで動く必要がないので眠気を吹き飛ばす目覚ましの魔術を全員に使用中だ。


 ――鎌月の華サイズ・フローラルムーン


 炎を防ぐため、鎌を振って唱えたカゲロウの技。月の形をした物体が盾となりカゲロウの身を守り、そこから吹き乱れる花びらがシスティナやレイの邪魔をする。

 

「はッ!」


 ふと鎌を地面に叩きつけると、エフリートのいる地面の下から黒い槍が飛び出る。が、その前にセーヴが盾で精霊を守護した。

 だがその一瞬阻害魔術への干渉が緩んだので、カゲロウはにやりと笑いながら――


 ――幻無の覚インヴィジブル・アウェイク

 

 レイナの目を欺いてアリスを誘拐したときと、同じ魔術。ただし放たれた先は――、たった今カゲロウへ魔術を放とうとしていたレイだった。

 魔術を放つときの僅かな魔力反応を感知したのだ。先ほどまではセーヴの地味なサポートが邪魔だったが、今は違う。


「……な……!」


 まさかの攻撃に目を見張ったレイだったが、その一瞬こそが闇の付け入る隙なのである。

 目の前が段々黒に――


「レイさん!!」


 ふと体にどん、と衝撃を感じて。

 焦燥にかられたシスティナに押されたのだと気づいたときにはもう、遅かった。レイの代わりに、システィナが術に呑まれたのだ。

 そして次の瞬間、システィナはカゲロウの腕の中にいて鎌を首に向けられていた。

 代わりにセーヴの風魔術を肩に受けてしまったが、たかが少しの出血だ。インステードが慌てて魔術を止め、セーヴも援護を引っ込めた。エフリートは顕現したままだ。

 丁度、三色の靄の効果も消える頃であった。


「ふゥ……ぎりぎり間に合ったねェ……」

「……私を離した方がいいわよ。ここから貴方を攻撃する方法なんていくらでもあるわ。四大剣聖を殺せるなら捨て身だってするもの」

「よくしゃべる人質だァ……。だけど、仲間はどうか――な!?」


 冷たい目をカゲロウに向けるシスティナ。その言葉に、果たして仲間がシスティナを見捨てるかと口角を上げるカゲロウだったが、セーヴから普通に土魔術が撃たれた。

 見れば、下位水精霊『水の申し子(ウンディーネ)』を大量に召喚しているではないか。わらわらとやってくるそれをまとめて鎖で潰していくが、どうも数が減らない。

 クラヤミの生贄を相手にするのと同じ感覚である。カゲロウは眉を顰めた。


「遠慮ないわけだねェ……それじゃァこっちも遠慮なく……殺させてもらおうかなァ……!」

「!」


 もちろん、そう来るならカゲロウに遠慮するつもりはない。この距離なら、システィナに自爆魔術を使われても止められる自信がある。

 隠密で抵抗されても『存在自体を縛る』鎖が彼女を絞め殺せるだろう。

 彼女も抵抗するだろうから傷を負う可能性は高いが、実力者を一人殺せるならば少しの傷くらいはかまわない。

 そう思って鎌を持つ手に力を入れた時――


「――」

「!!」


 腕に激痛が走り、思わずシスティナから距離を取ってしまう。そして腕を見れば、そこには矢が刺さっていた。

 彼が傷を見ている間に、システィナは凄まじい速度でレイに抱きかかえられ、インステードの後ろまで下がってしまう。

 人質が消えたことよりも、新手の存在の方が脅威だ。

 恐らくレイの隠密で気配を隠したのだろう。だから感知する事が出来なかった。だが、これ以上敵が増えるとかなり厄介だ。


「一体――」

「あぁ、自分っすよ。レンっす。把握してるっすよね? もし把握されてなくて下っ端扱いだったら悲しいんすけどね~」


 レイが隠密を解き、木から飛び降りたのは弓使いのレンだった。レンの事も把握している。そういえば彼は弓を主に使うのだ。

 しかし彼がここにいるということは、生贄が順調に数を減らしているという事。

 それは、カゲロウにとって面白くはなかった。


「ちっ……時間がないなァ……さっさと終わらせる、ことにしようかァ……!」


 ――幻無の覚インヴィジブル・アウェイク

 

 次は何かと思えば、覚えるある術。誰もが警戒している中何故使うのかと思えば、彼はその術をなんと自分にかけた。

 その効果は絶大である。どう感知しても、彼がどこに居るのか分からない。

 セーヴが風精霊、土精霊を召喚して感知させてみても、反応はなかった。

 それもそのはず。その暗闇の世界は、カゲロウが作り出した別世界。一度別世界に転移してから、術者が望む場所に戻すのがこの術の本質。

 完全に術を使いこなす彼だからこそ、感知されない転移術を組み出したのだ。

 しかしそれを知らないセーヴ達は、冷や汗が流れるのを感じた。少しでも攻撃を感じたらすぐに反撃を――


「ッ!」


 ――闇夜の神隠し


 攻撃を感知したのはインステード。すぐに魔術で作り出した刀を背後に叩きつけるが、それより早く術が発動した。

 次の瞬間、インステードは尻餅をつく。目を開けば、自分の前には木があった。

 多くの攻撃で辺りは更地だったはずだ。もしや、転移させられたのだろうか。全く気付かぬうちに。一体どうやったかもわからない精度で。

 それに、ここは一体どこなのか。仲間はどこに居るのか。

 すぐに千里眼で確認せねばならな、



「――あ、あれっ、インステード姫!?」



 そう焦るインステードの背後から、同じように焦燥感のこもった声が聞こえる。

 いきなり彼女の反応が消えて目を見張った瞬間、自分の持ち場にそのインステードが落ちてきて頭が真っ白になっているエリーヴァスだった。

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