66.彼らは捜索す
システィナ、そしてレイは、それぞれ別の場所にて息を潜めていた。場所は、森の奥深く。システィナの実家である公爵邸に近い場所だが、彼女は欠片もそれを気にしていない。
そんな場合ではないのだ。
システィナとレイの捜索によって、まずアリスの大まかな位置を把握。どうやら森の奥深くにいるようだ。
それから連絡用の魔道具を辿って、きちんとした場所を確定してから、セーヴが水晶でその場所を映し特定。
その後、レッタの兵で森を囲みシスティナとレイは至近距離で隠密行動を行う事になった。
ちなみに辺境地マグンナはセーヴの授かった『神の力』による守護がされており、それが破壊された瞬間に感知できるようにしてある。
(魔力感知をしたわ。攻撃的な魔力は感知できなかった。どうやらこちらには気づいていないみたい。アリスちゃんのいる小屋の周りには、大量の魔力の塊が感知できるけれど、どれも個々では取るに足りないわ。魔力の大きさからして、『死神』のカゲロウと思われる人物はいない。隠れているのか、去ったのか……果たしてどこなのかしら……)
(こちらも……感知完了……結果は、同じだ……)
魔力の感知や、魔力を辿ったり、魔力反応の分類を得意とするのはやはり二人のような隠密系統だ。何故なら、暗部に生きる人間は少しの変化にも敏感でなければ生きていけないのだから。
魔術ももちろん、それが出来るような仕組みになっている。
より迅速な行動を行う為、今回二人に前線を任せたセーヴの判断は正解と言っていい。
〇
「オーケー、死神がいない事が確認されたよ。出来るだけ自分の気配、魔力の全てを抑えながら身体能力だけで近づこう。ゆっくりだよ」
「了解」
『『『了解』』』
一方、システィナとレイからの連絡を受け取ったセーヴは、森の奥へ潜入している主要メンバーに命令を通達する。
しかしセーヴの隣にはエリーヴァスのみで、森の右側を陣取る体勢だ。レンは一人で真ん中に潜伏し、左側ではランスロットが構えていた。
インステードは威嚇のために表立って行動中。
レイナとレッタは実際にアリスを救出するため、システィナとレイの指示を少し離れた位置で待っている。
そのほかは森の浅いところで警戒、巡回、軍の指揮を任されていた。
「エリーヴァス、準備は大丈夫? 僕らが予定通りインステードちゃんの陰に隠れて、最前線を走るよ。システィナさんとレイの補助あり」
「了解です。もちろん大丈夫です。何が来ようとも撃退して見せますとも……!」
「心強いよ。それじゃあ、システィナさん、サポートお願い。レイは引き続き状況観察を。範囲外地帯にいるフレードくん達とも連携して」
『了解したわ』
『了解……』
いくらセーヴ達といえど、森全体を常に警戒していられるわけではない。なのできちんと役目の分担をしているのだ。
小屋を中心にセーヴ達のいる範囲が、作戦執行地帯。
そしてセーヴ達の全力警戒範囲から抜けている場所を、作戦執行範囲外地帯と仮称している。そこで何が起こってもいいように、フレードは全力警戒、レイには観察をしてもらっているのだ。
全ての準備が整ったので、セーヴとエリーヴァスは足音を潜め体を下げて森を駆け抜け――
〇
暗い暗い、小屋の中。
カゲロウを名乗る人物は既にいないのに、毛布一枚と共に小屋の部屋に投げ入れられたアリスは、常に首元に死神の鎌が当たるかのような冷たい恐怖を感じていた。
灯りも、窓もない。ただ、隅っこで毛布をかぶって震えるのみ。
反撃は既に試みた。しかしこの小屋に攻撃を与えるたびに、これはむしろ強度を増している。カゲロウが消えて小屋から出ようとすると、扉の向こうが見えないほど大量の魔物が周りを囲んでいるのを目にした。
自分ではどう頑張ったって突破できない。
(壊せそう……出られそう……なのに、何もできないのです……!!)
奥歯を噛み締めて、毛布に顔をうずめる。
拘束されているよりも常に監視されているよりも、この中途半端な自由こそが恐怖だった。この小屋を壊すことが、あの魔物を一掃することができれば。アリスはここから出られる。
それなのに――自分の弱さが、それを阻んでいた。
もっと何かあれば絶対出来たはずの事に届かない。その無力感が、何より幼いアリスの精神をむしばんでいる。
(みんな、きっと心配してるです……なのにアリスは、みんなの足を引っ張ってばっかり……ぜんぜん、アリスはダメダメなのです……ッ!)
ぎゅ、と毛布を握ると、頑張って止めていたはずの涙が溢れた。そうやってめそめそしていると、ふと暖かい何かが体を包むような感覚がする。
本当に、いっそ妄想のようですらあった、不確定ですぐに崩れてしまいそうな何か。
でもそれは、絶対確かにそこに有る。
「ぁ」
――アリスちゃん。
ティアーナだ。そこに、絶対彼女がいる。あまりに曖昧な状況なのに、アリスは一片の疑いもなく確信した。
「ティアーナさん……!」
――頑張って、ね。
ほんの少し眉尻を下げた、困った顔。ぼんやりと光輝く彼女は、言いにくそうに応援した。
きっと、本音はもうこんなことをやめてほしいのだろう。だけれど、あまりに情熱的に動くセーヴ達を見て、それを否定できないところも彼女らしい。
どうしても、目の前のティアーナが空想だとは思えなくて。
だけれどその光は、アリスが何か言う前に霧散してしまった。まるで、最初から何もなかったかのように。全部、夢だったかのようにすら思える。
でも。
「ぅうぁああ……」
その応援は、確かに少女の背中を押す。
目の奥がじりじりと痛むのを感じた。目の奥で、何かが今にも噴き出そうとしている。一秒一秒、アリスの力の階級が上がっていく。
その命が、魂が極められて――やがて。
「うぁあああああ!!!」
その覚醒は、産声を上げる。
アリスの瞳の奥から、青い閃光が迸った。
〇
「「!!」」
アリス救出のため回り込んでいたレッタとレイナが、魔力の波動を感じて急停止する。煙が上がっていた。
誰も予期していなかった変化だ。
急いでシスティナがその事を全体に伝え、全員が一度動きを止める。
「あ、アリスと魔道具で通信したりは……!」
「やめたほうがいいわよぉん。向こうがそれに対する対策をしていないとは思えないわん。『今は』攻撃的ではないだけで、いつ急に攻撃的な魔力が感知されるかもわからないのよん?」
「……それは、もちろん、分かってますが……」
『アリスを信じるっすよ。あの子は、芯の強い子っす』
「はい……!」
諭すレッタ。そして強い声で確信するレンの言葉に、レイナは瞳を潤ませながら答えた。こんな状況だが、冷静さを崩さず支えてくれるレンに惚れなおした、なんて。
〇
一方セーヴは全員の見解を黙って聞いた後、計画の再開を決めた。システィナが裏から、インステードが正面から先行して状況を確認しに行っている。
今はレンの言葉を信じて、歩みを進めるしかない。
そう思って第一歩を踏み出し――
『『セーヴ(さん)!!』』
「全員その場で止まって!!」
脳に凄まじいほどの警鐘が鳴り響き、セーヴはそれを頼りに全体を制止する。システィナとレイがセーヴの名を呼ぶのと、ほとんど同時であった。
全身が不快感を覚えるこれは、絶対に間違いではない。
禍々しい何かは、上空から届いているようだ。
だから上を見てみれば、黒い靄が森を徐々に包もうとしているではないか。そしてその中心には、大きな鎌を担ぐ誰かが見える。
『か、カゲロウです……! 間違いありません!』
「あれが……」
何となく察していたが、レイナの言葉を聞いてセーヴは確証する。インステードからも肯定を得られたので、上空に浮いているのはカゲロウで間違いないだろう。
一体先ほどまでどこにいたのか。そしてなぜ皆に気付かれず上空まで行けたのか。そして森を包むこの靄は何なのか。
――そして、彼の目的は。
「ッ……」
ゆるやかに降下を始めたので、全員が身構えて戦闘態勢を取る。
『どーもォ、死神の……カゲロウだよォ……?』
鎌を右手に持ったまま両手を広げる。顔は良く見えないが、その口があり得ないほど三日月形に歪んでいるのは分かった。
圧倒的な存在感と禍々しさ。
人質がいること、そして上空を支配していることで、彼はこの場の空気を掌握する事が出来ている。
(今までずっとしてやられている……)
辺境地マグンナが無人になったことの虚を突かれたり、今も主導権を握られていた。だが、セーヴ陣営はこの人数だ。
それに、隠密を主体とするカゲロウは今『隠密』という有利性がない。
それについては警戒しなくてはならないが、カゲロウの強みが封じられたことで、セーヴ達がより有利になっているのは変わりないのだ。
「……もちろん知っているよ。さあ、リベンジだ」
『ふ……』
にやり、と笑って剣を構えるセーヴ。他のメンバーも同じように態勢を整えており、両者はにらみ合う。
そして――、
ドォオオオオオオン!!
アリスのいる小屋から、先ほどとは比べ物にならないレベルの轟音が、空気を震わせるように響き渡る。