63.『―支えた長の悔い無き救済―』
「せぇいッ!」
「はっ……!」
最前線で斧を振るうグレイズ。その強化、治癒、そして打ち漏らしへの対処をする後方担当のエリーヴァス。
魔物はかなり減っていて、今グレイズが斬ったのとエリーヴァスが撃ったので最後だった。
二人ともかなり疲れている。
ほかに何かの反応がない事を確かめると、誰からともなく歩み寄って地面にへたり込んだ。ここまでハードで継続的な戦闘をしたのは久しぶりである。
「数がなぁ……」
「そう、ですね。それに……何らかの術で、はぁ……増強されているみたいでしたし……はぁ……」
「オイオイ、大丈夫か、お前さん?」
「え、えぇ……まだ大丈夫です。正直魔力は尽きそう、ですが……」
「サポートの方がきついってこたぁ、分かってる。休んでな、警戒は俺がする」
「でしたら……お言葉に甘えて」
何なら、今まで絶えず戦闘要員よりもあらゆる分野へサポート、援護を行っていたエリーヴァスの魔力消費が最も多いだろう。
もちろんそれを、リーダーであるグレイズが知らないはずもない。
率先して警戒を買って出る彼。エリーヴァスもまた強がる余裕もなく、壁に寄り掛かって休憩を取る。
そうしてしばらくすると、今二人がいる場所の右側。その隅っこに、魔術陣らしきものが浮かび上がった。
それは段々と輝きを増し、神々しいほどになる。しかし思ったよりも部屋はその光の影響を受けていない。
「……ま、魔術陣、ですね……」
「転移魔術陣ですなぁ。ダンジョンをクリアしたんだろ。まあ極稀に、ダンジョン主の設定した条件をクリアせねば、コレが出ない場合もあんだがな……」
「なるほど……さすがはリーダー……」
表情や言葉こそ淡々としているが、彼もかなり疲れていることをエリーヴァスは見抜いている。
戦争のときも数は多かったが、今はあの時とは違う。
魔物の群れは何らかの術で増強されているし、何より今は二人しかいない。二人でこれだけの数をしのぐのには、技術に不足はなかろうとも消耗が並ではないのだ。
「……もう行きますか?」
「しかしお前さん、疲れてんだろ?」
「この程度、大丈夫ですよ……。それに、外へ出たらインステード姫たちが待っていて、くれているかもしれません……」
「……ぶれねぇな、お前さん」
「当り前です……これでも私は、かなり一途な方でしてね……」
ふ、と笑いながらエリーヴァスが立ち上がる。彼は、盗賊団の二番目である。グレイズが盗賊団を立ち上げて、一番最初に味方となった初期メンバーだ。
だからグレイズは彼が一途である事も、ここで立ち上がるだろう事も分かっている。
最初に挙げた名がインステードなのも彼らしい。
しかしだからこそ、そんな人間味あふれる彼は『慈善盗賊軍』には必要不可欠だ。
「だけどなぁ、エリーヴァス。悪いが、俺は行けんよ」
「……えっ? どういうことです?」
「あの転移魔術陣……二人が通るには、二つ要るんだ。分からんものが多くて理解し難かったが、あいつぁ間違いなく一人用だぜ。しかも、転移魔術陣っつーのは基本使い捨てだ」
「――という、ことは」
エリーヴァスもバカではない。信じたくないものを呑み込まず拒み続けるなど、彼にとっては愚かな事をするような人間でもなかった。
だからグレイズの言葉を受け止めて、その意図を正確に受け取ってしまう。
エリーヴァスだけ、先に行け、と。彼はそう言うのだ。長年付き添ってきた唯一無二の仲間を捨てて、エリーヴァスだけここから脱出しろと。
「そんな、事が……!!」
思わず唇を強く噛んで声を絞り出す。襲う絶望感は、あまりにいきなり過ぎた。
けれど、そのほかにどうにもできないことなど分かっている。
どう抗おうと今の二人の体力と魔力で、共に飛んで地上へ強行突破することはできない。なれば、使えるのはこの転移魔術陣だけ。
『一人用』の刻印を読み取ったグレイズの目を、エリーヴァスが疑うことはない。
だって彼も信念を強く持って戦う戦士の一人だ。自分の命をここに置いていくような発言を、冗談でするような男ではないのはエリーヴァスが誰より知っている。
「エリーヴァス、あのな――」
穏やかな表情でそう切り出したグレイズの勘が、唐突に警鐘を鳴らした。ひどく遠くから、限界まで凝縮され隠蔽された魔力反応が届いている。
グレイズより技術が下回るという点もあるが、疲弊に加え感情が高ぶっているエリーヴァスはまだ感づいていない。
ならば、とグレイズは眉尻を下げて地面に座って胡坐をかいた。
普段の彼と変わらない姿勢。エリーヴァスは動けず、肩を震わせながらグレイズを見る。
「……お前さんはな、数少ない治癒術師の精鋭だ」
「いいえ、私は無力です……!」
噛みつくように、必死にそう言うエリーヴァス。
ティアーナを救えない。グレイズを救えない。それなのに、自分はどの面を下げて帰れると言うのか。そんな無力感に、彼が支配されていることなどグレイズはお見通しだ。
「……確かにな、お前さんはティアーナの姉貴を救えなかった。でもそれは、俺達全員が背負ってる罪だ」
「でも私は今、貴方も救う事が出来ないでいます……」
「だがお前さんはインステードさんを救っている」
「……ッ!!」
ふと穏やかな表情を止め、真剣な顔つきでグレイズがエリーヴァスを見つめてゆっくりと立ち上がる。
あの瞬間、エリーヴァスはインステードを突き飛ばしたのだ。もちろん、この穴に落ちぬよう救うために。
それが、エリーヴァスの救済だった。
「俺はただ、インステードさんを救ったお前さんを救おうとしただけだ。そんで俺は、お前さんを助け切る。俺はな……自分が死んでも、もう二度と大切な人間が死ぬのを見たかねぇんだ」
「ぐ、グレイズ、さん……」
グレイズが盗賊団を作った原動力。
それは、貴族がグレイズの住んでいた村を焼いたことだ。武道に長けていた彼は、唯一の生き残りだった。
お前だけは生きろと、振り返らず逃げろと、そしていつか復讐してくれればいいんだ、と。村人たちにすべての想いを託されて。
家族を、友人を、全てを失ってそれでも、グレイズは折れなかったのだ。
それは、もう二度と、自分の目の前で誰かの命が失われるのを、その瞳に映したくはなかったから。
エリーヴァスはそんな彼の信念を、知っている。
「だから、もう一度言うぞ、エリーヴァス。お前さんは、精鋭だ。朽ちぬ光だ。……俺は、もうすぐ三十三歳になる。おじさんだ。生きててもな、もうあんま価値がねぇ。でもな、大事なもん全部置いてきちまった俺と違って、お前さんはここで死ぬべき人間じゃねぇんだよ」
「いいえ、いいえッ! 価値あります! 私にとっても……そう、あの少年、フレードだって! 貴方の事を誰より慕っていたではありませんか……貴方は私などより、求められているのですよ……!?」
「聞け、エリーヴァス。命の価値ってのはな、本人次第なんだ。求められていようがいまいが、関係ねぇ。これは俺の人生で……俺は、あんまりに多くのもんをあの村に置いてき過ぎたんだ」
あの時、盗賊団を立ち上げたグレイズは必死だった。ただ貴族への恨みを抱えて、絶対に腐った世界をぶち壊してやると誓って、ひたすら『生きて』いたのだ。
けれど、今のグレイズは違う。
もう、自分の下には役目を託せる人間がたくさんいた。何も救えなかった自分の下に、たくさんの人が集まってくれたのだ。
それが、嬉しくて。
だからもう、自分の役目は終わったと言っていい。このダンジョンが、終わらせてくれたのだとすら言える。
だって、だって。
役目だけではない。この命を託せる人間が、ここにいる。彼の命を消費してまで生きようと思えるほど、グレイズはもう自身の価値を信じていない。
それに。
「俺と違うお前には、もう一個違う点がある」
「……?」
悪戯っぽくウィンクして、笑ってみせた。
「やりたいこと、お前さんにはたくさんあるだろ。俺には、復讐以外もうねぇんだ」
エリーヴァスはハッ、と目を見張る。彼が何を言いたいのか分かったから。そして彼の声に宿る自身への虚しさの表明を、感じ取ったから。
何故かなんて、分かり切っている。
だけれど理由が分かっているからって抑えきれない涙が、ボロボロとエリーヴァスの頬を流れた。それを見たグレイズはただ、笑っている。
「――だから行けよ、エリーヴァス。そんで、インステードさんにアタックしろよ」
やはり、そういうことだった。
妻も子供も全部あの日炎の中に消えた、グレイズとは違う。エリーヴァスには夢がある。求める人がいる。この世をまだ離れてはならない、理由があるのだ。
でも、だからって。
何年、グレイズと共にいたと思っているのか。簡単にはいそうですかなど言えるものか。
「いいえっ、私にはできません! 私には!!」
「……たわけ」
涙を流してグレイズに詰め寄るエリーヴァスを見て、彼は眉尻を下げた。彼の勘が告げる『危険』は刻一刻と高まっている。
だからグレイズは最後にエリーヴァスを抱き締めて、言った。
「俺に涙は似合わねぇよ。酒のネタにでもして笑え。強いて言うならこの名を忘れてくれなきゃ、それでいい」
どこまでも虚しさの溢れる、そんな言葉を残して。
グレイズは勢いよく、エリーヴァスを魔術陣の中へ突き飛ばした。体力が危うかろうと、彼の腕力に後方担当のエリーヴァスが耐え切れるはずもない。
魔術陣の中で尻餅をつく。
そして、エリーヴァスの存在を感知した魔術陣が起動しようと一層光輝いた。
「グレイズさん!! グレイズさ――、」
涙で眩む視界。光でよく見えぬ魔術陣の向こう。
しかし、エリーヴァスは確かにそれを目に映した。
いつも通りニカッと笑うグレイズ。まるで酒を飲みかわしたあの夜のように、優しくも悪戯っぽい笑み。
そしてその背後で殺気をあらわにしながら、今にも襲い掛かろうと並び立つ――先ほどよりも数の多い魔物達の、姿。
「――!」
何か叫ぼうとして。
言葉にならなくて。
それを言葉にする前に、無慈悲にも魔術陣は作動してエリーヴァスの目の前が白に染まる。
彼が最後に見た光景は、あまりに筆舌に尽くしがたいものだった。




