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悪役令嬢が処刑された後  作者: Estella
第三歩は報わぬ宿命です
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60.『魔女』襲来す

 いかなる魔術も使わせはしない。どんな隠蔽も見抜いてみせる。狙いがインステードならば、身を挺してでもそれを阻止してやろう。

 そんな気迫が全身から滲んでいるセーヴ達を見つめて、『魔女』クラヤミはにこっと笑った。


「言ったじゃない~、あたくしは魔女なのよ~? ところで皆さん、リンゴはいかが~?」


 ――権限使用『孤独の眠り姫とってもとてもさみしいの


「「『魔力阻害』」」

「「『魔術盾』」」

「『絶対防護結界アブソリュート・フィールド』」

「『呪縛バインド』」

「『鉄の砦スティール・ロード』」

「『刺棘攻勢スプリンティア』」

「『広範囲強化ワイド・エリア・エンチャント』」


 何かが発動されたような気配と共に、鋭く反応したメンバー達がそれぞれ妨害の技を発動する。

 室内に充満するあらゆる魔力の通る道が妨害され、魔術専用の盾が全員分広げられた。続いて被せるようにして、不可侵の『空間』が結界となり守護する。

 クラヤミの動きを鈍らせるための呪縛と共に、地面から鉄の砦が盛り上がってきた。

 透明の結界ではなく、目に見える『砦』なのだ。そしてその砦からまっすぐ伸びるのは、少しでも当たれば皮膚を深くえぐる棘。そしてその全てが強化される。

 どれも仲間同士がお互いに深く知り合い、信頼し合わねば完成しえぬ、『全員で一つ』の『守護』。


「うふふ~、素敵だわ~。力を合わせて悪に向かう……えぇ、ヒーローのテンプレートと言っても過言ではないわね~。……でも、甘いわ」


 クラヤミだって、技を発動させている。そしてその杖は、当たり前だが皇帝の三千兵器の一振りだろう。

 ならば彼女の技は、セーヴ達ですら及びの付かない物である可能性もあった。


 黒い靄が、ふわりと。

 お姫様が優雅にベッドへ倒れ込むように。自然に、優美に、星が降り注ぐように。


 盾へ。棘へ。砦へ。全員が形作る『守護』に覆いかぶさった靄が、見とれてしまうほどに美しく――しかし容赦なく全てを侵略する。

 阻害しても関係はない。膨大な魔力が、圧倒的な練度が、そして見たこともない紋章が。阻害を、盾を、守護を突破していく。

 それは無視できるものではない。が、全員ならばどうとでもなる。


 セーヴとグレイズが最前線に出て、決してクラヤミが最大魔術を構築できないように妨害をするほどには、余裕があった。


「ふふ……」


 魔女は、妖艶に笑う。

 まるで、強がる反抗期の子供をたしなめるように、笑みを深めて。


 ――権限使用『紅く純粋なお嬢さんおおかみさんはいいひと


「「!?」」


 杖の先に、光がともる。禍々しい紫色の光が徐々に、赤く、朱く、紅く、変化していく。もちろんセーヴとグレイズは、最大の防御魔術を何重にも重ねて仲間ごと守護する盾を形作る。

 しかし、杖の先で展開された魔術陣を見て、セーヴが眉を顰めた。おそらく魔術陣に詳しいメンバーは何となく気付いただろう。

 守護の陣、に見える。

 確かに知らない紋章ばかりだが、何も全てがオリジナルというわけではない。ベースにされた『元』を読む技術があれば、何が発動されるか全くわからないほどではなかった。


「皆さんはね……なぁんにも知らないのよ~? なーんにも知らなくて、凄く身の程知らず……。真っ向から対抗するのは、ヒーローらしくて凄くいいわ~。でもね、正攻法では通じないときも、あるのよ~? 力でねじ伏せるだけが、征服じゃないの~」


 クラヤミがそう持論を並べ立てている間にも、彼女の前に紅よりも紅い結界が出来上がる。その紅のせいで、彼女の姿が見にくくなっていた。

 いっそすぐに攻撃をするべきだったのかもしれない、とセーヴは歯ぎしりする。

 グレイズと目を見合わせた。彼女の結界がどれほどの強度だかは知らないが、力づくで壊すつもりだ。


「ふふっ。それじゃあ、クライマックスと行くわよ~?」


 自分の盾に絶えず魔術が撃ち込まれていることすら露ほども気にせずに、クラヤミは、


 ――杖を、地面に落とした。

 軽やかに、地面に置くようにして落下した杖。それの代わりに、クラヤミが人差し指をセーヴ達に向ける。

 狙いは、セーヴとグレイズの向こう。完全防御をしているインステード。

 普通に考えれば三千兵器すら使わずに、彼女の防御を抜こうだなんて勘違いも甚だしい。しかし、帝国の上層部を生き抜いてきた彼女は、全てを知る彼女は、違う。


「何を、するつもりだよ……ッ!」


 攻撃の弾幕を増やすセーヴ。結界にひび割れが生じるが、クラヤミにとっては、たった一瞬を稼げるだけでよかった。

 少しの時間時間稼ぎができれば、それで十分なのだ。


 ――権限使用 改造型邪神力 召喚『魔王ルルスティアさいきょうでさいあくのさいやく


 今、何かの術を使ったはずである。

 しかし、その人差し指には何の変化もない。魔力の光も、魔術陣もなく、ただ普通に指を突き出したまま。

 当たり前だが、その手に宿るものは、魔術ではない。魔法でもない。呪術でも闇魔術でもないだろう。

 概念に近く、その名の通り『権限の使用』。ただ、自分に出来て当たり前の『権限』を引き出した。不気味で気持ちの悪い力の波動が、全員の脳に警鐘を鳴らす。

 しかし、誰も止める術を知らない。

 クラヤミが何をしているのか、それすらも分からないのだから。



「うぁ゛ッ」



 ただ、変化は確実に現れた。

 多重の防護をしていたにも関わらず、急にインステードが車いすから落下する。包帯を巻いた足から、不気味な紫の靄が出ていた。

 あのインステードが悶えているということは、その苦しみは尋常ではないだろう。

 エリーヴァスが誰よりも早く駆けつけて、心配の声をかけたり色んな魔術を試していた。


 そんな中、何らかの術を使った後の隙を狙って、セーヴとグレイズがほぼ同時に強力な魔術を放つ。

 だが、地面に落とされた杖から紫色の何かが上に向かって広がるように噴出し、二人の魔術を阻んだ。が、同時にそれも魔術に相殺されて消える。


「インステードちゃんに何をした……!!」

「あらあら~、そう怒らないで~?」


 杖を拾うクラヤミに、怒りをあらわにしながら剣を向けるセーヴ。激昂しそうになる彼を、グレイズがたしなめていた。

 そして次の魔術を準備する二人。インステードの傍、超至近距離にいるのはエリーヴァスのみ。

 それを眺めてから、クラヤミは笑みを深める。杖を握る手の反対の手は、いつの間にか背中に隠されていた。

 背中の手が持つのは、赤いボタン。『魔女』はそれを、躊躇なく押す。

 怪しまれないように杖で防御魔術を展開させながら。


 ガコン。


「きゃぁっ!?」

「い、インステード姫!」


 インステードのいる地面が、唐突に崩れた。苦しみに耐えるので必死な彼女に、抗うすべはない。が、彼女がその穴に落ちる寸前、エリーヴァスがインステードを突き飛ばした。

 もちろんエリーヴァスは穴に落ちるしかない――が、


「行かせやせんぜ!」


 驚くべき速度でやってきたグレイズが、彼の手をがっちりつかんだ。グレイズがこちらへ到着するとともに、空気を読んだレンとレイが代わりに前線へ向かう。

 何度も防御魔術を崩されては盾を作り直すクラヤミの表情には、余裕が滲んでいる。


 ――権限使用 生贄 召喚『操り人形は自我を持つ(みぃんなおともだち)


 そろそろ、セーヴとレン、レイの連携がクラヤミの態勢を崩しそうだという時。あと一歩でその刃が彼女に届く、そんなとき。

 くるくると杖を弄びながら、クラヤミが何らかの術を使った。

 瞬間、何かに三人とも吹き飛ばされる。その隙にクラヤミが新たな術をくみ上げていた。


「何、だ、こいつら……!?」

「人間……!」


 灰色。ただただ灰色な人間が、わらわらと三人に群がっていた。三人の輪を抜けて、増え続ける灰色の人間が後方のメンバーにも殺到する。

 いち早く飛びのいてその姿を目に留めたレイが、ちっ、と舌打ちをした。


「生身の人間か!? あいつまさか、本物の人間を生贄にして……!」

「その可能性が高いっすね! しかしこのままじゃ、グレイズさん達の援護に行けないっす……!」

「く……!」


 一人一人は大して強くはない。しかし何せ数が頭おかしいのだ。一体何人を犠牲にしたのか。それだけでも帝国の頭のおかしさが分かるが、今はそれどころではなかった。

 グレイズ達の様子すらも分からない。もちろんセーヴは一瞬で『灰色の人間』を一掃する魔術を組み立てているが、

 ――その一瞬を、クラヤミが見逃すはずがなかった。


 ――権限使用 罠 『おおきなあなにおっこちた』


 杖を振った瞬間、グレイズのいる地面まで穴が開き、二人は今度こそ底の見えぬ地面の深淵へ吸い込まれ、その姿がついに見えなくなる。

 生贄達に阻まれたが強行突破し、あと一歩でグレイズの手をかすめたのはフレード。

 しかし、その手は永遠に届かない。


「ぇ……」


 憧れで。いつも自分を叩きなおしてくれる、師匠を。

 あと少し。あとほんの少しと言うところで――、救うことが、できなかった。

 ぺた、と地面に膝をついて奥歯を噛み締めながら穴の向こうを見る。二人の姿は、すでに見えなくなっていた。

 インステードは未だ苦しみ悶えているが、魔術を使って抵抗し続け、何とか暴れる魔王の力を制してきているようだ。


「うふふ……皆さんはここで、あたくしと遊びましょう~?」


 インステードを一時無力化し。

 グレイズとエリーヴァスを行き先も分からぬ場所へ落とし。

 大量の生贄でメンバーを牽制し。


 一人ですべての現象を起こした女は、妖艶に不敵な笑みを浮かべて煽るのだった。

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