58.ダンジョンに侵攻す
その日、アリスとレイナを本拠地に残して、主要メンバーはダンジョンに向かった。
彼女らを残したのは、一般兵に『重大な何かがあるのでは』と悟らせないためでもある。主要メンバーが何故いないのか説明するのも彼女らの役目だ。
ちなみに、王都の図書館に行ったと説明するつもりのよう。
それで何か疑われても、疑いが大きくなる前になんとかできるのだ。まあ、マグンナの運営に彼女らが不可欠であるのも一因だが。
「ですが、皆さんが戦っている間ただ待っているだけなんてことはだめです。鍛錬せねばなりません」
「ですっ! アリスも強くなるです!」
様々な運営の仕事を司る二人。決して暇ではないのだが、それでも鍛錬を怠ることはない。むしろいつもよりハードな訓練を次々にこなしている。
ダンジョン攻略に立ち会えないのはちょっと残念だが、きっとセーヴ達ならすぐ戻ってくるだろう。そう信じて、二人は忙しなく動き続けていた。
〇
一方、ダンジョン攻略はかなりスムーズに進んでいた。グレイズとランスロットが志願して先頭に立ち、罠などの確認をしている。
セーヴは千里眼と遠距離攻撃、精霊魔法で魔物が接近する前に倒して無駄な戦闘を避けさせ、インステードは大魔術で群れの場合もフロアごと消し飛ばす。
この四人の働きのおかげで、もはやほかのメンバーの仕事は奪われたに等しい。
「ちょ、セーヴ様……? ちょっとお休みしないっすか? 最後のフロアの為、最強カードは余力を残すっすよ」
「あ、ごめん、ありがとう。戦ってたらちょっと楽しくなっちゃって……」
「貴方いつからバトルジャンキーになったのかしら?」
「ちなみにわたしはバトルジャンキーじゃないの」
「インステードちゃん、どの口が言ってるんだよ!? 戦闘狂だよ、どう見ても!」
さすがに最強カードの力をここで使いまくるわけにはいかない、と申し出たレンに従って、セーヴとインステードが後ろに下がる。
システィナはあきれ顔でセーヴ達を見ていたが、すぐに隠密体勢を取って前線で暗躍戦闘を開始。
セーヴは精霊を召喚解除した後、インステードと共に背後の守護を担当した。
「せぇいッ!!」
最前衛で斧を振りまくるのは、勿論グレイズだ。斧の圧だけで魔物がつぶれている。色々オーバーキルな重戦士スタイルだ。
そんな彼が取りこぼした魔物は、ランスロットが自国流の剣術『浄魔剣』で一掃している。戦闘スタイルは全く違う二人だが、その相性は割と良いらしい。
「呪縛」
『グガァァアアアア!!』
「右に避けるっす!」
「了解……」
一方中衛担当のレンと後衛担当のレイは共闘をしていた。レイが黒魔術を広範囲に広げて動けなくさせた後、レンが凄まじい速度で魔術を纏った弓を引いて倒していく。
最高に美しい連携だ。レンの打った弓のどれもが一撃必殺だし、レイの黒魔術の練度はどの魔物も抑えきれている。
さすがは兄弟というべきだろう。
「こっちは……大丈夫よ、みんな!」
先ほどまでグレイズとランスロットがやっていた、罠の確認はシスティナが行っている。隠密をしながら素早い動きで先々へ進み、罠を解除していく。ついでに、はぐれた魔物も倒しながら。
そのおかげで、進行速度は先ほどよりもかなり速くなっていた。
「強化」
後方担当のエリーヴァスは、目まぐるしく変わる戦況を冷静に分析しながら、必要な強化、治癒魔術をかけていく。
最も難易度があるのは、魔物が技を放つとき。それをメンバーが受け止めざるを得ない場合、受け止める場所だけを遠くから強化することだ。
それにより、メンバーは無駄なダメージを受けることはなくなっている。
なお攻撃もできるので、後方だからと彼を狙ってくる魔物も全て返り討ちだ。
「せぇえええい!!」
フレードも『素早さ』が持ち味の剣士だ。ただ、レイやシスティナのような暗殺、隠密系統の素早さではなく、単純に風魔術で限界まで速度を引き上げている。
試練を乗り越えた彼が最も得意とする風魔術は、今までと数段練度が上がっていた。
ついでにその機動力。ダンジョンの中を自由に目まぐるしく動く少年っぽさ。その姿は常に残像で、気付いたら魔物は斬り飛ばされている。
空中で自由に移動するフレードに、魔物達は応対すらできず崩れ落ちていく。
そんなメンバー達の活躍は何時間か続いて、ようやく最下層にたどり着いた。そこは、今までのような、湿った空気と壁で作られたいかにも『洞窟』というものではない。石で作られ、磨かれ、神々しいほどに自然の輝きが満ちている大きなフロアだ。
しかし、真ん中に禍々しい紫の靄を放つ物体があった。燭台に乗せられたそれは、なんとも近寄りがたい。
「ここが……最下層っすか?」
レンが眉を顰める。
普通、最下層というものはもっと禍々しいはずだ。魔物が待ち構えているのが普通だし、明らかに『核』らしきものをあんな目立つところに置くなど、あるはずがない。
「――みんな下がるの!!」
皆は疑念を深めながらも警戒して大きく動けないでいると、インステードが鋭い声で一喝する。
メンバー達の反応は早かった。
インステードの命令が行き渡った瞬間、前線にいた全員が様々な手段で最後方に下がる。急な指示に戸惑って行動が遅れるほど、彼らは初心者ではない。
前線メンバーが立っていた地面が、瞬間にして深くえぐれた。
セーヴは即座にその元凶を見つける。右側の壁に穴が開いていたのだ。おそらくそこから魔力を飛ばして、地面をえぐったのだろう。
魔力を飛ばすのは相当燃費が悪いが、魔道具には最適だ。
「このフロア……かなり厄介なの……!」
誰よりもダンジョンの最も適切な攻略法を知るインステードが、冷や汗をかく。彼女だからこそ、いち早く魔道具の作動を感知できた。
後方で、周りに注意を裂いていられたからこそ、だ。
もちろん直撃を受けようが誰かが死ぬことはない威力だが、傷を負うことになるのは確実であった。
「……人間の反応を感知して、張り巡らされた罠が動く仕組みだと思うんだ。しかも時間差不意打ちスタイル。どこからどう来るかわからないタイプだね……あそこの紫のやつが『核』ってこと?」
「それは分からないの。核を破壊したら『転移魔術陣』が発動して地上に転送されるのが普通だけれど、その魔術陣はどこにも刻まれてないの。そこがおかしいのよ」
紫の物体を指さすセーヴに、インステードがいぶかしげな顔をしたまま答える。
最終フロアは人間を逃がさないため出口が塞がれるので、核を壊した後出口の代わりに起動するのが『転移魔術陣』だ。
もちろん一度きりしか使えない。それを示すように、地面に必ずまだ発動していない陣が人数分だけ刻まれているはずである。
しかし、それはなかった。
燭台の上に置かれている物体も、どうやら『核』と断定することはできなさそうだ。
「ダミーである可能性は十分にあるね」
「みんな気を付けて。急に魔力反応が増加したわ。この調子だとフロア全体に罠が張ってあるようね」
「そうみたいなの。全員『己体防御』の体勢で背中を合わせるの」
「僕は精霊を召喚するから、足元からの攻撃は透明化して捌いてもらう。足元は心配しないで攻撃をしのいで」
「「「了解!」」」
システィナの警告を聞いて、インステードとセーヴが素早く反応して指示を出す。全員がさっと動いて背中を合わせると同時に、壁に次々と穴が開いた。
もちろん足元の地面も穴が開くが、メンバー達の足元はセーヴの召喚した『大地の精霊』によって保たれている。
先ほどの戦闘での消耗はそれほどではない。
これまでの戦線を潜り抜けてきた自分達ならば捌けるだろう、そんな確信が、セーヴ達にはあった。




