56.次なる復讐を、志す
レイナとフレードの休息のため、セーヴは意図して凱旋式の開催時間を少しずらした。もちろん、遅めにである。
きっとそれなりに長く話しているだろう。戦いの後だ、精神も力も削がれている今、休息を満足に取れないのは良くない。
しかし、ずらした時間もやがては終わりを迎える。
セーヴが横目でランスロットに視線を向けると、ランスロットはそれだけで命令を理解し、懐からラッパを出して大きく息を吸った。
大きな美しい音が、テント陣営に響き渡る。
「相変わらず凄い迫力だなあ。戦に勝ったっていう実感がふつふつ湧いてくるよ」
「そう、ですね」
焚火を見ながらしみじみと呟くセーヴの隣に座るのは、エリーヴァスだった。宴会から少しだけ離れた位置にいるが、皆空気を読んで近づいてくることはない。
開会の儀式はインステードを主にし、ランスロットとグレイズもリーダーとして言葉を紡いでいっている。
その場には、レイナやフレードも含めて全員が集合していた。
「みんな本当にお疲れ様……これからマグンナに帰って、ゆっくり休みたい……ところなんだけどね」
「……それが、私をここに呼んだ理由ですか?」
「うん。これが、本題。後方担当のエリーヴァスに、一番最初に言いたかったんだ」
そう言って、セーヴは手にしていた杯を傾けてぐいっと水をあおる。一応日本的には未成年なので、何となく酒を飲む気にはなれないのだ。
それにしても、後方担当のエリーヴァスに最初に教えたのは、彼が前線メンバーではないからである。
前線メンバーは過労と言ってもいいほど十分働いた。今は、先の事を知らないでゆっくり休んでほしいのだ。
かといって後方担当が楽だとは口が裂けても言わないが、主要メンバーが何人かはこのことを把握しておいた方がいいのは間違いないので、苦渋の選択で選んだと言ってもいい。
予想通り、本題に入る空気を察したエリーヴァスが背筋を伸ばして綺麗な敬礼をする。
「あ、えっと、そんなに重い雰囲気にならなくても、今はさらっと聞き流してくれて大丈夫。まだインステードちゃんしか知らないし、何の作戦も練ってないから、今後そこに向けて行動するんだなってことだけ知ってもらえれば」
「は、はい、わかりました。どうも自分はすぐ重くとらえる癖があるようで……」
「いや、それで自分を卑下する必要はないよ。それは、凄く役に立つ性格だから。特に、今の僕らにとっては頼もしいよ」
「はい……!」
セーヴが微笑んで語りかけると、エリーヴァスは感動したように瞳を輝かせて頷いた。が、ちょっと恥ずかしいと思ったのか、ごほんとせき込んで真剣な表情に戻す。
セーヴはその強い表情を確かめてから、本題に入るため口を開く。
「……王都にね、攻め込もうと思うんだ」
「王都に、ですか。確かに、国民のほとんどが死にました。今王都に攻めるのはいいタイミングだと思いますが、それですと向こうの思うつぼでは?」
「もちろんすぐに行くわけではない。……確かに、向こうは様々な罠を張り巡らせていると思うんだ。だけど、だからと言って行くのを迷っていたら一生皇族にたどり着くことはできないよ。国の勢力を上げて張った罠なんだ、僕らが行くまでずっと張ったまま待ち構えていると思うよ」
それを恐れていては、らちが明かない。いつまでも復讐が終わらないままであろう。この帝国が、そう簡単に罠を撤去するはずもないのだから。
それに、セーヴ達は罠を恐れるような者達ではない。身を削がれ、魂ごと消し飛ばされようと、必ず復讐を成し遂げるという、正気の沙汰を失った軍団と言っても過言ではないのだ。
もちろんそれはエリーヴァスも理解しているが、懸念がないわけではないので、ひとまずセーヴの考えを聞いた形である。
「……確かに、そうですね。軍で攻めるのですか?」
「すんなり行けばそうなるんだけど、一応休息をとってから僕が下見に行くよ。外見から阻害になりそうなものが見つからなかったら、王都に進軍するつもりだ」
「なるほど、分かりました。ひとまず私は把握をするのみ、ということですね?」
「うん。主要メンバー全員に公表したときに、改めて計画を相談するから。……自分勝手だけれど、誰かに言っておきたくて」
「いえ、これからもぜひ私にご相談ください。ティアーナさんのための戦いですから……いくらでもご相談、承りますよ」
「ありがとう、エリーヴァス」
右手の拳を左胸に当てて強い意志を口にしたエリーヴァスに、セーヴが優しく微笑んで自分の杯をエリーヴァスの杯にぶつけた。
乾杯、ということだ。
二人は同時に杯に入った水、エリーヴァスは酒を飲み干し、お互い見つめ合って微笑みを浮かべる。
「……それじゃあ、エリーヴァス。君も宴会を楽しんできてよ。僕も、少し考え事をしてからすぐ行くから」
「分かりました。それでは、失礼いたします」
「うん」
エリーヴァスは立ち上がって敬礼をすると、杯を持ったまま立ち去る。一人残されたセーヴは、バチバチと散る火花を、穏やかな表情で眺めるのだった。
〇
それから宴会は、セーヴも加えて大いに盛り上がった。酒を飲む者、友と話す者、武勇伝を語る者。色んな者がいたが、全員が笑顔だ。
ちなみに治療室に運ばれた兵たちも今全員ここにいる。
何故なら誰も重症らしい重傷を負っておらず、自分から志願して凱旋式に参加したのだ。エリーヴァスからの許可も出ている。
「でも、本当の戦はこれからなの」
「そうだね……。皇族が何を隠しているのか、何が待ち受けているのか……僕らの想像の範疇外の事なんて、きっとさらっと行われているんだろう」
「……だけど、大丈夫なの」
皆の様子が一番見える位置に腰かけたインステードとセーヴは、優しい表情をしていた。ティアーナが殺された瞬間とは比べるべくもないが、その優しさの原点は紛れもない狂気の沙汰である。
だけどそれは、結束して帝国をも揺るがす大きな力となるのだ。
「うん」
「だって――」
「「僕達だもの」」
インステードが、セーヴが、楽しむ仲間たちを眺めて、どちらからともなく目を合わせて微笑んだ。
これから先続くのが、天国だなんて過信しちゃいない。
だけれど後悔することはないだろう。それぞれが振るうのは、誰の否定も許さない己が正義の刃なのだから。
――いずれ神話となる復讐劇が最終局面を迎えるまでの時間は、刻一刻と迫っていた。




