55.セーヴ軍、凱旋す
そのまま待っていると、ランスロットとグレイズの吹くラッパの音が徐々に近づいてくるのが分かった。兵士達の雄叫びも、止む様子がない。
医療のためテントに運び込まれる兵が来たら必ずそこへ向かうのだが、それはかなり少数で先ほどからセーヴ達はただ雄叫びを聞く以外になかった。
と、兵士がテントの外でセーヴに呼びかけたので、セーヴは入室許可を言い渡す。
「『神聖第三兵隊』と、『慈善盗賊軍』及びレッタ元男爵の私兵の連合軍が帰還されました」
「オーケー、分かった。インステードちゃんと出迎えに行くから、案内をお願い」
「はっ!」
恭しく発言をした兵士に微笑みを浮かべて、セーヴは身を翻す兵士についていく。インステードも当たり前のようにすぐ魔力を車いすに流して、セーヴと兵士の後ろの位置をキープし続けた。
〇
セーヴとインステードが広場で待機していると、綺麗に整列した軍隊がゆっくりと陣営の中に入ってきた。
先頭に立つランスロットとグレイズは晴れやかな顔をしている。
確定で、セーヴ軍の勝利だ。アデル達が捕まって、敵軍はさぞ混乱しただろう。そしてその混乱に乗じて、勝つのはそう難しくなかったはずだ。
「ランスロット、グレイズさん。それにみんな、お疲れ様」
「お疲れ様なの」
ランスロットとグレイズが近づいてきて、セーヴとインステードの前に、ランスロットは敬礼しグレイズが跪くと二人は全員にねぎらいの言葉をかける。
決して大きな声ではなかったが、軍隊にも届いたようで、掛け声が上がった。
頼もしい者達だ。
その熱気に当てられながら、セーヴが一歩下がって剣を抜いて天に掲げる。
「諸君! 苦しくも熱い戦い、ご苦労だった!! 帰れば、大々的に祝勝式をやろうではないか! 今日は、皆が無事に凱旋したことを祝福して、ここゲリル平野でパーティを開こう! 皆、今日は好きに騒ぎ遊ぶが良い!! さあ、休息がため散るが良い! 凱旋式の開始はラッパで呼びかける!!」
威厳溢れる演説の終了の合図に、セーヴが剣を鞘に納める。そしてランスロットとグレイズが軍を向き直って敬礼をすると、全軍が同時に敬礼を返す。
そうして全軍が散ると、前線メンバーがセーヴ達に駆け寄ってきた。
誰もが嬉しそうな顔でセーヴとインステードの周りに集まって、こんなことがあったんだと話してくれる。
そんなメンバー達から少しタイミングをずらして、ゆっくりと前から歩み寄る者がいた。
「……フレードくん」
「お疲れ様です、セーヴ様!」
リクの死を乗り越えたのであろう、フレードだった。
相変わらず元気に名を呼んでくれるが、その顔は酷いものだ。無理やりゆがめられた笑顔。今にも泣きそうなほど顰められた眉。感情を表に出さないように必死なのだろうが、ぎりぎりと握られた拳が何より今の彼の気持ちを物語っている。
そしてリクの死を超えろと命じたのがほかでもないセーヴである以上、彼から何か慰めの言葉を言うことはできない。
「お疲れ様、フレードくん。これから凱旋式があるから、休息をとって」
「はいっ! わかりました」
何かを振り払うように駆け出していくフレード。その様子に胸が痛むセーヴだが、リクの死はどちみち避けられない事である。
だったらフレードに成長してもらおう、という合理性は、きっとフレード自身も分かっているに違いない。
と、複雑なフレードの表情を見て何か思ったのだろう、レイナが真剣な表情で彼を追いかけて走っていった。
その方向見つめるレンは唖然、ぽかんとしたまま固まっている。
「……レン」
「あっ、あの、セーヴ様、一体……」
「フレードくんの反応を見て、きっとレイナさんにしか分からないことがあるんだ。僕から何かを言うことはできないから、正直助かるよ……」
「セーヴ、もしかして罪悪感を抱いてるのかしら?」
「システィナさん、もちろんだよ。僕が指示したわけだからね」
セーヴの言葉を聞いて解ったのだろう、レンは「さすが我が嫁」とでも言いたげな表情で腕を組んで頷いた。
ちょっと悲し気なセーヴの雰囲気を悟ったシスティナが、ふいにセーヴに問いを投げかける。
返ってきたのは、システィナの想像通りの答え。
「……確かに、セーヴが指示したことだけれど。それは、今後にとっても必要な事だったのでしょう?」
「うん。『命』――それも、大切な人の『生死』に触れて、初めてわかる事があるから」
それが、セーヴが今回踏み切った大きな理由だ。
話し合いの雰囲気を悟ったメンバー達が、空気を読んで各々休息のため散っていく。が、インステードだけは見守るようにセーヴの背後にいた。
システィナは言葉を続ける。
「それがあなたの信念。そして、その信念は誰のため? ティアーナに捧げるためでしょう? 今みんながティアーナの無念を晴らすために動いている。その中で、フレードくんはティアーナの為乗り越えるべきことを乗り越えたんだもの。ティアーナのため必要だと思ったことを躊躇しなかったセーヴは正しくて凄いし、乗り越えるべきものを悟って現実にして見せたフレードくんは強くて素晴らしい。私は、それでいいと思うわ」
「……!」
絶対的な、信頼がそこにあった。
きゅ、と袖を引かれる。そこを見てみると、いつの間にか近づいてきたインステードが、上目遣いでセーヴを見ていた。
大丈夫、と。その瞳が全てを物語っている。
システィナも、強い目でセーヴを見つめてくれた。ふと前を見ると、兵士と目が合って相手の顔がぱああと輝く。
医療テントを見ると、エリーヴァスがニコリと微笑を返してくれた。
――そんな仲間が、いる。
「っ……」
いろんなものがこみあげてきたが、副司令官がこんなところで涙を流すわけにはいかない。
だからセーヴは代わりに、すっかり暗くなってしまった夜空を見上げて左胸に拳を当てた。その瞳に湛える強い意志は、ただ一人ティアーナに復讐の炎を捧げるため。
――ティアーナに、誓うよ。
「……フレードは、大丈夫なの?」
「きっと大丈夫よ。レイナさんがいるもの」
そんなセーヴの姿を見つめながら、インステードがぽつりとつぶやく。
返ってきたシスティナの確信と信頼に、インステードもまた疑うこと無くうなずいた。
〇
どうやって言葉にするかもわからない気持ちを抱えたまま、重い一歩を踏み出すフレード。頭の中にぐるぐると回るのは、あの時のリクの顔だった。
(だめだよね、ぼく……。セーヴ様にわざわざセッティングまでしてもらったし、リク先輩にも『こえろ』って言われたのに……ぼくは……セーヴ様のお気持ちに報いることもできないし、超えることもできないままなの……?)
「――フレードくん!」
ボロボロと零れ落ちる気持ちを垂れ流して自分のテントへ向かうフレードを、女性らしき声が呼び止めた。
その声を、フレードは知っている。
だから振り返ると、案の定追いかけてきたのだろうレイナがそこにいた。
「あはは、レイナさん。もしかして、ぼくを慰めに来たんですか?」
きっと、そう言うことだろう。でも今は、慰めの言葉なんて聞きたくなかった。
「いいえ、違います」
しかし、返ってきた答えはフレードの予想とは反していた。
レイナの声に、いつものような暖かみがない。それこそ仕事をこなすときのような、淡々とした口調とすら感じられる。
「れ、レイナさ、」
「むしろ、突き放しに来たと言ってもいいかもしれません」
「え、」
「思っているんでしょう。色んな人に背中を押されて、それなのに自分は何をやっているんだって」
つい先ほどまで、フレードが考えていた事だった。
それを見抜かれて、フレードは何も言えずにうつむいてしまう。が、レイナはそれに構わず言葉を続けた。
「その感情は、えぇ、確かに仕方のないものです」
「……」
何も、返せない。
「ですが、ここにいる人間が皆、重いものを背負ってここにいることを忘れないでください」
「……!」
「インステードさんははるか昔、あの方が信じておられた全てに裏切られ、閉じ込められました。セーヴさんやレンは、その手で両親を殺し、故郷の人間を消しました。その他にも、上げてもきりがないほど全員が様々な事を経験しています。大切な人が死んだことすら知る事が出来なかった、そんな人だっています」
「それ、は」
「でもあなたはどうですか。ティアーナさんに捧げるためという明確な信念を持って。仲間に背中を押されながら。その目でしっかりと全てを見る事が出来たんでしょう」
「ぼくは……」
「……戦いなさい。あなたが大好きな先輩と、ティアーナさんのために。もしもその気持ちが怒りや悲しみ、憎しみで曇るなら――その力を、復讐の動力に変えなさい」
冷たい言葉に含まれるのは、煮えたぎる情熱。常にレン以外に一線を引いて、誰とも深く関わる事のないレイナ。
でも決して気持ちが軽いわけなどではなく。熱く、静かに、燃える炎を湛えていたのだ。
フレードだってそう。フレードにも、心の底から湧き上がる気持ちがあったから、こうして戦うことを選んで立っている。
誰もがそれぞれの気持ちを背負って前を向いていること、本当は知っていたのに。
そして何よりも誰よりも、大好きな先輩がこえろと言ってくれた。憧れのグレイズが走れと叫んでくれた。
――だったらフレードは、それを背負って戦うべきなんじゃないかって。
「レイナさん」
「はい」
「ぼく、戦います。……っ、たたかいます、こえます、はしります……! ちゃんと、背負うっ、みんなの、ティアーナさんの気持ち、せおいますっ……!」
「……」
ポロポロと涙を流すフレード。しかしそれは、延々と続く絶望の落涙ではなく、澱を流してまた前を見るための、慟哭だった。
レイナは、何も言わない。フレードの決意を、遮って良い時ではないから。
だから代わりに、そっとフレードを抱き締める。フレードの嗚咽を聞きながら、ただ優しく髪を撫でる。
それは、フレードが泣き止むまで続いて。
気付けば、凱旋式の準備完了が間近に迫って来るのだった。