54.アデル軍、陥落す
さて、前線組が獅子奮迅の活躍を見せながら、大軍をもうすぐ撃破しようというころ。
敵軍の監視を貫いて、通報しに行こうとする者を切り裂いて、誰もが反応する前に倒されるという、高度な殺戮が行われていた。
それがどこかと言えば――アデルの大軍、その本陣である。
大軍を相手にするにあたって、味方をここまで分割されるとは彼らも想定していないはず。だからこそ、不意打ちを狙いに来たのだ。
「『千里眼』」
母レイナ、父レンはすでに、敵の指揮官アデルがいるテントの周りの兵を倒し尽くしている。ではアリスが何をしているかと言えば、敵軍の視察だ。
神聖魔術師が戦うには必要だろう、とセーヴに教わった『千里眼』を使って見ているのは、テントの中にいる人間達とその『強さ』である。
千里眼をキープしながら鑑定を使うのはかなり難しいが、アリスにとってはなんてことない。
「中には指揮官アデルと、その護衛しかいませんです。やっぱり戦う人達はみんな前線にいるですね。二人とも大きな動きはないですから、大丈夫だと思うです!」
通信器具を通して父と母にそう伝えると、二人からは賞賛する声が言いすぎと思ってしまうほど届く。
しかし、アリスにとってはこれ以上なく嬉しい、両親からの誉め言葉。
それにはにかみながら、アリスはレイナとレンがテントの中へ入っていくのを見守った。あとの自分の役目は、これ以上誰かが来ても、両親が妨害される前に倒すというだけだ。
〇
兵の士気はこれ以上なく上がっている。誰がどう見ても、戦争はもうすぐ終わるだろう。もちろん、セーヴ達の勝利で。
戦争が終結に近づいているだろうと言う事で、司令官のセーヴ、副司令官のインステードは一旦テントに戻っていた。
戦争終結の号令はグレイズとランスロットが行う事になっている。
「さて、僕たちはあとはこのまま待つだけだけど……待つだけって言うのもなんか心地よくないね」
「確かにそうだけれど、休むのも大事なの。それに、これから待っているのは、中々の大仕事なのよ」
ふぅ、と一息ついて水を飲みながら苦笑するセーヴに、微笑み返して机に突っ伏すインステード。
戦争の熱気が、ここまで伝わってきている。
その圧倒的な勝利の『気』だけで、安心して色々と緩んでしまう。司令としてそれはいかがなものかとは思うが、この後もっと重要な<仕上げ>があるのだから、少しくらいの休息は必要だ。
『ししょー! おねーさん! 帰りましたですよ!』
そんな話をしていたら、アリス達が『最重要事項』を連れて戻ってきたようだ。
「入って」
「はいです!」
アリスがテントを開け、彼女を先頭に、右にレン、左にレイナが立っているという編成で入ってくる彼ら。
違うのは、レンの手には一名の男が、レイナの手にはアデルらしき少女が捕まっていること。
その男と、アデルこそが――最重要事項、である。
「こっちはアデルの護衛のディーンっす。あっちのが指揮官アデルっす」
「ありがとう。レンさん、レイナさん、アリスちゃん。お疲れ様、下がってもいいよ。大変だっただろうから、テントで休憩してなよ」
「「「はい!」」」
レン、レイナ、アリスは恐るべし同時さで敬礼をし、同じような歩き方でテントを辞していった。さすがは家族である。
一方、先ほどからずっとセーヴに刺さる視線があった。
アデルは先ほどからうつむいており、長い髪が陰になって表情を窺うことができない。だが、彼女の護衛であるディーンが殺気のこもった眼でセーヴを見ているのだ。
口はふさいでいない。何かあるなら言ってほしいが、どうやらそうしてはくれなさそうである。
なので。
「……えぇと、ディーンさん、だったっけ? 先ほどからずっと僕の事を見ているけど、何か言いたいことがあるなら言ってもいいんだよ。君は有力な情報源だからね、そう簡単に殺しはしないさ」
「ふざけるな……! 何も口に出すものかッ……! 卑劣な、」
「ディーン。やめなさい」
何も口に出さないと言ったディーンだが、徐々に感情が昂って眼鏡を落としてしまう。それでも言葉を紡ごうとする彼を、アデルがうつむいたまま止めた。
その声は冷静で、微塵の乱れもない。
やがて顔を上げた彼女の瞳に、反抗しようという色は見られなかった。目にハイライトのない無感情な表情だが、少なくとも取り乱してはいない。
「ですがアデル様!」
「貴方は自分が誰だと思っているのです。貴方など、無礼な真似をすればすぐ首を飛ばされて終わりですよ」
「……ッ」
部下を落ち着かせるアデルの言葉を見て、セーヴはほぉ、と感心する。
今セーヴとインステードはひとつのテーブルをはさんで両端に座り、二人ともテントの扉を向いて座っている状態。
インステードは腕と足を組んで、セーヴは頬杖をついている形だ。
完全に見下されている状況でいながらも、アデルから何かの感情を見て取ることはできない。
「ずいぶん冷静だね、指揮官アデル」
「……この私が司令ではない者にすらしてやられたということは、そちらの人員に抗う術はないということ。ここで暴れるのは得策ではないと分析いたしました」
「へえ、なるほど」
「しかし。ディーンの言う通り、私達が何かを口に出すことはありません。我々はそこらの下等メンバーとは違い、様々な耐性を仕込まれています。私達が情報を吐くことを期待せぬよう」
彼女の分析は確かなもの。しかし、部下を『下等メンバー』と呼ぶあたり、彼女も帝国の人間だなあとわかる。
穏やかな語り口だが、その口調には確かな自信が滲んでいた。
様々な耐性、ということは、拷問耐性も普通より仕込まれている、という意味だろう。
「……それはもちろん、試してみないと分からないんだけどねえ……」
「わたしから一つ、良いかしら」
「もちろん」
目を細めて呟いたセーヴの話が終わったと見て、インステードがつなぐ。司令官からの許可が出た彼女は、高圧的な態度をとったまま口を開いた。
「……あんた達は、『剣神』スメラギの部下?」
「……ッ!?」
「ディーンッ!」
インステードの問いに反応してしまったのは、ディーンだった。
それを見て、アデルはやっと焦ったような感情を滲ませて彼を注意する。それではもはや、肯定に等しかった。
それを悟り、諦めたように息を吐いたアデルはインステードを見上げる。
その隣では、ディーンが真っ青な顔で震えていた。
「……なぜ、それが分かったのですか?」
「一応、スメラギとは仲が良かったの。優秀な副官の話は聞いたこともあるの。その特徴と合致していた……でも、わりと直感なの。あいつから聞いた話だと、あんたは『賢者』のヨミに鍛え上げられたらしいから……『賢者』に似た感覚を覚えて」
「……女の勘、というやつですね……」
ふ、と笑って目を逸らすアデル。
もう四天王の名前が二人出てきたが、どうやらどれも間違ってはいないようだ。女の勘恐るべし、とセーヴが戦慄を覚える。
『賢者』のヨミは有名人なのでセーヴも一応知っているが、確かにアデルの髪を短くした感じとよく似ているように思う。
「なるほどねえ……スメラギやヨミと繋がっているって言うのなら、さらに君の口から色々聞きたくなったよ。本当に何も言わないつもりかい?」
「先ほどから言っていますが、どの情報も漏らすつもりはございません」
「……そう。レイナさん達のおかげで、指揮官アデルが捕縛された情報は既に戦場に知れ渡ってるはずだよ。この戦争は僕らの勝ちで終わる。どうだい? 気分は」
ディーンのように気持ちを昂らせてくれやしないかと煽って見たが、アデルは「ふ」と息を漏らすだけで大した反応はしなかった。
一方のディーンは自分の失言のせいで大変な事になったので、もう二度と反応しないと決め込んだようだ。
ワアアアアアア――――!!
と、テントまで響き渡るほどの歓声が轟音となって地を鳴らした。
こちら側に深く伝わってくるということは、セーヴ側の勝利で間違いないだろう。
「……聞こえたかい? 僕らの勝利だ」
「確かにそれも悔しいですし、マスターの副官である私が捕まったのも嘆かわしいのですが、状況は変わりませんので」
「冷静だね。それなら、今日はやめておくよ。――兵士さん」
これ以上話していても同じ言葉が続くだけだ。それに、グレイズ達が帰ってきたら色々とやることがある。
そう思ってこれ以上の尋問をやめたセーヴが、声を張り上げてテントの外へ呼びかけた。
すると、テントの外で護衛をしていた兵士が二人中に入ってくる。
「この二人を閉じ込めておいてくれ。あの、オーギル・マクロバンたちを閉じ込めていたところだよ」
「「はっ!」」
オーギル・マクロバン達を閉じ込めていた檻には、魔術を使えなくする呪縛がかかっている。かといって呪術ではなく、特殊な魔道具による効果だ。
その魔道具は、現在アデルらを拘束している手錠にもはめ込まれている。
アデル達が兵士に連行されると、当然だがセーヴとインステードのみの空間になった。
「……さて、今度こそ、凱旋を待つだけだね」
「うん」
セーヴが微笑みながらインステードと目線を合わせると、インステードも目を合わせて小さく笑みを浮かべるのだった。




