7.その兵士に、絶望を捧げます
全壊しもはや原型も分からない、伯爵邸だった瓦礫の中から車いすの少女が紫のオーラを纏いながら浮かび上がった。
傷どころか、汚れひとつ付いていない彼女の姿。その上、髪の毛が重力に逆らっているし体全体から発光もしている。
まるで神の誕生のような光景に喜んだのは、慈善盗賊軍のメンバー。
対して伯爵の持つ兵士達は全壊した伯爵邸を見て、呆然と立ち尽くしていた。
兵士を指揮することも忘れて伯爵邸だったものを見つめる指揮官に、
「――隊列もクソもないね、指揮官さん」
「ひぃっ!?」
セーヴはありったけの狂気と威圧感を瞳に込めて、低く地の底から這いあがるような声で囁いた。
幽鬼のように恐ろしい雰囲気。しかし無視できぬ圧倒的な存在感。
仮にも『伯爵』邸に配属された兵士のトップである彼は、少年に圧倒され動くこともできずに固まった。
(確かにいきなりぬっと出てこられたら驚いても無理はない。でも熟練の兵士ならここは反応するべきだ)
もちろんセーヴは残す価値なしと判断。まあ価値があっても残しはしないが。
「さよなら」
「うぐびっ……!?」
腰の剣を抜き放った瞬間、指揮官の首が落ちた。抜く動作と合わせて指揮官の首を切ったのだ。無駄のない的確な動きである。
「フィオナのみんなー! ここにいる兵士は皆殺しでオーケーだよー!!」
「了解でさぁ! おいてめぇら、全力でかかれぇえぇえええ!!」
「「「おっす!!」」」
先程までの残酷な表情とは打って変わって、ニコニコと太陽のように笑顔を咲かせながら、セーヴは剣を掲げて前から向かってくる仲間に叫んだ。
それを聞いた『フィオナ』のリーダー、グレイズがメンバーを奮い立たせると、彼の背後から頼もしい仲間の返事が聞こえてくる。
自身の『城』を攻略され、圧倒的な敵の士気に晒された伯爵邸の兵士達は、向かってくる慈善盗賊軍に戸惑い、慌てた。
「うわっ!!」
「向かってくるぞ!!」
「指揮官殿は!?」
「討ち取られた!!」
「じゃあ伯爵は!?」
「あんなに家ぶっ壊されて生きてるわけねーだろ!?」
「は!?」
「俺らどうすんだよ!?」
「ちょっと待って向かってくるzぎゃ! ぁ……」
「お前! しっかrうぐぁっ!」
「悩んでる暇はねぇ!」
「撤退だ撤退!!」
「オイお前ら、全力で撤退!!」
(あほか)
慌てている上に指揮官もいない百人程度の兵士は、前から襲い掛かってくる慈善盗賊軍を恐れて踵を返した。
全員で後ろに向かって撤退している。もはや逃げ惑っているとすら言える足取りだ。
それを見てセーヴは心底から侮蔑した。
もし敵軍にセーヴがいたとしたら、彼は両脇への撤退を選択するだろう。
剣を構える。
「貴方達バカ? 貴方達の後ろには僕や彼女もいるんだよ?」
その剣に乗せられた魔力が魔術の刃となって、セーヴの前に居た五人ほどの兵士を半分に斬り裂いた。
そう。
彼らは後ろに撤退することにより、待ち構えていたインステードや、先程最後列で指揮を執っていた指揮官の首を取ったセーヴと衝突する事になるのだ。
それに今更気付いた兵士は今逃げているのと逆方向――つまり今の彼らにとっての後ろを見るが、後ろからは慈善盗賊軍が着々と兵の数を減らしている。
「――有限なる存在を超越せし無限の前に、汚れ多き存在を許し賜ることなかれ」
ただ一瞬。剣を空に掲げて慣れた様子で詠唱をしたセーヴに、後光が差した気がした。敵軍がその佇まいの美麗さと威圧感に呑まれていると、急に足元が黒く染まっていった。
攻めて攻めて攻めまくっていた慈善盗賊軍は、空気を読んで両脇に一時撤退。セーヴの術が届かないところまで避難。
そしてそれを浮きながら待機していたインステードが盾で守る。ついでに壁で敵軍の逃げ道を完全にふさいだ。
「――『原初神』」
その瞬間、黒が吹き荒れた。
黒色をした魔力の塊が敵軍全体を包み、やがて敵軍はその中に吸い込まれて見えなくなった。
「そろそろかな」
セーヴの言葉と共に、黒の魔力がゆっくりと解除されていく。
――そこには、何もなかった。
先程まで戦っていた兵士の全員が、まるで最初からいなかったかのように姿を消しているのだ。だが、それを誰も疑問に思わない。
インステードは自身の纏う魔力を解除して地上に戻り、慈善盗賊軍は勝利の歓声を上げている。
「相変わらず、その魔術は残酷極まりないの」
「いいや、君に言われたくないよ……」
「そうかしら? わたしの魔術は便利で強力。ただそれだけ。あんたみたいに、人の存在ごと消しちゃうような魔術は手札にないの」
「あー、そっか」
戦うのが面倒くさかったから自らの手札の中でもわりと強いものを選んだだけだったが、存在を跡形もなく消し飛ばす魔術は確かに知らない人が見たらショッキングかもしれない。
そんな事を思っていると、突然耳を劈くほどの歓声が聞こえてきた。地を震わすほどの大きな喜びの声。
それはここから一番近い街、レガリアから聞こえてくる民衆の歓声だろう。
伯爵邸は崩れたし、慈善盗賊軍の喜びの声も伝わって来たが故の歓声と思われる。
「あー、喜んでる喜んでる」
「そうね。この調子だと辺境地全体に喜びが伝播するのは早いの。もう次の計画に取り掛かってもいいんじゃない?」
「オーケー、まだ魔力は全然有り余ってるから」
「またあんたの活躍の番ね、ゲス」
「ゲスぅ!? なんで僕がゲス呼ばわり!? インステードちゃんだって大魔術使ったのに!」
「セーヴさん、準備はばっちりでさぁ!」
ニヤリと口角を上げながらインステードにゲス呼ばわりされたセーヴは、肩を跳ねさせて反論した。
そんな彼らに、グレイズが声を掛ける。彼の声を合図に、両脇に避難していた仲間達が真ん中に集まってきて綺麗に敬礼をする。
それを見て、セーヴはちょっとへなちょこな敬礼を微笑みながら返した。
「みんな怪我はない? 大丈夫?」
「勿論でさぁ!」
「あんなので怪我するわけないっすよ~」
「あぁ……甘い鍛え方は……していないからな……」
「おっ! 頼りになるじゃん! みんな怪我してなくて良かった。じゃあ、これより次の計画に移るよ」
セーヴの問いにグレイズが親指を立て、レンが飄々と肩をすくめ、レイがうんうんと小さくうなずいて答えた。
頼もしい仲間達の応えに、セーヴは微笑んで次の計画を話す。
「まず、僕が精霊を放つ。それでも逃げられる可能性はあるから、それを君達に追いかけて殺し尽くして欲しいんだ。まぁ一人や二人なら逃がしても問題はないんだけどね」
「あ、そうだったの。あんた精霊師だったわ」
「『あ、そうだった』じゃないよ! 僕、どっちかというとそっちが本業だよ!?」
インステードの言葉にセーヴが魂の叫びを返す。さすがに本業を忘れられるのは心外だった。
これでもセーヴは冒険者や小さな子供の憧れであったりもした。それほどに天才な精霊師で、同年代の同業者で彼に勝てる者はいないのだ。
それを忘れられたのはショックだが、いつまでもくよくよ悩んでいる時間はない。
「それじゃあ、僕が精霊を放ったら各自行動を開始して」
「「「イエッサー!!」」」
「あと、わたしがあんた達にセーヴの魔術――いや、精霊術は魔法だったわ。魔法が効かなくなる魔術をかけといたの」
「「「あざーっす!!」」」
セーヴからの命令が下され、インステードの有難い気づかいに感謝を示すと、仲間達はくるりと方向を変えて、クラウチングスタートの体勢を取った。
「あれ、僕、その姿勢教えたっけ」
「見て覚えたんじゃないの? あんたそれ、よくやってたの」
「まさかの無意識ッ!」
ふ、と鼻で笑ったインステードは、先程の壁を解除した。視力を強化しているインステードやセーヴには街の様子が良く見えた。
「頃合いだね」
「あんたの護衛は任せなさい」
「ありがと」
セーヴはインステードに微笑むと、両手を握り合わせ目を閉じて祈りの姿勢を取った。すると、彼の周りの空気が暴れ狂った。
次に、彼の足元に浮かぶは真紅の魔法陣。そして握り合わせた両手にも真紅の光が灯る。
その変化から五秒ほど。彼はガッと目を見開いた。その目は紅く染まっている。
「召喚――上位精霊Ⅰ『炎の魔神』」
『ソレ』はセーヴの足元の魔法陣から浮かび上がり、くるくると舞いながらセーヴの全身を纏う。
重力に逆らって舞う赤髪。『ソレ』本体が纏う炎。そして真っ赤な巫女装束。
この姿こそ、火の上級精霊『エフリート』がこの世に体現される時の姿である。
お読みいただきありがとうございます
今回はセーヴくんの活躍シーンですね(*‘ω‘ *)