『バレンタインイベント』悪役令嬢だってチョコを作りたい。
本編には関係ございませんので、読み飛ばしても大丈夫です(*‘ω‘ *)
「セーヴ! インステードちゃん! 明日はバレンタインよ!」
インステードが住んでいる地下室。そこへ、色んな材料を掲げたティアーナがまぶしい笑顔で突入した。
いきなりの事過ぎて、来ていたセーヴもインステードもきょとんとする。しばしの沈黙。ティアーナは太陽のような笑顔を維持したまま。
このままでは一向に話が進まないと思ったセーヴは、苦笑して口を開いた。
「ティアーナさん、その、手に持っているのは?」
「チョコレートを作るのですよ……! 公爵令嬢がはしゃぎすぎとか、そんなの知らないわっ。バレンタインで、親友と一緒のときくらいオフでいいじゃないっ!」
「親友……」
「あたしははしゃいでるティアーナさんの方が好きなの。それでその……ばれんたいんって何なの? なんでチョコレートを?」
ティアーナの明るい笑顔に照らされたセーヴだが、親友と呼ばれたことに対してちょっとした不満があるようで、目を逸らして撃沈。
何となくその理由を察しているインステードが、話をそらすために尋ねた。
ちなみに今ティアーナは十六歳。十五歳の成人式を終えて一年と少しだ。つまりティアーナはすでに十五歳の成人式で皇太子に惚れた後なので、セーヴは親友どまりの自分を悲しむ事しかできない。そしてその悲しみさえも、閉じ込める必要があった。
「バレンタインはね、女の子の恋のイベント、って感じかな。チョコレートを作って、好きな殿方に渡す。それと同時に告白したり……。ま、本命チョコとか義理チョコとかもあって、要は本命が好きな人だよ。義理チョコはみんなに配ったり友達にあげたりするチョコ。そんな感じで、バレンタインはチョコレートと告白の日、ってなってるんだよ」
「へえ。そんなんができてたの……でもそれってただチョコレート屋さんが儲かるだけじゃないの?」
「こらっインステードちゃん! そんな夢のない話をしないの! チョコレート屋さんが作ってくださった素晴らしいイベントなのよ!」
セーヴの説明に何とも夢のない返答をしたインステード。そんな彼女に、ティアーナが困ったように笑いながら力説する。
どうやらティアーナはバレンタインに大層こだわっているようだ。
「……ティアーナは誰にあげるつもりなんだい? そこまでこだわってるんだから、あげる相手、決まってるんでしょ?」
「んっ、あのぅ。……だから、殿下に……」
「あ、皇太子のことなの? でも、話を聞いてると貰ってくれなさそうに見えるの」
「うん、たぶん貰ってくれないだろうなあって思ってるけど……でも、ねっ」
そう言って笑うティアーナは、正真正銘の恋する乙女だった。
セーヴは見ている。成人式と共にティアーナの婚約者となった、少し年上の皇太子がどうティアーナに接しているのか。
必要最低限の事しか口にせず、ティアーナを見る目はいつも冷たく、いっそ見下している。
給仕じみたことをさせたり、理不尽な命令や怒りをぶつけることもあった。それでもティアーナは一心不乱に尽くし続けていて。
恋は盲目とはこのことかと思うけれど、ティアーナの盲目さはいつだって皇太子にしか向いてくれない。
「ったく、ティアーナさんったら、しょうがないの」
もちろん、インステードもティアーナがどんな扱いをされているか知っている。セーヴが飽きるほどの皇太子への罵詈雑言を、インステードから聞かされる回数はもはや数え切れない。
けれど、インステードはティアーナのために妥協したのだ。
心の底から皇太子を愛しているティアーナが、少しでも報われるようにと願いながら。
「……ていうか僕男なんだけど、いいの?」
そう言って強引に話を逸らしてみる。それが、セーヴの精一杯だった。
「ダメなの」
「辛辣ッ!?」
「まあ、確かに……インステードちゃん、ホワイトデーっていうものもあってね。それは、男の子が女の子にお返しをするものなのよ。告白のお返事としてでもいいし、単純なチョコ交換という例もあるのだけど」
「……だから、あんたは大人しくチョコ待機してればいいの。そんでホワイトデーに百倍美味しいチョコを返すの」
「えぇっ!? そもそも僕チョコ貰えるの――」
「セーヴの鈍感ッ!」
「あだっ」
インステードの即答にセーヴが落ち込む。そしてティアーナの補足にインステードが乗っかるものの、セーヴはその言葉の意味を察せずにティアーナからデコピンを頂く。
「え、えーと?」
「だからつまり! ――インステードちゃんがセーヴにチョコをあげるってこと」
ティアーナは言ってもいいかインステードに目配せをして、アイコンタクトで同意を得てからセーヴをびしりと指した。
人差し指ではない。どこからともなく取り出した扇子を格好良く向けている。
一方インステードはぷいとそっぽを向いている。その内心では、ティアーナが代弁してくれて有難いと思っていた。自分では、素直に言い切れる自信がない。
ホワイトデーの事は知らなかったのだが、もとより「わたしがあげる」というつもりではあった。けれど、ホワイトデーの後押しがあってもきっと言えなかっただろう。
「ほ、ほんとに、インステードちゃん!?」
「……」
こくりと頷く。
「おおぁあーっ、ありがとう! 僕もやっとバレンタインイベントに乗っかれるんだーっ! 今まで全然参加してこなかった……」
「忙しかったから……でも大丈夫、今年は楽しいバレンタインデーを過ごすのよ」
大げさなほど喜ぶセーヴに、微笑むティアーナ。インステードは二人の光景をただ黙って眺めていた。
インステードが素直な言葉を言えそうにないのは、それは、単純に勇気が足りないのではない。セーヴがティアーナに対してどんな想いを抱いているか、当たり前のように察せるからである。
そのうえで何かアタックするような言葉を口にするのは、さすがに抵抗があった。
(二人を邪魔するわけにはいかないの。でもチョコをあげる相手がいないのは寂しいから。それだけなのよ)
どうやら本人は、自身の感情の本質に未だ気づくことはないようだが。
けれどそれは、セーヴの想いに気付かないティアーナも。インステードの隠された気持ちに気付かないセーヴも。
誰も彼も同じことで、誰も気付かないからこそ起きたすれ違いでもあるのだ。
〇
昼になると、セーヴは職務をこなすために家に帰った。となると、残されるのはティアーナとインステードの二人。
ちなみにティアーナは職務を全て終わらせている。ついでにティアーナが少し帰らなくても誰も気付かないので、何も心配はいらなかった。
姉システィナには既に大抵の事情は説明してあるし、公爵邸から出るのをサポートしてくれたのも彼女だ。
「そういえばこの地下室って、丁度お台所があるのね」
「わたしは使わないけど……皮肉かもしれないの。足が、動かないから。もう死んでると思われてるみたいだし、キッチンがあるからこそ……」
「インステードちゃ」
「でも今は感謝するの。これのおかげで、ティアーナさんとの時間を過ごせるの」
「インステードちゃん……! もうっ、なんて可愛いのかしら……!」
「かわっ」
がば、と抱き着いてきたティアーナに、インステードが赤面する。インステードは絶対にティアーナの方が女神だし素晴らしいし可愛いと思っているが、だからこそそんなティアーナから可愛いと認められると凄まじく嬉しい。
それからの時間は、本当に楽しかった。
チョコをかき混ぜていたらちょっと吹っ飛んでしまったり。
火加減を間違えてやり直ししたり。
愛のおまじないをかけたり、やらせたりやらされたり。
からかい合って、たまに転んで、情熱を燃やして何度だって再チャレンジして。
きっと、全ての想いを込めに込めたチョコレートは、完成した。
〇
皇太子の妻として王城に住む事も許されているティアーナは、皇太子の部屋のバルコニーを眺めていた。
場所は皇太子の部屋の隣に設置されているティアーナの部屋。
時はバレンタイン。ではなぜティアーナがチョコレートを渡しに行かず、バレないようにこっそり皇太子を眺めているのかと言えば。
『ルーナ、俺のためにチョコを作ってきてくれたのか?』
『はいっ、殿下に喜んでいただけるようにって、愛をこめて!』
『本当か? 凄く嬉しい。ありがとうな、ルーナ、俺も愛しているよ』
『きゃっ、殿下ったら……』
煌びやかな服装と優しい笑みを湛えた皇太子と、柔らかな髪と愛嬌のある顔立ちをした少女、ルーナが抱き合っている姿。
それを見て、問い詰めることもできないティアーナが寂しげに眉尻を下げた。
せめて嫌われたくはないから、ただ眺めていることしかできなくて。そんなふがいない自分が情けなくて、悲しくて、悔しくて。
「っ……!」
だから、ティアーナはそっと皇太子の部屋の前に丁寧にラッピングされたチョコを置いていった。声もかけず、走り去って。
公爵令嬢としての身分を捨ててまで求めた青春は、儚く散ったのだ。
〇
バレンタインの翌日、インステード、セーヴ、ティアーナの三人は再度集結した。セーヴの手には、恐らくインステードから貰ったのであろうチョコがある。
「一人で食べちゃうのはもったいないと思って、今ここで食べようかなあって」
「って、言われちゃったの……」
きっとはしゃいでいたのだろうセーヴとインステード。その表情は明るい。そんな表情を見ると、ティアーナはさらに落ち込んではいられないなと意気込む。
こんなことで、自分を大切に思ってくれる仲間達を心配させてはならない。
その決意として、ティアーナは着いて早々走り出した。
「「わっ」」
そして、インステードとセーヴを一斉に抱き締める。インステードは嬉しそうにはにかむが、セーヴは完全に顔から火が出そうでいっそ死にかけていた。
が、それに気づかないティアーナは、涙をこらえながら努めて明るく言う。
「ちょっと遅れたけど、」
―――ハッピーバレンタインデー、みんな!




