51.処刑すⅡ
一方処刑用テントでは、グレイズとインステード率いる一団が、オーギル・マクロバンの収容された檻の前にずらりとピラミッドのようにして並び立っていた。
インステードは小さなメモ用紙を手に、神妙な顔で車いすに座りグレイズと共に先頭に立っている。同じようにグレイズもまた真剣な顔つきだ。
どう見ても、先ほどのセーヴ一行とウィンナイト・リカリアナのような、ただ単純なものではない。それを、きっとオーギル・マクロバンも察しているはず。
だからこそ、彼は口角を不気味なほどに釣り上げている。
そして、インステードがいつになく真面目な顔をしている理由。それは、彼女が今考えていることと同じだ。
さかのぼること、数分前。
処刑用テントに向かう前、セーヴの執務テントにて。作戦会議をしていた時の事だった。
〇
『処刑用テントについたら、まず二つのチームに分けようと思う。オーギル・マクロバンにはたくさん聞きたいことがある。ついでに内通者についても、色々とね。だから、今まで通り僕が――』
『……待つの』
今までは確かに、重大な仕事や頭を使う何かは全てセーヴが行っていた。もちろんティアーナの事に関してだから文句などないし、むしろ彼としては喜んで行いたいくらいだ。
だけれど、そこに文句を挟み込んだのがインステードであった。いつもは頷く彼女がここで待ったをかけたことに、セーヴは首をかしげる。しかし無視をしたりは当然せずに、インステードは発言の許可を得た。
『いつも……あんたには、色々と……仕事、してもらってるの。でも、一応わたしが司令官なのよ……。だから、わたしに、この仕事……任せてなの。わたしだって、できるのよ』
たどたどしく告げられたのは、そんな言葉。言い方は素直ではないけれど、確かに伝わるのは、今までへの感謝。そして、重大な事が何もできなかった自分への後悔。
一応、司令官はインステードなのだ。それなのに副司令官のセーヴに計画も何も任せっきりで、与えられた仕事ばかりをマニュアルのようにこなしていて頭を使わなかった。
自分だって、力仕事ばかりがとりえではないのだ。それ以外だってできる。いいや、できない事だって頑張りたくて。
そんなインステードの決意を、もちろんセーヴは喜んで受け入れた。
『分かった。このメモに書いている内容について、オーギル・マクロバンへの尋問をお願いするよ。内通者の事もあるから、インステードちゃんとグレイズさんの二人で率いて』
『分かりやした!』
『分かったの。任せてなの』
グレイズはいつも通り頼もしい敬礼を。インステードはいつも以上に真面目な顔で頷いて。そして、計画は始まったのである――
〇
(だから、絶対に失敗などできないの)
最後に覚悟を決めて、インステードは威圧感を込め目を見開きオーギル・マクロバンを見下した。
「あんた、邪神官だったものねぇ……。邪神の手先が、こうも容易く捕まってしまうなんて思わなかったの」
「ふ……それがぁああ、僕の使命ですからぁああ……。もちろん、受け入れるよぉぉお?」
「そこまであんたが崇拝する邪神ヘルサマだけど、もう死んでるのよ~」
口角を釣り上げて優悦の笑みを浮かべたインステードの言葉に、オーギル・マクロバンが初めて不気味な笑みを崩す。
爛々と輝いていた金色の瞳が、ふと光を失くした。
今の彼は、まるで道に迷った子供のようで。光のない瞳が、きょろきょろとあたりをさまよう。檻をつかんでいた手が、ぱたんと力なく落ちた。
彼がウィンナイト・リカリアナのように大きな抵抗を起こさないのも、その言葉が力ないのも。邪神ヘルの力を感じなくなったから。
オーギル・マクロバンにとって、邪神ヘルこそが生きる意味だったのだ。
フィオナ軍がティアーナの味方をする事に理解が得られないように、オーギル・マクロバンの邪神信仰も身内から白い目を向けられたことだろう。
それでも信仰を捨てなかった。ヘルを讃えた。……そして、邪神ヘルは天に召し上げられ、恐らく今は浄化されその身は滅びているはずだ。
セーヴは容赦なく切り捨てるだろうし、全面的に否定と批判をするだろう。
けれど、インステードはふと思った。オーギル・マクロバンは、立場の違う自分達なのではないかと。そして彼とセーヴは、きっとよく似ている。
オーギル・マクロバンは決してフィオナ軍を良く思わないだろうし、セーヴがオーギル・マクロバンを許すことも決してないだろう。
けれど生きる意味を失ったことも、それに対する妥協がない事も、一緒だ。
自分だって一緒にされるなんてごめんだ。けれどそれは気持ちの問題で、事実はこういうことできっと間違っていない。
だからこそ、インステードはひとつ、賭けてみることにしたのだ。
「……悔しいか、恨めしいか、怒りが湧き出るか? それとも、そこにあるのは失意……かしら。だったらね、帝国を恨むべきなのよ。わたし達という敵を前に、邪神ヘルを守護するための術を持たなかったのは――」
「それは、違う……」
ぽつり、と失意の中オーギル・マクロバンが言葉を零す。首を振るばかりで続きを言おうとしない彼に、インステードが眉を顰める。
するとグレイズが動く――そのタイミングで、オーギル・マクロバンが口を開いた。
「皇帝陛下は……ヘル様の力を宿す……剣をお持ちだ……。だから、ヘル様を守護することは……大事だった……。ヘル様の消失は、すなわち、皇帝陛下の右腕とも呼べる……あの剣が力を失うから……」
ぽつぽつと零れ落ちる言葉を、後ろでフレード少年がしっかりとメモしている。これは大切な情報だ。オーギル・マクロバンが失意しているからこそ聞ける、皇帝ら派閥の内部状況。
しかしだからこそ、こんな簡単に教えられるはずもないと思っていた。
「……それ、大丈夫なの? 教えてしまって」
「情報を守るのは臣下の役目だけれども……ヘル様がいないなら……僕には何の役目だって、ない……。何のために、情報を守るのか……僕には、分からない」
「そう。だったら、今から色々聞くけれど、答えてくれるととっていいの? まあ、答えなかった場合、拷問にも特化してるグレイズに何とかしてもらうけど」
「特化はしてやせんよ!?」
さすがに特化は心外だとばかりに、グレイズが声を上げる。インステードは聞こえないふりをして、オーギル・マクロバンが頷いたのをしっかりと視界にとらえた。
それは、何を問うても答える意志を示したととってよいものだろう。
例え答えなくとも、拷問に特化した(※本人は認めない)グレイズならば、如何様にも聞き出すことができるはずだ。
それから、インステードはセーヴが託してくれたメモをもとに、様々な事を聞いた。
帝国への恨みを原動力に色々聞こうかと思ったけれど、彼の失意は思ったより大きかったらしい。
ちなみにインステードとたまにグレイズが尋問を行っている最中、フレード少年が必死でメモを取っていた大切な功績もここに記しておく。
〇
インステードらが丁度聞くべき情報を聞き終わった後、彼らは音が接近するのを耳にした。セーヴらが帰ってきたのだろう。ウィンナイト・リカリアナがどんな惨状になっているかはきっと聞くまでもない。
だからその前に、とインステードは車いすから降りて地面にぺたんと座り込んだ。
「最後に一つ、聞きたいことがあるの。――ティアーナさんのこと、後悔してる?」
もちろん、ティアーナの死刑執行をしたことだ。けれど、この質問でオーギル・マクロバンから失意が消える。
不気味に口角を釣り上げ、悠然とした雰囲気を纏い、狂気を醸し出す邪神官。
「ふふふふふ……。ヘル様が下された勅命、懺悔も何もないに決まってるではなぁいかぁぁああ……むしろあれが、正しいぅぐッ……!?」
「――ほざくなよ」
悪びれもせず、両手を拘束具の限界まで掲げたオーギル・マクロバンが、自身の正義を叫ぶ。
そう答えられることは分かっていたが、インステードは話の途中で眉を顰め魔力で自分を浮かせ車いすに戻った。
彼にとっての正義は、根本的に自分らと違う。
それを再確認することができた。沸き上がり胸を燃やす怒りが、証明している。
ただ、それを面に出す前に。
いつの間にか着いていたセーヴが、オーギル・マクロバンの肩めがけて素手で矢をぶん投げた。深々と、矢が突き刺さる。
オーギル・マクロバンは肩を抑えて悶えるが、目を見開くものの無様に叫ぶことはない。
「その正義は、あまりに脆い。邪神の存在が消え失せた……たかがそれだけで、貴様は信仰を失う。道に迷い、先に進めず、後にも戻れない。そんな貴様と……――一緒にしてくれるなよ」
怒りに燃えるセーヴの瞳が、ちらりとインステードを一瞥したのが分かる。最後の言葉が、きっとインステードに向けられたものなのだろうと察するには十分。
何故分かったのかは分からないが、彼は昔から人の内心を察するのがうまい。
信念の強さが違う。
オーギル・マクロバンと自分らの違いはそれだ。簡単に崩れたりはしないからこそ、自分らがオーギル・マクロバンを見下ろしている。
信念が誰より強い自信があるからこそ、自分らは今国すらも揺るがせているのだ。
(やっぱ……似てないかな)
セーヴの方が全然格好いい。それに比べて自分も、悶えている邪神官も……まだまだ、揺らいだり迷ったりで半端だ。
(ずっと思ってた……こんなわたしが、ティアーナさんの敵討ちなんて、そんなことする資格なんかないんじゃないかって……やっぱりそうなの……わたしなんて)
そんなことを思っていたら、セーヴがつかつかとテントの中に入ってきた。
その背後では、システィナが喚くウィンナイト・リカリアナにナイフを突きつけて黙らせている。彼女も、公爵令嬢だけれど、ずいぶん逞しくなったものだ。みんなみんな、とても格好いい。世間的にどう見えるかなんて知ったこっちゃない。けれどインステードにとっては、間違いなくかっこいいのだ。
「それで……安心しきってるところ申し訳ないんだけどさぁ……名乗り出てもらえるかな、内通者さん?」
ウィンナイト・リカリアナについた一団。そしてオーギル・マクロバンについた一団。主要メンバーが全員揃っている中、セーヴは微笑みながらそんな言葉を放った。
しかし、皆分かっているはずである。
全員が主要メンバーの中、たった一人呼ばれた一般メンバー。
誰がどう見ても、内通者が誰なのかははっきりしていた。ついでに事前の打ち合わせは済んでいて、誰もが答えを知っている状態。
隠したって意味はない。むしろ隠した分だけ、罪が重くなるに違いない。
全て計算されていたのだと悟った内通者は、視線をさまよわせる。威圧感に耐え切れない。自分だけがここにいないことを知って、怖くて。
それに……今まで圧迫され続け生きて、もう、いっそのこと逃げてしまいたかった。
「……僕です……」




