50.処刑すⅠ※残酷描写あり
処刑用テントに入ると、両側にありとあらゆる処刑器具が用意されているのが見える。それから視界の直線上に、二つの檻。
万に一つでも逃げることのできないよう、両侯爵が厳重に慎重に縛られて閉じ込められていた。
それを見て、一行が沸き立つ。誰かが激昂するようなことは、実力者ぞろいなのでさすがに無いと思うが、皆のテンションを落ち着けるためにもセーヴが片手を掲げた。
その行動により、ぴたっと室内が静まる。皆が急に黙ったことにより、室内にしぃん、というないはずの音が聞こえた気がした。
「よし……」
ということで、とセーヴが微笑んで後ろを振り返る。
「ここで、二つの班に分けよう」
〇
薄い青の髪を肩まで伸ばした少年の背後には、大きな荷台の上に置かれた檻。そしてそれを取り囲むように配置された味方数名。
物々しい行列が、並び立つテントの先頭からゆっくりと歩みを進める。
檻の中には、奥歯をむき出しにして檻から抜け出そうと必死に暴れる、ウィンナイト・リカリアナ侯爵。
そんな彼を冷たい顔で一瞥してから、セーヴは前を向き直って微笑み足を止める。
「我が親愛なる兵士、騎士諸君。諸君の恨みを存分に晴らすときが来た。ここにいるのはウィンナイト・リカリアナ侯爵。罪を犯そうと犯さなかろうと民を捉え、次々に人体実験、拷問を繰り返す狂気でできた人間だ! 何よりも愚かしいのは、我らが女神ティアーナに罪を着せ、様々な村や街を連れ回しては民から迫害を受けさせるという、人とも思えぬ所業をしたことだっ! 君達は許せるのか!?
被害を受けた民の心は、永遠に報われない! ならば代わりに、ティアーナにしたこと、民らにしたことと同じことで、報復してやろうじゃないか!! さあ、好きにするがいい。剣で刺すにしろ石を投げるにしろ、ウィンナイト・リカリアナ侯爵に対してならば、無礼も厳罰もルールもないッ! 死にはしない特殊な魔術がかけられている、思う存分思いの丈をぶつけるんだ!!」
剣を空に掲げ、放たれる熱気のこもった言葉はセーヴお得意の『扇動』だ。これには、周囲の目を白黒させている兵士達も状況を理解する。
テントに戻って他の仲間を呼んでいる者もいれば、雄叫びを上げたり石を集めたり剣を抜いたりしている者もいた。
何故、ここまで扇動されるのか。それはひとえに、ウィンナイト・リカリアナ侯爵がクズ過ぎたからだ。
フィオナのメンバーはティアーナの事があって、恨みを露にすることは別に不思議ではない。しかし神聖第三兵隊については、直接的な被害を受けたことのある者は居なかった。
だが、セーヴの熱い扇動の言葉が、彼らの心を動かすのだ。ウィンナイト・リカリアナがしたことの鬼畜さが、帝国の正義の代表である彼らの心を揺らしている。侯爵本人にとっては、これ以上ない皮肉かもしれないが。
「……ねえ、ウィンナイト・リカリアナ。これが、貴方のしたことの結果なんだけど……誰からも望まれず、誰もが自分の死を望み歓声を上げる。この状況はどうだい? ……震えているね、怖いか? 逃げたいか? いっそのこと自害したいか? そうかそうか――」
だからこそ、セーヴは振り返って思い切り嫌味たっぷりの笑顔を、ウィンナイト・リカリアナに向ける。
ティアーナにしたことを、絶対に絶対に許さない。
民に伝染病を流した立場で言うのは変かもしれないが、彼の民への所業も鬼畜そのもの。それも、許しがたい。そもそも、このような貴族達がいるからこそ、あのような民度の低い民が出来上がるのだ。
扇動に屈し、帝国に属し、狂信を是とし、非道を愛す。
上が狂うから、下も荒れる。当たり前の法則で、だからこそセーヴが貴族もろとも民を一掃する羽目になったのだ。
別にそれについて後悔はしていないし、悪いとも思っていない。けれど、セーヴは自分の行いが正しいと盲信しているわけでもなかった。
こんな結末になってしまったこと。それへの怒りが、真っ直ぐウィンナイト・リカリアナへ向けられる。
貴族よ、どうしてもっと善を軸に民を導いてくれなかったのか。
民よ、どうしてもっと屈せず自分の意志を持たなかったのか。
もしもティアーナが王になっていたなら、民を愛し、善を軸とし、幸福で平和な国を作り上げていた事だろう。
――自分よ、どうしてティアーナを守れなかったのか。
腹の底から湧き上がる自分を含めての全てへ。放たれる威圧の力は、ウィンナイト・リカリアナを震え上がらせるのには十分だった。
「――僕はね、君がしたことをそのまんま返してあげてるだけなんだよ?」
それはそれは、奇麗な笑顔だった。
けれど隠し切れない闇が、狂気が、笑顔の奥で吹き荒れている。風などないはずなのに、冷たく背筋を凍らせる冷風が、セーヴの周りを吹き抜けた気がした。
あたりは太陽に照らされているのに、夜闇よりも周囲が暗くなった錯覚を覚える。
セーヴが剣を投げた。それは真っ直ぐ、綺麗なフォームで、誰もいない地面に突き刺さる。それと共に、セーヴは前に向き直った。
「さあ、兵士達、騎士達、我が『慈善盗賊軍』達よ、己が想いをぶつけるがいい」
静かな声だった。けれど、響き渡る声だ。ずっしりと重い圧力を含んだ、迸る想いの詰まった言葉たち。
兵士達を、騎士達を、フィオナ軍の仲間たちを、突き動かすのに十分だった。
「ひ」
静かな空間に、ウィンナイト・リカリアナの声を取り残して。
瞬間、空気を震わすほど大きな叫び声が、全体から上がる。
兵士達が、石を投げた。騎士達が、剣を刺したり槍を投げたりする。フィオナ軍の人間があらゆる手法、お得意のやり方で仕掛けていく。
「ぁぁだっぁああ゛!?!?!? 待っ、いぎぃ゛……ぎゃぁぁあ゛ぁ、嫌だぁあ゛ッ!!」
「恥ずかしいものだね、ティアーナは耐えたのに」
鎖に繋がれ動けず、右左から剣を次々に刺され、体のあちこちを石が跳ね、投げられる様々な武器が体を中途半端に傷つけ、糸が肉を裂き、風で爪がゆっくりと剥がれ、創造魔術で生み出された塩水が勢いよく傷ついた体にかけられる。
整っていると自他ともに認められていた顔は、見るも無残にあっという間に潰された。たった一瞬で、体の原形も保たぬほど痛めつけられ裂かれ刺され殺され、しかし死ねず何度でも復活する。
セーヴはティアーナという前例を使って言葉攻めを仕掛けているが、実際は彼自身もこれが相当な倍返しであることを自覚していた。
しかし、倍返しで何が悪い。こんな人間に、どんな情けがいると言うのか。
それに、セーヴが歩くのはテントを建てた場所の全て。ウィンナイト・リカリアナのようにあらゆる村、街を回るような距離はない。
苦しむ時間が少ない分、実は倍返しとすらいえないのではなかろうか。
「拷問し、人体実験で生きてきたんだよね。それをそのまんま返されて、今どんな気分? 自分の時間の為、政治は闇ルートの人間に任せていたんでしょ? 皇帝の力を借りて無辜の民を無為に捉え、拷問し、逆らった人間もその家族もろとも貴方の手で処刑。さすがの拷問脳だね……でも、それだけやってきたんだ。今度は貴方がやられる側でも、大丈夫でしょ?」
ゆっくりと歩きながら、セーヴはウィンナイト・リカリアナの気力を削ぐために、威圧を込めた言葉を畳みかけ続ける。
泪と鼻水と血液でぐちゃぐちゃになった顔面で、ウィンナイト・リカリアナはセーヴを睨む。
「うるさいなぁああ゛ぁ゛!! 人間なんてえ゛ぇ゛!! 全部ぅぐっ、僕がッ……使うた゛め゛に゛あるんだろがぁあ゛あ゛!!!」
「まだ強情なこと言ってるんだねえ……偉そうなこと言ってるけど、ここでは君の価値なんて全然ないからね? ほしい情報はオーギル・マクロバンの方が持ってる。君は彼よりずっとずっと役に立たないんだよ」
「――」
何が彼の琴線に触れたのか、ウィンナイト・リカリアナの目の光が急速に消えていくのを、セーヴは感じ取った。
ばたばたと精いっぱい抵抗していた手が止まり、する、と落ちていく。
背後から飛んできた剣が腹を貫通して、ウィンナイト・リカリアナは「がはっ」と口から大量の血を吐き出した。
「僕がぁあ……や゛く゛た゛た゛ずだとぉーッ……!? そんなはずないッ、そんなはずないそんなはずないそんなはずないぃいい!! 僕はッ、必要とぉ、されているッ、はずなんだぁ――ッ!! ぁ゛あ゛ッ」
そして光のない瞳で、懸命に、訴える。しかしそれも、セーヴは冷たい目で見下ろした。彼の過去に何があったのかは分からない。大方家族に不必要などと言われた、的なものだろうかと推測はできる。貴族にそのようなルーツで堕ちた者は多いからだ。
だが、そんなことに同情できるはずもなかった。壊れてくれるならそれもまた良し、というくらいまで思っている。
ティアーナへの事。大切な人を傷つけられた怒りは、客観的に思うよりも簡単には晴れない。外野が何を言おうと、セーヴの怨念が消えることは永遠に無いだろう。
だから、ウィンナイト・リカリアナを、貴族を、皇族を、許すことも永遠に無い。
「……バカみたいだよ、みんな、みんな」
そこに、セーヴ自身への自嘲がほんの少しあったこと。それにセーヴは気づきながらも無視をして、ゆっくりと歩みを進める。
台車は進む。
絶望と憎悪の悲鳴、そしてそれに対する雄たけびと歓声。それをあちこちで巻き起こしながら、台車は進む。
様々な感情が絡み合いながらも、引き返せなくなった一歩を、それでも、進む。




