49.処刑前に計画す
それから一週間、セーヴは順調に広まっていく伝染病を観察しながら、とある事の準備を整えていた。インステードとも話していたことである。
ウィンナイト・リカリアナ、オーギル・マクロバン両侯爵の処刑についてだ。
それについては最近メンバーとも相談しており、彼らがティアーナに、民にしたことをそのまま返すという方法で落ち着いた。
オーギル・マクロバンについては邪神の事も共々聞きたいことがあるので、主要メンバーだけで処刑を行うことになるだろうが。
それはさておき、セーヴの執務テントでは主要メンバーが全員揃っていた。
「いやあ、ついに処刑。待ち望んだ時っすよね。借りは全部返すっす」
「兄さん……あんまりはっちゃけるなよ……」
にやっと口角を上げるレンに、注意をしながらもレイの表情はぴくりぴくりと痙攣している。どう見ても口角が上がるのを抑えているに違いない。
そんな明らかにテンション爆上げな二人を、誰かが咎めるようなことはなかった。
悪政を敷き続け、頭のおかしな趣味を押し付け、あらゆる悪事に手を染め、自分らの大切な人を死に至らしめた者達。それを処刑することに喜びを覚えることが、果たしてどう咎められるというのか。
ここはその思いが合致したからこそ集った復讐団。ひとまずこの場に、咎められる者はいない。
少女も、少年も、青年も、男性も、女性も、小さな女の子だって。
「えっと、そちらはさておき……いえ、置きはしませんが。第二次計画についてはどうでしたでしょうか? つい最近、報告が下りたんですよね?」
「アリスも聞きたいのです! どうなったのです?」
「レイナさんもアリスちゃんも……秘めた情熱が実は誰にも引けを取らないよね……?」
目をキラキラさせながらセーヴの座る執務机に身を乗り出すアリスはまだしも、穏やかな微笑を浮かべながら落ち着いて質問を投げかけるレイナの秘めた情熱は、きっとその穏やかさに見合わないほど強い。
むしろ、感情を前面に押し出さない人間の方が『熱い』とは、セーヴも聞いたことがある。しかし、実際ここで見たのは初めてであった。
笑みを微笑から苦笑に変えたレイナだったが、その眼は間違いなくセーヴの報告を待っている。なので、セーヴは執務室をぐるりと見渡してごっほんとそれらしくせき込んでみた。
「『伝染病Ⅱ』。効果は、己の最も大切な人間を殺したくなる衝動を起こす。その殺意は常人が耐えられるものではない、と。それを仕掛けた後、もちろん抗えた民はいないね。ちなみにⅠの方もだけど、範囲指定効果があるから味方が感染することは絶対にない……この辺の改造はインステードちゃんのおかげで完成したものだよ、ありがとう」
「ふふん、この程度お安い御用なの」
「そしてⅡを使ってから、民の数は大幅に減った。今はもう一万を切っている。その一万は大体大切な人がいない人間達だ。親すら何とも思っていない、冷めた人達。少しでも感情を持った相手ならば、一番大切だと計算される。けれどそれがない者達には通用しないだろう。そんな人間が一万もいることが驚きなんだけどね」
「けれど、まだまだ伝染病にかかっていない奴らもいるの。もうちょっと……そうね、残るのは五千人くらいでいい方なんじゃないかしら。まだまだ見どころはあるの」
慌てて付け足してくれたインステードに感謝を述べると、セーヴは「ついでに」と人差し指を立てる。
「今のは軍隊や皇族、貴族を抜いた数だ。皇族の最近衛軍隊は守られていて、恐らく感染することはないんだよ。守ってる方法はまだ分からないけど……あいつらだけ綺麗に残るって結末になるだろうね」
「で、それを一人ずつ処刑していく、って方式ですかい?」
「さすがグレイズさん。そういうことだよ。あと五千人残るだろう民達も、アルミテス帝国が何とかしてくれるだろう。邪魔が入る可能性は限りなく低くなった。これからもっとスムーズに事を運べるはずだ」
まあ皇族や貴族、それに近しい騎士階級の人間は何とかするだろうことなど分かっていた。だからこその計画だったのだ。
彼らこそが復讐したい相手なので、そこだけ綺麗に残ってくれたら邪魔がいなくて好都合になる。彼らは知らずの内に、自分から復讐されることを選んだも同然だった。
後片付けや場の適度なセッティングについては、アルミテス帝国に任せることにしている。彼らならば上手くやれるという信頼があるからだ。
伝染病についてはさておき、セーヴ達にはやることがまだあった。
そう、先ほどもレンやレイが騒いでいた、両侯爵の処刑についてだ。セーヴは周りを見渡して、皆に疑問などがないことが分かると話題を移す。
「処刑についての話に戻るけど……これについては専用のテントがある。処刑具についてはランスロットが手配してくれた。ありがとう。本当ならもう心配はいらなくて、すぐ処刑に移ってもいいんだけど……」
「何か、引っかかることでもあるのかしら?」
「うん。インステードちゃんと話していた事なんだけど……」
ランスロットが胸に拳を当てて丁寧なお辞儀をする。
次にセーヴが言葉を濁すと、システィナが鋭く察して議題を口にする。セーヴはこくりと頷くと、隣で車いすに座るインステードに視線を投げかけた。
インステードは視線を受けて、顔だけは無表情で、しかし確かに嬉しそうに頷く。
その感情の揺れ動きをシスティナは何となく察したが、そんなタイミングではないので何かを言うことはなかった。
「……スパイがいる可能性があるの」
「ぇ、スパイ……って、内通者よね?」
「そういう事だよ。それで、その内通者が誰なのか、何となくつかんでる。その内通者と思われる人間を、処刑に立ち会わせようと思うんだ。そこについて詳しく、今から説明しよう」
「っしゃー、来たっす! これぞ面白みっすよね~!」
インステードの言葉にシスティナがきょとんとし、追加で説明を加えたセーヴが神妙に笑いながら人差し指を口元に当ててそう言う。
緊張感が張りつめるかと思ったが、レンのテンションが爆上がりなので、極度の緊張が室内に降りることはない。
それはそれでありがたいので、セーヴはそのまま話を続けることにした。
〇
全ての話し合いを終えたセーヴらは、処刑に携わるメンバーと共に処刑用のテントへ向かう。全員先ほど話し合いをしていたメンバーだが、アリスだけはちょっとさすがに刺激が強いので、ランスロットと共にセーヴの執務テントで待機だ。
復讐団に入っている以上刺激が強いも何もない、とアリスは不服そうだったが、倫理的な問題なのである。さすがに九歳の女の子に狂気の拷問を見せつけるのは、問題があるだろう。
何よりレイナとレンがちょっと心配そうだったのが理由だ。
それはさておき、処刑用テントのそばでは予定通り『彼』が待っていた。もちろん、内通者と思われる『彼』である。
彼はフィオナの中で特に突出した才能があるわけでも、目立つほど波乱万丈な過去があるわけでもない。
実力で言えば中の下。十八歳と若いので良い方だとは思うが、才能あるものならばフィオナの中にいくらでもいる。例えば、十五歳のフレードが良い例だろうか。
なので、彼がいきなりこんな重要な舞台に呼ばれる理由はないはずなのだ。きっと彼は心配していることだろう。もしかしてバレたのか、と。そしてもうひとつ、もしや自分に重鎮として扱われるチャンスが来たのではないかと。
少年は焦っているはずなのだ。一向に中央に食い込めない自分に。帝国からは追い込まれているはずだ。自分自身も悔しがっているはずだ。そんな感情下で生み出されるのは、やっと努力が実ったという思い込みなのである。
だから彼は冷や汗を流しながらも、疑問を投げかけた。
「……ぼ、僕なんかが……皆さんの間に入っちゃって、いいんですか?」
それは、最初で最後の質問でもある。
これ以上聞いたら疑われるだろう。しかし聞かなかったら自分の疑いも一向に晴れない。いや、ここでセーヴが肯定しようが否定しようが、それが本当という保証はないのだが。
ただ……『彼』自身がせめて感情だけでも納得したい。ただそれだけなのだろう。
「……うん、もちろんだよ」
当たり前のように、セーヴが返すのは肯定。ここで否定をするバカはいないと、もちろん少年も分かっているはずだ。
そして、セーヴは内心に秘めた笑みが深まるのを隠して、少年の名を口にする。
「――リク、君も仲間じゃないか」
インステードとセーヴが大きな勝負を乗り越えたその日。たった一人重傷を負ってテントに運ばれて行っていた、緑色の短髪が特徴的な少年。
皆が笑う。リクも笑う。
けれどその笑みは疑念だ。その笑みは偽りだ。――内通者は、仲間ではない。
お待たせいたしました、長らくお待たせしてしまい申し訳ございません




