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悪役令嬢が処刑された後  作者: Estella
第一歩は復讐の開始です
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6.そして、伯爵邸攻略です

 薄暗い執務室の中、一人跪いて皇帝に祈りを捧げていた呪術伯爵は、突入して来た執事の声によって思考の渦から強引に抜け出させられた。

 勿論、神聖な祈りを邪魔された彼は眉をひそめて執事を見る。執事は汗びたしで顔も真っ青で、今にも倒れそうな状態であった。


「どうした」

「そっ、それが、慈善盗賊軍を名乗る三十人程度の武装集団が、旗を掲げながらこっちに向かって来ています……! このままだと、三十分足らずで伯爵邸に侵入されてしまいます……!」

「何? 三十分だと? 奴ら、今はどこにいる?」

「グレシア辺境中心街です……!」

「何だと……!? 三十人の大人数で武装もしているのなら、ここまでくるのに一時間はかかるはずだぞ!」

「いえ、違うのです、速度が、速度が異常なのです……!」


 息を切らせながら叫んだ執事の言葉に、伯爵も焦ってがたっと立ちあがった。その手は腰に下げられたお飾りの剣に伸びたが、その手はぴたりと止まる。


「皇帝陛下に伝令を放て。あとのことはそれからだ」

「……は? あ、いえ。で、ですが! 此処から首都までの距離は早くとも一週間以上かかりますよ!? その間に伯爵邸は攻略されてしまいます!!」

「だっ、だが、皇帝陛下の御許可なく兵を動兵したらどうなるか分からないじゃないか! もし間違った選択だったら……見捨てられたらッ……!! うわぁああぁああああああ―――!!」


 執事を突き飛ばして、髪を掻きむしりながら、これでもかと目を見開いて狂人のように叫び続ける伯爵。

 そんな主を見て、突き飛ばされた執事は酷く冷めた目だった。

 先程までの焦りも、主への最後の思いやりも、全てが消えたかのような。

 しかし皇帝が自分の行動にどう思うかで決断できずにいる伯爵は、執事がどんな思いで彼を見ているか考えるわけもない。


「……伯爵様。私はこの屋敷にいる最後の執事でございます。私は執事長として、全使用人の避難を済ませました。ですが、私も命が惜しい。伯爵様がお動きにならないのでしたら、私も死んでしまうでしょう。私には妻子がおります。ここで死ぬわけにはいかないのです。ですので、申し訳ございませんが私も失礼させていただきます。なお、伝令の皆さんも避難しておりますので、皇帝陛下にご意向を伺うことは不可能です。それでは、どうかご武運を」

「はっ、おい、待て!! どっ、どうすれば……どうすれば……!! 皇帝陛下ァっ!! 陛下ァァァァァァァ!!」


 主――いや、伯爵の狂った叫びを背に、執事は振り返らず扉から出て行った。勿論残された伯爵は途方に暮れる。

 そんな彼の耳を刺すように伝わってくるのは大きな大きな歓声。

 反乱軍が近づいてきている。

 それは嫌でも分かった。だが、皇帝という言葉が自身を縛る。本当はどうすればいいのか分かっている。

 だがしかし、皇帝が彼を見捨てる可能性もあると思うと、どうしても動けない。

 地面にへたり込んで虚ろな瞳をする伯爵の肩に、静かに手を置く者がいた。


「う、うわっぁああああああああああ!?」


 もちろん乱心状態の伯爵が落ち着いた反応をするわけもなく、尻を地面にこすりつけて叫びながら後ずさる。

 その視線の先にはいつの間にか執務室に侵入していた見たこともない乗り物に乗った少女と、その後ろで乗り物を押す少年の姿があった。

 訳も分からず手足をばたつかせながら部屋から出て行こうとする伯爵。

 普段なら落ち着いて呪術を使うなりなんなりしただろうが、皇帝がなんたらかんたらと反乱軍が迫ってきているという情報でパニックになっている彼に、そのすべは思いつかない。

 そんな彼の手がドアノブに触れた瞬間、電撃が走った。


「ぎゃぁっ!?」

「バカね、わたし達がみすみすあんたを逃がすとでも思ったの?」

「そ、その足は……ゆ、勇者インステード・バリリウム……!?」

「わたしにバリリウムという姓はないの。勇者インステードの伝説を消したのは、そちらじゃない」

「それは貴方が一番良く知っているはずだよね、伯爵?」


 インステードの仕掛けた電撃結界が作動し、伯爵の逃げ道を塞いだ。

 そして、皇帝の右腕とすら一部で呼ばれる彼が、インステードのことを知らないはずがない。

 セーヴはドアに背を預け、冷や汗をだらだらと流しながらこちらを見上げる伯爵に向かって、一歩、また一歩とゆっくり近づいていった。

 そしてわざと威圧感を与えるため、彼の顔すれすれで足をドアにぶつける。

 ガァン、と部屋中に響く大きな音。伯爵はもちろん「ひぃ!」と怯えるが、後ずさる場所などない。


「貴方が犯した最初の罪は、皇帝から意見を求められたのか知らないけど、インステードちゃんという存在の抹消を提案したこと。そして皇帝の命令かどうかは知る気もないけど、それを実行したこと。インステードちゃんを暗い地下室に閉じ込めたこと」

「あ、あぁ……!」

「最後に見たあんたの顔、ニヤニヤしてたの、ちゃんと覚えてるわよ? 残念ながらわたし、根に持つタイプなの」


 絶対零度の瞳で見下ろしてくるセーヴも勿論のことだが、器用に目だけ笑わず、しかし口元だけはこれ以上ないほど吊り上がっているインステードの表情は、伯爵を恐怖のどん底へ突き落とした。

 何と言ってもインステードの抹消は伯爵が生まれて初めて犯した最初の罪。

 インステードの体から放たれる圧倒的な殺意に、伯爵は――思い切り失禁した。

 だが誰も慰めたりはしないし、掃除をする人間もいない。使用人は全て避難したうえ、最後の執事にさえ伯爵の皇帝信仰で見限られてしまったのだから。

 逆に、セーヴは腕より少し長く縦に広めの服の袖を口に当てて、虫けらを見るような目で伯爵を見下ろした。


「汚いなぁ……。それと、二つ目の罪。重税、略奪、理不尽な景観改めの要求等々の悪政。貴族や皇帝を少しでも悪く言ったら死刑。皇帝に毎朝祈りを捧げなかったら死刑。宗教に入ったら死刑……貴方、ギロチンばっかやって何が楽しいんだよ」

「だが、皇帝陛下が……!」

「煩い黙れ聞け。お前は喋る立場じゃないんだよ」


 伯爵が言葉を発した瞬間、セーヴの瞳に狂気が宿る。そこに身を震わす殺意があるのを見て、伯爵は縮こまった。

 少しでも長く生きながらえるために。


「貴方は皇帝皇帝言ってるけど、息吸うのに皇帝の許可いる? 命乞いに許可いる? 歩くのにも、生きるのにも、走るのにも物をを持つのも全部? そろそろ離れしろよ。まぁ、そんな時間を与えるつもりはないけど」

「ひぃ……あ゛ぁ……」


 キン、と綺麗な音がする。セーヴの腰に下げられた剣が抜かれた。それは伯爵の持つお飾りの剣よりはよっぽど上質な武器である。


「三つ目の、罪。貴方は僕を先に殺すべきだった。その考えは貴方の頭の中にあったはずだ。小さい頃は相当聡明な人間だったと聞いたことがあるからね。それなのに貴方は皇帝の命か知らないけど、僕の母を狙った。多分皇帝的にはまず母から狙って、次に父、次に姉弟って絶望させようって思ったんでしょ? 段々追い詰めていって、最後に僕を殺してやろうって算段でしょ」

「くっ……だって、私には、返しきれないほどの……恩が……」

「そんなの知らないし。まぁ、貴方はこれから絶望する事になると思うけど」

「うっ、うわぁあ嫌だぁあ!! 何でもする!! するから!! 助けてくれ頼む!!!」

「命乞いに皇帝の許可はいらないんだ?」


 存分の力を振り絞った命乞いは、セーヴの冷笑に一蹴された。伯爵は黙り込んでしまう。自分の主張がいかに矛盾しているか理解したのだろう。

 しかし、理解したからこそ彼はこの時点で絶望したはずだ。

 今までの人生全ての否定。皇帝に尽くしてきた、という事そのものへの反論。そして彼が逃げて見つめようとしてこなかった正論。

 涙と汗と鼻水でべたべたになった伯爵をセーヴは見下ろしていたが、ふとひとつの考えが過ってにこりと伯爵に笑いかける。


「ねえ伯爵。貴方って、日記とか書いてる?」

「に、っき……なら、執務机の、中に……」

「おー! やった。まあ貴方の部屋にある資料は全部貰っていくつもりだし、日記も貰ってくね。貴方から色々聞くのは面倒くさいから、それで人生を辿らせてもらうよ。さて、資料と日記のお礼に、一思いに殺してあげる」


 別に伯爵の人生には何も興味がない。しかし、彼は皇帝の右腕とまで称された人物。その日記に何か他の、セーヴが知らない真実が隠れているかもしれない。

 だがインステードを隠したり母に呪術を仕掛けたりした伯爵を、殺さないなんて慈悲を与えるつもりはさらさらない。

 全く表情を変えず、氷のように冷たい表情のまま剣を振り上げたセーヴだが――


「待って。わたしにやらせてくれないかしら」

「もちろん」

「うっ、うわぁぁ!?」


 自身の魔力を使って車いすで近くまで来たインステードと代わる。

 殺されるというだけでも恐怖のどん底なのに、この手で人生を潰してしまった少女が殺意を漲らせながら魔力を総動員しているのだ。

 あまりにも多くの魔力が動いたせいで、インステードの体からオーラのようなものが立ち上がる。


「せっ、精神――」

「無駄なの。あんたの魔術はセーヴが封じてるの」

「うわぁあああああ――!? 皇帝陛下ァ―――――――!!」

「ほら、貴方の信じた皇帝陛下は助けに来てくれない。そんな無為な相手に全ての信頼を寄せて、挙句の果て利用され搾り尽くされ復讐されて死ぬ。アッハハ、アハハハハ!! なんて無様!! なんて恥さらし!! なんて――なんて素晴らしい復讐なんだろうね!?」


 アハハハ、と頭のねじが外れたように高笑いを続けるセーヴ。その目は極限まで見開かれ、口は三日月型に歪められている。

 前を見てもインステードの周囲に大量の魔術陣が集っていて、大魔術を発動する準備を整えているのが分かる。

 加えて、伯爵の呪術は封じられた。

 精神異常を与えようとしたが、セーヴがあらかじめ罠を仕掛けていたようだ。

 これも彼が恐怖に囚われ、セーヴに罠を仕掛ける隙を与えたからなのだが、伯爵本人はもちろんそれに気づいてはいない。


「身を守って」

「了解」


 インステードの紫髪が重力に逆らう。暴れ狂う真っ赤な魔力が彼女の全身を纏う。魔術陣が煌めく。それはその魔術が発動寸前だという事を意味する。

 セーヴはそれを察して、自分が現状でできる最上級の盾魔術を発動した。

 もちろん伯爵に身を守るすべはない。まるで魔王のように強大な魔力のプレッシャーに当てられながら、ここにいるはずもない皇帝へ手を伸ばした。


 ――「〈エクスプロージョン〉」


 大爆音が響いたかと思うと、部屋全体が大きく燃え上がる火に包まれた。その炎の中心にいる伯爵は、既に跡形もなく燃え尽きてしまっているだろう。

 それからしばらくすると、悪魔のような豪炎は全てを包み――伯爵邸は全壊した。



 自身の体が瞬時に燃え尽きたその一瞬。伯爵は声を聴いた。

 雄たけびを上げながら、がら空きの伯爵邸に突入してくる慈善盗賊軍、『フィオナ』のメンバーの声を。


 ――すぐ近くまで、来ている。

日間ランキング53位に載りました……みなさんありがとうございます(´;ω;`)

本当に皆さんのおかげです。とっても嬉しいです……!!(スライディング土下座)

更なる上質な復讐を目指して、精進してまいります<m(__)m>

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