44.計画す
続々と集まってくる重鎮達を眺めながら、セーヴはふと懐かしい感覚を覚えた。インステードとの出会いが、何となく脳裏を駆け抜けたのだ。
とても突然で、戸惑って、失敗して、くじけて――楽しい、毎日だったと思う。
大好きになった日常。色づいていった世界。それをくれた大切な人と、大親友。どこまでも明るかった日々は、やはり突然にして崩れて。
だからこそ、それを崩した人間を許容などできない。それを許した、この国だって。
「集けーっつ、なのです!!」
セーヴの深い思考は、幼い声によって吹き飛ばされた。元気よく皆の先頭に立って笑顔で歩いてくる、アリスの姿が視界に移る。
そうだ、今から作戦会議なのだ。もしかしたらこれから先の命運を決めるかもしれない、それくらい大きな意味がある会議だ。
それから涙ながらの再会を少しだけした後、全員で作戦会議室用のテントに移った。
長テーブルの一番奥に近い上座は本来、司令官一人だけのためのものだが、インステードがセーヴにもということで二つの椅子が隣に並べられている。
その情景にさほど疑問に思うこともなく、セーヴはインステードの隣に座った。
それに合わせ、ほかの者達も続々と席についていく。
「まずは、戦に勝ったということだったね。みんなおめでとう、これから休息をしっかりとろう。レンやレイも、ロールスター騎士爵邸に向かってくれてありがとう。そのおかげで三千兵器も一振り多く回収できたしね。これは僕が明日アルミテス帝国に送るから、気を遣わなくてもいいよ」
「えぇっ、セーヴさんも休むっすよ!」
「そうよ、しっかり休まないと戦争なんてままならないでしょう?」
セーヴの祝福の言葉で、みんなが一斉に敬礼。しかしその後の言葉に、レンとシスティナが難色を示す。見れば、他のメンバーも心配そうにしている。
彼が両親を倒してきたことは『嫉妬』の三千兵器を見ればわかったし、何よりインステードと色々あったばかりだ。戻ってきて早々にハードな仕事をこなして、体が持つのだろうか。
そんな心配をされているのだろう事は、セーヴにも明確に分かった。だけれど、これは神聖アルミテス帝国と同盟を組んだ『慈善盗賊軍』としてせねばならない仕事だ。
「あはは、分かってるよ。でも僕には副司令としての仕事もあるしね。それじゃあさっそく、今回の戦いについて報告をもらおうかな。あぁあと……勝手に退出しちゃってごめんね、それについては、追って説明するから」
セーヴが慌てて手を振りそう言う。しかし返ってくるのは「誰も貴方を悪く思っていないよ」という優しい視線。
それに素直な感謝を覚えながら、セーヴはランスロットに視線を向けた。
ランスロットは心得たとばかりにびしぃとキレキレの敬礼を返し、言葉をつづり始める。
「此度の戦はグレイスタール侯爵、ロールスター騎士爵、そして待機していた三万の兵を合わせた五万の兵が攻めて来ました。インステード閣下が戦場に出ていかれたことや皆さんの奮闘もあって、一万の兵を掃滅。その後、相手側は一度撤退致しました。斥候からの報告によると、現在はより良い計画を準備中なのだそうです」
「インステード様、あれはやばかったですよ!! ぶちぃって音とかしてましたし、すっごい勢いで敵を切り裂いてました! かっこよかったです!!」
「ちょっ、フレード、あんたね……!」
真面目なランスロットの報告の後、フレードがふんふんと鼻息を荒くしながらインステードのカッコよさを述べた。
しかしインステードはどうやら不満だったようで、フレードを睨みつけている。
それをシスティナが微笑ましそうに見ながら、(そうね、女の子だものね、セーヴさんの前だものね)と考えているのは彼女が墓まで持っていくつもりだ。
ちなみにセーヴは、たぶんインステードの暴走が確実に自分と関係があるだろうと何となく察したので、特に余計なことは何も言わない。
何か言ったらその瞬間にぶっ飛ばされるような、そんな気がするのだ。
「あっ、それから、もうひとつ申し上げたいことがあります」
「お願い」
「レッタ男爵から、例の『見返り』が届いております。彼が所有する五百の兵と共に、辺境地マグンナに住まわせてほしいとの事です。端っこでも構わないし、常に警戒態勢を敷かれていても文句はないそうですよ」
レイナの言葉に、ついに来たか、とセーヴは思う。続いて、レッタ男爵からの手紙がセーヴの手に回される。
内容はもちろん、先ほどレイナが手を上げて申した通りのものである。
正直、この行動には理解ができる。王都にもうレッタ男爵の居場所がないからだ。セーヴらの協力をするうえで、既に王都に残る意味はない。
むしろ警戒を引き上げた貴族諸侯や皇族に協力関係がばれ、生命の危機にさらされる可能性が高くなる。
普通に考えて、この要請は想定できてしかるべきものだった。
もちろん、セーヴの頭にもその選択肢は浮かんだ。だからこそ、さほどの驚きがない。そしてその要望を却下する理由もまた、なかった。
警戒が無いわけではない。しかし、むやみに味方になろうとする者を遠ざける必要もないのだ。
むしろ近くに置けば、より信頼できるのか判断しやすくなる。
「分かった。後で返信の手紙を出す。恐らく受け入れることになると思うけど、みんな異論はない?」
「大丈夫っすよ! わりと想定内だったっすし」
「うんっ! いろんなことしてもらった、お礼とかもあるのです! アリスはいいと思うのですっ」
「あぁ……多分みんな……何となくわかってる……」
「ええ。レッタ男爵だって命を守るため、明確に裏切る覚悟をしたんだと思うし……色々してくれたのも事実だわ」
レン、アリス、レイ、システィナが順にセーヴの決意を肯定する。他の者も不満はなさそうで、微笑みながら頷く。
全員の表情を見渡して、セーヴはひとつ頷きを返した。
今までは警戒を最大限に引き上げていたが、これからは信用をもう少し引き上げようかと思う。何せレッタ男爵は自分の軍以外全てを捨てて、こちら側に投降してきたのだから。
その軍については警戒を払い、帝国から派遣されたスパイではないのかという疑いも頭の片隅に置き、丁度いい距離を探るが最善だろう。
そこで、ひとまずレッタ男爵の話は終了である。次はもちろん、戦争の話だ。
「わたしが思うに、次攻めてくるのは当分後になると思うの。二度も撃退されては、さすがの名相アデル様でも焦るでしょ?」
「うん。僕的にも準備期間がずいぶんと長くなると思う。だからこそその期間を突いて、僕らからは何もされないと思っている世界の民や貴族らに仕掛けようかと思って」
「世界の民や貴族ら、ですか?」
インステードの言葉にうなずき、セーヴが述べた答えに対してエリーヴァスが疑問を示す。民や小貴族はアルミテス帝国――というよりエウリアス皇子が何とかしてくれている。
しかし十分なほど世は絶望しているが、優秀な人間も貴族や皇族にいるらしく、その手腕でもって限界の防波堤だけは崩れぬよう粘り強く守っているのは事実だ。
「――だからこそ、崩すんだ。民も小貴族も完全にいなくなれば、政治などままならない。そしてそこから皇族を滅するのは容易いよね。せっかくアルミテス帝国が土台を作って楽になるようにしてくれたんだし、僕らここにいる者にしかできないことがある。それを活用しないすべはないでしょ?」
「なるほどねえ、周りから潰してく算段なの? さすがゲスなの」
「誰がゲスだよっ!?」
さすがにゲス呼ばわりは心外だったのか、セーヴが心からインステードの言葉に苦情を叫び返す。しかし一同は否定することができない。
毎回毎回セーヴが出してくる策はどれもゲスい、と一度も思ったことがない者は居ないからだ。
誰か見方はいないの、と視線を全体に向けたセーヴだったが、全員に目をそらされて真面目に心に何かが突き刺さった。
しかしふざけるのはここまでである。
セーヴがぴんと背筋を伸ばし姿勢を直すと、皆も空気を読んで即座に緊迫感を漂わせる。
「それじゃあ、次の計画について説明する。もちろん戦の計画も同時進行するから難しくなるけど、半分に分けて分担制にするよ。それじゃあまず、民への復讐についてを計画するんだけど……これは本当にゲスくない。というかむしろ命運が彼らにゆだねられているんだ。……よく聞いてほしい」
この復讐計画を始めてからきっと初の試みを、セーヴは口にする。復讐対象のひとつである民。その命運が、彼らに手にゆだねられる計画。
それは間違いなく『初めて』で、あのセーヴの口から出たとはありえないものでもあった。
思わずざわついた室内。それは予想済みである。セーヴは息を吸って、思いついた計画を仲間たちに話すため口を開いた。
――その日の作戦会議は日が落ちるまで続き、とても白熱したものになった。
三章始動です!!三章もぜひよろしくお願いいたします<m(__)m>




