少年セーヴの追憶―⑤
ある日、当主ルーシュ、当主夫人エンバースによって招集を受けた僕、姉、兄の三人は、一体何の話だろうかと首を傾げながら執務室へ向かった。
一方の僕はもしかして、と思っていた。もしかしたら、全て悟られているのかもしれない、と。
いやしかし、だとしたら姉と兄を呼ぶ必要はどこにあるのだろうか。
ぐるぐると駆け巡る思考の深くに潜らないように注意しながら、僕は姉、兄と共に執務室へ入っていった。
「「「失礼します」」」
中に入ると、中心に机が置かれていて、その横には二つのソファーがあった。片方には両親が座っており、もう片方は誰もいない。
しかし机には、三杯の紅茶が置かれている。どう見ても、僕らのためのものだ。
「……座れ」
「「「はい」」」
父の表情はいつもと変わらず無表情でしかなかったが、心なしか母はいつもより微笑んでいた。もしかして、緊迫した話ではないのだろうか。
父の指示通り三人並んでソファーに座ると、父が足と手を組んで僕らと視線を合わせる。
「君達に課題を渡そう。題は、魔術で助けを呼ぶにはどうしたらいいか、だ。文字でまとめるもよし、作品とするもよし。支離滅裂な内容だろうと咎めん。どうだ、できるか?」
御託一切なし。ずばっと本題を切り出した父は、ずいぶんと久しぶりに見る微笑みを浮かべていた。しかし、その課題の内容はどう見ても僕や姉たちに出す難易度のものではない。
十三歳で剣以外に学力も飛び抜けている兄ならば、良い論文的なモノが書けるに違いない。だが、とちらりと姉の顔を見る。
めちゃくちゃ顔を真っ青にしていた。
そう、何故ならば姉は自身公認で、超強力な魔術を大量な魔力量でぶっ放すことに長けているのみ。最も嫌うものは勉強と淑女になるための訓練。
こういった論文とか作品作りとか魔術論の組み立てとか、大の苦手だった。
「お、おねーちゃん……内容がおかしくても、大丈夫だよ!」
なので、何故か六歳の僕が十二歳の姉を慰めることにした。姉はぎこちなく頷いたが、まだ顔は真っ青である。
しかし何故父はこんな課題を僕らに与えたのか。
それを解明してくれたのは、父ではなく母だった。
「そうよ。何も作れと言っているわけじゃない。そもそも既存の魔術にそういったものは存在する。が、その分析をしてほしいの。活用法とか……魔術と言っても、似ているものは多数存在するから」
「英才教育、の一環ですかね?」
「ああ、そうだリーヴァ。聡明な君の事だ、分かると思っていたよ」
父が珍しく見せた微笑みに、兄のリーヴァがはにかんだ。親に褒められることは、兄の育ち盛り時期で一番嬉しい事に違いない。
一方姉は沈んだ顔で母をじっと見ていた。母は察して、にこりと微笑み姉の名を撫でる。
「あなたならできるわ、リリアナ」
「……! もちろんですわっ、だってあたし、グレイスタール侯爵家の天才だもの!」
「うん、姉上は天才です!」
「「あぁ、リリアナは天才だ」」
母に髪を撫でられ、姉のリリアナは嬉しそうにはにかんだ。すかさず僕が追撃をし、兄と父が口をそろえて彼女を天才と認める。
というか普通に、彼女は天才に間違いない。今のところ、僕の『神の魔術』抜きにした本気が姉に勝てるかどうかは五分五分といったところだ。
それから久々に親子が集まったという事で、長い間駄弁った。僕としても、五人揃った時間はゆったりとしていて好きだ。
〇
部屋に戻った後、僕は頭を悩ませた。さて、どうしようか。
何を作るか悩んでいるわけではない。それを作ってどのような結果をもたらすのかについて、悩んでいるのだ。
僕の父と母が僕を異端と切り捨て、蚊帳の外として扱うことも気味悪がることもないだろう。
いや、両親に限らず、この屋敷の人間全員がとても優しいメンバーで揃っている。
では、問題ないのか。正直とても作りたいものがある。地球にいた時から、だ。
(ボタンを押したら指定した相手に信号が届けられる機械……地球じゃ個人には成せないと思ってたけど……こっちの世界なら、魔術なら)
既製品とかではなくて、初めて自分の手で作ってみたいな、と思った仕組み。
けれど僕の欠陥の上でその感情は長続きせず、霧散していった望み。けれど何のおかげか、今頃思い出した。
そしてそれは、魔術で助けを呼ぶのに最適な道具だと思ったのだ。
「ようしっ!」
魔術論理なら兄ほどではないにしても大体分かっている。とりあえず姉よりは理解しているはずだ。自分でも、必死に学んできたのだし。
そして、この道具を作ってしまっていいのか、という問題だが……。
これはあくまで教育の課題に過ぎない。外に伝わることはないはずだ。だからこの世界の文明を破壊するとか、そういう危険性はないだろう。
それからは楽しかった。様々な魔力、魔術、技術、論理を屈指して機械音を出しながら、僕は人生で最高の作品を作った。
楽しいとか。もっと作りたいとか。心からの笑みとか――なかった、はずなのに。
〇
長男リーヴァ。長女リリアナ。次男セーヴ。三人から提出された課題を眺めながら、父ルーシュ、母エンバースはちょっとというか凄く驚きまくっていた。
リーヴァが分厚い論文を書いてきたのも、リリアナがたった四文字で全てを締めてきたのも予想通りである。
ただ、幼いころから行動が読めないセーヴについては、予想すらできない謎だった。
でもまさか、この世に存在しない『魔道具』を作って持ってくるとは思いもしなかったのだ。
ちなみに魔道具とは、言葉通り魔術効果を付加させた道具のことである。それ自体はとてもよく出回っているし、魔術を使えない人間にも重宝されている。
何より魔力を込めれば魔力があるだけ無限に使えることから、魔術師にも人気だ。
けれど――信号を飛ばして相手の道具を赤く光らせるシステム。それは、今までにないものだ。
「これは……驚いたな……」
「ええ、わたしも驚いているわ。彼は天才……いえ、奇才」
「そうだな。これは……エンバース、どう思う」
「この才能をこのまま潰すのは惜しいけれど……何をするにも、彼の許可が必要よ」
「それはもちろんだ。それに、例えどのような答えになろうと、何も知らぬ外部にこの技術を伝えるつもりはない。せいぜい私ら……最大限だと、専属騎士、専属従者くらいだろう」
「そうね……そういえば彼、凄く作りたそうにしていた」
「どちみちセーヴの許可をもらう必要がある。それまで、決して口外してはならん」
「ええ」
エンバースとルーシュの顔は真剣だった。息子の努力を無駄にしたくない、けれど外部に下手に伝えることもできない。
そして何より、これを見せてきたセーヴの顔はいつの時よりも嬉しそうだった。
ずっと昔の夢がかなったと、何かをやり遂げた人間の顔をしていた。
だから、誰よりも信頼している人間には、見せてやりたいのだ。わたし達の息子は、こんなにすごいんだぞと。
その限界が、厳選された信頼できる人間である最近衛の者だ。
エンバースとルーシュには二人ずつ、その娘や息子には一人ずつ配属されている精鋭中の精鋭である。
そしてその精鋭の一人から、執務室の扉がノックされた。
「入れ」
ルーシュの声にこたえ、入って来たのは軍服をびしっと着こなしたエンバースの最近衛である。女性騎士でここまでの精鋭になれるのは、ほんの一握りしかいない。
その女性騎士は、ルーシュとエンバースに尊敬のこもった敬礼をする。無表情で唇はキュッと結ばれているが、仕草からにじみ出る尊敬が隠しきれていない。
女性騎士はすっ、と洗練されたしぐさで一通の手紙を差し出した。
美しい青の紋章。その封筒に刻まれた紋章が示す家紋は――
「公爵家、だと……!?」
ルーシュが目を見張った。エンバースも思わず口を袖で押さえる。女性騎士の瞳にも戸惑いが滲んでいた。
全く予測のできなかった展開である。
その封筒に刻まれた公爵家の家紋だけが、キラキラと余裕そうに輝くのだった。
SOS道具(二話くらいです)のフラグ回収です!




