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悪役令嬢が処刑された後  作者: Estella
第二歩は真実の欠片です
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少年セーヴの追憶―②

『まず初めに、『汝』の魂は死んでいる』


 最初に発された言葉は、意外なものではなかった。むしろ死んでいないなどと言われたら、あのトラックが何だったのか疑いざるを得ない。

 それに頷くと、『神』は転生者とは何か、という話に移った。

 先程転生者とは世を救う救世主と説明されたが、『適性』についてはまだ詳しく聞いていないのだ。僕は『愛』により異端を埋められるらしいが、すごくよく分からない。


『ようは……その世界に行ったら、汝は必ず愛を手に入れるのだ。それも、世界を変えられるだけの愛を。愛が世界を救うとはよく言ったものだな』

「僕が世界を救う……!? あ、愛で、ですか……!?」

『そうだ。救うか救えないかは分からんが……神にわかる事は、呼ぶべき人間のみだ。その人間が世界に何をもたらすかは把握できぬ。ただ、その者が確実に世界をより良い方向へ運ぶのは確かである』

「なるほど……」


 話を聞いても、僕が『愛』などという言葉を掲げることになるなど想像もできないのだが。それでも、思考さえ覗いてくる『神』がそう言うのならば、正しい事なのだろう。

 例えそれが間違っていても、僕などでは到底判断などできない。


『そして、汝の幼馴染は、汝が身を挺して守護したために無事である。トラックの運転手も焦って救急車を呼び、汝の体は救急車に運ばれた。既に別の魂が入っているため、すぐに汝は無事だと伝えられるだろう』

「そうなんですね……。僕は、戻れますよね?」

『あぁ。先程も言ったが、任務完了後に汝が望めば、な。しかし、世界を救うほどの愛が条件である以上、恐らくそれはないと思われる。実際、元の世界に帰ろうとした転生者を見たことがないのでな』

「任務、って何なのでしょうか? 先程の話ですと、少々曖昧なように聞こえるのですが」


 『神』がちょっとやそっとの事で僕を罰することがないと分かった以上、過剰な遠慮は無意味だ。そう思って、僕はもう少し切り込んで話す。

 正直緊張したが、『神』は驚くことも怒ることもなく僕の言葉に答えた。


『世の混沌が解消された時こそ、汝の任務が終わる時だ。世界とはどうなるか分からんものである。その結末が幸せであると運命が認めたとき、おのずと終わりの合図はやってくるだろう』

「つまり『これ!』っていうのは、無いという事なのですね?」

『……そうなる。呼んでおいてこれは理不尽と思っているが、世の循環のため仕方のない事である。人が、生き残るため周りの生物を食すのと同じことだ』

「……」


 そう言われると、反論が浮かばなくなる。そういえば人類がしている事も、他の動物からすれば理不尽と捉えられてもおかしくないのかもしれない。

 しかし、動物の世界も食し合うことで回っている。それが世界の条理と言うならば、『神』の言う事は正しいのだろう。

 さすがに一高校生が、世界のシステムに反論できるはずもなかった。

 自分の立場が億を超える人口のちっぽけな一人にすぎないことを、僕は理解しているから。

 黙って次の言葉を待つ僕を見て、『神』はニヤリと笑った。


『さすがだな。だからこそ我が出向くだけある、という事か。さて、本題に行くとしよう。ひとつはっきりしているのは……とある少女と汝が関わりを持つことによって、世界の歯車が大きく変わるという事だ』

「はい」

『では今より、その少女の物語を汝の脳にインプットしよう。それに沿って、少女を救うがいい。とりあえずそれが、当面の方法だ』

「分かりました。お願いします」

『そこに立っていろ。すぐに物語を送る。意識が消えていく感覚を覚えると思うが、焦るな。必然の変化だ』

「はい」


 僕が二、三歩下がると、にゅ、と一筋の光が伸びてきた。それはまっすぐ僕の頭を貫通する。思わず反射で目を閉じてしまったが、痛みも異物混入による変な感覚もない。

 何も起こらないのかと思った瞬間に、意識がどこかへ引っ張られるような感覚を覚えた。

 体がそれに反応して抵抗する前に、ずるりと意識は闇に引きずり込まれる。

 そうして、僕の意識は闇に沈んだ。



 走馬灯のように流れていく物語を、しかしきちんと理解して奥底から浮上した僕の意識には、ほんの少しの悲しみが記憶されていた。

 しかしそれはまるで強制的に塗りつけられたかのようで、自分のものではないようなふわふわしたものだった。


「これは……」

『『それ』は、『ティアーナ』の記憶の残滓だ。これが、彼女の辿る未来である。しかし彼女を救えと言った手前申し訳ないのだが……帝国を覆すほど、『ティアーナ』の味方を蓄える事はできぬだろう。だから『ティアーナ』本人を変える事を勧める』

「そうなんですね。分かりました」

『最後に、汝には任務を達成するための力を授けよう。今も言った通り、味方が少ない以上、汝が有力な味方である必要がある』

「はい」


 特に、何も思わなかった。なるほど自分が頑張らねばならないのか、と思ったくらいだ。それにどうせなら全力でやるつもりだった。

 それは、見つけられなかった僕が生きる意味を、見つけるためでもあったかもしれない。

 僕はやはり無意識のうちに、求めていたのだと思う。

 そんな事を考えていると、光がより一層強く輝いた。僕はほんのわずかに上げた顔をまた伏せて地面に跪く。

 とっさの判断だった。強くなった光が目を刺してくると、直感で理解したからだ。

 その光は僕の視界全てを支配し――


 ――ゆっくりと、ゆっくりと光が僕の体内へもぐりこんでいく。


「……!」


 異物だという感じはしなかった。

 むしろ元から自分のものだと思える程、その力は自然に僕と融合した。

 そしてぶわり、と大きく暖かな力が腹の底から湧き上がる。

 それは身体全体を満たし、やがて溶けて合わさる。


「ぁ……」

『それは、我らが神々の抽象魔術だ。全神々を抽象した魔術を、一柱につき一つ使える。それで、大概の敵は倒せるはずだ。しかし、帝国には三千兵器が存在する。くれぐれも気を付けるように』

「はい。分かりました」


 すぅ、と光が引いていく。

 しかし、自分の体に残留する何かとてつもなく膨大な力を、僕は感じ取っていた。

 それから『神』と少し話し、話がひと段落ついたところで『神』は一旦話を切った。そしてやや間が空いて、また声が響く。


『最後にひとつ……心を、壊さぬように』

「ぇ……?」

『よく見てきたのだ。地球から異世界に転生する人間が、己の力に溺れ、あるいは別れに耐えきれず、傷つき、崩壊していく姿を。汝らは平和な世を生きてきた。苦難の壁が多く立ちはだかる異世界にいきなり放り込まれ、そこに生きる者よりも心が弱い汝らは、時に自分を見失うのだ』

「そう、ですか……」

『そして特に、汝には欠陥がある。汝は人より感情を知らない。そのため、感情を知った時に押し潰される可能性が高い。『己』をしかと保つように』

「はい。心に銘記します」


 そりゃそうだ、というのが率直な感想だった。戦乱と弱肉強食の世を生き抜く者達と、平和で戦のない日常を生きる僕とでは、絶対にメンタルの強度が違う。

 まさかここで僕の欠陥が災いを呼ぶとは思わなかったが、必然的な事でもあった。

 しかし運命が僕を選んだというのならば、きっと突破する術はあるのだろう。そう楽観的に考えて、僕は『神』に頷いた。

 『神』は小さな声で、今までの威厳はどこへ行ったのかと思わせるほど、本当に小さな声で、『……うむ』と返す。

 だが次の瞬間には、あの膨大な存在感がまた振り下ろされた。


『さて、準備は良いか?』

「はい」

『……不安か?』

「……それは、もちろん。ですがそれよりも僕は探したいんです……僕が、見つけられなかったものを。ゼウス様のおっしゃる通りなのでしたら、きっと僕は今まで見つけられなかったものを、見つけられる気がしますから」


 慮る声に思わず溢れたのは、ずっと心の中に眠っていた声だった。まさか『神』の前で吐露してしまう事になるとは思わなかったが、それでも言いたかった。

 そして、悟った。

 ああ、僕はやっぱり自分の欠陥を気にしていたのか、と。

 

「――いってきます」


 新たな発見に、ちょっと晴れやかな声で。僕は立ち上がって、深く深く頭を下げた。


『……うむ』


 『神』の声も、ほんの少し明るかった、と思う。

 ずっと頭を下げていると、いつの間にかまた浮遊感が体を支配し始めた。視界も、光が徐々に消えて暗闇に満ちていっている。

 転生が、始まるのだ。

 顔を上げると、身の回り全てが暗闇だった。『神』の光はない。自分が落ちているのか上っているのかも分からない。不安がないかと言われればそうではないが、それでも静かに目を閉じて身を任せた。

 ――生まれて初めて、『希望』が何か、知った気がするのだ。



 転生先は、帝国だった。大帝国マヤ、帝国アルミテスに次ぐ有力な帝国だ。皇帝の持つ三千兵器と広大で稲作等々に適した土地で勝負している、わりと敵の多い国でもある。

 僕は、そんな帝国の侯爵家第二子として産まれた。

 セーヴ・グレイスタールとしての誕生は、グレイスタール侯爵家で大いに喜ばれた。その時僕には既に姉と兄がいたが、どうやら魔術への適性が二人からも飛び抜けていたらしい。


「そんなぁ、私が超えられるなんてありえないわ! けーけんじゃぜったい負けないんだからぁーっ!」

「うん。私も剣術では勝たねばならないね」

「お兄様、剣のめーしゅだものね!」


 赤ちゃん用のベッドに寝かせられた僕を眺めるのは、姉と兄。僕が産まれてから一ヶ月。『神』からの付与もあるのだろうが、この頃になると大抵の言葉は理解できるようになった。

 もちろん、喋る事も歩くことも全くできないのだが。

 そして、僕は両親や兄と姉が僕の前で話す事を集計して、父が事務仕事、母が外交仕事のエリートである事。そして姉が誰よりも魔術に長けていた事。兄が剣術で同年代から飛び抜けて強い事を知った。

 姉には素質で勝ったらしいが、たぶん剣術で兄に勝てる日は一生来ないだろう。

 運動神経に自身は全くないし、真剣など持つだけでも鳥肌が立つ。何せそんなものが違反となる日本で生きてきたのだから。


 ――とはいえ、僕の生活はこれからだろう。

 だが、今のままでは何もできない。会話と歩行ができるようになるまでは、ひとまず様子見だ。

テスト終わりましたので更新再開します!(*‘ω‘ *)

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