5.その日、辺境地へ突入です
荒れ果てた土地にぽつぽつと張られたテント。この世界では存在しないモノがたくさん生み出されているが、誰もそれを疑問に思うことはない。
そして今日、司令塔の役割を持つ一際大きなテントで、前衛、中衛、後衛、後方支援の隊長四人と司令官の二人が会議を行っていた。
「武器はオーケーかな?」
「問題なしっす! ゆうs……インステード様がごっついの用意してくれたっすからね!」
「ああ……質チェックも、終わらせている……」
副司令官セーヴの問いかけに、軽そうな飄々とした男――レンと、その弟であるが兄とは似つかないほど寡黙なレイが応じる。
二人はそれぞれ中衛、後衛の隊長だ。レンもこう見えて弓の技術はピカイチである。
「それにしても、伯爵の政治は本当に最悪なようですね。治めている地にこれほど荒れた土地が存在するとは……管理していないのですか?」
「一応元貴族として知っていた情報だけになっちゃうけど、こいつ皇帝が命じることしかやんないから。でも、逆に言うと自分の意思じゃ動けない。初手にはいい相手だよ。さくっと終わるんじゃないかな?」
「この街を占領した後はどうするんですかい?」
「大丈夫。それについては考えがある」
秀才らしき男――後方支援隊長、エリーヴァスの問いに、セーヴは苦笑しながら返した。伯爵の政治が最悪というのは、貴族の中でも有名な話だ。
だから皇帝は彼をいいように使い、市民に重税を課したり、略奪させたり等々様々な悪事をさせた。
しかし皇帝は手を汚さずにいられるわけで、伯爵に何かあれば自分は何も関係ないとシラを切って見捨てることができる。
改めてブラックな社会だなあと思うが、セーヴはもうなんとも思わない。
自分が滅ぼしに行く国のブラックな現状なんてどうでも良すぎる。まぁ、この辺境地も彼にとっては全く興味のないものだが。
そう思いながらも、セーヴはこの地をどうするか丁寧に説明した。
それを聞いたリーダーの男で前衛隊長の――グレイズはなるほど、と何度もうなずいていた。納得のいく回答だったのだろう。
「あんた、絶望の花火を打ち上げるつもりよね?」
「勿論。でもそっちは伯爵へのプレゼントじゃないんだ。よーし、各自最終確認だ!」
司令官であるインステードの言葉を聞いて、セーヴは笑顔で頷いた。
そして彼が拳を上げると、その場にいた全員が「おー!」と拳を上げて応じた。
〇
辺境街レナギアへ通じる正門の守りは、想定通り弛いにもほどがあった。
確かに兵は二人いたが、彼らは慈善盗賊軍に気付く前にセーヴが暗器で沈めた。
(正直、この程度の暗器は気付いてほしいんだけどな……)
正門は大切な門だ。賊やこうして反乱軍に突破されないように工夫が必要である。それなのに、伯爵はそこをおろそかにしている。
勿論、それに気付かない皇帝も同じように愚かだ。
そしてセーヴが兵士2人を沈めたのと同時に、慈善盗賊軍は街の正門を思い切り破壊して、辺境街レナギアに突入した。
「「きゃぁあああああああ!!」」
「何!? 何!? 何なの!?」
「嫌だあああママぁあああ怖いよおおおお!!」
「こっちに来て! ママが守るから! 大丈夫だから!」
「おい、こいつら武装してるぞ!?」
勿論市民は騒ぐ。確かにこうして騒げば伯爵に話がすぐ伝わり、戦いごたえが増すだろうが――セーヴは後々のためその選択肢を捨てた。
そう。市民の騒ぎと不安を『止める』こと。
「市民の諸君! 私の名は慈善盗賊軍―—『フィオナ』の副司令官、セーヴである! そなたらは長年伯爵の重税、悪政、理不尽な略奪に苦しめられたことであろう! しかし、我々がそなたらを救いに来た! これより我々は伯爵邸に突撃する! ぜひ声援を送ってくれ! ――諸君! 不安になる必要はない! 我らが武装は略奪のためではなく、そなたらを守るために存在するのだから! 我々の動きに賛同してくれるならば、道を開けて、伯爵邸まで行かせてほしい! 必ずやそなたらの幸福を約束する!」
いつもより低い声による、説得力ある扇動。セーヴは盗賊軍の旗――剣二つが交差する模様――を掲げて、力強く住民の心に言葉を響かせていく。
彼らは救いを求めている。誰かが動いてくれるのを待っている。
例え嘘でも、助けてくれるという言葉を求めていたに違いない。
泣き崩れる者が出る。誰もが急いで道を開ける。泣き声は次第に喜びに変わり、大きな歓声が『フィオナ』のメンバーに送られる。
そう。
これはこれで、伯爵に早く情報が行くだろうし、民心もつかめる。この状態が、セーヴの狙いだったのだ。
「全軍――伯爵邸に突撃ッ!!」
威圧感あるセーヴの声が響いたかと思うと、士気が上がっている『フィオナ』のメンバーが全力疾走で武器を掲げながら、住民の開けた道を通って伯爵邸への道を進んでいった。
一方のセーヴはその隙に転移で司令塔であるテントに帰った。
盗賊軍の旗はリーダーのグレイズも持っているので、セーヴは先程扇動に使った旗を司令用テントの上に刺しておいた。
それを見て、
「一見バカな事してるようにしか見えないの」
「あはは……効果があるといいね。さて、後方支援テントに行こうか」
「任せたの」
車いすを、である。
セーヴは心得た、とでもいうように敬礼をひとつして、インステードの車いすを押して後方支援テントに向かった。
そこでは勿論エリーヴァス他メンバーが医療道具を確認していた。
「どう? エリーヴァス。不具合とかない?」
「いえ、全くございません」
「それじゃあ、僕とインステードちゃんは最前線に行ってくるよ」
「ご武運を」
「勿論だわ」
エリーヴァスの敬礼に、インステードは快く応えた。
そして彼らはセーヴの転移で姿を消す。恐らく伯爵邸に潜入しに行ったのだろう。
彼らが消えた地点を見つめて、エリーヴァスは思う。
(勇者伝説が始まったのは約三十年前。魔王が倒されたのは十年前。私がインステード姫に初めて会ったのは八年前。……二年ほどの付き合いって割と長いと思うんですけどね……やっぱセーヴ殿下ですかねぇ……)
インステードの勇壮さに心打たれたエリーヴァスの淡い恋心。
しかし、セーヴとインステードのあまりのお似合いさに、それは砕け散ろうとしていた。
だが、彼は知らない。
セーヴが復讐の鬼であることも、インステードが呪いの化身であることも。
(あの二人が付き合ったりしたら……うぬぅ……!)
彼は知らない。
自分が妄想しているその状況が、決してあり得ないものであることを。
もちろんティアーナの処刑に賛同した民を許すわけじゃありません