39.勝利の果て、ですか?
フィオナと神聖第三兵隊合同軍が設営したテントに戻ると、すぐに多くのメンバーに囲まれた。
エリーヴァスとグレイズの肩に載せられている貴族達に怒りを燃やしながらも、皆が口にするのはセーヴへの心配やお疲れ様などの温かい言葉である。
セーヴが謝りながらも感謝の言葉を口にしていると、遅れてインステード達も到着した。
セーヴがインステードに目を向けると、彼女は薄く笑って肩をすくめた。
「ちょっと遅れたの」
「ちょっと早かった」
顔を見合わせて、そんな事を言う。
平和そうな二人の姿を見て、一同は肩の力を下ろす。ただしエリーヴァスはほんの少し青ざめて、システィナはちょっと口をとがらせたりした。
そんな二人の反応の理由をゼロから百まで察しているグレイズとレイナは、思わず噴き出してしまう。
「……とりあえず私達は、オーギル・マクロバンとウィンナイト・リカリアナをどこかへ突っ込みましょう」
「そうだな。セーヴさん、どこにしやすか?」
「第六テントに魔力封じをかけてある檻があるはずだから、そこによろしく」
「了解でさぁ」
ちょっと不貞腐れたエリーヴァスは、グレイズと共に指示された第六テントに向かっていった。なるほど、自分に嫉妬したのか、とセーヴは察する。
しかしこの男、自分に向けられる恋愛感情には微塵も感づかない極度の鈍感である。
そんな鈍感大魔神セーヴはぐるりとメンバー達を見回して、首を傾げた。いつも一番最初に飛び出てくるはずの人物がいない。
「レンとレイはどうしたの?」
「あ、レンとレイくんは、敵の動向がちょっとおかしいので視察に出ていますよ! やっぱり『アデル』は一筋縄ではいかないようです……」
メンバーの数の欠陥に気付き、問いを投げかけたセーヴに答えたのはレンの妻であるレイナだった。その戦闘服にはべっとりと返り血がついている。
「なるほど、どんな動向があったの?」
「守護の兵隊がいないのです。彼らの拠点は砦。普通ならば砦を守る守護隊があるものですし、向こうは人数にも余裕がありますから。それでも守護隊が見えない理由を、レンとレイくんが自発的に探りに行く、って言って出かけました」
「それは賢明な判断だ、凄いね……それと、全体で休憩時間を設けてもいいかな?」
「もちろんです。ね、みなさん」
レイナの言う『守護がいない』は確かに奇妙な事だが、今は休息をとるべきである。視察は大人しくレンとレイを信頼して、全員が頷く。
それにたとえ敵軍に何か目論見があろうと、戦闘でへとへとになっている今の軍で太刀打ちするのは難しいだろう。
皆が続々とテントに向かう中、神聖第三兵隊の副指揮官ランスロットが残った。
「戦闘の結果、大勝利でした。全体の士気も上がり、皆さまへの信頼も格段に上がっております。我が隊も慈善盗賊軍に対し尊敬の念を抱いており、次の戦闘でも良い連携を見せられることでしょう。しかし……死傷者数についてなのですが、神聖第三兵隊は三十名。うち死亡者は九名。慈善盗賊軍の方ですが……重傷者が一名出ております。簡易治療室へ向かいますか?」
「えっ、重傷者? 分かった。向かおう。みんなは先にテントで休んでて!」
「わたしも行くの。これでも司令官なの」
「うん。ランスロット、案内してくれる?」
「もちろんです」
ほんの少し暗い顔で告げられた報告に、セーヴは驚愕する。戦闘に死傷はつきものだが、今まで慈善盗賊軍の損害がなかったために意外だった。
まあ当たり前だ。今までの戦とは全く違う、大規模な戦闘だったのだから。
むしろこちら側から死者が出なかったことの方が意外だ。
セーヴはインステードと共に、ランスロットの案内を受けながら簡易治療室へ向かった。もちろん道は覚えているが、形式上は案内がいた方がいいのだ。
簡易治療室の中はもちろん血まみれ。苦痛に顔を歪ませる兵達が、絶えず治療を受けている。
そんな中、セーヴは一番奥のベッドで包帯をぐるぐる巻きにされて意識を失っている、緑の短髪な少年を見つけた。
十八歳のリクである。慈善盗賊軍では強いとは言えないが、弱いとも言えない。
あえてレベルを定めるならば、中の下というところか。
セーヴは慌ててリクの元に駆けつけ、傍にいた治癒人員に「命に別状はありません」と告げられ安心したように力を抜く。
「状況を説明していただきましたが、どうやらチームメンバーをかばって矢を心臓付近に受けてしまったようです。幸い応急処置と早急な戦争終了のおかげで一命を取り留めましたが……しばらくは安静でしょう」
「分かった。彼が無事だと確認できてよかったよ」
「はい。セーヴ様もお休みください。ここはわたくしどもにお任せくださいませ」
「うん。そっちもきりがついたらローテーションで休んでね」
「承知しております」
治癒人員のおしとやかな男性は、ぺこりと一礼をしてセーヴを見送った。神聖第三兵隊側の人間で、ランスロットによく似た真面目な人間である。
会釈を返して簡易治療室から出ると、外はすっかり暗くなってしまっていた。
「レンとレイは、まだ帰って来ないのね」
「そうみたいだね……まあ、敵の本拠地に侵入してるわけだし、明日になってもおかしくないよ」
「……なるほど」
苦笑しながらそう言ったセーヴの言葉に、インステードが頷く。
ここで話題が切れ、無意味な空白ができるが――
「おねーちゃん! 師匠!」
いきなり横から少女がダッシュしてきて、インステードに抱き着いた。
レンとレイナの娘、アリスである。一般的には神聖魔術師と称せるほどの実力ではあるが、セーヴの弟子なので神聖魔術師見習い、と名のってはしゃいでいる。
どうやら見習い卒業を夢見ているようで、そこまでの過程がカッコいい! と色んな人に言っていた。
冒険小説を山のように読んできただけある。
「アリス? あんた、寝ないの?」
「抜け出してきたのです! どーしても、お二人とお話がしたかったのです!」
「あはは……そっか、でも早く寝ないと……明日も早いから」
「別に大丈夫だと思うの。彼女だってそれは覚悟して来てるの。何より抜け出してまで話に来たのに、追い返すわけにはいかないの」
そう言って、インステードはアリスと微笑みを浮かべながらしゃべり始める。初めてティアーナの復讐を誓った時とは、全く違う面構えだ。
彼女の人生はようやく動き出し始めたのだろうか。それは、喜ばし――
(っ!?)
電撃のような頭痛が走った。
それだけではない。ぞわり、と心臓から全身に黒い何かが広がっていくのを感じる。感情が暗黒に満たされていく気がする。
先程のインステードを見て、心の中で感じたほんのわずかな引っ掛かりを、それは増幅させていっていた。
微笑ましい光景に、憎悪しか浮かばないのだ。
さすがに、自分に恐怖を感じた。そして、今日の戦闘を思い出す。
(まさか……今日のあの邪気は、本当に僕への攻撃、だったのか……?)
邪念を増幅させるためのものなのだろうか。しかし、グレイズが浄化をかけてくれたため、全てとはいかずとも邪気の量は減っているはずだ。
セーヴが自分で自分をコントロールできなくなるまでに強い邪気が、まだ残っているはずはない。
ならばこれは、自分のホントウノキモチナノダロウカ――
「……ちゃん、おにーちゃん!」
「えっ、あ……」
「どうしたのよ、凄く怖い顔をしてたの。どこか痛いところでもあるの?」
「いや……ちょっと眠いのかも。ごめんね」
「だったら、早めに休むの。わたしはもう少し話してから帰るの」
「うん、分かった。あんまり遅くならないようにね」
「分かってるのですー!」
セーヴが完全に侵食される直前、彼はアリスに呼ばれたことで我に返った。思考がふわふわしていて体調もあまり良くないので、セーヴは身を翻して自分のテントに向かう。
背後からは楽しそうなアリスの笑い声と、インステードの穏やかながらも優しい声。
それが耳に届くたび、頭痛がひどくなる。
額を抑えながら、セーヴはなんとか自身のテントについた。もう二人の声は聞こえないため、徐々に頭痛も治まっていっている。
「一体何なんだ……」
司令官、副司令官、指揮官、将軍のテントは一人用。だから、セーヴは寝袋の上に倒れ込んで呟きを零す。
もう訳が分からない。自分が自分ではなくなっているみたいだ。
「はあ……」
セーヴは重いため息を吐いて、瞼を閉じた。
結局その日はそのまま、重い眠りについてしまったのだった。
伏線回。




