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悪役令嬢が処刑された後  作者: Estella
第二歩は真実の欠片です
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37.分かれますか?

 上空に浮かぶ三人の姿を見て、セーヴ達が固まるのも一瞬。すぐに再起動して戦闘の構えを取るが、三人は浮いたまま飛んでゆっくりと去っていく。

 彼らは、セーヴらを呼んでいるのだ。来れるなら来てみろ、と不敵に笑いながら。

 セーヴはすぐに指示を飛ばす。


「インステードちゃんはスメラギの方へ! 僕はウィンナイトとオーギルの方を相手する! エリーヴァスも僕と一緒に!」

「了解なの」

「分かりました! しかし、通達はどうするんです?」

「大丈夫、グレイズさんやランスロット達なら気付いてくれるから。行こう!」


 インステードとエリーヴァスはセーヴの言葉に全幅の信頼を乗せて、インステードは右に、エリーヴァスとセーヴは左の方向に別れた。

 ある者は過去の因縁を晴らすため。ある者は復讐と名誉挽回を果たすため。ある者は信じる彼らに勝利を捧げるため。

 ――三人は、それぞれの信念を持って駆け抜けた。



 車いすに座ったインステードの全身から、紫電がバチバチと弾けている。あまりの怒気に空気が震えた。

 そのプレッシャーを一身に浴びながらも平然としている男は、もちろん剣神スメラギである。紅き光を纏う剣、レーヴァティンをひっさげ、構えようともせず悠然とした佇まいで冷笑している。

 それはインステードが知る、スメラギのいつもの戦闘スタイルだ。けどそれが自分に向けられる日が来るなんて、ティアーナの処刑までは思ってもみなかったが。


「……あんたには、失望しかないの。一応でも、信じてたのよ」

「そうなんだねぇ。それはさぁ、有難いねぇ。でもさぁ、許して欲しいんだよねぇ。君のおかげでさぁ、僕はさぁ、確固たる立場を得たんだからさぁ!」

「自分勝手にもほどがあるの。そのせいで、わたしは大変な事になったの」

「……こんなとこまでさぁ、喋りに来たのかぁ?」

「――そうね……。死に晒すがいいの!!」


 挑戦的に唇を吊り上げたスメラギの態度に、インステードが乗った。弾けた紫電をひとつにまとめて、光速でぶっ飛ばす。

 兵士五人をまとめてぶっ倒せるほどの魔力の塊を、スメラギは正面から一刀両断。

 体制を低くしたまま顔を上げてニヤリと口角を上げたスメラギの手には、ギラリと紅く輝くレーヴァティンがあった。


「……なるほど、三千兵器。普通の魔術で太刀打ちできないわけなの」

「そうだねぇ。欲しいかい? 欲しかったらさぁ、あげるよ。ただしさぁ――僕に勝ったら、ねぇ!!」

「っ!」


 紅電が、弾けた。

 レーヴァティンの纏う電撃が一直線にインステードに襲い掛かるので、彼女は反射的に障壁で対抗する。

 雷光を防いだかと思うと、すぐに拘束魔術と火柱魔術を同時展開。

 右手から出るは純黒の鎖。外れぬ制約ギアスの組み込まれたそれと共に飛来するのは、スメラギの動きを制限するための火の柱だ。

 無数の火柱と襲い掛かる鎖を器用に避けたりレーヴァティンで切り裂いたりするスメラギだが、距離は確実に開いている。

 それは、魔術師としての能力が高いインステードの間合いだ。


業火なる赤煉(フレイムフラッシュ)

紅蓮ぐれん


 小さな街ならばすぐに焼き尽くせるだろう灼熱の炎を、スメラギは眉ひとつ動かさず正面から受け止めた。

 彼が発動するは『魔術剣』。魔術による剣の強化で、魔術師という相性の悪い相手と戦う時に剣士がよく使う手だが、違うのはソレがレーヴァティン専用の強化エンチャントであることだ。

 そして、大きな違いでもある。

 練度、精度、密度、強度、あらゆる角度から見ようとも、普通の強化よりは二段も三段も飛び抜けている。

 だからこそ、インステードという救国の勇者が放った強力な一撃さえも、正面から相対することができるのだ。


「はははははは……! 楽しいねぇ!!」


 そしてもちろん、スメラギが根っからのバトルジャンキーであることも影響していた。彼は逃げと隠れと避けることを極端に嫌う。

 こういう時は必ず正面から向かってくるし、だからこそ正々堂々な人間だと信じていたのに。

 びりびりとレーヴァティンから伝わってくる炎魔術の重さ、そして体にかかる火の粉。そんなもん知るかと言わんばかりに、スメラギは一歩踏み込んだ。


魔術強化マジカルエンチャント

物理強化フィジカルエンチャント


 もちろんインステードはすぐに反応し、魔術への補助魔術をかける。一段と威力を増した炎だったが、スメラギだって更にレーヴァティンを強化する。

 レーヴァティンから出る雷がバチバチと音を鳴らしながら、炎を侵食する。しかし炎もまた、雷をすり抜けて剣を腐食しようと迫る。

 両者譲らぬ強化の嵐の中――


起動オン


 インステードが唐突に別の魔術を口にした。

 それはスメラギにとって計算外だったようで、目を見張って飛びのく。しかしそれは少し遅かった。

 インステードのような練度の高い魔術師の魔術なのだから、気付いたらもう遅いに決まっている。

 地面から突き出てきた土の刃はスメラギの腕を掠めた。

 しかしそれはインステードの魔術強化の隙でもある。スメラギは全力でレーヴァティンを炎に叩き込み、灼熱を両断した。

 ここで両者は一旦息を整える。ワンラウンド終了である。


「はぁ、ふぅ……なるほどねぇ、また強くなったねぇ?」

「当たり前なの。国を落とすという事を信条にしている以上、己の強さを過信してはならないの。特にこのクソ帝国は、どんな闇が隠れてるか分からないの」

「……ッハハ!! そうだねぇ、そうかも、しれないねぇ!」

「っ!」


 インステードの発した『帝国の闇』という言葉に、スメラギは一瞬の含み笑い。次の瞬間には、獰猛な笑みを浮かべて風を切る速さで向かって来ていた。

 インステードは己の出来る限り最速で盾を展開し、自身の負傷は免れたものの、スメラギに剣を叩きつけられた盾はバリンと音を立てて割れた。

 彼女ほどの魔術師が最高の魔術練度を以て練り上げられた魔術が、鋼まで無残に破られることも珍しい。

 インステードはちらりとレーヴァティンを見た。

 ドグロを巻く紅の光が、龍の形を取ってこちらを睨みつけている。それが放つ威圧感は、耐えられる者の方が圧倒的に少ない。

 鍛え上げられた騎士三十名辺りを一瞬で気絶させられるだろう圧迫感。

 それに圧されること無く、表情すら崩さずインステードはスメラギを睨め付けた。


「おぉーっとぉ、凄い目だねぇ。強くなったねぇ……でもさぁ、ごめんよ。こっちだってさぁ、譲れやしないんだ」

「何を――っ!」


 一気に膨れ上がったレーヴァティンの存在感。インステードの経験が、全力で盾を展開させる。

 『聖域障壁マナ・シールド』。大帝国の、いやこの世で唯一の聖女が使う切り札で、最上級の守護魔術。

 それを、全力で。普通の状態のレーヴァティンならば、止めるのに全く問題はなかった。けれど、スメラギの表情は余裕だった。

 インステードが全身全霊の魔力を盾に注ぎ込んでも、口角は釣り上げたままで。


「【神力解放】――紅蓮の牢獄」

強化エンチャント!」


 スメラギの姿が見えぬほど、紅蓮が吹き荒れた。インステードは残るほとんどすべての魔力を総動員して、盾を強化する。

 二人とも恐るべし速度だ。常人の目には見えない速度で、炎は大きくなり盾は強度を増す。

 ほとんどの人間が、情勢は五分五分と見るだろう。しかしセーヴやティアーナなど、技を極めた者達からすると――全く、そうは見えない。


「ぁ」


 インステードが、小さく声を漏らした。

 吹き荒れる牢獄が、流れるように盾を巻き取って巻き込んで己の力と変える。吸収能力。どれだけ盾を強化しようが、それはむしろ相手の力となってしまうのだ。

 これを突破するために必要なのは、圧倒的な威力や禁書魔術など。

 どれも、今の魔力の大半を失ったインステードには不可能としか思えない。


 勝負の方向は、どこへ。



 氷柱。雷電。精霊術。邪教術。三千兵器を有効活用した術。治癒魔術、補助魔術、強化魔術。飛び交う常人では考えられぬほど高度な魔術で行われる乱戦の中、セーヴはもつれる状況を打開しようと目論んで一歩踏み込んだ。

 魔術師、精霊術師として動いていたセーヴが、唐突に剣を握ったのだ。

 これにはオーギル・マクロバンの反応が遅れ、しかし剣が彼に直撃する寸前、ウィンナイト・リカリアナが彼を救出し大きく下がった。

 己の技の高度さ、邪神への信仰で戦うオーギルと違い、ウィンナイトは三千兵器に頼らざるを得ない普通の科学者だ。

 しかし彼がこうして戦闘に参加できる理由はひとつ。

 彼の天才的な計算力である。その計算力はもはや計算に留まらず、未来予知レベルの現象を創り出すことができる。

 だからセーヴの剣筋を読み、自身の計算で導き出された最善の避難経路を通ったのだ。

 いくらサイコパスでも、オーギルの強さ、そしてウィンナイトの天才さは本物である。


 だが、これで距離ができた。

 拮抗は終わった。

 向こうも少し息を整えている。その間に、セーヴは拮抗を崩せる何かを考えねばならない。切り札で奇襲か。それとも剣で戦い続けるか。


「せ、セーヴ殿下、私が盾で援護致します!」

「……!」


 と、背後から後衛担当のエリーヴァスの声が届いた。それと同時に、セーヴの前に青みがかった盾が出現する。

 ちらりと背後を見ると、エリーヴァスが目を輝かせて頷いていた。

 なるほど、この状態なら相手の攻撃を恐れず、剣と魔術を交差させながら応戦できる。盾の位置も随時エリーヴァスが移動させられる。


 そうして、セーヴはエリーヴァスを信頼し、目を閉じて魔力を体に循環させ精度を高めることに集中した。

 ウィンナイトの遠距離攻撃による雑音が、ゆっくりと聞こえなくなっていく。

 やがてセーヴの口から自然に紡がれたのは、詠唱だった。


「知恵、芸術、工芸、戦略を司る城塞都市の守護女神、最高神さえ恐れ抱き宇宙はよろめき、大地と大海は轟音と揺れ動き、太陽の停止を生誕の証とする力、今我に与えん」


 長めの詠唱文。

 より魔術の精度を高めるため。より攻撃力を上げるため。今使える最大の力を振り絞って魔力を込め、セーヴは発動のキーワードを口にする。


「『守護女神アテナ』」


 その詠唱の通りだった。

 地がよろめき、轟音が鳴り響き、周囲の光が一瞬遮断された。瞬間、大きな力の流れが場を支配し、誰もが動けなくなる。

 ただ、技の発動者であるセーヴのみが、体に纏う光を運用しながら魔術を強めていた。


 鳥籠が、出来上がる。

 鎖が、伸びる。

 三千兵器に絡ませるように、敵二人を拘束するように、あわよくばこの国を壊してしまえるように。

 大きな力の波動が完全に干渉できたのは、周囲の建物とウィンナイト・リカリアナのみだった。

 周囲の建物の全てが倒壊したが、叫び声はない。内乱ですでに全滅した地域だからだ。

 そしてウィンナイト・リカリアナは鳥籠に閉じ込められ、鎖に拘束され成す術もなくなった。

 計算と三千兵器の力に頼るだけでは、セーヴの術を突破できはしない。たしかに三千兵器は強いが、その真骨頂を引き出せるほどの実力が伴わなければ意味がないのだから。

 

 三千兵器の力を十分に引き出せるオーギルは、必死に無数の鎖と自身を閉じ込めようと地面から生える鳥籠から逃れようとしていた。

 避ける、さばく、斬る、三千兵器の力を使う、己の術を使用する、信仰の力で跳ね返す。

 しかしそれでも、終わらない。

 セーヴが込めた魔力の量が、終わらせない。

 追撃、いやとどめを与えようと魔術を形成しようとしたセーヴ。エリーヴァスも、勝利は確実なものと思っていた。


 ――が。


「『高慢なる言の葉(全て思いのままに)』」


 オーギルだって、反撃せずセーヴの技を避けながら自身の技の準備をしていたのだ。


「これは……」


 セーヴは反応できない。

 見たことがある。使われたこともある。しかし、知らない術だった。オーギルの全身から湧き上がる邪気がセーヴの魔力を巻き取り、吸い込み、鳥籠と鎖を維持するもの全てを消し去っていく。

 それに反抗しようにも、何の術を使えばいいかまるで分からない。キャンセル魔術、盾魔術、浄化魔術など思いつく限り試してみるが、邪気はびくともしない。


「何が、何が起きてるんだ……」


 まさか破られるとは思わず、焦りが滲む。全力の攻撃が、こうも簡単に巻き取られている。何をしても、効きやしない。


「はははははぁぁぁあ!! 我らが邪神ヘル様のお力の前に、全ては跪かざるを得ないのだぁぁぁぁあ!! 下らぬっ!! 浄化ァ……? 平々凡々なる人のすべが、次元の範疇を脱し距離の概念を超えた邪神様に敵うはずもなかろぉおおおう!! 頭が高い、邪教を唱えし者の全ては威光に当てられヘル様の下に跪くがいいのだぁぁぁあ!!」


 唾を飛ばしながら哄笑する、狂信者。鳥籠と鎖から抜け出したサイコパス貴族のウィンナイトが思わず固まってしまうほど、彼の狂気は恐ろしかった。

 何が恐ろしいと言うと、狂気をまき散らしながら高度な技と得体の知れない邪気を絶えず放出させているところだ。

 魔力は安定している。練度も強度もセーヴと引けを取らない。

 こんなに発狂しながら、なぜ。


「……どうし、て」


 オーギルの言う通り、時間も、距離も、次元も、人の考えうるすべてが止まっている。全てがオーギルの狂気の演説に耳を傾けている。

 やがて邪気はセーヴの魔力を食らい尽くし、優悦だとばかりにくるくるとオーギルの周りを舞った。


「三千兵器の力と邪教の力を……組み合わせてるってこと……なのか……?」

「是!! たかが三千兵器などで、勝利を得られるはずもなかろうッ!! 我らがヘル様のお力なくして、如何に乱を止めようかぁぁぁ!! 否ッ、否否否否!! できぬッ!! ヘル様の下でなくては、万物は生存など不可能であるのだぁぁ!! うぁぁぁあああああ!!」

「『聖域障壁マナ・シールド』!!」


 嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らし、セーヴはそれに操られるようにして最大の盾を繰り出した。しかし、広がり巻き取り刃と化すオーギルの邪気に、届かない。

 エリーヴァスが盾を強化してくれても、その刃は。


「が、ッ……」


 大帝国の聖女直伝の技を、邪教神官オーギルの邪気が、突き抜けた。

 闇が、セーヴを支配する。

 ドグロを巻く邪念が纏わりついて離れない。正常な思考が、ゆっくりと抜け落ちていく。


「はっはははははははぁぁぁッ!! 異教を唱える者に、敗北を喫するものかぁぁぁあ!! 大帝国の異教、無為、無道、無信仰ッ!! 故にぃぃいい、弱者ぁぁぁあ!! だから、創り変えるのでぇぇぇえす……我らが、望むようにぃぃぃ……」

「待っ、そ、れは……」


 ニヤリ、とオーギルが口角を吊り上げる。霞む視界の中、彼が何をしようとしているのか悟ったセーヴは必死に何処かへ手を伸ばした。

 その手はティアーナに向けられたものか。それとも別の誰かだったのか。

 それは、今の彼にすら分からない。

 ただ、嫌悪感に。吐き気に。体を支配する異物に。恐怖に。心を侵食されていく。


「だめ、だァ……」


 声が、裏返った。


 ウィンナイトに動きを止められているエリーヴァスが必死にセーヴの名を叫ぶ。しかし、届かない。

 オーギルの魔の手は、まっすぐにセーヴの脳に向かって――

しばらく更新出来なくて申し訳ございません!

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