35.動きましたか?
それから一か月後、帝国皇都にいたレッタ男爵から『慈善盗賊軍』へ手紙が送られた。
神聖アルミテス帝国から送られた一万の『神聖第三兵隊』の住居も順調に定着し、街が街として機能し始めたばかりの事だ。
辺境伯爵領レガリアに建てた領主邸に届いた手紙を、セーヴとインステードは執務室で開いた。
「なるほど……リカリアナ領とマクロバン領が動いて……四大剣聖も動いたってことね」
「四大剣聖……わたしの代わりに勇者になった、四人グループなの」
「ほー、十分復讐するためのネタはあるねえ。これで、役割分担ができるかな」
「そうなのよ。わたしが『剣神』スメラギを倒すの。あんたは、リカリアナとマクロバンとスメラギの集めた兵と二人を倒すのに集中するの」
「了解、司令官」
手紙の内容にほんの少し眉を吊り上げたインステードの言葉に、セーヴが敬礼で応じた。良い配分だ。
インステードならば四天王の一人を相手するくらい訳ないだろう。恨みのある相手だし、何より彼女が有無を言わさぬ意志の強い瞳を向けてきている。
そんな目を真っ直ぐ向けられて、願いを聞き入れぬようなマネは少なくともセーヴにはできない。
今度はフィオナ全体でウィンナイトとオーギルを相手する。セーヴ一人ではオーギル一人にすら勝てなかったが、全員ならば違う。
なにより、セーヴだってこの一ヶ月自分を鍛え続けた。もう、あの頃の自分ではない。
「向こうの兵はおよそ五万と推測できるかな。この情報は内乱を抑えるためにもこっちへの宣戦布告のためにも大々的に宣布されてて、知ってる人も結構多い。でも民の間では混乱と情報錯綜が起こっていて、むしろ内戦はヒートアップしてるってね。どうやらエウリアス殿下の力が程よく作用してるみたい」
「さすがなの。たかが平民とちょっと位の高い貴族が、あんなやり手な国の第三皇子を相手に出来るはずもないの」
「まあ、エウリアス殿下の前では剣神も苦労しそうだね……」
ふん、とセーヴの苦笑をインステードは鼻で笑った。インステードは勇者時代、何度かスメラギに会ったことがある。
だからスメラギが頭脳派とは程遠い脳筋であることを知っていた。
四大剣聖は確かに剣に長けたグループだ。しかし、そのほとんどが別の特技も多種多様に持っている。だが、その『ほとんど』に属さないのがスメラギだ。
ただ剣を極めた武人。しかしそれだけでも、四大剣聖の誰よりも強い。
それよりも、ちょっとは気が合いそうだと思っていたスメラギに裏切られたことを、インステードは怒っていた。
自分を閉じ込めたルザル伯爵よりもずっと。
まさか敵になってしまうとは、純粋であったあの頃はつゆほども思わなかったのに。
「……よし、こうなったらもう戦争予定地のゲリル平野にテント建てよう。インステードちゃん、頼むよ。僕は号令をかけに行くから」
「了解なの。……それよりも、レッタ男爵、どうするの?」
「あぁ。もうちょっと泳がせようかな。確かに最速の手紙ではあると思うんだけど、ほとんどの国民が知る情報でもあるからね。一応味方を名乗ってるんだから、送ってこないとむしろ怪しむレベルだよ。まだ、信じるには至ってないかな。完全に疑ってるってわけでもないんだけど、エウリアス殿下と違って身分を保証する『バック』がいないから……」
「確かにそうなの。……立場が低い人間ほど、あっちこっち良い顔していいバックを手に入れたらすぐ全部裏切ってくるの」
そう、例えば四大剣聖のように。
インステードは過去の自分を嘲笑する。当たり前のように武人同士仲良くしていた、昔の自分を。
そんな関係だったというのに、勇者の座という栄光の地が約束されたらすぐ裏切る。
もう同じことを繰り返すのはごめんだ。なので、セーヴの策略には全面的に賛成である。
セーヴの指示にインステードは車いすへ魔力を込め、執務室から出て行った。それを見送って、セーヴも立ち上がる。
「戦争か……」
現代日本ではもう起こらなくなった争いだ。ただの高校生だったセーヴにとって、遠い国家で起こる遠い話としか思えなかった。
けれど、今セーヴは戦争の司令官だ。
ちょっと理系に長けただけの高校生が、血と血の争いの実権を握ってしまった。
「……ティアーナは、怒ってるかな」
昔、インステードすらセーヴが転生者である事実を知らなかったとき、唯一味方となってくれたあの少女は。
――きっと、セーヴの行為を称賛しちゃいない。
けど、セーヴは気付いたのだ。
優しいだけでこの腐った国がどうにかなるわけでもないことに。どうせセーヴが何もしなかったら、世はティアーナのことなど徐々に忘れて、あんなこともあったね、と昔話のように談笑して相も変わらず幸せそうに笑い続けるのだ。
それは、許せない。
だからセーヴは世界に刻み付けるのだ。ティアーナの正義と――己の、罪を。
「……」
黙ったまま扉を開けて廊下を通って階段を降り、セーヴは自分の役目を成すために領主邸から出た。
そこに丁度良く、黒髪長髪の男がいた。
「やあ、ランスロット」
「どうもです、セーヴ副司令官」
長い前髪を右に流したせいで右目が隠れてしまっている男の名は、ランスロット=ド=ロックヴュー。
その名の表記が示す通り、アルミテス帝国第三皇子エウリアスの持つ『神聖第三兵隊』の副官である。
黒い上等なローブを纏った彼の威圧感は常人には出せぬものだ。ついでに襟にもっさりついている白いファーはとても柔らかそうで実際アリスには大好評だったりする。
「帝国が兵の準備をしてる。すぐにゲリル平野へ拠点を移動する準備を始めるよう全軍に伝えて欲しい。早速なんだけど、戦争が始まるよ……」
「……! 了解いたしました。すぐに号令をかけます」
ランスロットは恭しく一礼をして、懐から大きなラッパのようなものを取り出すとそれを噴いた。大きく重厚感溢れる音が響き渡る。
これぞアルミテス帝国主流の招集方法だ。最近フィオナ軍にも染み渡っている。
ただしここまで大きな音が出せるのは、やはりランスロットくらいであった。
さほど時間をかけずに、一万の兵が集結する。伯爵邸の前と辺境街レナギアの扉の前に設置した転移魔術陣による大規模転移だ。
辺境伯爵領レガリアに定住している『慈善盗賊軍フィオナ』のメンバーは、もちろんグレイズの号令と共に最速集合だ。
セーヴは全員が集合すると、ランスロットに目配せして腰に下げた剣を抜き放つ。
「皆よ、いきなりの招集に応えてくれて感謝する。たった今より情報が届いた! リカリアナとマクロバン、そして四大剣聖が剣神、スメラギが兵を集めているとの事だ! その兵数は五万程度に落ち着くとされている! しかし、我々には恐れる理由がない! 我らが復讐の矛が、この程度で打ち破られるはずもない!! 前の戦いを覚えているか! 我々は勝った!! 三十の兵で、倍など生ぬるいほどの兵に勝ったのだ!! 帝国は所詮この程度だ! 我々の力を見せつけるがいい!!
――開戦だ!!
たった今より司令官が僅かな兵と共にゲリル平野へ拠点を移す準備をしている! 各自荷物をまとめ、速やかに平野のテントへと移れ!!」
「私が先導します! 門の前に整列し、私に続きなさい!」
「「「おぉおおおお~~~~!!!」」」
そう言うとランスロットはぺこりとセーヴに一礼してから、士気が限界まで高まっている兵達を連れて去っていく。
きっと彼なら上手くやる。ここ一ヶ月ほどの付き合いでセーヴが彼の能力を把握したからこそ、そう断言できる。
そう思ったセーヴは、転移魔術を発動させてゲリル平野へ転移した。
〇
「――どう? 準備は」
てきぱきと部下に指示を送りながら魔術を次々と発動させるインステードの背後から、少年ながら経験値を感じさせる深くも軽い声が聞こえた。
その声を、インステードは良く知っている。
一点も疑うこと無く振り返り、信頼の満ちた微笑みを浮かべて親指を立てた。
「問題ないの。順調に進んでいるのよ」
「よし! こっちも問題ないよ、すぐにみんな集結すると思う」
「了解なの。……それじゃあ、いつもの」
「……! うん」
ちょっと照れながらも、インステードは『いつもの』を要求する。その意味を正確に読み取ったセーヴは、にこりと微笑んで右手を差し出す。
インステードはほんの少し顔を背けながらも、左手をその上に合わせた。
「最高の復讐を――」
ニヤリ、とセーヴが笑みを深める。
緩やかに、しかし急速に、インステードの瞳に闇が宿る。
「「『サイコパス拷問癖殺人鬼侯爵』と、『邪教神官侯爵』に」」
――さあ、開戦である。




