32.皇子殿下、ご来訪です?
セーヴ、インステード、グレイズ、そしてレイナは四人で辺境街レナギアに向かった。この辺境地マグンナの正門に最も近い街だ。
勿論この四人ならば最速での移動が可能なので、本来は一時間前後かかる大移動は十分程度に抑えられた。
ちなみに何故レイナがいるのかと言うと、まだ見ぬ皇子殿下を接待するためだ。
辺境地マグンナの商業を担うリーダーである彼女は、この地にある特産品などの管理も行っている。なので、お茶やお菓子を出す役目をするのだ。
これはレイナが自分から志願したものである。こういったことには、誰よりも詳しいから。
ちなみに強く意思表明する彼女の後ろで、レンが涙ぐんでいたりもした。
やがて辺境地レナギアで最近完全に完成した『客人接待ビル』に四人は辿り着く。
修理は終わっていたのだが、安全性や衛生についての仕上げはつい最近終わったばかりである。
「あれっ? 皇子殿下……もしかして、接待ビルの下で待ってる?」
「うっ、嘘ぉ!? 皇族が、待つのですか……!? しかも、馬車もなしに……!?」
「これぞ文化の違いなの」
「他国の皇族ってこういうもんなんですかねえ?」
辿り着いた先の光景にセーヴは驚いた。例の皇子殿下が護衛も馬車もなしに一人で待っているのだ。
確かに彼の隣には兵士が一人いるが、あれは先程皇子が来たと報告に来たこちら側の兵士だろう。
彼が皇子だという事は間違いない。遠くからも輝きが分かるほど煌びやかな服装をしているからだ。
金と白で揃えたシルク素材とみられる長いコートと上下の服。そして輝く紅い宝石のついた剣が腰に下げられている。
他国との文化の違いがあるとはいえ皇子をこれ以上待たせてはならないと思い、セーヴ達は急いで彼の元へ向かった。
レイナは慌てて『客人接待ビル』に駆け込み、部屋やお茶、お菓子の準備をする。
「初めまして。司令官のインステードなの」
「皇子殿下、遠路はるばるお疲れ様です。初めまして。副司令官のセーヴと申します。お待ちになっておられたのですか?」
「初めまして。将軍のグレイズと申しやす」
「初めまして~。ボクはねー、隣国の神聖アルミテス帝国の第三皇子、エウリアス=フォン=ミカエル=アルミテスだ。よろしく~」
インステード、セーヴ、グレイズの三人が礼をする。インステードは勇者時代の、セーヴには貴族時代の経験があって、その礼は洗練されている。
グレイズもセーヴを見習って紳士の礼を取っているが、男らしいスタイルの良さもあって中々さまになっている。
皇子はひらひらと手を振って、レンによく似た感情の読めない笑顔をこちらに向けながら名乗った。
「それでは、ご案内いたします」
「ありがと~」
セーヴが一礼をして先を進む。その少し後ろに例の皇子、エウリアス。そんな彼の後ろにインステードとグレイズが護衛をするようについている。
ちなみにあの門番兵士は辺境地マグンナの正門で、引き続き門番をするため撤退した。
彼はずっと皇子の隣にいて緊張したようで、全力疾走だった。
〇
客人接待ビルの最上階の一番奥。そこが最も高級なVIP用の部屋である。さすがに皇城と比べると劣るが、貴族の部屋並みには上等だ。
その証に、部屋に踏み入ったエウリアスは「わぁ~」と感嘆の声を漏らした。
(……え? マジで?)
のは有難いのだが。
皇族がこの程度の部屋に目を輝かすとは思ってもみなかった。不満と文句を垂れ流しにされる覚悟も一応していたのに。
「あ、驚いたー? これ、お父様の部屋くらいの広さだったからさ。君達のところはたぶん、皇族だとこの程度の広さじゃあ不満だと思うけどねー」
「そっ、そう……ですね。こちらにお座りくださいませ」
「ありがとー」
セーヴは固まりながらもすぐに復活してエウリアスを案内する。彼が広いソファーに一人で座ると、その対面にセーヴ、インステード、グレイズの三人が座る。
すると、そこへ見計らったレイナがお茶とお菓子を机に乗せる。そして早々に退散しながらも、扉の外で護衛とお茶お菓子追加のタイミング見計らいを続行だ。
部屋の中にて、エウリアスが紅茶を一口飲んだ。そしてカップを机に置くと、先程の緩々した雰囲気とは一転、瞳に燦々とした光を灯して獰猛に笑った。
「ボクと……いや、うちの帝国、そしてマヤ大帝国と、協力してはくれない?」
「……協力、ですか」
エウリアスの視線には少し怯んだものの、皇族としてこの程度の威厳と威圧感は珍しいものではない。
彼の協力要請は、その内かかると思っていた声だ。
帝国は昔大帝国と呼ばれたこともあるほど強大な国だ。今はマヤ大帝国に逆転されてしまったが、どこの国も欲しがる勢力。
特に皇帝の持つ三千兵器は、マヤ大帝国にとって喉から手が出るほど欲しいものだろう。
そして神聖アルミテス帝国は遥か昔からマヤの手下。マヤ大帝国の欲するものは奪いに来るだろうし、神を絶対とする彼らの国では三千兵器を神の武器と認識しており、あるべき場所に帰属するべきだと結構昔から主張している。
「しかし……三千兵器はもういくつか壊してしまいましたよ?」
「構わないよ。合併しなくてはならない兵器もあるし、それがすべて終わったら三千という数字にはできない。けどマヤ大帝国にもアルミテス帝国にも強大な兵器がいくつかあるんだ。ボクらはそっちを正しい三千兵器の一部と認識してるよー。安易に壊される兵器は、神の尖兵となる物として相応しくないしねー」
「なるほど。ですが、協力と言いますが一体何をして頂けるのでしょう?」
「君達の無駄な争いを減らす事、かなー?」
「と、言われやすと……?」
軽い口調で確固たる神への進行を語ったエウリアスに、セーヴとグレイズは冷や汗を浮かべながら尋ねた。
何故冷や汗が出るのか自分達でも分からないが、エウリアスが与える威圧感は何とも神秘的で、体を震わすのだ。
「まあ、噂を流したり色々やって内戦起こしたりー、この大陸を修復したり、ね。君達は帝国中枢機関と戦う事に集中しなよー。細々とした……処刑に関わって無い貴族とか平民は、ボクらが一掃する」
エウリアスの言葉に、セーヴは冷や汗も忘れて片眉を上げた。
「処刑に関わっていない貴族を、どうやって洗い出すとおっしゃられるのです?」
「……」
インステードも共に目を細める。もちろんグレイズも頷いた。
三人共々、ティアーナのこととなると遠慮がなくなるのである。
「あっはは! 話に聞いてた通りだねー。大丈夫だよ、君達がやってたことと同じ。斥候を放つんだ。ボクを信じて欲しいなー。だって、圧倒的なメリットがあるんだもの。ボクはさほど力を使わずして三千兵器を手に入れ、マヤ大帝国と共に信仰の改革を行うことができる。そしてみんなが知る通りボクらはマヤ大帝国の腰巾着じゃん? その上で、もっと高い立場を得ることができる……アルミテス帝国は、もっと長く存続してられるんだ。こんなチャンスを、みすみす逃せるはずがない……! 頼むよ……国の顔を代表して来てるんだからさー、その重さ、元貴族の君になら分かるよねー?」
「っ……!」
下手したらセーヴ達が復讐に向けると同じほど、いやそれ以上に、エウリアスの目に秘められた狂気の渦巻きは凄まじかった。
神は是。大帝国は道しるべ。それを絶対とする神聖アルミテス帝国の皇子として、エウリアスはその圧倒的な信仰を叩き込まれている。
彼にとって帝国の存続は、命果てるより重要な使命だ。
きっと彼は――自分が果てようとも、霊になろうが魂尽きるまで帝国に尽くし続けるだろう。
生と死へ矛盾を作れるほど、エウリアスの信仰心は厚い。
セーヴ達と似た熱量を感じたからこそ、三人はエウリアスの申し出を信じることにした。それに、国を代表した発言はとても重い。
神聖アルミテス帝国とマヤ大帝国の目的もはっきりとしている。
セーヴ達としてもちまちまと関係もない貴族や平民を粛清していたくもないし、正直神聖アルミテス帝国とマヤ大帝国の申し出は有難い。
「承知いたしました。エウリアス=フォン=ミカエル=アルミテス第三皇子殿下、貴方の申し出を――いえ、神聖アルミテス帝国とマヤ大帝国の申し出を、受け入れます」
「本当!? やった! ではこれより、慈善盗賊軍フィオナと同盟結成だねー!」
「はっ、はい、そうですね……!?」
正しい形式を踏み、セーヴは握手のため右手を差し出す。だがエウリアスはそれを両手で握ってぶんぶんと振った。
無邪気な笑顔と明らかにテンションの上がった話し方。多分本気で喜んでいる。
しかし転生者だったとしても、セーヴには理解できない。
まさか皇族が元貴族の手を握ってぶんぶんと振るとは……さすがに、予想外である。
色々とあったが、ひとまずは神聖アルミテス帝国、マヤ大帝国との同盟を結ぶことができた。
これは恐らく、慈善盗賊軍フィオナにとって大きな進歩のひとつに違いない。




