31.その真実、語りますか?
宿屋の転移魔術陣に帰還したセーヴとインステードは、秒で仲間たちに囲まれた。みんなが心配そうな表情をしている。
「うわぁぁあん!! 心配しましたよー! 敵のところに一人で向かったってインステードさんに言われるし、そのインステードさんまで行っちゃうし! うわぁぁん!!」
「ご、ごめん、心配かけたね……」
「セーヴさん、青い顔をしているわ。大丈夫?」
「大量出血だったの。野菜でも食べて、血を補充しないと……」
「インステード姫! まさか敵にやられたってことですか!? 姫は、大丈夫なんですか!?」
「ヤバそうに見えるの? 敵は逃げたの」
フレードが涙を溢れさせながらそう言うので、セーヴは青い顔をしながらも彼の頭を優しく撫でた。そんなセーヴを、システィナは心配そうにのぞき込む。
そしてインステードの言葉に頷き、システィナはセーヴを支えながら宿屋の椅子に座らせ、彼女は受付の奥にある厨房を使い、野菜炒めを作り始める。
そんなシスティナより焦っているのが、エリーヴァス。
普段の冷静沈着さはどこへ行ったのか、インステードは大丈夫なのかと慌てる。だが自信満々のインステードの台詞と傷ひとつない状態により少し落ち着く。
「……落ち着いたの?」
「は、はい……! 申し訳ございませんでした、取り乱してしまって」
「いや、仕方ない事なの。それより、全員で大会議室に集合するの」
「大会議室ですかい?」
「うん。話したいことが、あるの」
エリーヴァスが落ち着いたのを確認し、インステードは次なる一歩に移る。彼女の言葉にグレイズは訝しげな表情を浮かべたが、有無を言わさないインステードの表情で何か大切なことがあるのだと悟る。
てきぱきと仲間達に指示を送るグレイズを眺めながら、インステードは突っ立っていた。
(なんでわたし……セーヴの真実をみんなに知って欲しくない、だなんて……)
先程から心を突き刺すのだ。意味の分からない感情が。
だって、みんなが知ってしまったらそれは『秘密』じゃなくなって――
「わたしのアホ。弱点がなくなれば精神攻撃のしようがないの」
どんどんおかしくなっていく思考を止めるため、インステードは自分の頬を両手で叩く。
そして車いすに魔力を通し、大会議室へ向かった。
〇
野菜補充を終えたであろうセーヴがいつも通り上座に座っている。その顔色はやや良くなっているが、まだ衰弱はしているようだ。
それでも彼は強い瞳でメンバー達と視線を合わせ、こくりと頷いた。
「いきなりなんだけど……」
そこでセーヴは少し言葉を詰まらせたけれど、何とかまた口を開く。
「僕は……転生者、です」
「えぇ!?」
セーヴが躊躇い気味に発した言葉。それに驚いたのは、システィナだけだった。皆、さほど驚いていない様子だ。
システィナは自分が可笑しいのかと思い、周りをきょろきょろと見回す。
その反応はセーヴ本人も同じだった。恨まれることも覚悟したのに。殺されたっておかしくないとも。けれどインステードの言う通りだった。
みんな「え? 今更?」という表情でセーヴを見ている。セーヴは目が点になった。
と、
「ハッハッハ!!」
フィオナのリーダー、グレイズがもう耐えきれないという様子で噴き出した。それに続いてレンなどのメンバーも笑い出す。
「セーヴさん、もうみんな察してまっせ」
「っていうか、全然責めようなんて欠片も思ってないっすからね? だってもう仲間じゃないっすか。それに、転生してて未来を知ってるからって、身一つで全部変えられるわけじゃないっすよ?」
「僕達全員で処刑現場に突入していったら、その場しのぎですが絶対勝てましたよ! その時駆けつけられなかった僕らだって、同罪です!」
「セーヴさんだけが悩まないでください。私達もおります。一度起きたことは覆せない。だからこそ、復讐をしているのでしょう?」
グレイズが微笑んで、レンがニヤリと口角を上げ、フレードが思いを叫び、エリーヴァスが諭す。
セーヴは戸惑ってメンバーを見渡した。誰からも、悪意のある感情が見えない。むしろ、グレイズらの言葉にうんうんと頷いて微笑んでいる。
インステードが自信満々にこの結果を説明してくれたとはいえ、どうしても意外だと思う心を抑えられなかった。
「ぼ、僕は……」
「あんたのすべきことは、何?」
「僕の……すべきことは……」
呟くセーヴを、インステードが静かに見守る。
「復讐……」
「そう。自分を責めるより先に、すべきことがある。そうでしょう? 計画を……立てるの」
「うん」
「今回の襲撃の真相を暴いて――」
「奴らに、同じように復讐をする」
ゆっくりと、セーヴの瞳に強い意志が灯される。インステードに引き出された言葉ではあるけれど、それは正しかった。
空気がぴりりと緊張するのを察して、メンバー達が背筋を伸ばす。
あのレンですらもへらっと笑うのをやめ、セーヴの言葉を待っている。
「……先日の襲撃は、オーギル・マクロバン侯爵によって行われた」
ほんの少し覇気がなく、それでもしっかりとした強さを含んでいる声だ。
「そこから、彼の持つ三千兵器が『プライド・ルシファー』……『七つの大罪』で最も強大とされる武器であることが判明。また、能力的には『命令系』だと思われる。魔力系統は恐らく精神か闇か、もしくはそのすべてか……」
「うわあ、しょっぱなからリーダー武器なの?」
「それは間違いないよ。ただし能力は全然分からないから、今日中にでも図書館に――」
「駄目なの! あんたはしっかり休んでるの」
「ええ、インステードさんの言う通りだわ。急ぎの要件だけれど……私達が行ってもいいのよ?」
インステードとシスティナからきっぱりと言い渡されたセーヴは、一瞬きょとんとしてから彼女らの言葉を理解する。
心配してくれているのだ。今にも倒れそうなセーヴの事を。
どうやらメンバー達も同意見のようなので、セーヴは苦笑しながらもその気遣いを有難く受け取った。
次はどうしようかと悩んでいると、システィナが恐る恐る手を上げた。
「あの……レッタ男爵の日記を、みんなで共有するべきじゃないかしら?」
「あっ、そうだったね。システィナさんはもう読み終わった?」
「ええ。内容をまとめて紙に記しておいたわ」
「その紙って今持ってる?」
「持っているわ。でも一枚しかないから……」
「大丈夫だよ、僕が読み上げるから。でも一回しか読まないからよく聞いててね」
「「「イエッサー!!」」」
システィナから紙を受け取ったセーヴは、さらっと内容を視線で流した。ルザル伯爵のような狂気溢れる内容でも、普通の人が書くようなまともな日記というわけでもないようだ。
まあ貴族としては珍しい事ではないだろう。セーヴは視線を紙の上に移し、口を開いた。
『・男爵令息第三子として生誕。
・天才な第一子と比べられ、虐待により一時家出。
・その先で今の民の現状を知る。
・民を救いたいと思う。
・当てもなくその日暮らしをし続け、いつの間にか隣国に流れ着く。
・そこで立場を得て帝国に返り咲く。
・両親は既に死んでいて、第一子が当主だった。
・その第一子は重なる不正をレッタ男爵に暴露され貴族位を剥奪される。
・第二子はレッタ男爵がその手で勢力を削ぎ、追い詰められた第二子は自殺。
・その後レッタ男爵が当主の位置に座る。
・現在の年齢は二十九歳。
・本名はスティーダス・レッタ。』
日記の内容が的確にまとめられたレッタ男爵の人生に、一同はしぃんとしてしまう。優しさも残酷さもある波乱万丈な人生だったからだ。
しかしその程度の波乱、ここにいる慈善盗賊軍のメンバーならばいくらでも経験している人がいる。だから、団員たちはすぐに復活した。
「うへえ、自分の力でのし上がったってことっすねえ」
「隣国の力を借りているとも記されているようですから、完全に自身の力とは言い難いのですがね」
レンがひゅう、と口笛を吹き、エリーヴァスは少し辛辣な評価を下しながらも感心はしているようだ。
しかし立場の争いとはそういう物である。時には家族すらも見捨てる選択を取らなくてはならない、そんな状況は珍しい事ではない。
「それにしても、ティアーナさんとはまるで関係ないの」
「うん。そうだね。たぶん、もう手のつけようもないこの国を、僕らとは別方向から恨んでいるって感じかな。まあ、この日記自体がフェイクって可能性もあるけど……レッタ男爵家の第二子が自殺したって話は、本当だったと思う」
「あーっと、それ僕も聞いたことあるっすよ。十年前くらいの話っすから、僕、まだ貴族だったんで」
「商談をするとき、商人は嘘と本当を混ぜます。この日記がフェイクなら、事実と無実があるかもしれませんね……!」
「どちらにしろ、レッタ男爵を本当に信じる段階ではないね」
貴族であった頃の記憶を、セーヴとレンが探って実証。しかしレイナの言い分も正しいので、セーヴは現状維持と判断した。
それについては誰も異論がないようだ。
さて、次はウィンナイト・リカリアナについて計画だ、と話の方向が変わった瞬間だった。
「失礼します!!」
門番を任せていた団員の一人が、相当慌てているのか真っ青な顔で大会議室に突入して来た。
「どうしたの? 落ち着いて」
「し、失礼しました……っその、神聖アルミテス帝国から……皇子の方がっ……!」
「何!?」
全くの予想外な事態に、大会議室は騒然。まさかこのタイミングで、他国からコンタクトが来るなんて思わなかった。
情報の広がりが予想以上に早い。いずれこの帝国を狙う他国の人間が訪れるだろうとは思っていたが……。
「客人接待ビルが、こんなにも早く役に立つとはね……君、皇子を接待ビルに通して。僕とインステードちゃんとグレイズさんが向かう」
「分かったの」
「了解でやす!」
「分かりましたぁーっ!! 今すぐ!!」
インステードとグレイズが敬礼。門番兵は大声を上げ慌てて走り去っていった。
一難去ってまた一難、新たな波乱が慈善盗賊軍フィオナを襲うようだ。




