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悪役令嬢が処刑された後  作者: Estella
第二歩は真実の欠片です
37/96

30.その真実、暴かれますか?

 その日の十時、セーヴは首都フォルスナーに転移して第三路地裏を探した。首都の路地裏には全て名前が付いているので、第三路地裏はすぐに見つかる。

 路地裏に踏み込むと、ぞくりと背中に悪寒が襲ってくる。何かある。

 奥へ、奥へ。進めば進むほど、気持ち悪さが増す。まるで得体の知れないものに侵略されるかのようだ。


「……侯爵が、いるのか……」


「――そのとぉぉおおおり……!!」


 セーヴの呟きに、応える者がいた。ゆっくりと、闇を纏いながら不気味な足取りで歩み寄ってくる男。

 勿論、オーギル・マクロバンに違いない。

 深い橘色の髪の毛が、今は自身が纏う闇のせいで黒く染まっている。


「貴方がオーギル・マクロバン侯爵か。何のために僕を此処へ呼んだ?」

「なんの、ためにぃぃ? 真実をぉお、解き明かすためですよぉぉぉ? ねぇ……?」

「っそ、それは!」


 オーギル・マクロバンが何処からともなく取り出したもの。それが何なのか、セーヴには察することができた。

 皇帝の三千兵器――高慢の杖『プライド・ルシファー』である。

 高慢の杖という名を持つだけあって、その形はもちろん杖。禍々しい装飾とそこから放たれる邪悪な光。さすがは大罪の武器なだけある。

 セーヴは身構えた。『プライド・ルシファー』についての情報は何もない。

 本当ならば準備もないのにぶつかっていく真似などしたくはない。死亡率が跳ね上がるだけだ。しかし、逃げられぬ舞台だと、セーヴが理解したから。


「その真実は……なんだ!」

「あっれぇぇえ? 君は知っているはず、でぇえすよぉぉお? ねぇ……」


 今までのような小さなものではない。

 全身が震えて、今にも倒れてしまいそうなほどに、背筋が凍る。



「――転生者の、音霧おとぎりしんくん……?」



 動けない。

 固まって、ただまじまじとオーギル・マクロバンを見つめることしかできない。

 彼に、セーヴの正体を知る能力なんて、ないはずなのに。


「な、ぜ……」

「ヘル様にお許しいただいたことすべてぇぇえ!! 僕は知る資格がある……!! ヘル様が知れと言ったら、僕は知る!! 自然の摂理ではぁぁぁないかぁぁぁ!? さぁぁて……君の仲間が知ったらどぉぉう思うか……どぉぉうかなぁぁぁ?」

「っ、インステードちゃんは僕が転生者ということを知っている!!」

「じゃあ、フィオナのみぃぃんな……君が本当はティアーナ元公爵令嬢を救えたんだよ、って言ったら、どぉぉんな顔をするかなぁぁ?」


 言葉に詰まる。絶望に染まる。

 ペースは、完全にオーギル・マクロバンのものだ。セーヴは主導権を握れなかった。その真実は、セーヴがずっとインステード以外に隠し続けていた罪だから。

 セーヴは地球人の生まれ変わりで、ここが乙女ゲームの世界だと知っているなんて。

 ティアーナが処刑される未来も、全部。

 乙女ゲームでは知らずのうちにティアーナが処刑された、と過程もなしに説明されたので、セーヴにはどうしてティアーナが処刑に至ったのか分からない。

 それでも、セーヴは普通の人間よりもティアーナを救う可能性があったことは間違いない。


「僕は……だからこそ、僕の命を捨ててでも復讐をするんだッ!!」

高慢なる言の葉(全て思いのままに)

「が、はぁ……!」


 叫んで、最大魔術を準備しようとしたセーヴ。しかしそれよりもずっと早く、オーギル・マクロバンが杖から見えない刃を発射する。

 それはセーヴの腹を貫通した。滲んでいく血液。しかし、セーヴは未だ立っている。

 きっとセーヴは、仲間の誰よりも罪が重い。だから、ほんの少し攻撃を受けた程度で倒れる資格などないのだ。


「高慢で、ありなさぁぁぁい! 君は逃げてしまいたいはずでぇぇっす!! 高慢プライド振りかざすのでぇぇす!! 時に人は逃げても良いのでぇぇす! さァ、僕の手を取りなさぁい、そして、罪の業火から逃れるのです……!」

「……っ」


 それは、甘言。セーヴの心の傷へ付け込む精神破壊。聞いてはならない。分かっていても、揺らいでしまうのが人間だ。

 セーヴは唇を強く強く噛んだ。ティアーナへの想いは、この程度じゃないはずだ。

 溢れる激情に身を任せて、叫ぶ。


「僕はッ!! 逃げてもいいほど罪が軽いわけじゃな――ぁ」

「『高慢であれ(プライドこそ至高なれ)』」

「うぁ、あぁぁ……っ!! ぐぁっ!」


 何本もの刃が、次々様々な方向からセーヴの体に突き刺さる。体勢を崩したセーヴは、それでも地面に倒れたくなくて壁に寄りかかる。

 息も絶え絶えで、血も垂れ流し。

 オーギル・マクロバンは「それでも逃げないのか」という瞳で彼を見ている。

 

 どうして、反撃ができないのだろう。

 セーヴは、強いはずだ。今の刃だって、簡単に破壊できるのだと積み重ねた経験が教えてくれる。

 でも、できない。

 これが、彼らのやり方だ。

 どんなに強くても、精神を壊せば赤子の手をひねるも同然に殺せる。それを幾度となく繰り返した彼らはもう、慣れっこなのだ。


「ふざッ……けるなァ……」

「ふざけてないさぁぁ? 言ったじゃあないかぁぁ……『高慢であれ』と」

「僕、は……」


 身体が力を無くす。どれだけ踏ん張ろうとしても、セーヴは地面に倒れるしかなかった。目の前ではオーギル・マクロバンが優悦の笑みを浮かべている。

 その手には杖。最後の攻撃を仕掛けようとしているのだろう。


 セーヴには、高慢であることなどできない。

 もしもティアーナに想いがなければ、オーギル・マクロバンの手を取ったかもしれない。もしも、ティアーナをただの乙女ゲームの悪役令嬢としか認識しなかったら。

 たらればの話なんて、今更意味がない。

 ただ、もう二度とティアーナを裏切りたくない。それだけだ。ティアーナを裏切らずに死ぬならば、それもいい。

 セーヴが死んだだけで、この復讐が終わるわけではないのだから。

 自分への嘲笑を浮かべながら死を覚悟して、目を閉じたセーヴの耳に凛とした声が届いた。


「しっかり、するの――!!」


 『焔火乱舞フレア・スプラッシュ


 セーヴは、躍る炎の中で光を見た。

 燃え盛る炎をしきりにぶっ放す、少女の姿。怒りで美しい紫髪が逆立っていて、オーラまで出ている。

 インステード、だ。

 また、助けられた。

 情けなくて、彼女よりも強くなくて、迷惑をかけてばかり。そんな自分セーヴを――インステードはやっぱり、信じてくれるのだ。


「あは」


 口から血が一筋流れる。

 それが気にならないほど、信用されるというのは嬉しかった。

 もちろん知っていた。勇者インステードがヒーローだったという事くらい。

 でもそんな彼女が、自分の力をこんな頼りない男に使ってくれたことが、嬉しいのだ。

 

 やがて侯爵の不気味な笑い声がすると――踊る炎の壁は、インステードが魔力を仕舞ったことにより消し飛ばされた。

 どうやら侯爵は一旦諦めたのだろう。

 インステードはすぐに、もはや周囲が血だまりでしかないセーヴの元へ駆け寄った。自分の服の裾が血で汚れても、全く気にしちゃいない。


「こ、これは……刃が、ない? だからこんなに出血するの……?」


 セーヴはこくりと頷く。物理的な刃が刺さったわけではないので、思い切り体にぽっかりと穴が開くのだ。

 この傷は普通の魔術では通用しない。そう思ったインステードは手に魔力をかき集める。ありったけの光の魔力を。


 『蘇生魔術リザレクション


 死人をも生き返らせる大魔術。インステードは残り魔力が半分を切ってしまったが、セーヴの傷への効果はてきめんのようだ。

 光がセーヴを囲んで、傷をどんどん修復していく。


「っていうか、どんな事されたらあんたが手も足も出ないの?」

「バレた……みたいだ……。僕が、転生者だって……」

「出たの、精神攻撃。でもそんなの、察してる人も多いと思うの。『オーケー』とかこっちにはない単語連発してたし」

「えっ……」

「いかなる理由があろうと、みんなの罪状は一緒で、『ティアーナさんを救えなかった』。未来を知ってても、変えられないものは変えられないの。でも、あんたのおかげでわたし達は復讐に踏み切ることができたの。これであんたのひとつめの贖罪は完成なの」


 そうかな、とセーヴは思う。そうだな、と納得する。レンやグレイズなんかは、全部を察してしまっていそうだ。

 強いのに力を解放できず救えなかったインステードも、未来を知っていたのに救えなかったセーヴも、家族なのに救わなかったシスティナも、みんな等しく『救出失敗』。

 その上、セーヴは『乙女ゲーム上のバグ』。彼がいたからこそ今の復讐に至るのだ。

 セーヴは罪だらけの人間というわけではない。それにみんな頑張ったのだ。頑張って、頑張って、それでも――どうにもならなかったのだ。


「帰ろう? みんな、待ってるの。良い予感がしなくて、みんなに何も言わずにわたし、こっちまで来ちゃったから……」

「ありがとう、インステードちゃん。――帰ったら、ちゃんと言おうかな。を」

「……うん」


 体の傷全てが蘇生されたセーヴは、血が抜けたので青い顔をしながらも立ち上がった。その腕をインステードが掴んで支える。

 二人は星と月に照らされて、ふふ、と微笑み合った。


 セーヴが超える資格のない壁は、インステードが手を取り合って超えよう。

 そんな誓いが、目線だけで交わされた瞬間だった。

 少年セーヴは啖呵を切る。

 たとえ先にどんな闇があろうとも、絶対にそのまま突き進むのだ、と。ほんの少し、いつもより晴れやかな表情をして。


 二人は同時に転移魔術をそれぞれ発動して、その姿は消える。

 残された二つの転移魔術陣は、パキン、と割れ、空に吸い込まれていった。

謎の生まれ変わりタグの秘密、解き明かされましたよ!

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