30.その真実、暴かれますか?
その日の十時、セーヴは首都フォルスナーに転移して第三路地裏を探した。首都の路地裏には全て名前が付いているので、第三路地裏はすぐに見つかる。
路地裏に踏み込むと、ぞくりと背中に悪寒が襲ってくる。何かある。
奥へ、奥へ。進めば進むほど、気持ち悪さが増す。まるで得体の知れないものに侵略されるかのようだ。
「……侯爵が、いるのか……」
「――そのとぉぉおおおり……!!」
セーヴの呟きに、応える者がいた。ゆっくりと、闇を纏いながら不気味な足取りで歩み寄ってくる男。
勿論、オーギル・マクロバンに違いない。
深い橘色の髪の毛が、今は自身が纏う闇のせいで黒く染まっている。
「貴方がオーギル・マクロバン侯爵か。何のために僕を此処へ呼んだ?」
「なんの、ためにぃぃ? 真実をぉお、解き明かすためですよぉぉぉ? ねぇ……?」
「っそ、それは!」
オーギル・マクロバンが何処からともなく取り出したもの。それが何なのか、セーヴには察することができた。
皇帝の三千兵器――高慢の杖『プライド・ルシファー』である。
高慢の杖という名を持つだけあって、その形はもちろん杖。禍々しい装飾とそこから放たれる邪悪な光。さすがは大罪の武器なだけある。
セーヴは身構えた。『プライド・ルシファー』についての情報は何もない。
本当ならば準備もないのにぶつかっていく真似などしたくはない。死亡率が跳ね上がるだけだ。しかし、逃げられぬ舞台だと、セーヴが理解したから。
「その真実は……なんだ!」
「あっれぇぇえ? 君は知っているはず、でぇえすよぉぉお? ねぇ……」
今までのような小さなものではない。
全身が震えて、今にも倒れてしまいそうなほどに、背筋が凍る。
「――転生者の、音霧新くん……?」
動けない。
固まって、ただまじまじとオーギル・マクロバンを見つめることしかできない。
彼に、セーヴの正体を知る能力なんて、ないはずなのに。
「な、ぜ……」
「ヘル様にお許しいただいたことすべてぇぇえ!! 僕は知る資格がある……!! ヘル様が知れと言ったら、僕は知る!! 自然の摂理ではぁぁぁないかぁぁぁ!? さぁぁて……君の仲間が知ったらどぉぉう思うか……どぉぉうかなぁぁぁ?」
「っ、インステードちゃんは僕が転生者ということを知っている!!」
「じゃあ、フィオナのみぃぃんな……君が本当はティアーナ元公爵令嬢を救えたんだよ、って言ったら、どぉぉんな顔をするかなぁぁ?」
言葉に詰まる。絶望に染まる。
ペースは、完全にオーギル・マクロバンのものだ。セーヴは主導権を握れなかった。その真実は、セーヴがずっとインステード以外に隠し続けていた罪だから。
セーヴは地球人の生まれ変わりで、ここが乙女ゲームの世界だと知っているなんて。
ティアーナが処刑される未来も、全部。
乙女ゲームでは知らずのうちにティアーナが処刑された、と過程もなしに説明されたので、セーヴにはどうしてティアーナが処刑に至ったのか分からない。
それでも、セーヴは普通の人間よりもティアーナを救う可能性があったことは間違いない。
「僕は……だからこそ、僕の命を捨ててでも復讐をするんだッ!!」
『高慢なる言の葉』
「が、はぁ……!」
叫んで、最大魔術を準備しようとしたセーヴ。しかしそれよりもずっと早く、オーギル・マクロバンが杖から見えない刃を発射する。
それはセーヴの腹を貫通した。滲んでいく血液。しかし、セーヴは未だ立っている。
きっとセーヴは、仲間の誰よりも罪が重い。だから、ほんの少し攻撃を受けた程度で倒れる資格などないのだ。
「高慢で、ありなさぁぁぁい! 君は逃げてしまいたいはずでぇぇっす!! 高慢振りかざすのでぇぇす!! 時に人は逃げても良いのでぇぇす! さァ、僕の手を取りなさぁい、そして、罪の業火から逃れるのです……!」
「……っ」
それは、甘言。セーヴの心の傷へ付け込む精神破壊。聞いてはならない。分かっていても、揺らいでしまうのが人間だ。
セーヴは唇を強く強く噛んだ。ティアーナへの想いは、この程度じゃないはずだ。
溢れる激情に身を任せて、叫ぶ。
「僕はッ!! 逃げてもいいほど罪が軽いわけじゃな――ぁ」
「『高慢であれ』」
「うぁ、あぁぁ……っ!! ぐぁっ!」
何本もの刃が、次々様々な方向からセーヴの体に突き刺さる。体勢を崩したセーヴは、それでも地面に倒れたくなくて壁に寄りかかる。
息も絶え絶えで、血も垂れ流し。
オーギル・マクロバンは「それでも逃げないのか」という瞳で彼を見ている。
どうして、反撃ができないのだろう。
セーヴは、強いはずだ。今の刃だって、簡単に破壊できるのだと積み重ねた経験が教えてくれる。
でも、できない。
これが、彼らのやり方だ。
どんなに強くても、精神を壊せば赤子の手をひねるも同然に殺せる。それを幾度となく繰り返した彼らはもう、慣れっこなのだ。
「ふざッ……けるなァ……」
「ふざけてないさぁぁ? 言ったじゃあないかぁぁ……『高慢であれ』と」
「僕、は……」
身体が力を無くす。どれだけ踏ん張ろうとしても、セーヴは地面に倒れるしかなかった。目の前ではオーギル・マクロバンが優悦の笑みを浮かべている。
その手には杖。最後の攻撃を仕掛けようとしているのだろう。
セーヴには、高慢であることなどできない。
もしもティアーナに想いがなければ、オーギル・マクロバンの手を取ったかもしれない。もしも、ティアーナをただの乙女ゲームの悪役令嬢としか認識しなかったら。
たらればの話なんて、今更意味がない。
ただ、もう二度とティアーナを裏切りたくない。それだけだ。ティアーナを裏切らずに死ぬならば、それもいい。
セーヴが死んだだけで、この復讐が終わるわけではないのだから。
自分への嘲笑を浮かべながら死を覚悟して、目を閉じたセーヴの耳に凛とした声が届いた。
「しっかり、するの――!!」
『焔火乱舞』
セーヴは、躍る炎の中で光を見た。
燃え盛る炎をしきりにぶっ放す、少女の姿。怒りで美しい紫髪が逆立っていて、オーラまで出ている。
インステード、だ。
また、助けられた。
情けなくて、彼女よりも強くなくて、迷惑をかけてばかり。そんな自分を――インステードはやっぱり、信じてくれるのだ。
「あは」
口から血が一筋流れる。
それが気にならないほど、信用されるというのは嬉しかった。
もちろん知っていた。勇者インステードがヒーローだったという事くらい。
でもそんな彼女が、自分の力をこんな頼りない男に使ってくれたことが、嬉しいのだ。
やがて侯爵の不気味な笑い声がすると――踊る炎の壁は、インステードが魔力を仕舞ったことにより消し飛ばされた。
どうやら侯爵は一旦諦めたのだろう。
インステードはすぐに、もはや周囲が血だまりでしかないセーヴの元へ駆け寄った。自分の服の裾が血で汚れても、全く気にしちゃいない。
「こ、これは……刃が、ない? だからこんなに出血するの……?」
セーヴはこくりと頷く。物理的な刃が刺さったわけではないので、思い切り体にぽっかりと穴が開くのだ。
この傷は普通の魔術では通用しない。そう思ったインステードは手に魔力をかき集める。ありったけの光の魔力を。
『蘇生魔術』
死人をも生き返らせる大魔術。インステードは残り魔力が半分を切ってしまったが、セーヴの傷への効果はてきめんのようだ。
光がセーヴを囲んで、傷をどんどん修復していく。
「っていうか、どんな事されたらあんたが手も足も出ないの?」
「バレた……みたいだ……。僕が、転生者だって……」
「出たの、精神攻撃。でもそんなの、察してる人も多いと思うの。『オーケー』とかこっちにはない単語連発してたし」
「えっ……」
「いかなる理由があろうと、みんなの罪状は一緒で、『ティアーナさんを救えなかった』。未来を知ってても、変えられないものは変えられないの。でも、あんたのおかげでわたし達は復讐に踏み切ることができたの。これであんたのひとつめの贖罪は完成なの」
そうかな、とセーヴは思う。そうだな、と納得する。レンやグレイズなんかは、全部を察してしまっていそうだ。
強いのに力を解放できず救えなかったインステードも、未来を知っていたのに救えなかったセーヴも、家族なのに救わなかったシスティナも、みんな等しく『救出失敗』。
その上、セーヴは『乙女ゲーム上のバグ』。彼がいたからこそ今の復讐に至るのだ。
セーヴは罪だらけの人間というわけではない。それにみんな頑張ったのだ。頑張って、頑張って、それでも――どうにもならなかったのだ。
「帰ろう? みんな、待ってるの。良い予感がしなくて、みんなに何も言わずにわたし、こっちまで来ちゃったから……」
「ありがとう、インステードちゃん。――帰ったら、ちゃんと言おうかな。僕を」
「……うん」
体の傷全てが蘇生されたセーヴは、血が抜けたので青い顔をしながらも立ち上がった。その腕をインステードが掴んで支える。
二人は星と月に照らされて、ふふ、と微笑み合った。
セーヴが超える資格のない壁は、インステードが手を取り合って超えよう。
そんな誓いが、目線だけで交わされた瞬間だった。
少年は啖呵を切る。
たとえ先にどんな闇があろうとも、絶対にそのまま突き進むのだ、と。ほんの少し、いつもより晴れやかな表情をして。
二人は同時に転移魔術をそれぞれ発動して、その姿は消える。
残された二つの転移魔術陣は、パキン、と割れ、空に吸い込まれていった。
謎の生まれ変わりタグの秘密、解き明かされましたよ!




