29.また、同じ手口ですか?
それから二週間後ほど。セーヴの元に手紙が転移魔術陣で届いた。
セーヴは辺境地マグンナの門番から『分厚い手紙? が届きました!』と報告を受けたとき、誰が送ったものなのか察した。
もちろん、レッタ男爵からの資料集である。
思ったよりも早かったな、と思いながら、セーヴは資料集を持って大会議室に全員を集合させた。
「実はね、秘密裏にレッタ男爵に頼みごとをしたんだ。次なるターゲットの情報を調べてくれってね」
「でもさぁ、自分達にも言ってくれたらよかったっすのに」
「ごめんごめん、それも考えてたんだけど……ウィンナイト・リカリアナからの手紙を受信したのが、戦争の翌日だったから。みんなにちゃんと休んでほしくて」
「ってことは……戦争の翌日から無理をしていたってことですよね!?」
レンとレイナが夫婦そろってセーヴを心配する。心配してくれるのは嬉しいが、司令官として働くのも部下を休ませるのも、正しい上官の役目だ。
こうすることで部隊の士気がさらに上がることを、セーヴは知っている。
ちなみに心配するレイナとレンは、インステードとシスティナが丁重に抑えてくれた。
「二人の情報について。ウィンナイト・リカリアナもオーギル・マクロバンも、どうやら領地はない……というか、領地を持つことを拒否したみたいだね。保有兵力は両方一万ずつで合わせたら二万。即動員できる兵力は両方五千くらいで合わせて一万。どうやら両者とも侯爵邸の守りが死ぬほど厚いらしいし、オーギル侯爵なんかは『未来の羅針城』を全力で守護してるしね」
未来の羅針城。それは、オーギル・マクロバンという人物が持つ能力のためだけに作られた、森の中に立つ禍々しい城だ。
忠誠など誓われなくとも皇帝が彼を捨てられない理由。
それは、邪神ヘルの恩寵を受けたことにより手に入れた、『未来視』の能力を彼が持っているからだ。
もちろんそれには様々な制限がある。例えば、ヘルからアクセス権の許可が下りなかった未来は見えない、らしい。
邪神に未来のアクセス権があるのかどうかは知らないが、オーギルの未来視が失敗したことは一度もないらしいので間違いないだろう。
「んで、ウィンナイト・リカリアナは『グラトニー・マモン』、オーギル・マクロバンは『プライド・ルシファー』をそれぞれ持ってる。もちろん、皇帝の三千兵器だね。二人の剣はあと五つあって、全部そろって『七つの大罪』って呼ばれてるんだけど……なんつー偶然」
「そうなの。ほんとあんたにとっては『なんつー偶然』なの」
資料を読み上げながら苦笑したセーヴに、インステードが呆れを返す。二人以外良く分からない話だ。
インステードだけが『合う』という状況に、システィナはほんの少し胸の痛みを感じた。
ティアーナの時は身を引き、インステードの時は勝てないのか、と。
「資料報告はこれくらいにして、あとはみんなで読み込んで。僕は明日フォルスナーの図書館で、『七つの大罪』について調べてくるから、計画を立てるのはもう少し後になるね。それじゃあ、僕は部屋に戻るよ、みんなもオーケーだと思ったら、各自部屋に戻って」
「「「イエッサー!!」」」
「じゃあ、わたしも部屋に戻るの」
「あっ! 私も行くわ」
席を立つセーヴに成り行きでついて行ったインステードだったが、システィナは少し焦っていたのか慌てて立ち上がり二人の元へ向かう。
そんなインステードとシスティナの姿を、エリーヴァスはほんの少し複雑な感情を含む瞳で見つめていた。
〇
戦ったわけでもないのに妙に疲れた気がしたインステードは、短いため息をつきながら部屋のライトを開けた。
すると、パキンと何かが割れて弾ける音が耳に届く。
この部屋に爆発物を置いた覚えはない。しかし、インステードは既視感を感じた。
「ハァ……同じ手口使うとかバカなの?」
ベッドの上に一通の手紙。まんまセーヴの時と同じ手法だ。恐らくこっちはオーギル・マクロバンからの手紙だ。
インステードは乱雑に封筒を掴み、裏を見て家紋を確認する。
レッタ男爵からの資料に描かれたオーギル・マクロバンの家紋と一致。
「全部予測済みよ、未来の守護者」
ふん、と鼻で笑って封筒を破り、中身を見る。どうせウィンナイト・リカリアナと同じように大切な事などほとんど書かれていないと思った。
けれど――
「いや、なんでわたしに送ったの……!?」
と、心から叫びたくなるような内容だった。インステードは訝しみながらもセーヴの部屋に向かおうとして、はた、と気付く。
リムリズ子爵の時も罠だった。今回は、それ以上に罠らしき内容だ。
もしこのまま手紙を隠せば、セーヴが罠にかけられることは絶対にない。自分が責められるかもしれない。けれどセーヴは安全で――
「わたしのバカ、何考えてるの」
パシン、とインステードは両手で自分の頬を叩いた。
最近の自分は何かおかしい。セーヴもインステードも、死すら覚悟して国に反乱を挑んだ戦士だ。罠などに怖気づくほどの人間ではない。
罠だろうが何だろうが絶対に何とかする、それがセーヴの精神なはずなのに。
「ええいままよ、とりあえず知らせるの!」
自分はくよくよ悩むような可愛らしい性格などしていない。インステードは気を取り直して車いすでセーヴの部屋に向かった。
〇
『セーヴ元侯爵令息
今日午後十時 君一人で 首都フォルスナー 第三路地裏にて
我らが愛しき宿敵、待ってるよ? ずぅぅぅっと……待ってるよ?
侯爵 オーギル・マクロバン』
セーヴは対面に座るインステードの前で、その手紙を眺めながら闇を孕む笑みを浮かべ続けていた。その闇の深さは、思わずインステードも戦慄してしまうレベル。
「……その、行くの?」
「行かなかったらどうするのさ? 行っても罠、行かなくても何らかの罠が待ち受けていると考えるべきじゃないかな。こういう精神的に潰してくる奴らは、八方塞がりの状況が大好きなんだから……ね」
「でも、その『七つの大罪』の正体すら分かってないの」
「今、時刻は午後六時。国立図書館はもう閉まってるはずだね。死ぬなら死ぬで……僕に、ティアーナを救う能力なんかなかったってことだ」
セーヴはにこりと笑った。あまりにも単純な答えだった。インステードはずっとぼやけていた自分の頭に、冷水がかけられた感覚を覚える。
そうだ。覚悟を、したはずなのだ。
全力でティアーナに敵対した者へ復讐の業火をもたらすと。例え身が滅びようと、泥水をすすろうと、無様だろうが何だろうが必ずこの帝国を壊し尽くす、と。
それが、セーヴ達でなくともこの国がいつか辿るであろう運命でもあって。
――誰もが望んだその運命を、自分達は一身に背負っているのだ。
「……いってらっしゃい、セーヴ」
「うん。ありがとう、インステードちゃん。それとね、ひとつ。君が何を悩んでいるのかは分からないんだ。もしかしたら、この言葉は余計かもしれない。でもね……『君が望んだ先が、君の未来だ』」
「……!!」
立ち上がって、微笑んで。セーヴは、自分がかつて恋した少女の言葉を語る。
運命はいつだって残酷で、未来はいつだって変化しない。そう信じていたセーヴに、希望をくれた少女の言葉を。
後悔しない人生はない。悪口を吐かれぬ人間もいない。批判されない道もない。
けれど、『自分でその道を選んだ』。それは――誰が何と言おうと、称賛に値するのだ、と。
「うん」
嬉しそうにはにかむインステード。それを穏やかな瞳で見るセーヴ。
二人は望んだ先の未来は――
〇
『高慢なる言の葉』
「が、はぁ……」
――まだまだ波乱万丈で、先の見えぬ闇でしかなかった。
それでも、少年は啖呵を切って。
たとえその先にどんな闇があろうとも、絶対にそのまま突き進むのだ、と、力強く宣言して。
『高慢であれ』
「うぁ、ぁぁっ……!」
その日のうちに、壁にぶち当たる。
少年は知らないのだ。少女が死ぬ直前に知ったものを。思いだけでは動かせぬ運命を、勇気だけでは代えられない現実を。
だから――少年にはまだ、その壁を乗り越える資格がなかった。
最期の辺りは次回のプロローグみたいな感じです。中々衝撃的な展開が……いや、わりと想定内の方もいるかもしれません!
いよいよ真実の一片の一片(?)が……!




