27.そして、男爵と協力ですか?
翌日、セーヴはシスティナ、インステードと共に王都へ転移した。慈善盗賊軍には「ちょっと王都に用があって」と濁しておいてある。
王都に用があるのは間違いないので、別に嘘をついているわけではない。
易々と王都内部に侵入したセーヴ達は、レッタ男爵邸に悠々と入り込む。
「セキュリティの欠片もないじゃん」
「わたし達を待ち構えていた、とかいうオチだったら怖いの」
「そこまでの才があるなら、男爵に留まっているはずがないわ」
呆れるセーヴ。しかしシスティナは男爵邸程度に過剰なセキュリティがあったら、それはそれで怖いと言う。
納得するセーヴとインステード。
透明化でさらっと男爵執務室に入ると、レッタ男爵が資料を眺めて目を回していた。
セーヴ達が姿を現す。
「あら」
資料の山から顔を上げたレッタ男爵が、意外な者を見た、という顔をする。
「協力、してくれるんだよね? レッタ男爵」
「ええ。もちろんよ。もしかして、アタシにお仕事かしら?」
「そうだよ」
セーヴはずかずかとレッタ男爵に歩み寄り、机の上に一枚の紙を置いた。そこにはただ二行。
『ウィンナイト・リカリアナ
オーギル・マクロバン』
たった二人の名前。それで、レッタ男爵は全てを理解した。次のターゲットが、二人の侯爵だという事を。
「へえ、随分早いじゃないのお。それで、アタシは何を調べればいいのぉ?」
「応じてくれるんだ。てっきりなんか理由をつけて断るかと」
「信用ないわねぇ。まあ、いきなり信用なんて無理ね」
「この計画をどんなに完璧に貴方が終わらせたとしても、僕が貴方を信じることはないと思うけれどね」
そう言って、セーヴは紙をくるりと裏返した。
そこにはレッタ男爵への仕事が書き込まれている。
例え男爵がどれだけこの仕事を完ぺきにこなしたとて、セーヴが彼を信じるのは難しいはずだ。
何故味方してくれるのか、理由が分からない。何故皇帝を裏切るのかも分からない。
分からないだらけの人間を、そう易々と仲間に入れるなんて無理だ。
そんなセーヴの考えは想定内だったのか、レッタ男爵は表情一つ変えずに裏返された紙を見た。
『両侯爵の基本情報。政治状況。
三千兵器を所持しているか。保有兵力。即動員できる兵力』
ふ、とレッタ男爵は口角を上げた。
「そっちが信用しないのなら、こっちも無条件で頭を下げるわけじゃないわよん? タダ仕事はやぁね。終わった後に何か貰っちゃうわよ?」
「もちろん、それを渋りはしないさ。報酬のない仕事は基本僕だってやりたくないよ。何でもオーケーだから、自由に頼んで。それじゃあ、失礼しても?」
「ええ。半月以内には全て終わらせるわん」
「期待してるよ」
しかし、たとえお互い信用していなくとも。
今のところメリットとデメリットで関係が成り立っている。経験上、この関係は5:5ならば壊れることがない。
反対に、その均衡がなくなればすぐ崩れる関係だが、きっとレッタ男爵は資料に書いたとおりの仕事を成し遂げてくれることだろう。
〇
レッタ男爵邸を出たセーヴ達は、インステードの魔術で変装をしてから隠密術を解いた。これから首都フォルスナーを視察するつもりなのだ。
セーヴにとってはあくまで視察でしかないが、女性陣二名にとってはとても重要なイベントであった。
何せ、彼らが行っているのは反乱。こんな平和な時間など、滅多にやってこないのだから。
「ねぇ、セーヴ。そしたらわたし達の計画はどうすればいいの? レッタ男爵が資料を調べるまで、わたし達も行動が塞がれるの」
「それは大丈夫。レッタ男爵が資料を調べ終わるころには、丁度みんなの休憩が終わっているはずだから」
「確証があるのね?」
「うん。ちょっとしか喋ってないけど、彼がどんな人なのかは何となくつかめたつもりだよ」
先制点はインステードのものとなったが、システィナも慌ててセーヴに話しかける。セーヴは何となく二人が慌ただしいのには気付いたが、その理由までにはさすがに気付けていないようだ。
セーヴは歩いていると、ジャガイモを揚げたお菓子の屋台を見つけた。そういえばフィオナのメンバーは皆このお菓子が大好きだったので、セーヴはそれをお土産として持って帰ることに。
「ちょっと待ってて。買ってくるから」
「了解なの」
「いってらっしゃい」
金ならいくらでもある。インステードがリムリズ子爵邸から持ってきた私財や、システィナが公爵家から持ち出してきた貯金。
そしてセーヴがルザル伯爵の家から救出した金の一部。
これで、たかがお菓子など十分に買える。むしろ揺るぎもしない。ちなみに今のところインステードが何でも作れるので、金を使う必要がない。
溜まっていく大金にどうすればいいか分からなかったが、やっと使いどころが分かったセーヴは上機嫌で屋台に向かう。
セーヴの背中が小さくなっていくと、システィナはインステードの方を向いた。
「先制点はあげてしまったけれど、負けないわ」
「……わたしは今、何の勝負をしてるの?」
「えっ!?」
「よくわからないの。自分でも、自分が何にこんなに執着を燃やしているのか分からないの」
「え……」
てっきり、インステードはシスティナと同じだと思っていたのだ。けれど、違った。彼女は自覚すらしていない。
そもそもシスティナと同じ感情を抱いているかどうかすら分からない。
もしかしたら「わたしの親友におまえは釣り合わねぇよ!」的な感情かもしれないし、あるいは全てシスティナの勘違いかもしれないのだ。
それに今更気付いたシスティナは、顔を真っ赤にした。穴があったら入りたい。
「あっ、あの、その……何でもないわ。なんか、たぶん、私の勘違いよ、きっと」
「でも、何となくわかるの。その勝負、貴方にも、わたしにも、きっと勝ち目はない」
わたわたと慌てるシスティナだったが、インステードの言葉に固まる。車いすに乗ったまま読めない無表情で淡々と語る彼女。
それは、システィナも思っていた事だった。
セーヴの想いは、ずっと昔からティアーナにある。きっと彼自身も自覚していない間に。でもシスティナだって、それくらい昔から――。
でも今。セーヴがティアーナのために国をも壊そうとしている今。
認めたくなくとも、いくら目を背けようとも。それはもう逃げられない現実だ。
「でも、負ける気もない。これが何なのか知らないけど、勝負事においてわたしが負けたことは一度もないの」
「何なのか知らない、っていうのが最も致命的ね。とりあえず勝負は続行で良いのかしら? 私の勘違いかもしれないけど……」
「続行するの。だって、なんか燃えてるのは確かだから」
「よしっ!」
システィナは拳を握る。自分は距離を縮めるところから始めてもいいが、インステードはそもそも『自覚する』ところから始めなくてはならない。
その部分では、システィナが一歩優勢だ。なれば、それを使わなくては。
何となく、二人とも報われないような予感はした。でも、やっぱり最後まで諦めたくない。両方勝ち気なので、共に意見は同じのようだ。
「でも、いつどこでどうやって勝負すればいいのかはよく分からないの」
「それは……どうでしょうね。もしかしたら、今日限りになるかもしれないから……今日、心して勝負してくださる?」
「うん。明確な時間があると、戦いやすいの」
「あ、そうだ。これは蛇足かもしれないけれど……もし貴方が勝負に勝ったら、たぶん一人泣く男が出るわよ?」
「……?」
インステードはそれにもやはり気付いていないようだ。無表情で首を傾げるインステードに、システィナは思わず吹き出す。
そんな彼女らに、戻って来たセーヴが人ごみをかき分けながら声をかけてきた。
「おーい! 終わったよ、次のところ行こう!」
「私が勝つわ」
「わたしなの」
セーヴの知らないところで、自分を巡っての勝負が巻き起こっているようである。
〇
「ハクション!」
辺境地マグンナの中心街グレシアで水を飲みながらグレイズと話していた男、エリーヴァスが急にくしゃみをした。
それにグレイズは少し驚いてしまう。
「大丈夫かい? 戦があったばかりだからな、風邪引いてもおかしくはねえ」
「いえ、風邪の前触れではないようです……誰かに噂されているのかもしれません」
「インステードさんかい?」
「んなぁっ!? ば、バカなことを言わないでください!!」
「ハッハッハ!!」
訝しむエリーヴァスを弄るグレイズ。エリーヴァスがインステードに恋い焦がれているなど、フィオナのほとんどのメンバーが知っている事だ。
加えてグレイズとエリーヴァスがインステードに出会ったのは同時期。その時から分かりやすく乙女化していたエリーヴァスは、弄る格好の的だったに違いない。
しかしグレイズもエリーヴァスも知らない。
確かにインステードが彼らの事を噂しているわけではないが、その話題がインステードであることを。
※この小説のジャンルは異世界恋愛です('ω')
わりとドロドロしてますけど^^;




