26.それは、手紙ですか?
宿屋に戻ったセーヴ達は、ひとまず休憩をとることにした。皆疲れているだろうし、自分の武器の手入れもしたいはずだ。
勿論休みたいのはセーヴやインステードも例外ではない。
いくら人外の戦いを見せるからと言って、本当に体が人間の範疇から抜けたかと言われればそういうわけでもないのだから。
セーヴは自分の部屋に戻って、一目散にベッドにダイブした。
身体が重い。眠い。ここ最近の疲労は徐々に体を蝕んでいたのだろう。
(そりゃほぼ寝てないからね)
そう思ってごろんと寝返りを打つと――何やら見覚えのない手紙があった。
「はぁ?」
思わずそう言ってしまう。恐る恐る手紙を手に取ると、魔術陣が砕けた。きっとこの手紙には転移魔術陣がかけてあったのだろう。
という事は、メンバーの皆ではないはずだ。
裏返してみると、そこには貴族の紋章があった。セーヴは自身の記憶の底から、この紋章がどの貴族に当たるのか引っ張り出す。
そして、戦慄した。
「リカリアナ、だと……!?」
そこに記された家名には、憎しみしか浮かばなかった。
あれは、ティアーナが処刑される一か月前。とある貴族の令息同士が喜色満面で話していた言葉だった。
『リカリアナ侯爵様がさぁ、あの大悪女を檻に入れたまま全国ツアーってるらしいぜ! おばあちゃんからの手紙に書いてあった。俺故郷帰って石投げてくるわ!』
『えぇっ、マジでえ!? じゃあ俺も帰りてえなあ。理由話せば帰らせてくれるだろ!』
『おっし! 一緒に帰ろうぜ!』
それで、セーヴは今ティアーナが大変な事になっているのだと知った。リカリアナ侯爵が田舎から始めた全国ツアーは、田舎の人間からしか伝わっていかないのだ。
勿論セーヴはすぐに抗議しようとしたが、父に何を言っているんだという顔をされ、取り合ってすら貰えなかった。
優しい父にほんの少し希望を持っていたのに。所詮は彼もまた、ティアーナを悪人と思っている大多数の一人でしかなかった。
もちろん、檻の中とはいえ全国ツアーから帰って来たティアーナは大変な状態だったらしい。
彼女が面会謝絶状態だったのでセーヴは顔を見れていないが、リカリアナ侯爵自身が「すっごーいあちこち腫れててねえー。衰弱してて息も浅くってさー。面白かったよー」とコメントしているので、恐らく相当石を投げられたりしたのだろう。
国民からの誤解がまだ解けていないのにティアーナを外に出せば、結果は目に見えている。セーヴは侯爵と、そして自分を憎みに憎んだ。
「その侯爵が、自分から挑んできたと……?」
ニィ、と口角が吊り上がる。本当は自分でティアーナを追いかけたかったのに、動向すらつかめなかった無力な自分。
今こそ、あの無念とティアーナの苦しみを取り返すときである。
ティアーナの精神を潰したのは、紛れもなくあの時だ。全国ツアーさえなければ、きっとティアーナはまだ抵抗を続けていた。
まあ、呪術なしでも人を簡単につぶせるのは、リカリアナ侯爵の才能だが。
手紙を開封する。
『やぁやぁ、元侯爵令息のセーヴくん。
いやさぁー。真面目な君がまさかティアーナ公爵令嬢派とは、思わなかったねー。
実はねー。
皇帝陛下の令で同じく侯爵であるオーギル・マクロバン君と連携して、君達のところに兵を送り込む事になったんだよねー。
僕とオーギルくんも一応武官だし、ねー。
えー、何で言ったかってー?
そりゃあ、こんくらいしないと、君達をあっさり叩き潰しかねないからさー。
心して待っててね、セーヴくん……。
君も僕の大切な実験材料だ……もちろん、君のメンバー達もねー。
僕は楽しみだなー。泣いて叫んで服従してほしいなー。
待ってるよー?
侯爵 ウィンナイト・リカリアナ』
このクソ野郎が。
真っ先に出てきたのはそんな感想だった。今まで聞いてきた『ウィンナイト・リカリアナ侯爵』の評価を掘り起こす。
サイコパス拷問癖殺人鬼。彼についた異名はそんな不名誉なものであった。
しかし本人はこの名が大好きなのだという。
そんな彼にとって、一気に三十人近くもの実験対象を好きにできるのであろうこの戦いは、とても魅力的に違いない。
ちなみに皇帝への忠誠心はそこまでではない。主君として認識はしているようだが、裏切る時は裏切るだろう。
しかしそれでも皇帝から信頼されているのは、恐らく実験対象を供給し続ければ何でも話を聞くところに違いない。
ようは拷問以外に興味がないのだ。
自身の頭おかしい趣味のためなら、皇帝に忠誠を誓うなど安いとでも思っているのだろう。
「殺そ」
あんなに精神が強かったティアーナを『壊した』。ならば、今回はセーヴが『殺し』てやろうではないか。
文字通りの倍返し精神である。
しかし、それだけではない。今まで彼が殺してきた人。拷問してきた数。数多の人の無念。それをも背負って復讐するのだ。
「ついでに、オーギル・マクロバンか……目立たない位置に陣取ってるからって、見逃してもらえると思うなよこのクソが」
ウィンナイト・リカリアナ侯爵の手紙にさらっと記されていた名前。オーギル・マクロバン侯爵。
もちろん、セーヴはその名を知っていた。
調べる必要もなく、ティアーナと関わっていることが目に見えているのだから。
「ゲス死刑執行人がァッ……!!」
グシャ、と紙を握りつぶす。
そう。オーギル・マクロバン侯爵は自分から志願した、ティアーナの死刑執行人だった。
ティアーナの罪を民衆の前で読み上げ、扇動した張本人。
ウィンナイト・リカリアナも勿論最上級復讐対象の一人だが、オーギル・マクロバンだって大概なものである。
「なるほど、なるほど? 揃うんだね? あぁ、今まではあんまり復讐に手ごたえがなくてアレだったけど……ついに、ついにちゃんとした復讐ができるんだね」
自然と口角が限界まで上がっていく。もう三日月のように割けていると言っても過言ではない。握りしめた手紙がミシミシと音を立てる。
だが、そこがセーヴの限界だった。
いくら誰かを恨もうと、その体が人間のものである限り。疲れれば、睡眠は必要である。休息を求めた体が、強制的にセーヴの意識をシャットダウンさせた。
〇
翌日、セーヴはまだこの手紙の事を公式的に発表しないことを決めた。もちろん、一人でそれを勝手に決めたわけではない。
インステードの部屋にセーヴ、システィナ、そしてインステードが集合し、三人で全てを決定したのだ。
「皆さんには悪いけれど……ここで手紙が来たなど言ってしまえば、皆さん休めなくなってしまうわ。きっと興奮してしまうもの」
「うん。だって僕も思わず恨みを込めすぎて、昨日意識がかき消えたし」
「仕方ないの。あんな時間帯で、あんなに疲れていたんだから」
「むしろウィンナイト・リカリアナならばそれを狙っていた可能性もあるわね」
「うわっ、いかにもやりかねない!」
システィナの言葉に、セーヴは大きく仰け反った。
ただ『現実』だけを使ってゆっくりと敵の精神を破壊していくスタイル。ウィンナイト・リカリアナはどこまでも狡猾で、どこまでもゲスなのだ。
「んで……これからどうしようかな。みんなに伝えず作戦を立てたら、計画の密度がなぁ……」
「あっ! レッタ男爵!」
「「えぇー」」
悩みに悩んでいるセーヴに、ひらめいた、と手を叩くシスティナ。そんな彼女のひらめきに、インステードとセーヴは表情を歪めた。
とくにセーヴは昨日のレッタ男爵を思い出し、鳥肌を禁じ得ない。
別にオネエを否定したいわけでも何でもないが、あの体のくねらせ方はオネエの限界を突破している。
「でもそれ以外に方法がないじゃない」
「もし味方じゃなかったら結構ヤバイの。計画立ててもらうのよ? もし敵の使いだったら、全部筒抜けなの」
「……いや。計画は作ってもらわなくていい。システィナさん、採用だ。ありがとう。近々、僕は王都にあるレッタ男爵邸に向かう」
「えっ?」
「今は一時避難しているはずだよ、何せ火の海だったしね。それと、首都フォルスナーや王都を見て回りたいし」
インステードの懸念はもちろんセーヴも思っていた事だが、新たなアイディアが唐突に浮かんだ。セーヴはシスティナに微笑む。
システィナは嬉しくなったが、次なる言葉にハテナを浮かべる。
しかし確かに、今彼らが東大陸に戻ってくるはずがない。火で埋め尽くされたわけだし、今はマグンナ以外どの地も荒れ放題。
きっとレッタ男爵邸も壊されているだろうから、兵ごと王都の男爵邸に滞在しているに違いない。
セーヴの意見に、システィナもインステードも納得のようだ。
そして――フォルスナーと王都を見て回る、という言葉に女子二人が反応。
「私も行くわ」「わたしも行くの」
同時に発せられた言葉。システィナとインステードが顔を見合わせてバチバチと火花を飛ばし合う。
だがインステードには、今どうして自分が張り合っているのか分からなかった。
ただ、譲れなかった。何を? 分からない。
解き明かせない自問自答。答えをくれる者はいない。
もちろんセーヴは二人の中で飛ばされる火花に気付かず、「ほんと? ありがとう」と純粋に微笑んでいる。
(インステードちゃんも来てくれるんだなぁ)
だがインステードもシスティナも気付かない。
現時点ではほんの少しだけインステードが優勢だという事に。
出てきてもいないのに罪状が次々暴露されていく……ついに深い関わりを持つ人物が現れましたね




