25.これで、チェックメイトですよ?
それから仲間の怒りの拳をBGMに、セーヴはレッタ男爵に尋問を続けた。だが、敵の諜報員という証拠は掴めない。
しかし仮にも資料上では貴族側である彼を、信じるわけにはいかない。
システィナの時と違って、ティアーナと関係ない上に立場が不明瞭だ。飄々として質問を流されている気がするし、信用するにはまだ早い。
「言っとくけど、僕は貴方を信じていない。貴方の立場が揺らいでることは知っているけど、僕のところに貴方を匿うつもりもない。協力したいなら好きにして。敵対するならその時は貴方の首を取りに行くだけだ。あと、今から『チェックメイト』をするんだ。精々死なないように」
「あらぁん、忠告してくれるのねん? ありがたいわあ」
「う、うん……はは」
「セーヴ! こいつ殺していいの?」
忠告と言えば忠告なのだが、レッタ男爵の言葉にセーヴは思わず顔を逸らしてしまう。救いとなったのはインステードの語りかけ。
セーヴは「失礼」とレッタ男爵に断り、たたっ、とインステード達の方へ向かった。
「さぁて、アタシ達は撤収しましょー!」
そんなセーヴの背中に、レッタ男爵の声が聞こえる。その声と共に、五百の兵がぞろぞろと洞窟から出て行った。
出て行く寸前、レッタ男爵は唐突に振り返った。
「な、何!?」
「周辺の小貴族邸くらいは当主ごと焼いておくわよん? どうせやるでしょお?」
「……そう、だね。貴方が本当にやってくれるならね」
「やだぁん。信じて?」
セーヴは背中に戦慄が走るのを感じた。レッタ男爵率いる兵と彼が姿を消すと、肩の力を抜いてリムリズ子爵へ向き直る。
凄い形相だ。鼻は歪んでいるし、顔面は血だらけで頬は腫れている。
腕と足はあらぬ方向に曲がり、足に関しては火で焼かれている。あと同じ場所を何回も刺したであろう大きなナイフの傷が。
これでなぜ死なないのかと思ったら、レイナが中途半端な治癒魔術を施していたらしい。
(うん。死ぬよりきついね)
「いいよ。クレル男爵のほうも、特に調べることはないから。いいけど……インステードちゃんは大技を使うっていう最後の役目があるんだよね」
「あっ。そうだったの。今からそっちに向かうの。こっちの指揮権は……グレイズ」
「はっ、了解でやす! お任せくだせえ!」
渋ると思っていたのだが、意外にもインステードはすんなりとこれからの仕事を受け入れた。きっと普段は使い道のない大技を使えるとなって、わりと嬉しいのだろう。
何せこれから使うのは、『勇者インステード』の持つ最強クラスのスキル――通称『四天王』のうちひとつなのだから。
また、インステードとセーヴが転移していったあと、自分は頼られなかったと落ち込むエリーヴァスにレイナだけが気づいて慰めていたりする。
〇
この国の更なる欠点。それは、子爵男爵という当主三十七名を、全て東大陸に置いたところである。最も、その東大陸に辺境地マグンナがあったからこそ、皇帝は彼らに出撃命令を出したのだろうが。
しかしそれが間違いなのだ。どこが、と言えば。
いくら三十七名といえど、まともな叡智もない下級貴族の集まり。おまけに伯爵もたった一人。有事の際代えすら効かない。
大量の下級貴族と一人の中上級貴族がいればいいんじゃね、と思っているであろう帝国には、心底失望以外に何も出て来ない。
さて、セーヴとインステードがいるのは、東大陸で最も高い山の上。その頂上に描かれた魔術陣は、セーヴですら解読が困難なほど複雑だった。
さすがは勇者である。セーヴにはまだまだ追いつけそうにない。まずティアーナと戦って負けている時点で、インステードに追いつくなど夢だが。
「っていうか、レッタ男爵本当に貴族邸焼きまくってるし」
何せ東大陸で最も高い山。東大陸の状態がほとんど見渡せるようになっている。
なので、ほとんどすべての貴族邸に火が上がっているのが見えるのだ。確かに火は東大陸全体に広がりつつある。
しかしこの程度の密度では逃げられる。民すらも殺し尽くすため、インステードの大技が必要になるのだ。
「さて、レッタ男爵軍は大方首都に転移したねー。レッタ男爵、よく僕の動向を予測して転移魔術陣を……確かに敵には回したくないなあ。あ、インステードちゃん、大技頼むよ」
「……うん。それで、あいつら、信じるつもりなの?」
「ううん。ただ、貴族邸を燃やすって言う約束は守ってくれたから。僕はね、有難い事は礼で返し、仇は仇で返す。それを信条にしているんだ」
「…………そう。下がって」
「ラジャー」
インステードには、セーヴが何を考えているのか分からない。魔術の強さで負けるつもりはない。けれど、頭脳で言えば彼が圧倒的に飛び抜けている。
いつだってインステードが考えうる限界以上の策をぽんぽんと出して、そのほとんどを悠々と成功させるのだ。
インステードはセーヴを下がらせて、両手に火魔力を灯し長い詠唱を口にした。魔術陣が煌々と威圧を放ちながら紅く輝く。
(……別に、わたしはだからと言って……)
自分でも何を言おうとしているのか分からない。ただただ、自分の中で芽生えつつある何かを潜在意識が否定しようとしている。
インステードの詠唱がさらに早口になる。それこそ、後ろで待機しているセーヴが戦慄するくらいに。
(よくもあんな古文じみた学生が嫌がりそうな文の羅列を……さすがだなあ)
そう思っていると、インステードの魔術陣がより一層強く輝いた。詠唱が終了したのだ。そして、インステードは高らかに術の名を叫ぶ。
「紅の煉獄ッ!!」
腹の底から湧き上がる正体不明の鬱憤を全て晴らすかのように、インステードは叫んだ。魔術陣や彼女の両手から、凄まじい火が吹き荒れた。
瞬間、東大陸全体の地の底から、ぶわっ、と劫火が広がった。その密度は、誰一人として生存を許さない。
ちなみに辺境地マグンナには結界が張られているので、影響を欠片も受けていない。
「あれ、聞いてた威力よりも強いような……」
「はー。魔力の半分くらいは使ったの。めちゃくちゃ疲れたの……」
「今ので半分しか使ってないんだ」
手のひらに浮かんだ火の玉を消して、インステードは地面にへたり込んだ。そんな彼女の衝撃の台詞に、セーヴはもはや突っ込む気も失せた。
いちいち驚いていたら、これから先ツッコミで喉を潰しかねない。
そろそろ東大陸が消し炭になりそうなので、セーヴはインステードの前に出て唱えた。
「海と地震を司る神よ。最高神に次ぐ強大さを以て、海洋の全てを支配し、全大陸を支える支配者よ。泉の守護神ともされるその力を、今一度体現したまえ」
ぐるぐる、とセーヴの手のひらの上で水が渦巻いた。今か今か、とセーヴの技の発動を待っている。
それに応えるようにして、セーヴは威厳溢れる声で叫んだ。
「『海洋神』」
ぶわっ、と水が広がった。セーヴの巧みな魔術調整を以て、的確な威力で火を舐めとっていく。きっとこの世でインステードの最強魔術に、即席魔術で対抗できるのはもうセーヴただ一人だ。
ただし、人に使うものではない。伯爵邸で兵士を消し飛ばしたときもそうだが、極限まで威力を押さえねばセーヴの魔術は殺人でしかない。
「……ってか、あんたがやっちゃえば良かったんじゃないの……? その得体の知れない魔術、誰も打ち破れやしないの」
「いや、個人的にこの系列魔術で暴れるのはちょっと。借り物チートだしねぇ」
「チート?」
「ぜひ覚えててね、理不尽で成す術もないくらいの圧倒的力を『チート』っていうんだ」
「一生忘れないの」
「そこまでえ!?」
ジト目なインステードに、セーヴは慌てて手を振って否定した。
与えられた力をあたかも自分の物のように振るうのは、個人的に自分の流儀ではない。セーヴはそう思っているからだ。
その言葉がどういう意味なのかきちんと理解しているインステードは、深く問わずまたセーヴにツッコませた。
このままだと本当に喉が潰れる。自分の喉に危機感を感じた瞬間だった。
〇
「綺麗に燃えましたねえ」
一方男爵邸――の原型は既に取り留めていない消し炭の上に立っていたエリーヴァスは、ぽつりと呟く。
あれからリムリズ子爵はクレル男爵と共に拷問を仕掛けられ、最後はインステードの炎に焼かれた。
もちろん慈善盗賊軍のメンバーは、結界か盾が使えるので、最低限自分の身を守ることはできた。
最も、セーヴが早く水を撒かなかったら全員火傷は免れなかっただろうが。
「それじゃあ、これで東大陸は平定、という事ですね!」
「やったのです!」
「まあ、正確には事後処理なども残っていますが、ひとまず戦争には勝利ですね」
「おうし! 戻りやすぜ!」
最後の計画まで終えたことや東大陸平定に満足して手を取り合い喜ぶレイナとアリス。
ちょっと夢を壊す台詞を言うエリーヴァスだったが、そこはグレイズがさらっとフォローしていた。さすがは長年の友情。伊達ではない。
だが、東大陸平定に一息つくセーヴとインステードも。
戦争の勝利にテンションと士気爆上がりな慈善盗賊軍だって知らない。
まだまだ、待ち受けるものが途絶えはしないのだと。
チェックメイト後に何が待ち受けているのか……!




