24.それ、通用しませんね?
「ぐっ、ぁぁあああっ……!」
七人分の強力な光が、ダークネスソードの闇を巻き込み呑み込んでいる。クレル男爵はダークネスソードを持っているのが限界なほどに潰れかけていた。
これまで圧倒的な光の重圧に耐えてこられたのは、やはりダークネスソードのおかげである。
ダークネスソードを盾に自分を守っているからこそ、光の影響が少ないのだ。
「――分裂!」
このままでは平行線どころかいつか剣を壊される。そう思ったクレル男爵はダークネスソードの機能を起動した。
幾百、幾千ものダークネスソードの分身が七人に飛来する。
ダークネスソード本体の耐久力は僅かに落ちるが、誰かが分身と応対せねばならないので、その分光も弱まるはずだというのがクレル男爵の見解。
「チッ」
応対に向かったのはセーヴ。正確無比な光の矢で、分身を的確に打ち壊していく。ちょこまかと目で追えないほど動きながら、次々と分身の数を減らしている。
ダークネスソードの特徴を捉えた上で、無駄のない動きをしているとクレル男爵には分かった。
「――幻覚生成!」
「やっぱダークネスソードって、その程度か。特徴を知られていないときの一回目くらいしか役に立たないよ、それ」
「なぁっ!!」
残り少ない煙と靄を伸ばして幻覚を生成しようとしたが、セーヴが『魔術障壁』を起動したので、あえなく撃ち落される。
驚いているクレル男爵だが、ダークネスソードがそれほどまででもないのはよく考えればわかる事だ。
皇帝が自身の武器を子爵と男爵程度に渡すのだ。もちろん、あの皇帝が下級貴族を信頼してよい武器を与えるはずがない。
自分の持つ武器の中でまぁまぁ手強くて『代わり』のある剣を貸したに違いない。
その証拠に、ダークネスソードは既に打ち破られようとしている。
「とぉどめだァッ!!」
グレイズに続き、全員がより一層光に魔力を込めた。パキン、とダークネスソードにひびが入る音。もちろん、クレル男爵にもそれは聞こえたはずだ。
しかしここで、恐怖にただ震えていただけのはずの、リムリズ子爵が動いた。
「貴様らァッ!! 突入するがいいっ!!」
野太い声が響いた。クレル男爵の顔が目に見えて輝く。一体何があるのか、とセーヴは思わず身構えて警戒した。
地下洞窟を思い切り破壊しながらやってきたのは、残しておいたのか五百程度の武装兵。
「……ってか、少な。僕らの事舐めてんの?」
「ふざけるなァ!! 貴様らが私の私財を根こそぎ盗ったであろうが!! これはクレル男爵と私の残りすべての財産だ! 勝てんかったら私は終わりだ!! 大人しく負けるがいいッ!!」
「ふーん、そう。ナイスインステードちゃん。勝とう」
「貴様話を聞いておったか!?」
「いや、敵に負けろって言われて大人しく負ける奴いないから。バカ?」
大声で喚くリムリズ子爵。どうやらインステードにほとんどの私財を奪われたことを凄く根に持っているようだ。
本当なら千どころか三千の兵だって用意できたのに、とリムリズ子爵は叫ぶ。
そして怒りに任せて、進む場所もあまりないのに兵を進軍させた。グダグダ過ぎて苦笑いも出ない。
一瞬で終わらせてやろう。そう思い、セーヴは両手を突き出す。
「地下より生誕せし冥府の王。時は来た。魂は冥界に下り、冷酷で無慈悲なる判決をせよ」
『冥府神』
そう言おうとセーヴが口を動かした瞬間、五百の兵が後方で悲鳴を上げるのが聞こえた。セーヴは手中にて渦巻く禍々しい光を一旦収め、後方の状況を知るために目を凝らす。
すると――
「何だあれ……? 仲間割れ? いや数が増えてる、援軍か? いやまさか」
「ハァ!? どうなっとる! おい、誰か説明せんかあ!!」
どうやらリムリズ子爵ですら状況を掴めていないようだ。完全に全員の計画外、という事で間違いないだろう。
どう動くか迷っていると、ギャァァァ、と後ろからリムリズ子爵の悲鳴が聞こえた。
バッ、と振り返ると、そこには――
「んー? アタシから説明しよっかー、って言っただけなのにぃ。逃げられちゃうなんて悲しいわぁん」
「なん……だって? マジで仲間割れ?」
「えっ、ちょっ、どういう状況……!?」
クリーム色の髪を肩まで伸ばして緩くひとつにまとめた男(?)――レッタ男爵であった。
セーヴはもちろん彼の事を覚えているし、光を出しながらめちゃくちゃ驚いているシスティナだって彼を知っている。
何故ならレッタ男爵はシスティナが隠密で調べに行った相手なのだから。
そこで見る限り、明確な悪政の証もティアーナに関わった証拠もなかったが、一応リムリズ子爵の味方に違いはなかったのに。
三十七当主会議にだって出場しているし、『クレル男爵の情報屋』なんて異名もあるほどなのに。
「レッタ男爵!? 私達を裏切るつもりですか!?」
「やぁーだなぁ。クレル男爵も、セーヴちゃんもぉ」
「ちゃん……!?」
クレル男爵は切羽詰まった顔で叫ぶが、レッタ男爵は飄々と受け流す。セーヴは自分の呼ばれ方に戦慄と鳥肌を禁じ得ない。
この人がいると緊迫した雰囲気も瞬く間に消えるな、とセーヴは思った。
でも、その雰囲気はすぐに消えて。
「アタシの事を、いつから『味方』だと思っていたのかしらん?」
「ギャァァァ!!」
唇に人差し指を当てて、闇の深い意味深な事を言うレッタ男爵。それが『裏切り』ですらないことへの証明をするように、五百兵最後の一人がレッタ男爵の援軍に切り裂かれた。
最後の手段を味方だと思っていた者に思い切り潰されたリムリズ子爵は、人差し指をわなわなと震わせてレッタ男爵を指さした。
「ど、どこの伏兵だ貴様ぁぁぁあああ!! 私のようなァ、偉大な貴族を冒瀆するなッ、ど!?」
「ぐぁぁぁあッ!!」
喚くリムリズ子爵。が、その言葉は急に途絶える。もちろん、ダークネスソードの破片が彼に刺さりかけたからである。
ダークネスソードを持ってたクレル男爵は、ダークネスソードごと腕をバッサリ斬られて床に転がって悶えた。
それを見ていたレッタ男爵はくすくす、と笑う。鳥肌が立つセーヴ。
「こっ、こここっ、皇帝陛下のッ、神聖なる兵器を壊しただとぉぉおおおお!? 貴様、許されん、許されんぞッ!」
「お前そこまで皇帝に忠誠誓ってねぇじゃん。私財蓄えるし。将来の夢当てようか? 皇帝でしょ? いずれ帝国頂こうとしてるよね? ん? 何が許されないって? どっちの台詞だよクズが」
「ふふふ、かぁーっこいい」
リムリズ子爵の言葉にキレかけたセーヴだったが、レッタ男爵の言葉にやはり鳥肌が立って怒りが収まる。
そんなレッタ男爵の前には、整列した五百程度の兵が。
リムリズ子爵が急に集めた訓練もクソもされていない兵と違って、その敬礼も姿勢も美しい。おまけに態度もいい。
「……それ、貴方の私兵?」
「そぉーよ?」
「何で僕らの味方をするわけ?」
「死ねぇっ!」
「許せませんなぁ!!」
「許しません許しません許しません許しません許しません……」
「ナイスサンドバッグですっ!!」
「アリスは怒っているのです。怒っているのですー!」
「ギャァァァ!! ぐぎゃぁぁああ!! い、いだいいだいいだいぃいいやめでぐれっぇえええ!!」
五百の兵を指さして問うセーヴに、にこっと笑って応えるレッタ男爵。彼に敵意がないのは分かる。けれど全く信用はできない。
そう警戒するセーヴの後ろで、リムリズ子爵への刑が思い切り行われていた。
腕を失ったクレル男爵はなぜか放置されている。が、下品な言葉を人一倍吐きまくっていたリムリズ子爵への対応はモザイクが必要なレベルだった。
きっと全身の骨が粉砕している上に、臓器にも傷が入っているに違いない。
死ねぇと淑女にあるまじき言葉を叫びながら骨を折りにかかるインステード。
圧倒的な技術で痛い場所ばかりを狙うグレイズ。赦しませんを連呼しながらナイフで同じ場所を刺しまくっているエリーヴァス。
怒りに任せて考えうる限りの拷問をぶちかますレイナとアリス。
「君達のお仲間は元気ねぇ~」
「話を逸らすな。まあそれは否定しないけども」
「何で味方をするのかって~、ただ今の社会が気に入らないだけよぉ? 別にアタシたちを信じなくってもいいわ。でも、貴方達には協力するからぁ、何かあったら頼ってもいいのよぉ?」
「正直今のままだと貴方怪しさしかないよ、うん」
「ええー、でもアタシ、今ので帝国を敵に回したわよぉん?」
確かにそうだ、と思うセーヴ。レッタ男爵の寝返りが帝国に伝わったら、彼にだって居場所はないだろう。
とりあえずここは怪しいから切り捨てるなどせず、話だけは聞いた方がいいかもしれない。
まずは先決せずに仲間と相談しようかな、とセーヴが振り返ると。
――ちょっと今は相談出来なさそうな状態で怒りの炎を燃やす仲間達がいた。
一体何を言われたらああなるのかセーヴには想像できない。
出た、急展開モード……! それにしてもインステードちゃんたちは、一体何を言われたんでしょうね。




