3.その瞬間、運命は決まるのです
セーヴが情報を集めるために最初に向かったのは――勿論インステードのいる地下室である。
インステードはベッドの上に横たわってはいなかった。
三年前ほどにセーヴがティアーナと共に自分達の手で作った、お手製車いすに乗っていた。
「あれ、良く自分で乗れたね。呪縛があったんじゃなかったっけ」
「そうよ。今更解けちゃったのよ、最悪だと思わない? ティアーナさんが処刑されたあの時、どんなに願っても解ける様子すらなかったのに……」
「そっか……でも、だからこその『復讐』だから。それで、結果はどう?」
「呪術を辿ってみたんだけど、あの有名な呪術伯爵の仕業みたいなの。衰弱魔術は呪術に分類されるし、あいつならわたし達がティアーナさんの味方だって知っててもおかしくないの」
「狂ったような皇帝信者……彼にとって、きっと僕は邪魔者だ」
さすがにインステードの存在までは知らないだろうが、とセーヴは肩をすくめる。
『呪術伯爵』。そう聞いたら、ほとんどの貴族は竦み上がるだろう。それほどに有名で、しかし忠実な貴族の一人であった。
ただし皇帝に限る。
ティアーナの処刑を決めたのは皇帝。ティアーナを恐れたのも利用したのも皇帝。
なれば、『呪術伯爵』はそれに全面賛同したはず。ティアーナ派の人間を消そうとするのも無理はない。
(なんせ皇帝はティアーナを『恐れ』ていた。同時に、ティアーナ派の人間も恐れているに違いない。そして、最も信頼する呪術伯爵にそれを話しているだろう)
それにしてもセーヴではなく、彼の家族を狙っていくあたり、かの有名な『呪術伯爵』のゲスさは相当なものだなとセーヴは思う。
「それで、君の呪術はどうして解けたの? アレって確か魔王の……」
「あぁ……。アレね、わたしの中にあった魔王の残滓が全部足に移ったタイミングで解除されるらしいの。全身の力を縛る『力』がなくなるから……でも、知らなかったの、そんな事」
「なんてタイミングだ……」
「わたしも思ったわよ。だって、ティアーナさんが処刑される前に解除されていれば、ティアーナさんは……!」
そこまで言って、インステードは両手で顔を覆ってしまう。
セーヴは何も言えなかった。彼女の無力感、喪失感、後悔、無念―—全てがまるで伝染するように伝わって来たから。
インステードは過去に生まれた『魔王』を倒した『勇者』。
しかし『魔王』を自分の中に封じ込め、残滓を全身に散りばめられた挙句代償に片足を侵食され、容姿もまるで子供のように変化してしまったのだ。
これでは世界に示しがつかないと思った皇帝は、インステードの存在自体をなかったことにし、いつ魔王が復活するか分からない状態のインステードを危険視したと共に、彼女を地下室に封じた。
動けないインステードは勿論抵抗などできない。
しかし魔王の呪術の中で、ひとつだけ解けるものがある。
それは――インステードの勇者であった力を封じていた壁。
シールドがなくなれば、インステードは殆ど無敵。動く事も勿論できるようになるし、あの圧倒的な勇者の力を使うこともできる。
ただ、侵食され続けた彼女の左足が戻ってくることは、ないだろうが。
(それでも、今のインステードだって国内最強だろう。彼女の力があの時覚醒すれば、ティアーナが殺されることは絶対になかった。ティアーナが人を殺すようなことは、ないし)
複雑な気持ちがないと言えば、それは嘘になる。
しかし、セーヴなんかより当事者であるインステードの方が、余程自分を憎く思っているはずだ。
「まあ、それは良いんだ。もう過ぎたことをいくら後悔していても仕方がない」
「でも、でもっ……!」
「今はその呪術伯爵に復讐をすることだけ考えよう」
「そ、うね……本当に、あんたらしくないわ」
「そうかな。こんな僕を見たら、ティアーナは悲しむかもしれないね」
ふ、とセーヴは笑った。
インステードは「まったくその通りよ」と言って微笑み返す。まだ罪悪感がなくなったわけではないだろう。でも、聡明な彼女の事だから、どれだけ悲しもうと変わらない過去であることに気付いたはずだ。
そして――この無力感は、復讐の力に変えるべきだとも。
(ティアーナ、ごめん。僕は、もう引けない)
セーヴは今はもう亡き大切な人に謝りながら、机に座ってニヤリと口角を上げた。
「さて、計画しよっか」
「えぇ。最高の復讐を――」
「「『呪術伯爵』に」」
〇
グレイスタール侯爵家の執務室は通常より大きく設計されている。
単なる当主の趣味ではあるのだが、セーヴが親子三人で話をするのには十分すぎる空間だ。
目の前には父、母。ようは向かい合って座っているという事だ。
母は呪術から既に回復していて、仕事にも復活している。さすがは侯爵家の月と呼ばれるだけある。
「今回母上へ施された呪術ですが、元は『呪術伯爵』と判明しました」
「何ですって? あの『皇帝の狂信者』がわたしに……?」
「一体私達が何をしたというのかね?」
「それについてですが……恐らく、原因は僕ですね」
訝しげな顔をした両親に、セーヴは表情一つ変えずに切り込んだ。
まさか息子が原因と言われるとは思わなかっただろう両親は、驚いてこちらをまじまじと見つめてくる。
「僕が、ティアーナ派だからですよ」
だから、セーヴは包み隠さず話した。
確かに両親も愛しているが、あくまで『こちらの世界で世話をしてくれた人』。わざわざ復讐に強制的に協力してもらうつもりはない。
両親は勿論驚いて、父は思わず立ち上がりそうになっていた。
「な、にを言っているんだ、あの女は大悪人……」
「――ティアーナは悪人じゃないッ!!」
いくら父であろうとも、ティアーナを貶めるような言葉は許せない。
セーヴの体から立ち上がった莫大なオーラは、威圧感となって両親を圧迫する。そこでやっと、二人はセーヴが本気だと気付く。
空気が張りつめていくのを感じて、セーヴは自身のオーラを緩めた。
「失礼。僕のせいでグレイスタール家が破滅するのも嫌ですので……ぜひ僕のことを告発してください。僕は完全に国に反するつもりです。それを、そのまま国に伝えればよいのです。僕は明日にでも家から出ますので」
「せっ、セーヴ……! 貴方……! 反乱を起こすつもりという事ですか……!?」
「ええ、勿論です。この国を壊し尽くすつもりですよ」
「私におまえを見捨てろと言っているのか……!?」
「そうでなくては、いずれグレイスタール家は全滅しますよ。父上、ご一考ください。僕はもう引けません。一番いい選択はどれか、ご聡明な父上なら分かりますよね?」
グレイスタールは歴史ある名家。この代でそのすべてを汚すわけにはいかない、とは、セーヴの父も分かっている。
セーヴの反乱については、悪魔が憑いたとか、グレイスタールの血は流れていなかったとか、でっち上げれば少なくともグレイスタールの悪評は消える。
むしろ味方になってもらえる確率も高まるだろう。
セーヴを見捨てるという選択が最も正しい事を、侯爵家の当主は勿論理解した。
かといって息子をそう簡単に売るなど、すぐに決断するなんてできない。
複雑な思いが絡み合って、侯爵は呟きのように問いを零した。
「セーヴ……私は……止めても無駄なのだな?」
「えぇ、そうです。どっちみち僕は明日家を出ます。拠り所はあるので心配なさらず。僕の、人間としての最後の忠告です。どうか、グレイスタール一族を守りたくば僕を売ってください。それでは、失礼します」
「セーヴ! セーヴッ――!!」
ソファーから立ち上がったセーヴは、そのまま扉に手をかけた。
強く清く美しい母が泣き崩れる声が聞こえる。いつも頼れる聡明で格好いい父が呻くのが耳に届く。
それでも、セーヴは真顔で退出した。
今、言ったはずだ。
『人間としての』最後の忠告だ、と。
たった今より、セーヴは反乱を起こすただの兵器になる。優しさなど余分なのだ。
(後悔させてやる……ティアーナを処刑したその時から、貴様らの運命は、死だ……!)
一人の少女に、全ての罪を押し付けたこの国を亡ぼす。
そして、それを肯定した皇帝も貴族も国民も、全員――