19.その強者達、初の窮地を迎えます
その翌日、三人はリムリズ子爵邸に向かった。勿論隠密術も、『隠蔽』スキルでの透明化もふんだんに使っている。
誘い込まれているのだから、対策は十分にしなければならない。
前の通り二階にある子爵執務室の扉のまで行き、中の音を聞く。何もない。どうやら待ち構えられているわけではないようだ。
「わたし、子爵を探してくるの」
「あっ、ここで分かれたら何か危険があるかもしれないし……」
「大丈夫なの。わたしは魔王の侵食のせいで絶対不可侵」
そう言ってインステードは余裕の表情でセーヴ達から分かれて、一階に下りていった。
魔王が彼女の体を侵食し寿命を縮めているのは確かだが、同時に並大抵の魔術では死ぬことを許されないようにしていたりもする。
なのでインステードならば窮地に陥る前に通話指輪で連絡を取ってくるだろう。
子爵を探すのには彼女が一番適役に違いない。
子爵がどこにいるか分からないままだと、何らかのたくらみによって背中を刺される可能性が高まるため、この状態以外の選択肢はない。
「その、インステードさん大丈夫なの?」
「心配ではあるけど、きっと大丈夫だよ。彼女は僕達の中で一番強いわけだし、時間は有限だから効率も大事だ」
そう言いながらセーヴは一度ドアノブを引いてみる。罠があるかどうかの確認だ。すると、普通ならここで扉が開くはずなのに何らかの抵抗により開かなくなっていた。
鍵は閉まっていない。つまり、仕掛けがあるという事だ。セーヴは表情を険しくさせる。
「システィナさん、下がって。何かある」
「えっ……!?」
「隠蔽スキルで透明化して。僕が盾を展開するから後ろに居て」
「わ、分かったわ」
システィナは隠蔽スキルで透明化。セーヴは透明化と共に盾を自分の前に展開し、システィナの前に立つ。
そのまま執務室の中に入ると――体を刺すような風が吹き荒れていた。
禍々しい光を持つ紫の煙が室内に充満していて、中心では黒煙が渦巻いている。
セーヴは思わず袖で鼻と口を覆った。システィナは隠密系列に特化していて、それはどちらかというと闇魔術に分類されるので特に影響はないらしい。
それでもこの風が不快なのは間違いない。
吹き荒れる闇の嵐の中を歩くと、中心に一本の剣が刺さっているのが見えた。
黒煙の中心地点であり、紫の煙もどうやらここから出ているようだ。
「それにしても、この剣……」
「皇帝の武器『グングニル』と同じ系列の物かもしれないね。そう推測したらこれは皇帝の所有物になる。『三十七当主会議』は皇帝が命じたものだし、武器を授けていてもおかしくない」
「じゃあ、用心しないと」
「そう――……!? っが、はァッ……!」
「セーヴさん!?」
システィナが一歩踏み出した瞬間、セーヴが心臓を押さえて膝から崩れ落ちた。目が血走っている。焦点も定まっていない。
闇に特化していてどうやらこの武器と相性がいいシスティナには影響があまりないが、セーヴにとっては害となるものなのだろう。
システィナでさえわずかながらも息が苦しいと感じるのだから。
システィナは慌ててセーヴに駆け寄り、今にも倒れそうな彼の体を支えた。セーヴの目はじっと刺さった剣を凝視している。
「うっ、」
「え?」
「うわぁぁあああっ!?」
すると突然、セーヴは飛びのいて尻もちをついた。システィナから見ると剣から出る靄が少し強くなったとしか分からないが、彼にとっては違うらしい。
――私は貴方を許さないわ。
――よくも私を見捨てたわね。
――殺してやる!
――私のための復讐なんてきれいごとを……!
――結局は自分のためでしょう!?
――殺してやる! 殺してやる!
――貴方だけは、死んだって許しはしないわ!
それもそのはず、セーヴの前にはティアーナが立っているのだから。
虚ろで光のない目をしたティアーナらしき人物は、しきりにセーヴに恨み言を吐く。
ティアーナが死んだことですでに精神が限界に近かったセーヴは、ティアーナにすら否定されて頭を抱え震える。
「ごめん、ごめんなさい……ごめん……僕が、僕がぁ、僕のせいだ……」
システィナはそこでようやく、セーヴは幻覚を見せられているのだと気づいた。
それも、今の彼には一番つらいであろうティアーナの幻覚を。
「っこの!」
無謀と分かりながらもナイフを抜いて剣に切りかかろうとして――触れることすらできず結界に阻まれて尻もちをついた。
システィナは剣を壊す事を諦め、後ろを振り向いて叫んだ。
「セーヴさん、気をしっかり! 本物のティアーナを貴方は知っているはずよ! 本当のティアーナは、ひどい事ひとつ言わない、思いやりがあって優しい人なの! 知っているでしょう!? だからこそ、今の復讐があるんでしょう!?」
「僕は……」
相変わらず怯え切った瞳をしているが、少しずつ落ち着いてきている。ティアーナの人となりは、システィナとセーヴとインステードが最も良く知っているから。
しかしそんなタイミングで、黒剣は動いた。
ウィィインと耳障りな音を立てると、何本、何十本と分裂を始める。そして生まれた武器はその瞬間から発射され、結果として連射される結果となった。
「っ!」
システィナはセーヴを守るため『隠密障壁』スキルを起動。黒い魔力が彼女の手のひらから溢れた。それは盾の形に定着する。
だが飛来する剣の本数は徐々に増えていって、ついにシスティナの肩に深々と突き刺さる。
「ぅあっ!!」
それと共に、隠密障壁は維持ができなくなってかき消えた。
そんなタイミングで、剣はまたも動いた。相変わらず分裂した剣の発射は続けながら、ぐるぐると回るブラックホールを形成し始めたのだ。
吹き荒れる嵐の方向が変わる。システィナとセーヴを穴の中に吸い込むための風へと変化する。
「い、いけないわ……!」
肩の傷を押さえながら、システィナはそれでもセーヴの前に立ちはだかる。
飛来する剣が何本もシスティナの肌をかすっていく。公爵令嬢として傷ひとつ負ったことがないであろう彼女は、痛みに耐えて守り続ける。
しかしブラックホールは無情に勢いを増し、システィナの中で警鐘が激しく鳴り響いた。
とっさの判断で振り返って――
「セーヴさんっ!」
セーヴを突き飛ばした。
その瞬間、ブラックホールの吸引力が格段に上がる。本当に間一髪だったのだ。だが、システィナはブラックホールの魔の手にかかってしまう。
突き飛ばされたセーヴは幻覚の呪縛から解き放たれ、システィナに手を伸ばす。
だが、やはり闇の風嵐が彼を阻み、システィナに近づくことすらできない。
「っシスティナさん!! どうして……!!」
悲痛な顔でセーヴが叫ぶ。
しかしシスティナは、その声に応えることができなかった。
口を開く前に、彼女を吸い込んだブラックホールが完全に閉じ切ったからである。
システィナは心中で答えた。
それはもちろん、私があなたの事を――
「システィナさぁぁぁぁぁぁあん!!!!」
ティアーナを護れなかった。
今度は、システィナも守れないのか。
なんて自分は情けないのだろう。
どうしてこんなにも不甲斐ないんだろう。
こんな時に、叫ぶことしかできないなんて。
セーヴの絶叫が木霊した。だがしかし隠密スキルを使用したままなので、声は誰にも届かない。ただ一人、隠密をリンクさせた仲間の一人である、インステード以外には。
〇
『――システィナさぁぁぁぁぁぁあん!!!!』
頭の中に直接セーヴの声が響いてきて、インステードは険しい顔でバッと二階を振り返った。セーヴの声に間違いはない。
その上、その叫び声はシスティナと呼んだ。何かあったのだろう。
インステード側も全くスムーズに事が進んでいないので、向こうも同じでもおかしくない。
ひとまず情報を把握するために。
「セーヴ、あんたどうしたの? リンクした魔力から、声がこっちまで届いたの」
通信指輪を使ってセーヴ達との通信を試みた。
魔力をリンクさせると、一定以上の感情がこもった叫び声が仲間に届くようになる。ようは以心伝心を物理的にした感じのシステムだ。
叫ばなければならないのは場合によって不便であるが、何の道具も必要ない点はメリットだ。
なのでインステードにそれまでの過程を知ることはできないが、ひとまず何らかの危機が彼らに迫っていることは分かった。
『あ、インステードちゃん!?』
「ことの経緯を話してくれる?」
そしてセーヴからの応答が来たので、インステードは彼との通話を始めた。
たまには主人公が格好悪かったり……でも次回はきちんとセーヴくんが格好いいです!
ていうかこの剣本当卑劣だ……( ;∀;)
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