17.そして、情報は揃います
セーヴ、システィナ、グレイズ、レイ、フレードの五人が本拠地テントのあった場所に揃っている。誰もが目を点にしていた。
さすがに今日中に移行作業が終わるとは誰も思わなかったのだ。
「――驚いた?」
そんな彼らの背中に、愉し気で見た目とは釣り合わぬ深みのある女の子の声が届く。
振り返ると、案の定包帯をあちこちに巻いた車いすの少女、インステードがニヤリと口角を上げてそこに居た。
いつの間にここまで転移したんだか、とセーヴは苦笑する。
「早かったじゃないの」
「こっちの台詞だよ。今深夜なんだけど。一時なんだけど。こんな時間までずっと移行作業やってたの?」
「そうなの。みんなむしろやりたがってたの。おかげで凄い設備が出来上がったの」
「楽しみだわ」
「そうでしょう? 中心街グレシアに案内するの。一人ずつ転移させるからそこに立ってるの」
「あ、そうか。大人数転移ってそういう方法もあったか」
こくりとインステードは頷く。まとめて転移するとイレギュラーなエラーが起きる可能性が高まるので、インステードが大人数転移を使う場合は大抵一人ずつだ。
だがそれは基本一人で転移するセーヴにとっては盲点のようで、彼はなるほどとしきりに頷いていた。
その間にインステードがシスティナ、フレード、グレイズ、レイの順番で転移させる。
そして。
「はい転移」
「わっ!」
容赦ないインステードの転移発動に驚いて、体勢を崩したセーヴなのだった。
〇
中心街グレシア一番の宿屋『dystopia』の隣に置かれた転移魔術陣。そこへ、任務に出ていたメンバー達が集まった。
最後にインステードも転移してくる。
その先に待っていたのはレイナとアリスとレン。どうやら三人で宿屋の主な経営を担当しているらしい。
部屋の割り振りや設備の管理、点検などは彼らの仕事のようだ。
「僕達がいない間に色々やってくれたんだ……ありがとう」
「はいなのです! アリスも色々やったのです! みんなのお荷物運んだりしたのですよ、師匠!」
「おーっ、凄いよアリスちゃん!」
「えへへなのです!」
「お風呂やベッド、ソファーなどの設置も完了しました。今日からこちらが住居となりますので、部屋決めをお願いします。他の皆さんには申し訳ございませんが先に決めて頂いちゃいましたけど……」
レイナが申し訳なさそうにそう言うので、アリスの頭を撫でていたセーヴは手を止めて「ううん、大丈夫」と手を振って微笑む。
他のメンバー達も揃って頷く。レイナはぱああと表情を輝かせた。
どうやら先に部屋を決めてしまったことに対し申し訳なく思っていたらしい。
「あ、でも……お風呂のある最上階部屋は女性の方と元貴族の方に皆さん譲っておりますので、当てはまる方はぜひそちらにお願いします。そうでなくともあと一、二部屋くらい残ると思いますので、最上階希望の方は遠慮なくお申し付けください」
「レイナさん、もうすっかり経営モードだね」
「あーっ、それっすけど! レイナの実家は商人だったんっすよね!」
「お恥ずかしながら……。でも家族は、商品を運ぶ途中に獣に襲われて全滅してしまいまして。私が唯一の生き残りだったりしたんですよね」
レイナはセーヴ達を受付に案内しながらさらりとそんな事を言って見せた。そこまでは想定しなかったレンがちょっと焦っている。
少し空気が重くなったことに気付いたレイナは、「あ、あはは」と苦笑した。
「聞き流しちゃってください。もうあんまり気にしていませんので。私、家族の中でそんなに大事にされたわけでもありませんし、むしろあの時はおとりにされたくらいです。まあ、ちょっと戦う才能がありまして、自力で逃げたんですけどね」
さて、とレイナは記帳と宿屋全体の部屋の図を取り出した。希望する部屋に名前を書けという事だろう。
もう既にほとんどの人が名前を書き終わっているのが分かる。
レイナはサラサラと記帳にセーヴ達の名を記している。さすがは商人の娘。貴族ではなくとも流麗な文字を書くことができるようだ。
少し迷ったが、皆からの推薦もあってセーヴは最上階のお風呂部屋を選んだ。
そしてちらりと見取り図を見て、
「あ、大会議室。明日皆に大会議室に集まるように言ってくれないかな? 今日の任務について早々に話をしないといけないだろうしね」
「それならお任せあれです!」
待ってましたと言わんばかりにレイナが笑顔になる。なぜか後ろでインステードも誇らしげだ。
「インステードさんの指示の下、放送システムというものを完成させました。受付の机に設置されているこのマイクから、全部屋に声を届けることができます!」
「昔あんたが言ってたシステムなの」
「ほんとインステードちゃんの記憶力にはまいっちゃうよ……覚えているとは思わなかった。ナイス。早速明日使ってくれるかな?」
「勿論です」
「あっ、アリスやりたいのです!」
「ふふ、この子、これができてからすっかり気に入っちゃったんですよ」
アリスがどや顔でえっへんと胸を張る。
なるほど、インステードのアイディアだったのか、とセーヴは納得する。確か昔、色んな道具の構想を興奮気味に彼女に話したことを彼自身も覚えている。
とはいえ放送機器があると便利なのは百回でも頷ける。セーヴはインステードの機転に感謝し、今日はひとまず休むことにした。
〇
翌朝、皆がそろぞろ起き出し、セーヴとインステードがご飯を食べている時間。アリスが瞳をキラキラさせながらマイクのボタンを押した。
そして母レイナが差し込んでくれた椅子に立って、元気な声を全階に響かせる。
『みんなー、起きてますですかー!? 全体放送なのです! ご飯を食べ終わったら大会議室に集まるのです! 繰り返すのです、朝食を食べ終わったら、大会議室に集合するのです!』
「っていうか、アリスちゃんとレイナさんはいつご飯食べてるの……?」
「あ、私はもう食べ終わりましたよ?」
「アリスは今から食べるのです。師匠とおねーちゃん、いーれてっ、なのです!」
「遠慮なく来るの」
マイクのボタンをオフにして元気よくセーヴたちの机に駆けてくるアリス。微笑んで彼女を受け入れたインステードを見て、セーヴはパンを一口食べながら意外だなと思った。
昔のインステードならば、こう易々と人を受け入れはしなかっただろう。
セーヴが最初にインステードに会った時、彼女は既に地下室に閉じ込められていて。ティアーナ以外誰も信じないという雰囲気100パーセントで。
こんなふうに誰かに微笑むどころか、昔はティアーナと共にいる時以外表情のひとつも変えなかったというのに。
(なんかこう、人の変化が面白いなって思うのは、変かなあ……?)
微笑ましい会話をするアリスとインステードを見て、セーヴはそう思ってなんだか口元が緩んだ。
〇
大会議室にて全メンバーが集合。セーヴの前には大量の資料が積み上げられている。それは、その分だけメンバー達が仕事をした証明。
また、システィナが皆と同じ、もしかしたらそれ以上に働ける証明でもある。
「まず教えたいことがあるんだけどね、最近『三十七当主会議』が行われたらしいんだ。それはつまり、開戦に向けて何らかの行動を起こしているという事だよ、この調子だとすぐに戦闘は始まるかもね!」
「なるほど。ただでさえ準備しているのにほとんどの貴族の家が荒らされたとなれば、更に時期は早まると思うの。ナイス」
「ありがと」
インステードが親指を立てると、セーヴは微笑み返す。この会話に対し、会議室がざわざわし始める。
何せ二回目の復讐が最近の内に出来そうなのだ。
今のところ順調に進んでいる。その事実がメンバー達の士気を上げた。
「それと――システィナさんのメンバー入りについてなんだけどね」
「!!」
システィナは背筋を正した。表情から緊張が滲んでいる。メンバーが一斉にシスティナの方を向いた。
セーヴは大量の資料の束から、システィナが複製した分の資料を取り出した。何センチもある分厚い束だ。
セーヴは微笑んだ。
「勿論、合格だよ。量も内容も申し分ない。貴女の気持ちは証明された、これから慈善盗賊軍『フィオナ』の一員として――よろしく」
「……!! っよ、ろしくおねがいじまず……!」
システィナは色々な感情が入り混じって、涙声になってしまった。セーヴのしっかりとした笑みが、心の中に光を灯すのだ。
ずっと、自分は許されぬ愚かな人間だと思って。きっと認められないと思っていた。
でも違う。システィナはまだ、一人のメンバーとして認識されている。他でもないティアーナを大切に思っていた者達が、まだ認めてくれている。
その事実が、嬉しくて。
セーヴはそれを見てくすりと笑った。
(これだけ完璧な仕事をされて認めない人はただの嫉妬だな)
システィナの仕事は、完璧だった。この資料は三十七当主を打ち破る際にとても大切になるだろう。
「さて、資料も情報も揃った。これからの計画を練る。とりあえず向こうの動向を何パターンか推測しておいた。今からさらっと僕の見解を通して言うよ、分からないことがあったら遠慮なく聞いて。もちろん、システィナさんもだよ」
「っはい……! ありがとう……!」
システィナは心からの笑みを浮かべた。姉なだけあって、ティアーナによく似ている笑い方だ。セーヴはずきりと胸が痛むのを感じたが、無視した。
まず必要になるのはシスティナが調べた主要貴族の資料なので、セーヴはそれを机に広げた。
三十七当主を破るため、作戦会議の開始である。
次回はちょっと急展開かもしれません……!!