16.そして、メンバーの活躍です
レイが向かったのは当主に『二つ名』がある貴族の家。合計五家である。
二つ名の理由と、その理由が本当かどうか。またはそこから関連する事象。レイが最も調べるよう命じられたのはそれらだ。
リムリズ子爵やその取り巻きよりもレベルが低い者達は、ティアーナの処刑に関わるどころか真実のひとつも知らないだろうから。
皇帝は慎重な人物だ。信頼できる者以外に情報を吐露することはない。
一家目である男爵家の二つ名は『不動の愚者』。もちろん、貶めた名に決まっている。その家のセキュリティは勿論ガバガバ。
レイは本気になる事すらなく楽勝で資料を複製して持ち出した。
(後は、子爵家が一家……男爵家が三家……。――行くか)
次に向かったのは子爵家。二つ名は『冷酷の騎士』。子爵は天才で、自身の領地のため粉骨砕身尽くした領地の騎士だ。
しかし、だからこそ他人の失敗を決して許しはしない。少しでも失敗をすれば領地に害成す者とし、即斬首。
それは平民だろうと従者だろうと変わらぬ待遇なため、略奪や理不尽な法律を立てたりはしないものの、子爵自身の性格的問題で皆に恐れられる結果となった。
彼の情報を脳裏に浮かべながら資料を集めていたレイは、ふとそのうちの一枚に目を留める。
「隠密要員……半分の財産を使って雇った……? 隠密要員……っ!?」
凄まじい殺気がレイの肌を刺した。何者かが自分を殺そうとしている。レイは反射的に懐に仕舞ってあったナイフに手を当てた。
手首に力を入れて後ろに勢い良く振りかぶり、自然な動作でナイフから手を離す。
その者はレイの勢いに一瞬動揺し、それとあまりにもかけ離れた手の離し方に反応しきれなかったことだろう。
「ぐあっ!」
地面に体を強く打ち付けたようだ。レイは素早く振り返り地面に落ちたナイフを拾い直し、その者が反応する前に心臓にぶち込んだ。
その者は少しの間ぴくぴくと動いていたが、やがて力なく白目をむいた。
レイはナイフを抜いて、たった今人を殺したのに表情を何ひとつ変えずハンカチで血を拭った。そのハンカチは適当に地面に捨てる。
死体は放置。侵入者が入ったという証にもなる。
ちなみにセーヴは解決できる危険ならいかなる方法で解決しても文句はない、と言っていたので、きっと大丈夫だ。たぶん。
「……残念だったな……太刀筋は、悪くなかった……」
子爵が雇った後も継続して大金を払い続けるだけあって、レイが気付かないほど気配を隠しきれていたところ実力はかなりのものだろう。
しかし。
「オレだって……元は、暗殺者だ……」
レイは暗殺術に目覚め、レンよりも先に家から勘当され、その日暮らしで生きていたらグレイズと出会い『フィオナ』に入った形だ。
それまではただ延々と人を殺し続けて生きてきたので、殺し技には全く抵抗がない。
ちなみに、兄のレンと再会できたのは偶然中の偶然だ。
レイはそのまま窓から飛び降りて子爵家から脱出。
その後の男爵家三家、『一匹狼』『自己愛者』『拷問性癖者』については特に特筆すべきところがない。
三家とも最悪の悪政者だという事は確かである。
〇
グレイズが担当するのは、貴族の中で最も貴族派閥から外れた者。ようは、落ち着いた者達だ。三家の当主の内一家は子爵家、他は男爵家。
グレイズが男爵の執務室に突入して今調べている当主の資料だが、確かに目立った悪政はない。
その証に敵はいないと思っているのか、男爵邸のセキュリティは甘いにもほどがあった。
(門番の片方が寝てて片方が座ってる始末じゃあ、何かあった時も対応できやせんなぁ……)
やはり国ぐるみで良くない。辺境地マグンナの門番ですらそこまでの実力者ではなかったのだし、帝国はもっとしっかり守護を強化するべきだ。
とはいえ、自分らは今から国を壊すので、守護が緩いのはとても有難いのだが。
複製で資料をまとめてから、元の資料を思い切り散らかす。誰かが侵入したのは一目瞭然だろう。
次は子爵家。子爵邸の執務室に入ろうとしたグレイズだったが、誰かが紙にペンを走らせている音が聞こえる。
子爵がいる。
(仕方ないな……)
それでもグレイズは隠蔽スキルで透明化し、執務室の中に突入した。透明化すれば気付かれることはない。
しかし資料が浮いたり散乱したのを目撃したら、帰る前に捕まる可能性がある。
緊張が走る。
子爵は集中している。きっと大丈夫だ。グレイズは音を立てないように、資料を入れているであろう箱の鍵をピッキングで開けた。
子爵の方を見ながら資料を取り出し、素早く複製。
「ん……? 何か音が……」
「!!」
子爵が紙の音に気付いてこちらを向く――寸前にグレイズは資料庫の扉を閉めた。
手に持っている資料はグレイズの持ち物の一部なので、透明化されていて見えない。子爵は首をかしげて、それっきりこちらを見なくなった。
なのでグレイズは再度資料庫を開け、必要な資料を最速で複製しその場を離れた。
(ふう……スリルがありやしたな……)
一息ついてから、次の目的地に向かう。
それからの地点で特に特徴的なハプニングは起こらなかったが、どこも侵入者対策が甘いのは共通点だった。
〇
セーヴは領地を持つ貴族で、他のメンバーが偵察に向かう貴族のどの条件にも当てはまらない二家を担当する。
どういう特徴を持っているか分からない分、探るべき資料を見分ける技術が重要になる。
二家で特にハプニングはなく、セーヴは二家目の男爵領地の路地裏で複製した資料の確認をしていた。
「うーん、特に誰もティアーナと関係があるわけじゃないね……でもやっぱり両方悪政、略奪はしてる。自分の世界を尊重してて、誰にも壊されたくない感じ」
両方とも日記を書いていたので、全て複製。これで彼らの日記を書いた期間中の様子は筒抜けだ。
セーヴがパラパラと日記を流し読みして読み取った両者の特徴は、今の日常を壊されたくはないという点。
一番最新の日記では双方セーヴ達と戦って日常を壊されるのが嫌だ、と書いている。
「それにしても、三十七当主会議、か。そんな物があったんだね?」
セーヴの笑みが黒く深まる。貴族の中でも平民の間でも、結束力の高い男爵と子爵をまとめて『三十七当主』と言う事が多い。
そしてつい最近、その三十七当主で会議が行われたそうだ。それも、皇帝の命で。
内容が知りたい。まだ日記の全てを読み切っていないから、帰ったらじっくりと読まなければならないな、そう思いながらセーヴは壁に寄りかかって重要事項を紙にメモした。
「よっ、と」
メモを終わらせると、セーヴは背を壁から離して転移魔術陣を作動させる。
「そろそろ皆帰ってるかな?」
時刻はもう十二時。システィナなどはもう戻っていてもおかしくないかもしれない。そう思いながら、セーヴは本拠地テントへ転移した。
〇
初めて大掛かりな仕事を任せられたフレードは、意気込んで自分が担当する貴族の元へ向かった。
任せられたのは、最も参考資料のない貴族一家。
フレードは複製スキルを使えない。でもその分、メモのスピードが人外なほど速い。たった一家の資料ならば、誰よりも完璧に調べられるだろう。
その子爵邸は、全て黒で塗りつぶされていた。圧倒的な禍々しい雰囲気に、フレードは冷や汗を流す。
(えっ!? もしかして入ったら呪われる!? ないよね! 無いよね!?)
恐る恐る隠蔽スキルで正門を突破。階段を上がって、子爵の執務室へ。途中で、執務室から出てきた子爵とすれ違った。
黒装束。禍々しい杖を背中に背負っている。手には怪しそうな教典。
これはヤバイやつだ、とフレードは直感で理解した。そそくさと子爵の執務室に侵入――
「ひぇっ」
思わず声が出てしまう。散乱した魔術陣。見るからに普通の人間が使いそうではない禍々しい詠唱文。
フレードはそれを見ないようにしながら、必死になって資料を探した。
羊皮紙を出して、半泣きで資料をメモする。
呪術で苦しませながら罪人を殺したり、三十人の血を吸って儀式を行ったり、悪魔を自分の体に封じたり、出るわ出るわ不気味な事例の数々。
「もうやだあ……」
フレードのデビュー戦は、華麗にとはいかないのだった。
だがしかし彼の技術は確かなもので、綺麗な字と群の抜いた速度により複製レベルに洗練された資料集が完成する。
本当はここで自分が来たあとを残さないといけないのだが、どの資料ももう触れたくはなかった。
「……風!」
なので苦悩の末風魔術を起こし、散乱した魔術陣をバラバラにしてしまう。見つかったら殺されると察したフレードは、子爵が戻ってこないうちに退散することにした。
もうこの人はごめんだ。
願わくば次に任される使命はもっとまともな人が相手でありますように、と、フレードは子爵邸から飛び降りながら切に願うのだった。
次からいよいよ復讐計画の開始です!復讐第二弾もよろしくお願いします<m(__)m>