15.その令嬢、戦線に立ちます
二日後、システィナ率いる計画参加者の見送りに出たのはエリーヴァス、グレイズ、インステードの三人だった。
インステードが三時間ほどかけて準備した『転移魔術陣』で、瞬時に首都フォルスナーへジャンプするつもりだ。
たった今から重要な任務をこなしに行くというのに、誰からも緊張は見られない。
今必要なのは緊張ではなく絶対大丈夫だという自信であることを、全員が認識しているからである。
「……生きて帰ってくるの」
「もちろん。この程度で死ぬようじゃあ、皇帝なんて倒せない」
インステードの言葉に、セーヴは全く緊張せずふわりと微笑む。確かにそうだ。皇帝だけではなく、侯爵や公爵、他高位貴族への復讐も待っている。
高位貴族のターンではどんな罠が待ち構えているかもっと分からないのだから、こんなところで行き詰まってはいられない。
頷いたインステードは、手を前に掲げる。何もないところから複雑な魔術陣が淡い青の光を放ちながら浮かび上がった。
「うわ、これを三時間で?」
「うん。一人で転移するなら魔術陣は必要ないの。でも三人となると、エラーを極限まで減らすために極限まで安全対策をするの。色んなイレギュラーな状況があり得るの。でもそれくらいなら三時間で余裕なの」
「わあお」
とは言うものの、セーヴに魔術陣は描けないが転移魔術を使用する事はできる。なので感銘を受けた様子のセーヴに、システィナは呆れた目を向けた。
その間に、インステードが素早い詠唱を行う。これも長々しい転移魔術陣と安全対策の詠唱を極限まで短くした短縮詠唱だ。
そして、
「転移!」
前に掲げられたインステードの手がカッ、と光る。それと共に魔術陣も一層大きな光を灯したあと――五人の姿がかき消えた。
〇
全員が転移した場所は帝国首都フォルスナーの人通りが少ない路地裏。幸運な事に転移は誰にも見られていないようだ。
早速行動に移るため、五人は隠密スキルを起動してそれぞれ別方向に別れた。
全員の小指や人差し指には、セーヴが渡した指輪がはめられている。
システィナが向かうのはリムリズ子爵家、クレル男爵家、レッタ男爵家。指輪に内装された四回分の転移魔術での移動となる。
数は少ないがどれも三十七当主の中で最も警戒が厳しい家だ。
最初に向かったのは三人の中で最も立場が低いと推測される、と資料に記されたレッタ男爵家。一回目の転移魔術陣でレッタ男爵の治める領地へ。
「っと」
資料に記された地図を元にレッタ男爵家を探し出し、その屋根に降り立つ。此処に来るまでには誰にも見つかっていない。
男爵家の屋根はレンガで作られており、優美さを尊重しているような作りだ。システィナはその屋根から飛び降りた。
地面について、護衛の真ん前まで行っても、誰もシスティナに気付きはしない。
ちょっとできる程度の隠密スキルなら、察知される可能性はある。しかし、今はこの国で言ってもシスティナの隠密を察知できる人物は少ない。
「ちょっと入らせていただきますわ」
喋っても誰も気付かない。
そのままシスティナは隠蔽スキルで透明化し、悠々とレッタ男爵家の中に侵入した。
そこからは至って順調。誰にも見つかることなく男爵の執務室の前までたどり着いた。
扉に張り付いて中の様子を聞く。誰もいないようだ。
まだ透明化したままだったので、扉は開けずにそのまま執務室内部に入り込んだ。
(監視などの対策が甘すぎるにも程があるのではないかしら)
あまりに楽勝すぎて呆れながらも、誰かが入ってきたらそれはそれで困るので、すぐ作業に取り掛かることにした。
セーヴの指示で『探った痕跡を見せる』ようにというものがある。
狙いは勿論早く攻めてくることだ。探った痕跡を見せれば彼らも警戒するだろうし、もっと戦いごたえも出るだろうという本心もある。
「これね……」
レッタ男爵も日記をつけているようなので、隠密のひとつである『複製』スキルで同じものをもう一つ作り出す。
本当はここまで便利ではないのだが、あまりに熟練度が高いと同じものを二つ作れるようになる。
それからもシスティナは様々な資料をぽんぽんとコピーしていき、はた、と気づいた。
「この人……あんまり悪政をしていないわね。それに、ティアーナを害することは何もしていない。この動き……もしかして、擁護してる? いや、そういう事への判断はセーヴさんの領域ね」
次は二番目に地位が高いと推測されるクレル男爵家。二回目の転移魔術でクレル男爵家の領地まで移動。
そのまま男爵邸を見つけ、隠蔽スキルで正面から――
ビ―――――!!
けたたましい音が、システィナの通った場所から響いた。幸い彼女の速度が速く既にそこを通り抜けていたので、正門の兵に捉えられることはなかった。
(しまったわ、魔術認識……!)
だったら、早く任務を完了させないといけない。集まってくる兵を器用によけながら、システィナは男爵の執務室に向かった。
男爵の執務室には大量の資料が散乱していて、どれが大切なのか分別するのが難しいくらいだ。時にはフェイクの資料もある。
やはり三十七当主の中でも上位の立場なだけあって、密偵対策をしているのだろう。
『ここも探せ!』
『いや、当主様が居ないのに勝手に入っちゃっていいのか?』
『ハァ!? 何者かが入り込んだんだぞ、罰せられるわけないだろ!』
『そういうお前もちょっと震えてんじゃん!』
扉の外から少し臆病な兵士の声が聞こえる。だが、強気な兵士にここに押し込められるのも時間の問題だろう。
システィナは重要な資料だけを『複製』して、自分が来たという痕跡を残し窓から飛び降りる。
その後ろから、扉の開かれる音が聞こえた。すれ違ったのだ。
(よ、良かったわ……見つかったらどうしようかと)
別に見つかった時の策がないわけではないし、いざとなればセーヴが男爵家を滅ぼすだろう。でも、システィナはセーヴに迷惑をかけたくなかった。
それに自分の身分は『研修生』。今していることは本当のメンバーになるための『テスト』。ここで援軍を呼べばテストは不合格だ。少なくともシスティナはそう思っている。
次はリムリズ子爵家の治める領地に転移。そしていつも通り子爵邸に――
(おかしい、何かおかしい……! 違うわ、これ、わざと対策を甘くしているのよ)
正門を通り抜けて、システィナは異変に気付く。男爵家ですら魔術認識があったのに、子爵家にないなんておかしい。
おまけに魔術認識装置を探してみると、見事に破壊されていた。
しかも、システィナに見せつけるかのようにわざと大げさに分解されている。
(これはメモをして、セーヴさん達と要相談ね)
さすがは三十七当主の頂点。高位貴族ではないが、それでも一筋縄ではいかないのだろう。
それから資料を探る。ティアーナに関わっている点は少ないが、リムリズ子爵の悪政は見ているこっちが目をそむけたくなるレベルだった。
確かにここに到着するまで、道中でいくつもの死体が放棄されているのを見たなと思い出す。
(誰もが殺したくなる貴族の典型的な形ね。私も殺意が湧いたわ)
おまけにリムリズ子爵は従者にも貴族然とした態度をとることを教え込み、従者一丸となって平民を徹底的に虐めているのだ。
もちろんそれは彼の側近従者だけだが、それでも一人で全体に罰を下すよりも多くの人で罰を下す方がまんべんなく行き渡る。
やっていることは勿論最低としか言いようがない。けれど、為政者としての才能がないのかと言われればそういうわけではない。
リムリズ子爵の何束もある不正資料も本当に計算づくで、絶対に誰にも気づかれないよう細心の注意を払っているのが分かる。
(金額などの申告書を偽造。でもこれも手腕が凄い。全て誤差程度に金額を下げているわ。その程度じゃ調査に来られることはないから、同じことを何年も積み重ねていれば、リムリズ子爵の私財はとんでもないものになっているわね)
元公爵家の令嬢として、眉をひそめざるをえない不正。確かに手腕はいいが、それはその分国の管理がガバガバだという事だ。
少し程度の金額前後は気にしない、というのもおかしい。金というのはきちんと管理すべきなのだから、ほんの少しのズレも許してはならないとシスティナは思う。
この不正はずっと続いていたらいずれ国を圧迫するものだ。そうなれば、いつかの時代にはリムリズ子爵家が政治を担うかもしれない。
まあ、セーヴらでこの国を滅ぼしてしまうだろうから、その未来は来ないだろうが。
(リムリズ子爵が王になったら平民の生活は終わりね……さて、資料集めは終了)
セーヴの資料で求められたものはきちんと全て複製した。そのほかにも気になったものはコピーして懐に入れている。
なので腰に下げた袋の重さがとんでもない。耐えられなくはないが、体力を削られる重量だ。
時刻はもうほとんど深夜。拠点の方ではインステードの指示の下、テントから中心街グレシアへの移行をまだ続けているだろうか。
そう思いながらシスティナは四回目の転移を使用する。もちろん行き先は――
〇
システィナが転移した先は、今朝首都フォルスナーに転移した時使用した魔術陣の上だった。目線を前に移すと、既にレイとセーヴは戻っていた。
彼らが立ち尽くしてずっと一点を見つめていたので、システィナは怪訝に思って近づく。
「どうされたの?」
「ほら、あれを見て」
「あれって……えっ」
すでに全てのテントは取り払われており、それがあった場所は荒れ果てた土地に戻っていた。つまり、もう全て中心街グレシアに移行されたという事だろう。
「速すぎるにもほどがあるでしょ……」
「一日って……頭がおかしい……」
「インステードさん、ご自分のおっしゃっていた事を本当に成し遂げられたわね」
「そうだね。そういえば、『あんた達が帰ってきたら、グレシアに住めるようになってるようにする』って言ってた」
なるほど、あれは成り行きで出た言葉ではなかったのか、とセーヴは思う。確かに、インステードという少女は基本自身の発言に絶対の責任を持てる人間だ。
レイは頭おかしいと言いながらも、その目の光がインステードへの尊敬を物語っている。
システィナもこの現状を見て、インステードやメンバー達が本当に凄いと思っていた。
現場指揮を執るインステードもそうだし、その指示の通り無駄な動きひとつしなかったであろうメンバー達も凄い。
そうこうしているうちに、グレイズが帰還し――
もちろんフレードくんも帰ってきます!
次回はシスティナさん以外のメンバーがどう活躍したかを二倍速でお送りします(笑)




