2.その時、復讐を決行します
その日の朝、淡い青髪をした美少年は、きびきびとメイドや執事たちに指示を送っていた。その瞳には尋常ではない熱意が灯っている。
そんな彼に、あるメイドがにっこりと微笑みながら声をかけた。
「坊ちゃま、本日は一層頑張っていらっしゃいますね。先日大悪人の処刑がありましたからね、嬉しいのですか?」
「えぇ……まぁ、そんなところです」
そんなメイドに、彼はふんわりとした笑顔を向けて言葉を返した。指示は的確でカリスマ性も持ち合わせた少年なのに、こういった可愛さもある。
メイドは少年の可愛さに思わずう、と呻いたが、慌てて自分も少年の指示通り動き始めた。
去っていった彼女の姿を見て、少年は薄ら笑いを浮かべた。それは、見る者を震わせるほど恐ろしいものだった。
(いいや……その逆だよ……)
〇
壁だらけの部屋。窓ひとつない、完全な密室。少しの光も差し込まず薄暗い部屋の中、鮮やかな水色の髪が目立っていた。
その持ち主は机の上に座り、足を組んで目の前にあるベッドを見ている。
いや、その上に横たわる、足に大きな包帯を巻いた女の子に視線を向けている。
「インステードちゃん、どう? 調子は……」
「良いわけないの。ただでさえ蝕まれてるってのに、こんな時に……」
「そ。その件についてなんだけど」
女の子―—インステードは少年に問われ、自嘲の笑みを浮かべて自分の足を見た。そんなインステードに、少年は不敵な笑みを向けた。
「一緒に復讐しようって訳なのよね。ほんと、あんたらしくないの」
「あっはは、僕らしいってなんだよ」
「気弱で臆病で騙されやすい、とっても弱い人」
「そう? うん、そうだね、そうだったかもしれない。そうだったよ。――ティアーナが死ぬ前ならね」
しぃん、と室内に沈黙が降りた。インステードは信じられない物を見たかのような表情で少年を見ている。
まるで魔王のような闇を滾らせて、彼はまっすぐにインステードの瞳を直視している。
インステードは自然と口端を上げた。
手に持っていた別のクマの人形がミシミシと不吉な音を立てる。
「戦争でも、起こすつもりなの……?」
「いいんじゃないかなぁ? どっちにしろこの帝国はぶっ壊すつもりだし……あー、あと隣の大国も。ティアーナが死罪になるきっかけの戦争を起こしやがったからさ、僕は許せないんだけど、インステードは許す?」
「許すと思うの?」
インステードは挑発的な笑みを少年に返す。少年は満足する答えを得られたのか、あはは、と笑ってみせた。
さて、と少年がインステードに人差し指を出したその瞬間。
――ビー!!
少年の人差し指にはめられた指輪が赤い光を出しながら、けたたましい音を立てた。
「SOS信号……!? どういう事!?」
『セーヴ坊ちゃま、セーヴ坊ちゃま、すぐにご帰宅ください。奥様が倒れてしまいました、早急にご帰宅ください!』
その指輪の頂点にはめられた宝石から、女性の声が響いた。十数秒ほど女性が話し終えると、指輪は効果を失って砕け散った。
これは少年が作成した魔道具で、文字通り魔術を込めて作られた、様々な効果を宿した道具。
彼がSOS道具と名付けたそれは、十秒光を放ちながら通信を可能とする効果を宿した、非常に使いどころのあるもの。
これは少年の家族全員、その家族の専属従者、専属騎士の分だけ渡してあり、何か問題があった場合はすぐに通達せよと言ってあった。
しかしこの道具はどうしても解決できない場合の最終手段。
それが使われたという事に、少年――セーヴは焦らざるを得なかった。
「何があったんだ一体……!」
「戻った方がいいの。ティアーナさんだけじゃなくて貴方の大切な人まで、失うつもり?」
「くっ……! また後で来る、転移!」
インステードの責めるような言葉に、セーヴは呻いて転移魔術で姿を消した。恐らく彼の家――グレイスタール侯爵邸に戻ったことだろう。
そんな彼が消えた一点を見つめて、インステードは三日月のように口角を裂けさせた。
(これで……これでこれでこれで!! やっと!! 壊せるのよ!!)
少女を中心に、物理的な闇が渦巻いた。
〇
一方、セーヴは彼の母の部屋に駆けつけていた。その後ろでは焦ったように侍女と執事が伴って走っている。
彼は荒々しげに扉を開き、母のベッドに視線を移した。
「母上!!」
「お坊ちゃま! 奥様、坊ちゃまがいらっしゃいましたよ……!」
「セ……」
セーヴの叫びと母の専属侍女の呼びかけに、弱々し気な声で母はセーヴの名を呼んだ。セーヴは慌てて母に駆けつけて、その手を握る。
そして、セーヴは戦慄する。
(魔力の流れを感じる……! これって、母上に誰かが仕掛けた!)
セーヴだって冷たい人間ではない。いくらティアーナが大切でも、家族だって愛情をくれた恩人だ。
そんな家族に、誰かが意図的に『仕掛けた』。
これは衰弱の魔術。解術できなければ、十日以内に死んでしまうという恐ろしい呪術だ。しかし、とセーヴは思い直す。
呪術が使える者は、もういないはずだ。
何故なら、国が呪術を危険とみなし、手あたり次第駆除を行っているから。
(もしかして、ティアーナの件にも関係があったりするのかな……だとしたら許せない。僕の大切な者を片っ端から奪っていく気じゃないだろうな……!!)
その分析は後だ。
セーヴは母の手を握ったまま、目をつむった。自身の体の中で流れる魔力を感じる。奇跡の力を体現するにあたり、それを正しく変化させる。
使用するのは浄化魔術。呪術に、聖魔術や治癒魔術は効かないのだ。
浄化魔術を使用できる人間は非常に珍しい。そもそも、魔術を使える者が全国民の五割以下なのだから、その確率は推して知るべし。
なので、セーヴが帰るまで誰も何も手を出すことができなかった。
その時間の中、母にかけられた呪術は急速進行していったようだ。この呪術の術者は、とんでもなく優秀な者に違いない。
(けど、問題ない。僕ならばこの程度!)
パキン、とガラスが砕ける音がして、セーヴの母が「ゲホッ」と咳をした。それから彼女はハァ、ハァと息を整える。
先程まで真っ白だった顔が戻っていく。高位貴族らしい凛とした覇気が灯っていく。
セーヴは母の手を離し、瞳を輝かせて彼女の顔を覗き込んだ。
「母上!」
「有難う、セーヴ……そして、良く聞きなさい」
「はい」
「何者かが、わたしを謀った……この陰謀は、許すべきものではない……」
「はい、必ずや、真相を解き明かします」
これが、グレイスタール侯爵家の強み。団結力。女も男も等しく強く、凛々しく、たくましい。だからこそ、彼らは高位貴族足り得るのだ。
母に命じられたセーヴは、言われずとも、という表情で頷いた。
二話にして急展開^^;




