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悪役令嬢が処刑された後  作者: Estella
第一歩は復讐の開始です
16/96

12.その日、盗賊軍の休暇です

 鳥のさえずりが聞こえて、水色の髪をした少年は静かに頭を上げた。その腕の下には最後のページまでめくられた一冊の手帳がある。

 少年――セーヴはひとつあくびをして、手帳に視線を落とした。


「あぁ……僕、あのまま寝ちゃったのか」


 伯爵の葛藤だらけな日記は確かに、インステードの言う通り『キツイ』ものであった。

 確かにインステードにしたことは許せないし、ティアーナの処刑に関わっていた事だって分かり、復讐したことには少しも後悔していない。

 むしろ痛みを味わわせずに殺してしまったことをちょっと後悔しているくらいだ。

 だけれど、皇帝が伯爵の人生を歪めてしまったのは確かだと思う。

 人の心の傷に付け込んで洗脳した皇帝は、人間としての理性を捨てて復讐の鬼になろうとしているセーヴから見ても最低な王だ。

 セーヴが思わず深く考えこんでいると、司令塔テントの扉部分のチャックが開かれた。


「あ、インステードちゃん」

「いないと思ったら……なるほど、日記を見たまま寝たの?」

「うん。遅い時間だったし、内容もわりと」

「そりゃそうなの。わたしが見たあの人の最後の表情は確かにニヤニヤしてたけど、あれはどっちかと恍惚の表情で……正直ちょっと怖かったの。そんな人の日記だし」

「うーん、確かに、ずっと皇帝を熱弁してたなあ……」


 凄まじかった日記でのラブコールを思い出して、セーヴは身体がぶるっと震えるのを感じた。インステードが気の毒そうにこちらを見て目を細めている。


「それで、役に立ちそうな内容はあったの?」

「うん。皇帝の持つ国宝の武器、グングニルについてとか。ティアーナが洗脳呪術をかけられていた、とか」

「はぁ? ティアーナさんが見破れないってことは、遠隔呪術よね?」

「だろうねえ。一ヶ月も良く準備したものだよ。まあ、これでティアーナ処刑の真相がまたひとつ、分かった」

「ちょっと納得できたの。あのティアーナさんが嫉妬に狂って女をいじめるはずないの」

「僕もそれは思ってたんだ。洗脳で嫉妬心を増幅するなりなんなりされたってことなら、納得できるよね」


 セーヴとインステードは肩をすくめた。普通の洗脳術ならば、一週間で術が完成する。ましてやルザル伯爵のような天才ならば、三日も必要ないだろう。

 しかしそれは、相手を魔術陣に呼び込む必要がある。

 それができない場合は、遠隔操作で洗脳を仕掛けるしかない。相手も気付けない代わりに、ルザル伯爵のような天才ですら一ヶ月の準備が必要だ。

 今回の場合、ティアーナは遠隔洗脳をされたのだろう。

 これならば相手がいくら魔術に精通していても、気付くことはない。セーヴやインステードには呪術耐性スキルがあったが、ティアーナにはなかったのもまた問題だった。


(僕が気付かなかったのも、また問題だよなあ、あはは……)


 重くなり始めた自分の思考を振り払うために、セーヴは無理して笑みを作った。


「それで、みんなは今何をしてるの?」

「あんたのまとめた資料を参考に、魔術やら手作りやらで建物修復したり建てたりしてるの。わたしもそろそろ持ち場に戻らないと」

「えっ!? 僕が寝てる間に皆はそんな事を!? ごっ、ごめん!」


 慌てて立ち上がろうとしたが、インステードが空気を操ってセーヴに重力をかけ、無理矢理椅子に座らせた。


「全然いいの。むしろあんた働き過ぎってみんな言ってたの。資料は貰ってあるわけだし、あんたはちょっとここで休んでるべきなの。作戦指示司令官なんだから、あんたが疲れてちゃ士気も下がるの」

「インステードちゃん、もしかして……心配してくれてる?」

「ふん。あんたは司令官なんだから当然なの」


 ぷい、とインステードは顔を背けた。そして、魔力で車いすを動かすとテントの扉のチャックを開けて出て行った。

 セーヴは彼女の気遣いを感じて、聞こえはしないだろうが「ありがとう」とぽつりと呟いた。

 思えば、寝るときも作戦の事を考えてばかりで満足な睡眠は出来ていない。仮にも副司令官なのだからしっかりしなければ。

 そう思ったセーヴは伯爵の日記を机の端に置き、目を閉じて机に伏せた。



「そっちー、縦10センチ横12センチの木を切るっす! ちょっ、手でやるなっす、インステード様がジョウギってのくれたじゃないっすかーっ! あ、そっちは修復っすから、薄い木で大丈夫っすー!!」


 一方街の修復は、辺境中心街であるグレシアまで進んでいた。インステードが一時不在の今、指揮を執っているのはレンだ。

 盗賊軍で鍛えられた大声をふんだんに使い、レンはてきぱきと指示を飛ばす。

 その肩に、小さな手が置かれた。インステードだ。


「あ、あれっ?」

「ちょっと休むの。水、持ってきたの。その辺の日陰空いてるから、行ってきなさい。指揮はわたしが代わるの」

「い、いいんっすか?」

「つべこべ言わないの。明らかに疲れてるの。一応休暇なんだから休暇らしくするの」

「あはは、ごめんなさいっす。じゃあ、この水、有難く頂戴するっす」


 インステードは水袋をレンに渡すと、一も二もなく指揮を執り始めた。時には遠いところから困っている者の建築を魔術でサポートしたりしている。

 確かに疲れていたので、レンは有難く日陰に座って水袋を開け、水を飲む。

 季節は春ではあるが、太陽の下でこれだけ運動していれば夏と同じくらい暑い。


「はあ! やっぱ冷たい水っすよね~!」


 水をがぶ飲みして――ふと、思い出す。


 ――運動した後に冷たい水を飲むととってもすっきりするの。ほら、飲んでみてくださる? そうしたら分かりますから。


 鈴を転がしたような軽やかで美しい声。

 思い出さないようにしていたのに。思い出したら、『自分』が崩れるほど悲しみが押し寄せると分かっているのに。

 それでも、ティアーナの記憶は容赦なくレンの中で甦る。


「っやっぱ、限界、だったんすかねぇ……?」


 絞り出した声はほんの少し震えていて、掠れていた。そこでやっと、レンは自分が泣きそうになっていることに気付く。

 また、兄の様子を実は遠巻きに見ていたレイも、もらい泣きを食らった。


「ったく……そんなキャラじゃ、ない……俺は、耐えられる……」


 そう呟いて、レイは兄から顔を背け仕事を再開した。



 一行がテントに戻ったのは夕方だった。一行は戻ると、すぐにテントに入る者や少し外でぼうっとしたり駄弁る者と様々に分かれる。

 アリスとレイナのいるテントでは、親子なのにしぃんと静まり返っていた。

 それもそのはず。レイナが自身の指輪を見つめていて、アリスは自分のブレスレットに視線を落としている。


(ティアーナさんがいらっしゃらなかったら、結婚の証なんてなかった……)


 レンはこの盗賊軍の中で、唯一の元貴族。盗賊側に寝返ったことにより、賞金首で捕縛・殺害令が出ている。

 まあ男爵以下の騎士爵の息子で賞金も少なかったので、この話が有名になる事はなかったのだが。

 それでもやはりレンが人里に出ることは危険。だから――


 ――指輪がない、ですか? それはいけませんっ、結婚の証は必要ですわ!


 ――自分もそう思うんっすよ? でも……。


 ――じゃあこうしましょう! お二人で好きなデザインを描いて? 私がオーダーメイドで発注しますから。


 ――えぇっ!? いやいや、そんな! そこまでして頂くわけにはいきません!


 ――いいのです、これでも私、女の子で。恋の話とか大好きなんです。だから、指輪が届いたら恋のお話、たくさん聞かせてくださいね?


(ティアーナさん……)


 レイナの目がうるっ、と潤った。今盗賊軍の士気が必要な時に泣いてはならない。泣いたら、崩れてしまう。

 そんなレイナの耳に、一生懸命嗚咽を耐える声が届いた。アリスだ。

 アリスはブレスレットにずっと目を落としている。


(ティアーナおねーさんからの、プレゼントなのです……)


 誰よりも、師匠であるセーヴよりも澄んで見えた少女、ティアーナとの記憶。


 ――うわぁぁぁん!


 ――どうしたの?


 ――となりの子、虐めてくるのですぅ! っ髪飾りぃ、アリスの髪飾り……。


 ――うーん。それじゃあ、私のブレスレットをあげるわ。髪飾りとは代えられないけれど……。


 ――わぁっ! きれい! アリス、こっちの方が好きなのです! ありがとなのです!


 ――好き? 良かった。泣き止んだわね。さ、もうすぐご飯の時間でしょう?


 あのブレスレットは公爵家の令嬢が身に着けられる程の、まごうこと無き名品。それを、今より幼かったアリスも理解していた。

 だから大切に大切に肌身離さず着けて――こうして、形見になってしまったけど。

 アリスはいつの間にか涙が溢れかけているのを感じた。


(だめっ! みんな頑張っているのです! アリスだけが泣いちゃダメなのです!)


 アリスはごしごしと強く袖で涙をぬぐい、両手を拳にして意気込んだ。



 一方、エリーヴァスとグレイズは外にて二人で酒を飲んでいた。いかにも秀才らしきエリーヴァスと、いかにもチンピラな(あくまでも)見た目なグレイズ。

 似ても似つかない二人に見えるが、実はその仲はわりと良い。一緒に酒を飲み交わすくらいには。


「一緒に酒を飲むんは、何か月ぶりかねぇ」

「三ヶ月くらいだと思いますよ。……最後にティアーナさんがいらっしゃったのが、三ヶ月前ですからね」

「そう、だったな……」

「いつもこうしているとティアーナさんが『楽しそうですわね!』と言って混ざってくださって……」


 エリーヴァスは視線を酒の中に落とした。酒の中に映る自分の顔は、なんともつらそうな顔をしていた。

 見れば、グレイズが心配そうにエリーヴァスの方を見ていた。


「お前さん……」

「大丈夫ですよ、リーダー。軍に不和を招くつもりはありません」

「心が壊れんか心配なんだ」

「そんなのみんな一緒ではありませんか。リーダーだって、耐えてますよね?」

「っ……」


 エリーヴァスはグレイズの手元を見た。ぎゅ、と水袋を握り過ぎて変形させている。幸い、もう酒は飲み終わったようだが。

 心が無事な人間なんて少なくともここには誰もいない。エリーヴァスは自虐的な笑みを浮かべた。

 すると唐突に、記憶が浮かんだ。


 ――私はダメな人間です……何ひとつできっこない。グループの足を引っ張るばかりです。


 ――っそんなことない! エリーヴァスさんはみんなによく弄られますけど、それを嫌とも思わずに笑いを取ってくれる立派なムードメーカーです! 治癒術だってプロレベルですし、薬草にも詳しいではありませんか!


 ――笑いなんてレンの方が取れますし、治癒術ができる人は何も私だけじゃないですし……薬草は、実はリーダーの方が詳しいんです。


 ――じゃあ、じゃあこうしましょう。私、エリーヴァスさんに文字の書きと読みをお教えしますわ!


 名案とばかりに手を叩いて微笑んだティアーナ。彼女のおかげで、エリーヴァスは死んだりせずにここにいるようなものだ。

 文字が書けるようになって、読めるようになって、ほとんどの事務仕事を任されるようになった。

 達成感を感じ、ようやくエリーヴァスはここにいる意味を見つけることができて。


「……いけませんね、今日のお酒は美味しく飲めそうにありません。今日は、ここでお開きといきますか」

「あぁ……それが、いいな」


 エリーヴァスは肩をすくめて立ち上がると――二人はそれぞれ反対方向にある自分のテントに向かった。



 深夜、セーヴは中々寝られず夜風に当たっていた。そんな彼の背中に、インステードは声をかける。


「眠れないの?」

「うん。色んな考えが、頭に浮かびすぎて」

「……無理は良くないって、言ってるの」

「無理はしてないよ。ただ、色々思い出しちゃって。みんなもなんかそういう気分だったと思う」

「確かに、思い出さない人はいないの。静かになって、時間ができれば……余計に」


 ティアーナの事だということを、インステードだって察している。自分も思い出すのだ。どんなに困った時もティアーナが華麗に解決してくれた記憶を。

 思い出すと、ティアーナを処刑した者達への怒りが沸々と湧き上がってくる。

 奥歯をぎりぎりと噛み締めていると、セーヴが唐突に天を仰いだ。


「えっ」

「駄目だ、いけないね。副司令官の僕がこんなんじゃ……みんなっ、付いてきてくれない……」

「あんた……」


 その腕で目を押さえているようだが、袖にじわじわと涙が染みついているのがインステードにも見える。


「僕は、きっと無辜の民も手にかけなければならない」

「そりゃ、そうなの。わたしからすれば『知らない』も罪なの。まあ、彼らにとっては理不尽でしかないでしょうけど」

「ティアーナは、知ったらきっと凄く怒る」

「うん。あの人はわたしの知る中で一番優しい人なの。自分のために色んな人を犠牲にする、そんな事絶対しないでって、あの人ならきっと言うの」

「……僕もきっと、あの伯爵と、あの狂信者と何も変わらないんだろうな」


 ただ、伯爵は皇帝に操られていた、というだけ。皇帝の命じる事以外は何もできないという事を抜けば、セーヴだって彼と同じだ。

 だがしかし、セーヴには誇りと確信がある。

 自分のしていることはいずれ正義になる、と。後世でティアーナに罪がない事が暴かれれば、皇帝も皇族も貴族もまとめて悪人になるのだから。

 でも――おまえだって変わらないじゃないか、と言われれば、反論はできないかもしれない。

 『これ』はあくまで復讐なのだ。復讐は、客観的に見れば正義の欠片もない。


「――なら、きっとわたしはあんたよりも酷いの」

「……そっか」

「もう寝るの。夜風、冷たくなってくるの。副司令官が風邪なんてひいちゃダメなの」

「そうだね。って、あれ?」


 最後に涙を拭ってから踵を返そうとしたセーヴだが、あるものを目にとめて振り返る。はるか遠くの山道を指さす。

 セーヴもインステードも人類を突破した視力を持っている。だから、見えるのだ。


「あの馬車……ここに向かってる? 敵? 堂々とし過ぎでしょ」

「明日の朝には着くかしら、あれ。じゃあわたし、ちょっと早めに起きるの」

「じゃあ僕も。それじゃ、おやすみ」

「……おやすみなの」


 インステードは少しためらいながらも、手を振って自身のテントに向かっていくセーヴに声をかけた。

 彼の背中がテントに消えていくと、インステードも車いすで自分のテントに向かった。

休暇の恐るべしハードさ(笑)

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