11.その頃、帝国にて
帝国首都、フォルスナー。多くの屋台が立ち並び、冒険者、商人、武器屋、鍛冶師、魔術師、獣人など様々な目的と種族の者が入れ代わり立ち代わり道路を埋め尽くしていた。
そんな首都フォルスナーの最も広い一本道路では、号外を告げる声が激しく飛び交っていた。
それほど賑やかなのに、人々の顔を見れば純粋無垢な笑顔を浮かべている者は少ない。
「号外――!! 号外ッ!! セーヴ元侯爵令息率いる慈善盗賊軍フィオナが辺境地マグンナを征服!! 号外ー、号外――!!」
大量の新聞紙を掲げながら、少年が大きな声で叫ぶ。ただ、その顔にも困惑が滲んでいる。自分の叫んでいることが信じられないのだ。
見れば、他の人々もこの号外には戸惑っているようで、その分新聞を買う者は多かった。
そして新聞を確認し、侯爵家がセーヴの反乱を発表したと知ると、更にざわめきは強まる。
「号が――――い!! セーヴ元侯爵令息は実は悪魔に憑かれていたと、公爵家が公表していま――す!! ご――うがーい!!」
元気な少女の叫び声が人々の耳を震わせる。この内容もまた、人々にとっては驚き以外の何物でもなかった。
確かに悪魔、天使、神といった存在を人々は信じているし、実際に神殿では聖女と呼ばれ、神の声を聴くことができる者もいる。
だから人々は最初は驚いたが、徐々に納得していった。
「そうよねぇ……あのセーヴ様が、反乱なんて起こすはずがないもの」
「そうよそうよ。だってあんなに温厚で堅実で……この先の未来を作ってくださると思っていましたのに……」
「なんてことだ……! セーヴ様が居なくなったら、この国の未来はどうなっちまうんだ!」
「いや、むしろいいんじゃね? この国の政治を反乱で変えてくれるんじゃねーの?」
「オイこら、貴族に聞かれたらクビ飛ぶぞ!」
「ってかさぁ、やっぱりティアーナ元公爵令嬢に呪われちまってんじゃね?」
「うわっ、死んでもこいつ諦めねぇの?」
「将来有望な貴族を片っ端から潰して帝国をぶっ壊す算段か?」
「ちょっとあんた達、無礼なこと言い過ぎちゃ本当に殺されちゃうわよ? 今あなた達が言った通り、本当に呪われても知らないんだからね?」
セーヴ・グレイスタールは人々にとって貴族の星の一人であった。人々が希望を寄せる貴族は数人いるが、その中で最も若いのがセーヴだ。
なので、セーヴが反乱を起こしたと聞いた人々は信じられなかったに違いない。
人々の目に映る彼は、温厚で誠実で、誰にも優しく平等な存在だった。事実、確かにセーヴもそう思われるような行動を多くとっていた。
だから、『彼』が反乱を起こしたと言われるよりも、悪魔が憑いたと言われた方が説得力がある。
そして、当てずっぽうでティアーナに罪を着せる者達は知らない。
ティアーナに欠片も罪がない事も。
彼らの最期は、その事実だけを知らされて許しを乞うても無残に殺される、ただそれだけなのだということも。
〇
実は、ティアーナの味方はセーヴ達と盗賊軍だけではない。広大な自室の一角で、腕を窓枠に乗せて憂い顔で外を眺める少女。
銀の混じる金髪と蒼い瞳を持つ彼女もまた、ティアーナの優しさを知る人物であった。
「セーヴ・グレイスタールさん……。私もパーティーで何度かお会いしたことがあるし、ティアーナが私に彼の話をたくさんしてくれたわ……」
そして――家族の中で、唯一のティアーナの味方でもあった。
公爵家次女、システィナ。次女でありながら、公爵家は男尊女卑。家庭内序列的には十二位で、大した立場はない。
また、公爵家の女性は公爵家に身を置いている限り、結婚すると必ず五人以上の子供を当たり前のように産む。
その結果、今のような大家族が出来上がっている。
男が十人、女が六人という、貴族の中ですら稀に見る数字だ。
「きっと……ティアーナの処刑が理由よね……」
セーヴ・グレイスタールがティアーナに向けていた感情が何なのか、システィナはとっくの昔に見抜いていた。
だから、彼が悪魔に憑かれたなど嘘で、ティアーナのために反乱を起こしたと推測する。
システィナだって、出来るならばティアーナのために命乞いしてあげたかった。
だが、自分だって公爵家の中で立場があるわけではないし、特別な才能があるわけでもない。命乞いをしたってティアーナが助かるはずはなく、自分も命を落としてしまう可能性すらあった。
「情けない……歴史ある公爵家の娘でありながら、私は……」
システィナは自分の顔を腕の中に埋めた。その肩が微かに震えている。
「ティアーナ……ごめん……ごめんねっ……!」
静かな部屋の中に、小さな嗚咽が漏れる。システィナは自分の唇を強く噛んで嗚咽の声を出さないようにしていたが、押し寄せる悲しみに耐えられなかった。
しばらくして、システィナは服の袖でごしごしと涙を拭って顔を上げた。
「私――」
その表情は、決意と覚悟に満ちていた。
〇
兵を持たない男爵以下の貴族を除いて、男爵、子爵計三十七家の当主が広大な会議室に集まっていた。
主席に座るのは、子爵家の中で最も有力と言われ、伯爵に上がるのも時間の問題とすら噂されるリムリズ家当主だ。
リムリズ子爵の前に置かれているのは、黄金のライオンの紋章――皇帝の紋章が刻まれた封筒。彼は、重々しく口を開いた。
「子爵、男爵を暗黙の了解でまとめている私の元に、皇帝陛下から書状が届いた。その書状の通りに、私は男爵家、子爵家全ての当主にここへ集結していただいた。この意味が、分からんものはおるか?」
「集団攻撃、ということですよね?」
「うむ」
右手を上げてリムリズ子爵に応えたのは、彼の右腕と呼ばれ男爵家のリーダーでもあるクレル家の当主である。
クレル男爵の言葉に、分かっていた事ではあるが三十五名の当主はざわめいた。
そのざわめきは、リムリズ子爵が静かに右手を上げたことによって止められた。
「諸君、騒ぐ必要はないだろう。向こうは僅か三十人程度。我々の持つ兵をかき集めれば、五千はあつまるであろう? これで勝てんはずがないではないか。確かにセーヴ元侯爵令息は強いと噂されていたが、所詮は人間の範疇。皇帝陛下はいつもおっしゃられていたではないか、『戦は数だ』と」
「たっ、確かに……」
「それに、ここにいる皆さんが私財も払えば、一万の兵は集まるのではありません?」
「い、一万……!」
「さすがはクレル男爵とリムリズ子爵! 聡明であられますな……!」
リムリズ子爵の冷静な説得と、クレル男爵が明確に示した数。安心感のある一万VS三十という数字は、貴族達を安心させるには十分だった。
「それに、私達が散らばってたらいずれ攻め込まれると思いますよ? 一家ずつ片っ端から潰されていく前に、こっちから集中攻撃をすれば何とかなると思います」
「クレル男爵、まだ二十代ですのに、何と聡明なことか」
「感心しましたよ」
「いやいや、そんな。リムリズ子爵のおかげですよ」
ふんわりと笑みを浮かべる優男のクレル男爵は、すっ、と何処からともなく辺境地マグンナの地図を取り出した。
するとリムリズ子爵はふ、と笑い、懐から何十枚もの地図を出して全貴族に配った。
「っさ、さすがリムリズ子爵、私はまだまだ及びません……」
「君も全員分のペンを持ってきているだろう?」
「た、確かにそうではありますが……みなさん、私のペンをお使いください」
リムリズ子爵はクレル男爵の言葉に肩をすくめながら、クレル男爵の差し出すペンを受け取った。彼はそのまま三十七人全員にペンを行き渡らせる。
「さて……クソ平民どもの噂って、今どうなってます?」
「んーっとぉー。まだ貴族への悪評は無いですよぉ。何かセーヴ元侯爵令息の反乱が、ティアーナ元公爵令嬢の呪いのせいにされてはいますねぇ」
「……ふん。それはいい。悪魔と大魔女……信憑性のある噂ではないか」
「ハハッ、リムリズ子爵、ジョークも上手いですね! ハハッ、笑いが止まりませんよ」
クレル男爵の言葉に応えたのは、通称『クレル男爵の情報屋』、レッタ男爵。オネエ気味の口調と体のくねらせ方ではあるが、その情報は正確だ。
その情報を鼻で笑ったリムリズ子爵。彼のジョークにクレル男爵を筆頭に貴族達が爆笑する。
貴族たちの反応に満足したリムリズ子爵は、ペンを取ってマグンナの地図にさらさらと文字を書いた。
「此処が彼らの拠点だ。ここを基準に、計画を立てていこう」
「「「はいっ!!」」」
「完膚なきまでに叩きのめしてやろう……捕まえたらどうしてやろうか……ハハッ、ハハハハハ……!」
リムリズ子爵は口角を吊り上げる。
そうして、リムリズ子爵を筆頭とした貴族たちの密会が本格的に始まった。
帝国では色んなことが起こりつつあるようです……!
さて次回こそ、セーヴ達視点です!よろしくお願いいたします<m(__)m>
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