呪術伯爵の記憶―①
私は、呪術の神童であった。貴族の中では貧しい方な男爵家に生まれた私は、この家にとって英雄のようであったに違いない。
生まれた当初誰も私の才能を知らなかった時、両親は変わらぬ愛を兄弟全員に注いだ。
けれど五歳のあの日、私の人生そのものが変わった。貧しくとも良い、家族と共に幸せに一生を終えるという私の描いていた人生絵図は、崩れた。
〇
神殿の優秀な神聖魔術師は言う。私はこの国最強の呪術師となるだろう、と。周りの誰もが私を称賛する。
兄弟は私から遠ざかった。両親は私に全てを注ぐようになった。
六歳になって、私はようやくわかった。両親は私が幸せだとずっと思っていた、『貧しくてもいい』生活を、ずっと不満に思っていたのだ。
そして私がそこから抜け出すチャンスだったのだろう。利用されているんだ。
「ルザル! なんですのそのへなちょこな呪術は!! 貴方ならもっとできるでしょう!! もう一度やりなさい!!」
「……はい」
でもその生活は、私にとっての地獄でしかなかった。上手く呪術ができれば褒められるが、上手くできなければ大変な罰が下される。
ご飯が抜きになったり、暗い地下室に閉じ込められたり、時には骨が折れるまで殴られたことだってあった。
今日も上手く呪術を扱えなくて、私はぎりぎり体が入るくらいの箱の中に詰め込まれた。
(何で……私ばかりが……)
外から、きゃいきゃいと子供の楽しそうな声が聞こえてくる。母が窘めながらも子供を心配する言葉が耳に入る。
それはかつて私が持っていたものだった。そして私が失ったものでもあった。
けれどある日、皇帝陛下の使者を名乗る男が来た。両親共々最上級のもてなしをした。しかし男は一度も表情を変えはしなかった。
男が両親に手渡した書状には、確かに皇帝陛下の紋章が押してあった。
内容は、両親と共に私が皇城に向かえ、という命令だった。お願いではない。拒否権がない。
勿論両親がこのチャンスを逃すはずもなく、私はすぐに両親と馬車で皇城に向かった。
〇
初めて入った謁見の間の光景は、あの頃の私の語彙力では説明ができない。ただただ、キラキラしている、凄い、という二つの感想が頭に駆け巡った。
特にふかふかなレッドカーペットは、密かに私のお気に入りとなったに違いない。
親と侍女から叩き込まれた礼儀作法を総動員して、早くこの時間が過ぎて欲しいと願う私に、皇帝陛下が声をかけた。
「面を上げよ、ルザル・マティ」
「はっ」
初めて見た皇帝陛下の姿は、本当に凄かった。一瞬、息ができなかった。五臓六腑が潰れてしまうような感覚がする。
それほどに威圧感があって、しかし優しさもあった。
「選べ。私がおまえに『ティーン』の家名を与え、伯爵として独立するか、マティ男爵家で過ごし、国からの援助金を毎月貰うか。おまえは天才だ。選ぶ権利がある。例え伯爵になる事を選んでも、私がおまえを守るさ」
「守って……下さるのですか?」
「「ルザル!!」」
ニヤリと口角を上げて言い渡された皇帝陛下の令。迷うことなく前者を選びたかった。皇帝陛下のお言葉は、地獄の底に落ちた私を天国に召し上げるほど有難いものだった。
けれど、両親はそれを許さないようだ。当たり前だ。後者を選べば、毎月のように大金が手に入るのだから。
両親としてはもちろん私に後者を選んで欲しいだろう。
そして彼らは私が必ず話を聞くと思っている。そうだろうな。ずっと、調教してきたからな。
だが、皇帝陛下は私に言った。
――私には、選ぶ権利がある。
と。
信じたかった。初めてかけられた言葉だったから。
信じてもいいのかな、という思いを込めて皇帝陛下を見上げた。皇帝陛下は私を見つめ返した。大丈夫だ、とその瞳が言っている。
「私は――伯爵として、独立します」
サァァ、と両親の顔が真っ青になる。だがもちろん、こんな公共の場で私を殴るなど許されない。だから。
「こっ、皇帝陛下!! これは彼の狂言です!!」
「そうです! 一時の気の迷いに過ぎません! 本気にされないでください!」
両親の言葉に、は、と思う。もし皇帝陛下が私の言葉を信じてくれなかったら終わりだ。
だって両親は大人だ。やっぱり私の言葉なんかよりも、信憑性が――
「黙れ。私は貴様らの発言を許してはおらん。そして、私はルザルに選ぶ権利があると言った。ここで私が貴様らの言葉を認めれば、私は嘘をついたことになる。貴様らは私に、嘘をつかせることとなるのだ」
「「ひっ……!」」
「何と無礼な……」
皇帝の隣に立つ宰相がぼそりと呟いた。皇帝陛下を恐れた。こんな公共の場で、小さいながらも悲鳴を上げた。
それは十分皇族侮辱罪にあたる、と私は昔見た貴族指南書に書いてあったのを思い出した。
でも不思議と、実の家族なのに悲しみなんて全くなかった。助けたいという感情なんて微塵もないのだ。
「では、ルザル・ティーン。これより貴殿を十五歳、最年少伯爵として迎える。この謁見の間に残るがいい。その他は帰りたまえ。もちろん男爵と男爵夫人もだ。彼はもう貴殿らとは関係がない」
「こっ、こんな横暴な事が許されるのですか……!」
「ここは私の国だ。少なくとも今は私がいいと言えばそれはよしとなる。それとも貴殿らは、代替わりを望むのか?」
それはすなわち、皇帝陛下に死ねと言っているも同然。皇帝陛下の護衛達が一斉に剣を抜いた。両親は顔面蒼白になって倒れ、騎士達に引きずられていった。
それから皇帝陛下のお言葉で貴族の方々も退出していって、謁見の間には私と皇帝陛下だけが残った。
跪いて顔を伏せたまま、黙って皇帝陛下のお言葉を待つ。正直、顔を伏せていないと泣いているのがバレてしまうから。
「ルザル、気分はどうだ」
「はい……とても、良いです……」
声が、震えていた。これでは泣いているのがどっちみちバレてしまうではないか。
「よい。泣きたい時は泣いた方が身のためだ。好きに叫んでも構わん」
「うぅぅう、うぁああ、ぁ」
「遠慮するでない。私は確かに皇帝だが、たまには一人の父でもあるのだぞ」
「ぅ、う……ぁああ、うぁぁああああああッ―――――!!」
不敬罪になっても構わなかった。もう我慢できなかった。ずっと心に蓋をしていた防波堤が、ボロボロと崩れていったから。
たぶんもう、とっくに我慢の限界だったのだろう。
そんな私を、皇帝陛下はただ見つめていた。私が泣き止むまで。
〇
ようやく泣き止むと、私は今自分がどれだけ煩かったのかに気付いた。
「も、申し訳ございません皇帝陛下!」
「よいのだ、ルザル。すっきりしたであろう?」
「はっ、はい……!」
「良い顔をしておる。今のそなたならば、きっと良い呪術師になれることだろう」
「ほ、ほんとですか……!? ありがとうございます!」
あれだけ叩き込まれた礼儀作法も忘れて、私は手放しで喜んだ。だって、こんな言葉かけられたことすらなかった。
ずっと「あんたなんかじゃいい呪術師にはなれない」と言われていたのだから。
その真逆な言葉で肯定されて、私はまた泣きたくなった。救われた気がした。
まだこの状況が信じられなくて、ほわほわした感覚を覚える私に、皇帝陛下はふと表情と雰囲気を変えた。
「……?」
「して、話があるのだ」
「何ですか?」
「その前に、ひとつ約束だ。何があろうと、私に従うか?」
「勿論です! 私にはもう、皇帝陛下しかおりません!」
壊れた心を修復した皇帝陛下に依存するのは早かった。きっと聡明な皇帝陛下ならば、私が陛下に依存している事くらい見抜けたはずだ。
そして、私は自分と陛下だけが幸せだと思える人生の道に突入することとなる。
回想です!
出来るだけ早くストーリーに入れるようにしますので、お待ちいただければ幸いです<m(__)m>
今はまだ皇帝陛下、いい人ですね。今はまだ。
皆様にお読みいただきありがとうございます!本当に感謝しています!
皆さまのおかげでジャンル別、恋愛日間8位を現在記録しております!
総合も46位になりました!
本当にありがとうございます!




