さらば王都
勇者と魔王が動き出す。
◇アーリア王国王都 神殿前広場
嬉しそうに魔王にお礼を言う勇者。
(ふむ。まあこの魔界最強の存在たる魔王の庇護下に入ったのだ。喜ぶのも当然か。)
「それでは行くとするか。」
「待って。」
嬉しそうな勇者の様子に気を良くした魔王。
早速王都から出ようとする魔王を引き留める勇者。
「なんだ?きちんとお前も連れて行くぞ。」
「大事な物が残ってる。」
そう言いながら勇者は、アーリア王都内で神殿に対を為して目立つ、大きな石造りの建造物、アーリア城を指さす。
「何だ?忘れ物か?」
「うん。」
「大事な物か?」
「うん。」
王都に連れて来られてから、フレアが寝泊まりしていた王城の離宮には、フレアの全財産でもある、背嚢が残っている。
背嚢に入っている服は諦められたが、短剣と指輪は諦められない。
「ふむ。」
フレアを見て少し考え込む魔王。
「今お前が城に戻り、城の奴等に見つかれば、連れ戻されると分かっていて言っているのか?」
「うん。分かってる。」
「そうか、、、」
フレアの言葉を聞いて、周囲の確認をする魔王。
広場に近づく気配に目配せする。
気配が移動した事を確認すると、フレアに近づいて質問する。
「俺がこの壇上に来た時の事。覚えてるか?」
「覚えてる。いきなり目の前に出てきてビックリした。」
あの時の事を思い出したのか、少し興奮した様子で話すフレア。
その様子に気分を良くした魔王は、自慢げに話を続ける。
「あれは魔法で俺の姿を見えなくなるようにしていたのだ。姿を見えないようにしてからな、壇のすぐ近くでお前が出てくるまで待っていたのだ。」
「凄かった。」
「そうだろうそうだろう。そこで壇上に来たお前が、何かしてくれそうな気配を感じてな。終わるまで待っていたのだ。壇上で剣を掲げる勇者。なかなか格好良く決まっていたぞ。」
魔王が剣を持って両手を上に掲げるポーズを取る。
少しドヤ顔をしているのがウザい。
「あれはやれって言われたからやっただけ。」
顔を赤くして反論するフレア。
本人はやりたくなかったようだ。
「そうなのか?なかなか盛り上がってよかったと思ったんだがな。まあよい。」
目を赤くし始めたフレアを見て話しを切り上げる魔王。
魔王は本気で格好良いと思っていただけに、少し残念そうにしている。
「本題はその魔法。『隠匿』の使用についてだ。」
「隠匿?」
初めて聞く単語にフレアが聞き返す。
「そうだ。この『隠匿』をお前に使って、忘れ物を回収してきてもらうつもりだ。」
「魔王様は来ない?」
「ああ。少し用事を思い付いたのでな。それを済ませてから、忘れ物を回収したお前と合流するつもりだ。」
そう言って神殿の本殿を見る魔王。
すぐに視線をフレアに戻す。
「この魔法にはいくつか注意点があるのでな。それを今から説明する。」
「分かった。」
視線のやり取りの意図に、フレアが気付いた様子は無い。
そのまま魔王は続ける。
「まずこの『隠匿』は姿が見えなくなる魔法だが、見えなくなるだけで触る事は出来る。なので人に触れる事が無い様に注意しろ。」
そう言って『隠匿』を使用し、姿を消す魔王。姿を消した状態でフレアの肩に触れる。
いきなり姿が消えた魔王に肩に触れられて、驚くフレア。
見えなくなった魔王の腕をペタペタと触る。
「この様に見えなくなるだけで、触ることも話す事も出来る。だから城に居る間は、声を出さない様に気を付けろ。それと勇者、そのまま俺の腕を思いっきり握れ。」
「分かった。」
魔王に言われて見えない腕を思いっきり握るフレア。
すると消えていた姿が一転、フレアに腕を握られた魔王が現れた。
「このように一定量以上の魔力を伴った力が加わると、全身を覆っていた魔力の膜がはがれ落ちてしまい、姿が見える様になってしまう。後は結界に触れたり、魔力を伴った攻撃を受けるとダメだ。勝手に落ちてきた石がぶつかるのは大丈夫だが、誰かが魔力を込めて投げた石が当たるのは駄目だ。」
説明している途中で、大事なことを勇者から確認し忘れていた事に気付いて、勇者に確認を行う魔王。
「忘れていた。確認だがその忘れ物が有るのは結界の中か?結界ってわかるか?」
「わかる。城の中じゃなくて離宮だから結界は大丈夫。」
フレアが王都に着いて、案内された時に結界の説明を受けていた。
コクリと頷くフレアを見てホッと安堵する魔王。
説明が無駄にならずに済んだ。
「なら大丈夫そうだな。今からお前に『隠匿』を使う。終わったら城の正門前に来い。合流場所だ。」
頷く勇者を見て続ける。
「俺には『隠匿』の魔法効果が有っても、詳しい位置が分かるから、人にぶつからなそうな所で待ってろ。こっちから合図して回収する。」
「分かった。」
返事をしたフレアに向かって、『隠匿』を行使する魔王。
フレアの姿が見えなくなる。
「よし。これで見えなくなった。合図はお前さんの左肩を軽く3回叩く。合図された時に驚いて変な声を出すなよ?」
「しない。」
魔法をかける前の勇者の顔が、少し緊張している様子だった為、冗句で場を和ませようとする魔王。
見えない頬を膨らませて抗議するフレア。
残念ながら講義は伝わらない。
「こっちが先に終わるとは思うが、忘れ物の回収の方が早く終わるようなら、俺の作業を中断してそっちに行くから安心しろ。それじゃあ行ってこい。」
「行ってきます。」
魔王に返事をして走り出すフレア。
見えない勇者を見送っていた魔王の姿も消える。
広場から二人の姿が完全に消えた。
起きたら凄く寒くて驚きです。冬になった感じがします。