勇者様のお披露目
◇アーリア王国 中央神殿前広場
神殿前の広場周辺は、勇者の初お披露目を見ようと、大量の人々で埋め尽くされていた。
普段は自由に立ち入る事が出来る広場だが、これから勇者の初お披露目が行われる為に、広場への入場に規制が掛かっていた。
広場の入り口には衛兵が立ち、許可証を持たない人間の立ち入りを防いでいた。
そんな神殿前広場の壇上前では、沢山の貴人達が居た。
アーリア王国に招待された各国の王族や貴族等といった来賓達が、あまり広いとは言えないが、アーリア王国が用意したテーブルの上に用意された料理や飲み物を手に取って、席の周りで談笑している。
そして、来賓達の周囲には、各国自慢の騎士達が並んでいる。
身分の高そうな者達の後方に、アーリア王国の用意した騎士が並ぶ。
広場に来場している貴人に人が近づけないように配置されている。
そんな騎士達の正面、広場の後方には、かなりの身なりの良いもの達がそれぞれ、事前に用意されていた座席に腰掛けていた。
彼らはこの国だけでは無く、各国の商会の責任者や組合の責任者等といった、青い血では無いが金銭や権力等を持つ有力者達だ。
それら各国での有力者達が、広場の後列座席を埋め尽くしていた。
今日、この広場へ入れるのは、アーリア王国に招待された者か、この情報を事前につかむ事が出来るコネクションを持ち、神殿にかなり大口の寄付を行った者のみだ。
それでも、広場内後方に用意された座席は、人で埋め尽くされ、空席など見当たらない。
広場内に入れなかった一般の人々は、離れていても、少しでも良いから勇者様の姿を見れないかと、広場へと続く路に押し掛けた。
神殿周辺の、広場が見える位置に有る建物には、広場を向いた、窓という窓から人の顔が覗いていた。
そしてそれらの建物の、屋根上にまで人が上り、屋根の上から広場の様子を覗いている者まで居る。
今この時、王都中の人間が、広場へと集まり、期待に満ちた目で広場の檀上を見詰め、勇者のお披露目を待っていた。
神殿前広場の一画には、周囲よりも高くなるように造られた、白い石造りの檀が設置されている。
普段はこの檀上で、神官が広場に集まった信者を相手に説法を行っている。
そんな信者たちにとっては馴染み深い檀上も、普段と異なり、壇の周辺が白い陣幕で覆われていた。
陣幕と檀の周囲には、全身鎧を着用した立派な槍を持った騎士達が、警護に当たっている。
広場に用意された座席を囲むように、様々な楽器を持った楽団が、待機している。
暫くすると、待機していた楽団員は自身の楽器を確認していた手を止める。
楽器を構え、両手を上にあげ、静止した構えを執った指揮者の動きに注視した。
赤い服を基調とした豪奢な格好の貴人が1人、檀上の中央へ進んだ。
細身で神経質そうな顔をした、長い金髪を後ろで纏めた高年の男性貴人だ。
男性貴人が壇上中央にたどり着き、広場内を見渡す。
広場内の人間が静かになって自身に注目している事を確認すると、男性貴人は広場の人々に向けて宣告する。
「23代目 アーリア王国 国王 ギルランド アウグリファ アーリア国王陛下 御入場」
男性貴人が、特に大きな声を出した様子は見られ無いが、広場内の人々には、問題なく彼の声が届く。陣内で待機していた魔法使い達が行使している魔法のおかげだ。
指揮者が腕を振ると、楽団が荘厳なメロディーを奏で始める。
音楽が始まると、先ほどの貴人より豪奢な衣服に身を包んだ、恰幅の良い、高年男性が壇上に現れた。
顔は体形通りに丸みを帯びており、口と顎には、毎日手入れを欠かさずにしているのであろう、立派な白い髭が生えていた。
髪は白髪で首の長さで切り揃えられていた。頭上には金色に輝く王冠が有り、右手には金色の王笏を手にしていた。
彼が今代のアーリア国王である。
アーリア国王は壇上に姿を見せると、ゆっくりと檀上中央へと向かう。
アーリア国王が壇上中央にたどり着き、しばらくすると、音楽が鳴り止んだ。
音楽が鳴り止むと、高年貴人が宣告する。
「これより、23代目 アーリア王国 国王 ギルランド アウグリファ アーリア国王陛下より、重大な発表を告げる。」
高年貴人がそう告げて後ろに下がると、アーリア国王が前へと進む。
アーリア国王は周囲を見渡すと、ゆっくりと口を開く。
「この世界が、今代の魔王の恐怖に怯える日々が始まってから、既に600年以上の月日が経とうとしている。」
アーリア国王は苦しみに耐えるかのような表情で続ける。
「太陽暦が始まった1200年前、初めて勇者が誕生し、我々人族が憎っき亜人共を打ち破って亜人戦争に勝ち残り、生き延びた今日まで、我々人族の歴史は、ただひたすら周囲の脅威と戦う、闘争の連続であった。」
アーリア国王の演説が始まった頃、アーリア王国上空に黒い影が現れる。
だが、人々は全員壇上に注目しており、誰も気づく事は無かった。
「1200年前、邪悪な亜人共を駆逐し、ようやく手に入れたと思われた地上の安寧は、我らの平和は、突如として出現した、魔界へのゲートの出現により、夢と消えた。」
黒い影は辺りを見渡し、目的の場所を見つける。
「魔界に存在する、人族の宿敵たる魔族、その首魁である魔王に、人族は初めての恐怖を体験する。」
黒い影の正体は、魔王だ。
魔王は壇上の様子を見た。
壇上には弱者しかいない。
まだ勇者が出て来ていないようだと魔王は安堵した。
「それは、亜人戦争において無敗だった勇者が、魔王との戦いに敗れ、死んでしまった事だ‼」
一息付いて、魔王は自身に隠匿魔法を行使して、会場へと近づく。
「魔界の支配者、魔王の出現は、我々にとって正に、恐怖の象徴となった。」
冠被って偉そうだし、壇上で喋ってるこいつがこの国の王かな?
気持ちよさそうに演説してるアーリア国王を見て、魔王は勇者が出るまでは邪魔しないで話を聞く事にした。
「勇者が率いた魔王討伐軍出征は過去に6度行われた。勇者や討伐軍の目覚しい活躍により、いくつかの魔王の討伐に成功した。しかし、魔王討伐後、すぐに新たな魔王が誕生し、新たに生まれた魔王が勇者を殺害してしまった。現在、人族の希望たる勇者は、その全てが魔王に殺されてしまっているのだ。」
うーん。新たな魔王の誕生っていうか、俺が魔王になる前は魔王ってあっちこっちに沢山居たから、勇者がたまたま弱い魔王を倒して油断している所に、強い魔王に遭遇してぶち殺されたっていうのが正しいんだけどね。
「そして、今代の魔王は、二人の勇者を返り討ちにし、10年前、魔王討滅の遠征へと向かった先代のアーリア王国勇者が、あと一歩という所まで魔王を追い込みながらも、惜しくも敗れ去った事は、諸君らの記憶にも新しいであろう。」
10年前に勇者来たっけ?いや、、、10年前は確か俺が戦う前に、進軍途中で人間の討伐軍壊滅してたから勇者と俺は戦ってないぞ。
「諸君も知っての通り、魔王は討滅から年を空けず、すぐに誕生する。それに対し、我らの希望の星たる勇者は、100年に1度と言われる存在であった。」
まあそこらへんは文化と仕組みの違いかな?
俺が死んでも別の強い奴が魔王になるだけだしな。
「今までは、奴らに勇者が討取られれば、100年という長い時を魔族の影に怯えて過ごさなければならなかった。だが、今日からは違う‼我らアーリア王国人による真摯な祈りと想いが、太陽神に届き、今日、新たな勇者が100年を待たずして生まれた‼」
やたらアーリア王国って所を推すね。
「紹介しよう‼魔王をあと一歩迄追い込んだ猛者、先代アーリア王国勇者の血を受け継ぎ、太陽神より祝福された勇者、フレアである‼」
会場に勇壮な曲が流れ始めるが、それを掻き消すような歓声と雄叫びが起こる。
「「「おおおおおぉ!!」」」
陣幕から金の鎧を身に纏い、黄金の剣を右手に持った、勇者フレアが、ゆっくりと壇上を中央に向かって進んで行く。
壇上中央にたどり着いたフレアは、ゆっくりと黄金の剣を鞘から引き抜き、空に向けて掲げる。
その瞬間、広場周辺は、先程よりも大きな、体を震わせる程の大歓声に包まれた。
「「「おおおおおおおおおおぉ!!」」」
「「「勇者!勇者!勇者!」」」
勇者を呼び、その名を称える声で、広場は興奮の渦に巻き込まれて行く。
「「「フレア!フレア!」」」
そんな中、魔王は一人、微笑む。
「さて、そろそろ勇者とご対面といこうか。」
魔王はゆっくりと壇上へと進んで行く。
魔力で隠された魔王の存在に、誰も気が付かない。
この後、アーリア王国王都は興奮から一転、混乱の渦へと巻き込まれていく。
次回、やっとご対面。