勇者、王都へ向かう。
プロローグ前の勇者のお話です。
アーリア王国 山間部の村
「では、参ります。勇者様。」
御者の人がボクにそう告げると、馬車はゆっくりと進み始めた。
幼少期より育った村を出て、ボクは王都に行くことになった。
ボクが『勇者』だからだそうだ。
振り返って、馬車に付いた小さな小窓から、そっと村の様子を覗く。
(誰も見送り来てくれなかったな。)
小さくなっていく村を眺める。
誰も迎えに来てくれなかったのは、ボクが村で異物になってしまったからだ。
少し前に、びっくりするほど沢山の狼の魔獣が村を襲った。
戦える大人の数が足りなくて、村の皆が死んでしまうと思った。
だからボクは、大好きだった母との約束を破って、全力を出して魔獣と戦った。
早く倒さないと、村の皆が死んでしまうから無我夢中で、村を襲った魔獣をぜんぶ一人で倒した。
全部の魔獣を倒した後、全身返り血でベトベトして気持ち悪かった。
ケガしていないか皆に声を掛けようとしたら、避けられた。
それからずっと、村の皆からボクは、怯えた目で見られる様になった。
しばらくすると、村の皆から感謝の言葉を伝えられた。
追い出されるかと内心怖かったけれど、ボクが教会から追い出される事は無かった。
毎日きちんと食べ物ももらえたけれど、必要以上にボクと接触しようという村の人は、誰も居なくなった。
悲しかったけど、母さんとの約束を破った自分が悪いのだとあきらめて、我慢した。
そんな日が続いたある日、街の方からすごく豪華な馬車が沢山来た。
時々村に来る行商人の馬車よりも大きくて、豪華だった。
沢山の馬に乗った騎士様が護衛して進む行列は、凄かった。
その中でも一層豪華な馬車から、偉そうな神官様が出て来て、村長や普段ボクがお世話になっている教会の神官様と、村長のお屋敷で何かお話しをしていた。
教会の外で、日課の薪割をしていたら、何故かボクが村の神官様に呼ばれて、偉そうな神官様に会う事になった。
偉そうな神官様は、見かけによらず、ボクみたいな子供にもとても丁寧な言葉遣いだった。母と父の名前や、ボクの村での生活等、ボクについていろいろと聞いてきた。
「勇者様のお子様ですよね?」
最後にそう、偉そうな神官様に聞かれたのには困った。
お母さんに「自分が勇者の子供だと言いふらしてはいけません。」と言われていたからだ。
でもお母さんに「嘘をついてはいけませんよ。」と言われていたのでボクは正直に答えた。
「はい。お母さんにそう聞いています。」
そう答えると、偉そうな神官様は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
そのままボクにここで待っている様に告げてから離れると、別のお部屋で村長と話し始めた。
村長との話を終えた偉そうな神官様は、ボクが勇者様の子供で、ボク自身も勇者である事。
勇者であるボクには大切な使命が有るので、村から離れて今すぐにでも、王都に行かなければならないのだが来てくれないかと言ってきた。
村での生活が辛くなってきていたボクは、神官様の言葉にうなずいた。
母が死んでから、住む場所を教会に移された時に、殆ど私物が無くなっていたボクは、すぐに身支度を整えられた。
普段からボクの私物は、前の家に置いて有ったお父さんの物だったという背嚢に全部入れてある。
背嚢には衣服が少しと、母が大事に持っていた銀色の短剣。そしてボクの宝物になった、お母さんの形見の指輪が入っている。
背嚢を持って馬車へ向かうと、騎士様が案内してくれた。
騎士様が案内してくれた馬車に乗り込み、背嚢を座席に置いた後、外を眺めて待った。
しばらくすると、村長の屋敷から村長と偉そうな神官様の二人が出てきた。
屋敷から出てきた偉そうな神官様に向かって、嬉しそうに感謝の言葉を告げて頭を下げる村長が見えた。
鷹揚に手を振って偉そうな神官様が別の馬車に乗り込み、しばらくすると、馬車の列が進み始めた。
お母さんと育った村を出るのは、少し寂しい気持ちになった。
でも、今迄村から出た事が無かったボクは、これは、昔会った冒険者さんが話してくれた冒険みたいだと、少しわくわくした。
王都がどんな所なのか、いろんな想像をしながら馬車に揺られた。
勇者様の、ドナドナです。