第8話 「ミーニャさん攻略フラグが立った感じでしょうか」
「初めましての方は初めまして。そうでない方も初めまして。実況の女神シャーベットです。
前回までのあらすじ。無駄足を踏んで王都へ引き返している途中です。水増し回でしたね」
「あやうく仲間が死にかけたのに水増し回とかいうなよ」
岩雪崩の一件以後、特にトラブルはなく俺たちはダンビルの街へ向かうことができた。
あとはいつも通りに医薬品を作って販売し、そして一晩を宿で明かして王都へ向かう。
そんな日々を繰り返して王都に着くと、宝物庫から鍵を回収してランカスターの町へと再び向かった。
「要するに、鍵を回収してランカスターの町へ戻ってきたの一言で済むことですね」
「行って帰るだけで一週間近くかかってるんだけどな」
「人間と神では時間間隔が違うんです。常識で考えてください」
無茶ぶりをする女神シャーベットの実況というか無駄話を交えつつ、俺たちは勇者の盾が保管された洞窟へと足を踏み入れた。
「ところで、この世界が魔王の復活でピンチなのはよくわかったんだが……」
医薬品は不足し、国民は本来は敬虔だというのに、今では岩雪崩のトラップを仕掛ける山賊が横行しているのが現実。このままでは魔物に滅ぼされる前に、国自体が世紀末化しそうであった。
「魔王ってどこにいるんだよ。かつて滅ぼしたのなら、居場所もわかるはずたろう?」
そんな俺の疑問にサイファーが答えた。
「彼奴めは闇の世界に居城を構え、『門』を通じてこの世界に魔物を送り込んでいると伝承に聞きます。かつての勇者はその闇の世界へ乗り込んだのだとも」
「そうなのか……シャーベット。どうなんだ?」
「この世界には人間が暮らす世界とは別に、魔物たちが暮らす闇の世界が別のレイヤーとして存在しています。通常の手段では行き来できないようですね」
こういう時には、女神シャーベットは実に役に立つ解説をしてくれる。ダメ元で俺は重ねてシャーベットに質問した。
「シャーベットにはなんとかならないのか?」
「人間の世界と魔物の世界を一つにくっつけることはできますが、そんなことをしたら人類は絶滅ですね」
細かい仕事ができないのが、この女神の欠点だった。まあ俺も手加減のスキルを覚える前にサイファーを殺しかけたので人のことは言えない。
「サイファー前騎士団長には、闇の世界へ行く手段に心当たりは?」
「残念ながら……」
どうやら魔王を討伐するには、闇の世界へ行く方法を探し出さなければならないようだ。まずは勇者の装備を集めるタスクがあるので、それが終わってからでも問題はないだろうが、面倒な事になりそうだ。
「……まあ、ゲームでも情報収集は足で稼がなきゃならないもんなあ」
手当たり次第に声をかけて情報を集めるしかなさそうである。
「一応は聞いてみるけど、シャーベットは何か知らないか?」
「囚われの王女と『扉』には何か関係があるみたいですね。私も管理代行権限で調べてみます」
「助かる」
シャーベットに感謝をしつつも、そういえば囚われの王女がいるのだということを思い出した。すっかり殺されているのだろうと思い込んでいたが、わざわざさらったからには、魔王にとって何かしら意味のある事だったのかもしれなかった。
「どうやら勇者の兜のところまで辿り着いたようです」
サイファーの言葉に見てみれば、薄暗い洞窟の奥に立派な祭壇の間があった。魔法の灯りが部屋を照らしているようで、祭壇の中央に兜が置かれているのがよくわかる。
「よし。あれを回収すれば洞窟から出られるわけだ」
まさか罠なんて仕掛けられてはいないだろうが、用心するに越したことはない。パーティに盗賊枠のキャラが欲しいなあと思いながら、俺は祭壇の間へと足を踏み入れた。
「じゃあ兜をとるから、みんなはトラップを警戒してくれ」
「特に魔法的なトラップはないように感じます」
「物理的な罠もなさそうです」
レンとサイファーが見解を述べた。俺も魔法とかスキルとか、もっとたくさん身につけた方が良さそうだった。
「じゃあ、兜をとるよ」
祭壇の間へと足を踏み入れて、勇者の兜をとる。ヒンヤリとした感触は、長年誰も触ることがなかったという来歴と、放って置かれていたにもかかわらず新品同然という特別感があった。
(いま俺が使っている装備なんて、手入れを毎日しないと簡単に痛むのにな)
ゲームの世界と現実の大きな違いというところだ。それがこうしてメンテナンスフリーといった感じの装備を目の当たりにすると、なんともいえない特別感をおぼえるのだった。
「どうしたんですか?早く兜を回収して帰りましょうよ」
シャーベットに促されて、俺は手にした兜を被る。
すると兜は、まるで最初から俺が被るために作られたかのように、ちょうど良い感じで被ることができた。流石は勇者の兜といったところだろう。
「本当に装備できるんですね。勇者の兜を」
レンがボソリとつぶやく。これで彼女も俺の事を勇者だと認めざるを得ないのではないだろうか。
俺たちの旅は、毎日の医薬品作りで成り立っている。今日も勇者の兜を回収してから、薬草集めに向かうのだった。
「今日はもう日も暮れてきたから、あまり薬草は集められないな」
初日に王都で沢山の薬草を集めたから懐に余裕がないわけではないが、今日のように薬草集めが捗らないような日だってある。だから余裕があるから薬草集めなんてしない、なんてことはできなかった。
「医薬品を作れば、それだけ人助けにもなるからな。魔物が暴れているだけあって、どこでも不足しているよなホント」
「はい。勇者様のおかげで、多くの人の命を守ることができたと思います」
そう言ってミーニャが微笑む。
「ところでミーニャはどうして魔王討伐の旅に参加しようと思ったんだ?サイファーみたいに、国に仕えているからってわけでもないだろう」
サイファーは騎士としてレベルが高いし、レンも幼いながらも魔導士としては優秀だ。しかしミーニャは薬師としては優秀ながらも、戦闘能力があるわけではない。魔王との戦いになったら、隠れて応援してもらうくらいしかやることはなさそうだった。
「それは……王都でさえ、医薬品が不足している状態でしたから。勇者様のお供をすれば、少しでもよくできるんじゃないかと思ったんです」
「確かになあ」
医薬品が不足している状態で、真っ先に割り当てをもらえるのは魔物と戦う兵士や自警団だった。そうでない人々は首を長くして医薬品の供給を待ち、そして死んでいるのが現状だ。看護に割かれている人の数もバカにならない。
大神サトー……あのスケベ爺さんを神と崇めるレミ王国の人々は隣人を助け、困った人は見捨てずに生きるようにという神様の言葉を守って生きているのだという。
しかし幾度と宿に泊まるうちに気づいたのだが、そんな信仰も揺らいでいるようだった。足手まといの病人を始末した方が介護の手間も食料も節約できると囁く声が、俺の耳にも入るようになっていたのである。
「そう何度も勇者様が助けてくれるわけじゃない」
「余裕のあるうちに、いらない奴は捨ててしまうべきだ」
世の中は綺麗ごとだけでは回らないということか。シャーベットに言わせれば、そのカンストした能力でさっさと魔王を倒せばいいんですよ、との事である。ただ能力値が高いだけの人間にできることは、実は大したことはないのではないだろうか。
「勇者様……」
ミーニャの声に俺は考え事から意識を引き戻された。
「って、ミーニャ。泣いているのか?」
「私はもう、死んでいく人たちを見たくはありません。崖崩れがあった時に、勇者様が私を庇ったのには驚きました。勇者様が私を庇って死んでしまうと……」
あの時はミーニャだって危なかったと思うのだが、彼女にとっては自分のことより俺のことが全てだったようだ。
「お願いです。あんな危ないことはやめてください。私の為に死んでしまったらと思うと……」
「その心配はいらないよ。俺は勇者だ。無敵だよ。殺されたりはしない」
なにしろ能力値がカンストしてるんだ。あの岩雪崩だって、まったく痛みを感じなかったのである。
「まあ、怖くないかって言われたら嘘になるがな。けどミーニャを庇ってる時に、俺が頑張ることで守ることができているって実感が勇気になったんだ。
どんな時にも無敵でも、立ち向かう勇気が湧かなければ意味がない。だから、ミーニャがいてよかったと本当に思うよ」
「勇者様……はい。ううっ」
張り詰めていたものがほつれたのか、ミーニャは俺の胸に倒れて泣き出してしまった。俺はただ、ミーニャが泣き止むのを待つことしかできなかった。
「ミーニャさん攻略フラグが立った感じでしょうか」
「……そういえばいたんだな。出歯亀実況女神」
いい雰囲気を台無しにされてしまった。というか、美女が俺の胸を借りている状況が急に気恥ずかしくなってきた。
「さ、さあ。ミーニャ。そろそろ薬草集めようぜ」
「すっかり声が上擦って。前世は間違いなく童貞ですね」
うるさい。ほって置いてくれ。どうせ転生前の俺は童貞だよ。