第7話 「無駄に高い能力値がもったいない」
「初めましての方は初めまして。そうでない方も初めまして。実況の女神シャーベットです。
前回までのあらすじ。大金を得たことで、ようやく冒険の旅に出られるようになりました」
「あと、ミーニャが仲間になった」
「……はい。薬師が仲間になりましたね」
(自分より胸のでかいキャラには掘り下げる気がないのか。この実況の女神)
「……なんて冒頭では偉そうな事を言っていましたが、何か反論はありますか?」
「ないです」
いちいちツッコミ入れていたら面倒なことになりそうなので、俺は軽く流すことにした。
「一度に用事をすませれば良かったのに。おかげで王都に引き返す羽目になりましたね。無駄に高い能力値がもったいない」
「いや、本当にそうですね」
まだ不機嫌な女神シャーベットの気分を害さないように受け流す。実況以外に普段はさして役に立たないのだが、こいつは腐っても女神なので割と役に立つこともあるのだ。
俺たちは魔王討伐の第一歩として、かつて魔王を倒した勇者が使っていたという装備を探して世界の各地を旅していた。
どうして勇者の装備が各地に散逸しているのかは誰も知らない。きっと勇者には勇者の都合があったのだろう。そこは今となっては知りようがないことだ。
そんな勇者の装備の中でも一番手近にあるのが、ランカスターの町にある勇者の盾だった。馬車で三日ということなので、早速俺たちは向かったのだが。
「まさか、王都に保管されてる宝物庫の鍵が必要だなんてなあ」
その鍵がなければ、勇者の盾が保管されている洞窟に入れないことは、王都図書館の文献に書かれていると、洞窟番をしている兵士たちから教わる羽目になってしまったのだ。
というわけで、俺たちは鍵を取りに王都へ戻る羽目になっな。能力値カンストの影響で扉を破壊するなり洞窟を掘れれば良かったのだが、スキルや魔法で扉や洞窟が保護されているので、手が出なかったのである。
最高ランクの解錠スキルなら扉を開けられるとはシャーベットの解説であったが、それを習得しているのは一握りの盗賊だけだという。あと勇者の盾が実際に洞窟の奥にあることも確認したので、どうしても扉を開けるしかなかったのだ。
できれば内側から扉をあけて欲しかったのだが、見ることや解説はできても、物理的な干渉ができないのが女神シャーベットである。というわけで無駄足になったことだけを確認して、俺たちは王都へ引き返すことになったのである。
「それにしても、勇者の剣、勇者の盾、勇者の兜か。まるでどこかのゲームのようだな」
鎧ではなく兜、というのがまた謎な話だ。防具としては頭だけを覆う兜よりも、全身を覆う鎧の方が優れているはずである。
「なあサイファー前騎士団長。伝説の勇者って、どんな鎧を着て戦っていたんだ?」
「伝承では鎧について深く掘り下げられていません。ただ、ドラゴンの爪で鎧を酷く裂かれたという逸話があります。その時に鎧を新調して魔王と戦っているやもしれませんな」
勇者にとって、鎧は消耗品だったのだろうか。
「……なあ、勇者の剣とか盾って、なんか強い能力あるのか?」
サイファーの話を聞いていたら、ついそんな疑問を感じてしまった。
ひょっとして鎧と同じで、単なる消耗品だったから、いらなくなって捨てていったなんてことはないだろうか。
「勇者の剣は魔王の硬い鱗を貫き、勇者の盾は魔王の炎を弾き、勇者の兜は魔王の呪いから勇者を守ったと伝承にはあります。魔王を相手に有効だったという実績はあるでしょう」
「具体的には、勇者の兜には特殊な精神攻撃を防ぐ特別な効果がかかっているようです。勇者の剣や盾は見たことがないのでわかりませんが、何か特別な効果があるんじゃないですかね」
「ありがとう。助かったよ」
シャーベットの補足解説に礼を言ったのだが、他のみんなは彼女のことなど知らない。だからレンに礼を言った形になった。
「そんな、別に礼を言われるほど役に立つようなことは言ってません」
子供扱いされたと感じたのだろうか。レンは少し赤くなってプイッとそっぽを向いてしまった。
「ところで勇者殿。今日の目的地が見えてきました」
サイファーの言葉に地平線の向こうを見れば、人里らしいものが見えてきた。
「ダンビルです。あの街からしばらくは宿のある街はありません」
「よし。じゃあ、いつも通りにみんなは先に街へ行ってくれ。俺はミーニャと薬草を集めてくる」
「お任せを」
路銀稼ぎと医薬品を流通させるために、俺たちはこうしていつも分散行動をしていた。今日もサイファーが馬車を止めて、俺とミーニャは薬草集めに向かう。
薬草集めだけなら俺一人でもできるのだが、どこに薬草が生えているかとか、取りすぎない程度の加減の見極めはスキルとして存在しないため、本職の薬師であるミーニャの同行は不可欠だった。
「それでは勇者様。今日もよろしくお願いします」
「任せておけ」
王都のそばにあった大規模な薬草の自生地などなく、いくらかの薬草が生える自生地をあちこち探して、陽の高いうちに街へ向かうだけの作業だ。正直言って地味だが、医薬品を必要としている人々は多いので大事な仕事だった。
実のところ、薬草は自生地だけで栽培地もある。どの街にも小さな栽培地くらいはあって、僅かに医薬品を作り出すだけの供給はあった。というよりも、それができないような街は捨てられてしまったのだ。
栽培地は街のそばだけでなく、街から離れたところにもある。魔王の復活にともなう魔物の出没で、そういった栽培地はほとんどが放棄されているのだが。
「……また、放棄された栽培地か」
一昨日に続いて、そんな放棄された栽培地を見つけてしまった。
野獣除けの柵はあちこちが壊されて、栽培のために作られた設備も壊されている。薬草が放ったらかしにされているのは人間を吊り出すための罠なのか、それとも適当に破壊しただけだからなのか。魔物たちの考えはわからない。
ただ、一昨日は栽培地で放ったらかしにされていた亡骸を埋葬するのに時間を取られたので、今度は出くわさないことを祈りたかった。なお、シャーベットは実況を放棄していた。本当に女神なのかよあいつは。
「今回は環境設定を弄って死体は出てこないようにしたので安心してください」
「ゲーム設定かなにかかよ……」
シャーベットの意味不明なフォローにツッコミをいれる。しかし一応は神様なので、本当にそういうことが出来そうなのがタチの悪いところだった。
「勇者様……」
「大丈夫、ミーニャ。死体はないよ」
「……ここでは誰も殺されずに済んだのでしょうか」
「どうだろう……」
「誰かを助けるために薬草を集めに来て、魔物に見つかって殺されてしまうだなんて、可哀想です」
心優しいミーニャらしい意見だった。そんな彼女になんて声をかければいいだろうと悩むことしばし。実況の女神を称する野次馬が荒ぶった声をあげた。
「何を言っているんですか。誰かを助けるためだなんておめでたい。医薬品不足になれば薬草の値段も高騰する。となれば、こんなところまで薬草を採りにくるのは山賊くらいなもんですよ!」
「いや、プギャーって感じに煽るなよ……」
本当にこいつは女神さまなのかよ。邪神と呼ぶ方が相応しく感じてきた。
「まあ魔物が出るかもしれない。早く必要なだけ集めて、町へ──」
「勇者様!」
ミーニャが叫ぶ。ガラガラガラというか、ドドドドドドドドドと地響きと共に押し寄せる何か。
カンストした素早さで振り向く。見れば栽培地に隣接した丘から岩の雪崩が押し寄せてきている。
「危ない!」
咄嗟にミーニャをかばって、雪崩に背を向ける。カンストした素早さでも、もうあの雪崩からは逃げられそうにない。
「勇者様!」
岩の雪崩が俺に直撃した。
「────ッ」
轟音で何も聞こえない。土埃で何も見えない。
ただ、俺の腕の中にあるミーニャの柔らかい感触だけが、自分は生きているのだという事を教えてくれた。
「心配せずとも、二人とも傷一つついてませんよ」
シャーベットののんびりとした実況。ああそうだ。この女神さまも俺の側にいるのか。
「シャーベット……」
「岩の雪崩は止みました。おそらく、盗賊が仕掛けていったトラップでしょう」
「人間の仕掛けたものだってのか」
「魔物たちは薬草を荒らしていきませんでしたからね。そもそも崩れかけた崖を利用してトラップに改造したのは、明らかに人間の手によるものでした」
「トラップがあるのがわかってたなら教えてくれよ」
「別にカンストした能力では、ダメージを受けるほどのものではありませんでしたから」
さらっとシャーベットは言うが、俺がかばわなければミーニャは死んでいたわけで。
「それに注意深く観察すれば、能力値カンストしているソーマならすぐに発見できたものです」
「……せいぜい注意することにするよ」
岩の雪崩が来るまで、この栽培地が崖の側にあることも特に気にしていなかった。
けど、そんなぼんやりとしたやり方では、いずれ仲間に死人が出るだろう。
俺は勇者として、きちんと働かなければいけない。
腕の中でまだ無言で震えているミーニャを感じながら、そう思うのだった。