第6話 「ひひひ、僻んでなんていません!」
「初めましての方は初めまして。そうでない方も初めまして。実況の女神シャーベットです。
前回までのあらすじ。第5話でようやくパーティ結成です。スローペースですね」
「……それで、これで旅はできるのか?」
銀貨八〇枚、金貨一〇枚と言われたところで、異世界人の俺には相場はよくわからない。
誰となく聞いてみたのだが、サイファーとレンはお互いに顔を見合わせて言った。
「まあ、なんとか……」
「無理です。こんなんで旅になるわけないじゃないですか」
「うん。意見が真っ二つだな」
サイファーはなんとかなると言うが、レンは足りないという。正直なところ、ストイックなサイファーを基準に考えたら物事は上手く進まないような気がした。
「宿に一泊するのに、一人でだいたい銀貨一〇から二〇枚として、一日で銀貨六〇枚も使ってしまいます。
これに毎日の食事や消耗品も考えなければなりません。野営するのだってお金がかかるんです。
そもそも野営するにしても道具から買いそろえなければいけませんから、そのためにお金を使う必要があります」
「レンちゃんの意見は最もですね。サイファーさんはどう考えているのでしょうか」
「そうだな……サイファー前騎士団長はどんな理由で大丈夫だと?」
シャーベットの実況を聞いて、俺もサイファーに尋ねた。前騎士団長というからには、それなりの考えがあっての事なのだろう。
「その……野営は毛布があればしのげるし、食料は狩りや採取をすればよいかと。そもそも夜は野宿しか考えてなかったので。
日用品については、あまり詳しくありません。騎士として必要なものはわかるのですが、魔導士には色々と必要なものもあるのでしょうし……」
頭をかきながら申し訳なさそうに言っている。この前騎士団長、意外に使えないのだろうか。
「まあレンちゃんは幼いとはいえ女の子ですからね。色々と物入りなんですよ」
「金がかかるのか?」
「……ソーマさんが馬鹿なのはわかりました。大人しくレンちゃんの指示に従ってくださいね」
シャーベットの笑顔が怖いので、俺は大人しく頷いておくことにした。ともかく、レンの生活には金がかかるようだ。
「だいたい、サイファーさんは身を守れるとして、レンちゃんまで野宿したり、むさくるしい男たちと宿で相部屋をさせるつもりなんですか?」
「ああ……レンはきちんと一人部屋に泊まらせてあげないとな」
「はい。このサイファー、失念しておりました」
「別にお気遣いいただかなくて結構です!」
すっかりレンは機嫌を悪くしてしまったが、なるほど、女の子を連れての旅は色々とお金がかかるのは仕方がないだろう。
「いや、そういうわけにはいかない。俺は勇者で、レンはそのパーティの仲間なんだから。
俺にはレンのことを守る義務がある」
「っっ……子供扱い、しないでください」
赤くなって文句を言うレン。やれやれ、これは大変な旅になりそうだ。
「勇者殿。旅に金がかかるとわかった以上、どうにか資金を調達する必要があります」
「んー、そうだな。こういう場合、最初の街の近くの魔物を退治して、お金を集めればいいのかな」
最初はただの棒ぐらいしか買って装備できないだろうけど、お金がないんじゃ仕方がないし。
「全能力値カンストしてるのに、ちまちま雑魚退治して貧弱な装備を買うとか、マゾですか?」
「じゃあどうすればいいんだよ」
「私は神様ですよ。人間の労働について詳しいわけないじゃないですか」
「……お前、人間になったらニートになりそうだな」
女神シャーベットが実況以外に取り柄がないのを再確認したところで、改めてどうすればいいか考えることにした。
「なあ、レン。お前には何か考えがあるか?」
「……木こりとか、鉱山労働のアルバイトぐらいしか思いつかないです」
「世界を救うためにアルバイトをする勇者かー」
まあ、能力値がカンストしてるんだから、仕事の能率はいいだろう。しかし、いくらなんでも世知辛いんじゃないかね。
「世の中上手くいかないもんだなあ……」
能力値だけなら魔王退治なんて簡単に済むだろうに、まさか魔王退治のための金がないなんて問題に直面するとは思わなかった。
思えば日本も赤字で国債をガンガン刷ってるって話だけど、どこの国もお金ってないものなのだろうか。
「どこかに私腹を肥やしてる悪代官とかいればなあ」
そいつを退治して財産を没収すれば、問題なんて一気に解決するだろう。
「我が王国にそのような不埒な輩などおりませぬ」
などとサイファーが力強く断言するのだから、いないのだろう。
いや、サイファーのいう事だから当てにはならないのか。などと考え直してレンの方を見るが、彼女も首を振った。
「レミ王国は世界で最も敬虔な人間の国です。他の国と違って不正をするような役人は滅多にいません」
「はあ……」
その敬虔な国の前騎士団長様ともなれば、不正をするという事すら思いつかないのかもしれない。
レンはまだそういう人間もいるのだろうと考えるような柔軟さはあるようだが、そんな彼女もほとんどいないというのだから間違いないだろう。
立派な国、ではあるのだが、おかげで悪代官を倒してお金を手に入れるという事もできないようだ。
あのスケベ爺さん神の世界は、どうしてこうもやりにくいのだろうか。
「何事も地道に努力すべし。大伸サトーの教えであります。ここは……地道にアルバイトをするしかないでしょう」
騎士団長だった男がアルバイトをするというのは、流石にサイファーにとっても苦渋の決断のようだ。
それにしても地道に努力すべしとは、本当に地味な世界だ。シャーベットがつまらない世界扱いするのもわかるというものである。
「……しょうがない。バイトをしよう」
「面白くないですね」
「じゃあ、なにかアイディアあるのかよ」
「私は実況しか取り柄がありませんから」
シャーベットとつまらないやり取りをしながら、俺たちはバイトを探すべく王都の斡旋場へと向かうのであった。
「仕事は斡旋場で探せばいいんだな」
「最低ランクの仕事しかありませんが、いい仕事はギルドの内々でしか回っていませんので」
「世知辛いなあ……」
なんというか、現実世界と変わり映えのない気がする。異世界転生してまでこんな生活だなんて、俺の転生は間違っているんじゃないだろうか。
「あの……」
「うん?」
ふと呼びかける声に立ち止まると、淡いピンクの髪をショートカットにした少女が俺たちに近づいた。
「サイファー様と、勇者様とお見受け致します」
「ああ、そうだけど……」
「どうか話を聞いていただけないでしょうか」
なんかイベントが始まったようだ。
「あまりお金持ちではなさそうですね」
「胸はお前より持っているみたいだが、焼きもちか?」
クレアの胸も立派だったが、この少女もなかなか立派な胸の持ち主である。
服装は繊細なひらひらのレースで、清純な顔立ちと仕草。物憂げな表情。これは男心をくすぐるというものである。
「……ソーマさん。鼻の下が伸びてます」
「い、いや、そんなことはない」
「伸びてますね」
レンとシャーベットからツッコミを受ける。いや、君たち息があってるけど、ひょっとしてお互いの存在を感知できてるのか。
「聞こう」
俺やレンが少女をそっちのけにしているので、サイファーが彼女に返事をしていた。
「は、はい。私は薬師のミーニャ・ファラーラといいます。
勇者様に、是非とも聞いていただきたい話があるのです」
「うん。いいよ。それで、どうしたの?」
「ソーマさん。いま、私たちはお金に困っているんです。道草している場合じゃないんですが」
「お金のことは解決できると思います」
ミーニャの言葉に俺たちは顔を見合わせる。どうやらお助けイベントが舞い込んできたようだった。
「と申しますのも、魔王の復活から魔物たちが暴れまわり、医薬品が欠乏。王都には病人が溢れ、ロクに手当てを受けられないまま死ぬもの、介護に追われるものが多くいます。
しかし医薬品を買うお金や、材料となる薬草がなくなってしまったわけではありません。薬草の産地に魔物が跋扈するようになっただけなのです」
「つまり魔物を追い払って、薬草を集めればお金になるし、病人は治療できる。介護に追われている人たちも仕事に戻れるという事か」
「はい」
なんとも美味しい話が舞い込んできたものだ。どんな魔物が出るかは知らないが、能力値カンストしている俺の敵ではないだろう。
「わかった。この話を引き受けよう」
「ありがとうございます。勇者様!」
「お金をもらうことを忘れないでくださいね」
その言葉は誰のものだったのか。シャーベットとレン。息が合いすぎていて、どちらの声だったのか、二人が同時にしゃべったのか、俺にはわからなかった。
「王都でこれほどまでに医薬品が不足していたとは……」
金貨銀貨の革袋をどっさりと抱えて、サイファーは複雑な顔を浮かべていた。
「魔物たちも臆病者ぞろいで、ちょっと脅せば逃げてしまいましたしね」
薬草集めのイベントは、特に大きな事件もなく終わってしまった。
俺たちはたっぷりと薬草を集めて王都に帰還し、この通りの大金を手に入れたのである。
「これだけあれば馬車にテントにと、旅の準備はすんなり整うでしょう」
レンも少し声を弾ませている。そりゃあ、彼女も大金を抱えているのだからいい気分になるというものだ。
「いえ、それもこれも勇者様の活躍があってことです」
「別に大したことはしていないさ」
俺はと言うと、ミーニャから薬草集めのスキルを教わって、素早さカンストの強みを生かして薬草採取をし、筋力カンストの強みを生かしてどっさりと運んだだけだ。
「あれだけの薬草があれば、連日連夜薬づくりをしていても当分は在庫を使いきることはありません」
「王都の医薬品不足問題も解決というわけだ」
全てが丸く収まった。というのだが、ちょっとした疑問があった。
「ところでミーニャ。さっきからずっとついてきているようなんだけど?」
「はい。勇者様と一緒に魔王退治の旅に出たいと思っています」
「ああ、そうなんだ……ん?」
それってつまり、俺たちと一緒に旅をするという事か。
「それは──」
「駄目です! 貴女みたいな女が旅をするなんて危険すぎます!」
サイファーの言葉を遮ってレンが言った。けどまあ、幼女にしか見えない女の子がそんなことを言ったら、説得力もないというものだ。
「御心配には及びません。これでも護身術くらいならばたしなんでいます。
それに薬師としてのスキルは、これから先の旅でも街でも役立つはずです。医薬品不足の街は、王都だけではないはずですので」
「必要ありません。いえ、薬師のスキルは欲しいですが、ソーマさんが学べば済むだけのことです」
「まあまあ、いいじゃないか。旅の仲間が増えるなら」
確かに薬を作るだけなら俺でもできるが、どうせならミーニャのような美女からもらいたいと思うのが人情というものじゃないか。
情報収集だってサイファーは社会的立場こそ高いがいかつくて怖いし、レンは聡いものの子供らしくて不安がある。
そこにお淑やかながらも実は芯の強そうなミーニャが加われば、旅も色々と楽になるだろう。
何よりパーティに美人が増えるのは大歓迎である。
「この判断が裏目にならなければいいですけどね」
「裏表がわからないくらい薄い胸じゃあ、僻みたくもなるよなあ」
「ひひひ、僻んでなんていません!」
かくして俺たち勇者一行は、両手に抱えるような大金とミーニャという仲間を加えた。
俺たちの旅はこれからだ。
「そんな風に言うと、まるで打ち切りエンドですね」
「いや、神様が打ち切りエンドとか不吉だからやめてくれよ」