第4話 「女の子キャラたちでテコ入れしたいと思います」
「初めましての方は初めまして。そうでない方も初めまして。実況の女神シャーベットです。
前回までのあらすじ。【手加減】などのスキルを覚えました。ぶっちゃけ能力値がカンストしてるんで、意味のない前提スキルの解説とかしません」
「ほんとぶっちゃけてんな」
「さて、年上キャラばかり、男キャラばかりだったので、今回は女の子キャラたちでテコ入れしたいと思います」
「いや、現実世界にどうテコ入れするんだよ。実況しかできない女神シャーベットさんは?」
以前に、街の広場程度の狭い範囲に介入できるわけがない、と言ったのが女神シャーベットだ。その彼女が女の子キャラたちでテコ入れとか、どういうことなのだろうかと俺は訝しんだ。
「そもそも、テコ入れってなんだよ?」
「それは世界の秘密です」
「……ここ、お前の世界じゃないよな」
一瞬だけ真に受けそうになったが、よく考えたらここはあのスケベ爺さんサトー神の世界である。別の世界の神様が、いきなりこの世界の秘密とか言い出すのはおかしいのではないだろうか。
「うっ。単に男の人ばかりで、周りに潤いが欲しいと感じていただけなんですが」
「いや、クレアとかいたじゃないか……あ」
そういえば、肝心なことを見落としていることに俺は気づいた。
女神シャーベットとクレア。二人とも衣装がローブなのは一緒なのである。紫と黒、そして髪が長いというところはキャラが被っているのだ。
ただ、胸の大きさはクレアの方が大きい。女神シャーベット三人分はあるだろうか。それもこれも、女神様の果実が貧相なのが悪い。果肉入りシャーベット(果肉抜き)というもんだ。
「つまり、自分より胸の小さな女の子たちを紹介すると?」
「フフフ。誰の胸より小さいかは知りませんが、壊そうと思えばこの世界をまるごと破壊することくらい、女神シャーベットさんにはできるんですよ」
クソ厄介だ。魔王退治には転生者が必要なのに、世界を滅ぼすなら自分でできる神様とか迷惑すぎる。邪神か何かか。
「まあ、魔王退治と無関係な話でもありません。サイファーさんあたりに、王女様の話を聞いてください」
無関係でないと言われたら、まあ聞いてみるしかないだろう。自分で聞いたらどうかと思ったのだが、シャーベットの声どころか姿さえ俺にしか見えないのだから、俺がやるしかない。
そもそもシャーベットが教えてくれればいいと思うのだが、神様視点からの話ではわからないこともまあ、あるのかもしれなかった。
「サイファー前団長」
訓練場のベンチに腰かけて休憩しているいかつい騎士に俺は声をかけた。
「勇者殿。いかがなされたでしょうか?」
すっかり疲れ切っているだろうに、サイファーは居住まいをただして俺に向き合った。勇者の肩書き様々である。
「あの、えっと……この国に、王女様っているの?」
なんと聞いたものかわからなくて、どストレートな質問になった。それに対してサイファーは、やはりどストレートに力強く頷いて答える。
「ああ。我らが国王レミング二六世陛下には息女様が一人あらせられる。レミーア殿下だ」
「さっきの式典に、それらしい人はいなかったけど」
「魔物どもに囚われたのだ。レミーア殿下は」
重苦しい沈黙。囚われの身になった王女。それも魔物たちにである。
「……ヤバイよな」
ストレートに傷物にされてるだろうとは言い出せなかった。サイファーがあまりにも沈鬱な面持ちをしていて、とてもではないが追い打ちをかけられるような事は口にできなかったのである。
「レミーア殿下には不思議な力があった。魔物どもは、その力を利用したかったのかもしれない」
「不思議な力……」
「能力値とは関係ない特殊スキルみたいなもののようですね。詳しいことは私も別世界の神なのでわかりませんが」
シャーベットが歌うような声で補足した。それは大変ありがたいのだが、仮にも管理を一時的に代行しているのなら、詳しいことも知っていて欲しいものだ。
それにしても特殊なスキルとなると、これは能力値で代用が効く話でもないのだろう。今はまだ魔物たちが何を考えているかはわからないが、頭に入れておいた方が良さそうな話だった。
「レミーア王女かあ……」
テコ入れというには会うことも叶わない状況のキャラであったが、この世界の王女様には違いない。というか、転生したのだから、自分の世界の王女様なのか。レミーア王女は。
「実感がわかないなあ」
「奇遇ですね。私も貴方が勇者であるということに実感がわきません」
また女神シャーベットとは異なる声。今度は怜悧ながらも可愛らしさを漂わせる幼い声だ。
振り向けばそこにはやはり、イメージ通りの少女がいた。いや、幼女というべきか。歳は一〇歳くらい。黒髪ツインテールに緑のドレスの上から黒ローブを羽織っている。
「クレアの弟子か?」
サイファーが誰何の声をあげた。
「これは前騎士団長様。いいえ、私はクレアの弟子ではありません。王室学校の生徒ではありましたが、あんな駄目人間の弟子入りを志願するほど正気は失っていませんでした」
ちょこんとカーテンシーをしてサイファーの問いに答える謎の少女。どうやら彼には深い尊敬の念を抱いているようだ。ついでに、どうやら俺はクレアと同類のカテゴリーに入れられているようだ。態度の冷たさが同レベルに厳しい。
「レン・ウィンフィールドと言います。よろしくお願いします」
よろしくお願いしているのはサイファー相手で、俺ではない。そのサイファーを真っ二つにしかけたくらいには強いのだが、それがレンにはわからないようだ。
「あー、レンちゃん。それなら、どうすれば俺の実力を認めてくれるんだ?」
「そうですね。ここは訓練場です。なら、模擬戦をしましょう。それで勝ったら、貴方を勇者として認めます」
話が早くて助かるが、幼い少女とは思えない好戦的で強引な解決法だった。
「勇者殿……」
「へーきですって、サイファー前団長。俺の実力は知ってるでしょう?」
レンちゃんの実力がどれほどかは知らないが、サイファー前団長ほどということもないだろう。ちょっと遊んでやれば直ぐに結果は出るはずだ。
「なお、模擬戦は魔法だけです。魔法以外は禁止。私はこの通りの小娘なんですから当然でしょう?」
「はあ!?」
なんだこのツインテール。いきなり条件をつけてきたんだが。
「勇者様なら剣だけでなく魔法にも通じているはず。まさか、勇者様ともあろう人が前言を撤回するのですか?」
「上等だ。やってやろうじゃないか」
口の減らないガキにはちょっとお仕置きが必要だろう。それに勇者なら、魔法だって使えるはずだろう。
「あ、魔法はスキルと一緒で、学習しないと使えませんよ」
「は!? ちょっと待て!」
シャーベットからの遅すぎるツッコミ。そんな話は聞いちゃいない。
「待ちません。【火球】!」
そしてシャーベットの事など知らないレンからは、容赦のない魔法攻撃が飛んできた。テニスボールくらいの大きさの火の玉が、俺に向かって飛んでくる。
「うわっと!」
それをカンストした素早さでヒョイっと躱すと、スキルを使う要領で魔法を使おうとした。
「火球!……不発!!」
「前提スキル不足ですね。【火球】の前提は八種類の魔法がありますから、全部覚えないと」
「役に立たない助言をどうも!」
シャーベットの解説に毒づきながらも、俺はどうしたものかと頭を働かせる。
技能の能力がカンストしている俺は、簡単なものなら見ただけでスキルを獲得できてしまう。おそらくは魔法だって同じはずだ。
だが、簡単なスキルというものは、より難しいスキルを覚えたら役に立たないものが多い。だからわざわざ使うようなことがない。
「どうすればいいんだよ。殴れってか?」
「あんなちっちゃな女の子を殴るなんて最低ですね」
「能力値で何でも解決できるって言ったのはお前だろ、このポンコツ実況女神」
シャーベットはこの通りあてにならないから、自力でなんとかするしかない。
「……よくMPがもつ」
感心したようにサイファーが漏らした呟きが聞こえた。火球魔法の連射は、やはりMPに負担をかけるようだ。
「なら、MP切れでも狙うか……」
「そんな甘い話があるわけないじゃないですか。【氷球】!」
今度は凍えるような雹の塊がこちらに向かって飛んでくる。その早さも数も火球の比ではなくて、一つが腹にぶつかった。
「なんて耐魔力。普通なら背中まで貫通するのに!」
「見かけに合わない物騒な事をすんな!」
このガキ、マジで人を殺しにかかってるじゃないか。
「【火球】と【氷球】をあの年齢で同時に学んでいるとは、並々ならぬ才能。噂に聞く学校一の才女とは彼女のことだったか」
すっかり解説役に成り下がったサイファー。正直、この争いを止めてくれないんですかね。
「それでどうするんです。勇者様は」
「お前も何か考えろよ。女神様なんだろ?」
「実況が取り柄のポンコツ女神ですから」
にっこり笑う女神シャーベットの目が怖い。どうやら彼女を怒らせたようだ。となると、やはり自力で切り抜けるしかないだろう。
「こ、こうなったら……」
俺は能力値カンストの恩恵を最大活用して、地面を思いっきり蹴り上げる。
「勇者専用魔法、目潰し!」
適当な口上と共に、あの生意気なガキに思いっきり土を浴びせかけてやった。火球と氷球で泥が出来ていた地面を蹴飛ばした事で、土だけでなく泥も思いっきり飛びかかる。
「うわっぷ!?」
そんな土の洪水に飲まれて、レンが吹き飛んだ。
「それまで! 勇者殿の勝利!!」
サイファーが高らかに宣言した。
「……お、お待ちください」
そんな前騎士団長の宣言に、吹き飛ばされたレンがよろよろと身を起こしながら抗議する。
「これは魔法勝負。目潰しなんて魔法はないですし、魔力だってカケラも使ってない──」
「勇者殿が勇者専用というのなら、そんな魔法もあるのだ。ここは騎士団の訓練場。下がられよ、レン・ウィンフィールド」
ピシャリとサイファーが言い切った事で、とりあえずこの場は収まった。
「……これがテコ入れなのか、シャーベット?」
俺の疑問に彼女はシレッと答えた。
「次回の前回のあらすじは、勇者様が幼女をぐちょぐちょにしたってことでどうでしょう?」
他人の人生の合間合間に第何話なんてタイトルを挟まないで欲しいものであった。