第3話 「HPMPがなくなれば死ぬ事はかわりないですから」
「初めての方は初めまして。そうでない方も初めまして。実況の女神シャーベットです。
アニメでは一話切り、三話切りとかあるみたいですね。私はムーンライトノベルで良く一話切りをしています。
つまり、三話目まで読んでいる奇特な方なら、もう少しお付き合いいただけるのではないでしょうか。
なお前回のあらすじは、髭の王様が勇者に感激して気絶しただけです。紹介の甲斐がないですね」
レミ王国の王城は小さいものだが、王国の資産は決して小さなものでなかった。
その内訳の一つが、騎士団のために作られた施設である。兵舎や厩舎、鍛冶場などといったものが、王城に比べれば小さいながらも立派な砦や小屋に納まっている。
いざ王城を巡る攻城戦になれば、攻め手はまず砦群から攻め落とさなければ、王城そのものに対してロクに攻撃ができないわけだ。魔法攻撃やドラゴンの襲撃に対しては、大きな城よりも砦の群れで戦った方が守りやすいのだという。
「意外と考えているんだな」
サイファー前団長の案内を受けて、そんな砦群を見ながら俺は率直な感想を言った。
「サトー神が管理する世界はどこも堅実で魔王討伐が楽だと聞いています。まあ、堅実が過ぎて地味すぎるんですけどね」
などと別世界の女神シャーベットが、いつものように他人事な解説する。
まあ確かに。ファンタジー世界なら竜にまたがって戦う竜騎士とかがいてもいいと思うんだが、王城を見た限りではそんな派手なものはこの世界には一切なさそうだった。
「じゃあ能力値がカンストしてれば、やっぱり強いかな」
「普通は能力値がカンストしていれば最強です。まあ、スキル重視の世界とかだと、能力値が高くてもあまり意味がないですけどね」
なるほど。一口に異世界っていっても色々とあるのか。
能力値が全てな世界があれば、能力値なんてスキルの添え物でしかない世界もある。より極端に言えば、能力値がないような世界があるのかもしれないのだろう。
俺は能力値のカンストを選んだわけだが、能力値が意味のない世界でなくて本当によかった。
「この世界にもスキルはあるのか?」
「ええ。例えば、攻撃した相手のHPを最低でも10まで残す【手加減】とか」
「それは覚えたい!」
「いかがされたか、勇者殿?」
シャーベットとのやりとりはなるべく小声でしているのだが、つい大声をあげてしまった。おかげでサイファーが何事だろうかと訊いてきた。
「ああ、いや、俺は異世界から来たから、スキルを覚えてないんだ。だからついさっきもサイファー前団長を殺しかけちまったけど、手加減ができないのは拙過ぎる。
しかし、この世界には【手加減】ってスキルがあるんだろ。だったら、そいつを覚えなきゃいずれいらない殺しをしちまうからな」
まだ自分の手で他人の肉を裂いたことはないとはいえ、サイファーを相手に肉を裂く寸前まで剣を叩き込んでしまったのだ。
魔物との戦いならば俺だって容赦はせずに切ることはできるだろう。けれども人間との戦いならば、避けられる殺しは避けたい。能力値に圧倒的な差があるなら尚更だ。
「ふむ。やはり勇者殿はスキルを存じ上げませんでしたか」
どうやら俺がスキルを知らない事は、サイファーにはバレていたらしい。
「それって、あのクレアとかいう宮廷魔導士に教えてもらったのか?」
亜麻色の髪を編み込んだツインテールっぽい何かをヘアスタイルにしていた、あの俳優がかった女のことが真っ先に思い浮かんだ。
「いえ……クレアは気まぐれですので」
サイファーはそっけなく返事をした。
口数は少ないものの、あまりクレアをよく思っていないのは伝わる声だった。
確かにお堅い騎士という感じのサイファーには、クレアのような勤め人らしからぬ態度の人間は相性が悪そうだ。
「まあ、サイファーも優秀な騎士のようですから、ソーマがスキルを何も知らない素人なのは観察すればわかったんでしょうね」
「どうせ俺はチートでカンストした勇者ですよーだ」
シャーベットの解説に俺は小声で拗ねた。
そのチートが完璧であれば、なんだか後ろめたさを感じてしまう。逆にチートに何か穴があるようならば、そこを突かれて死んでしまう危険性も感じていた。
我ながらめんどくさい悩みだとは思う。この世界を救いに来た勇者だというのに、自分が強すぎるんじゃないかと悩むだなんて。
「ともかく、スキルを覚えたいんだ」
俺の申し出に、サイファーは難しい顔をしながら答えた。
「スキルの習得は、一般に数ヶ月、難しいものは年単位をかけるものです。簡単なものでも数日はかかるもの。【手加減】の習得も、一年はみていただかなければ……」
「そんなに時間はかけられないな」
あまり魔王退治に時間をかければ、あの王様は心労で死にかねない。それは目覚めが悪いというものだ。
「……では、荒い稽古になりますが、よろしいでしょうか」
一転して険しい表情で言うサイファー。彼も王の為に一日でも早く魔王を討伐したいという思いなのだろう。だからハードな稽古になってでもスキルを叩き込もうという意気込みが感じられた。
「そう言われると竦むけど……ええい、やってみるしかないだろう!」
俺たちが足を止めた先には、騎士団の訓練場があった。どうやら初めから俺の行動なんてお見通しとばかりの案内にこそばゆさを感じる。
サイファー前団長は、俺がスキルを獲得したいと言い出すこと、獲得のために特訓だってやると言い切ることを最初から予想していたのだ。
「では、よろしくお願います!」
「勇者殿といえども、稽古となれば容赦はしませんぞ」
サイファーの言葉に竦み上がりそうになるが、そのサイファーを楽々と殺しかけたのが俺なんだ。何も恐れる事はない。
「いざっ!」
俺のスキルトレーニングが始まった。
「どうだい、調子は?」
訓練場ですっかり息の上がっているサイファーに、クレアが声をかけた。
彼女も彼女で、俺がスキル特訓をすると見越してたのだろうか。まったく、食えないやつらばかりだぜ。
「信じられない。勇者殿が……まさか数時間で【手加減】を身につけられるとは」
サイファーが一年はかかると言った【手加減】を、俺がほんの数時間で覚えたことに彼は驚愕していた。
しかしそれは予想のうちだとクレアは笑っている。
「魔法やスキルの習得速度は技能の能力値に影響される傾向があるんだよね。
だから勇者様のような技能の能力値がカンストしているような方なら、数時間で済むこともあるだろうさ」
改めて自分は、とんでもないチートなんだと思い知らされた。誰もが一年近くかけて身につけるスキルを、ほんの数時間の努力で覚えてしまうのだ。
そりゃ最初から覚えているほど俺tueeeeeeというわけじゃあないけど、サイファーの姿には何か物悲しいものがあった。
彼が数十年をかけて学んだスキルの数々も、俺ならば僅か数日で学び尽くしてしまうだろうから。
「君が人間の側で本当に嬉しいよ。これが魔王側なら、殺せなくはないだろうけど大変な思いをしただろうからね」
そんな言葉を俺に投げかけると、クレアは鼻歌交じりに訓練場から背を向けると楽し気に歩き出した。
俺はポカンとその背を見送ることしかできない。
「殺せなくは、ない……?」
「まあいくら能力値がカンストしていても、HPMPがなくなれば死ぬ事はかわりないですから」
シャーベットの説明に、俺の不安はますます膨らむのだった。
──これだけチートしていても、やっぱり俺を殺せるような方法は探せばあるのだ。