第2話 「初めてでない人も初めまして。実況の女神シャーベットです」
「初めてでない人も初めまして。実況の女神シャーベットです。
前回までのあらすじ。『全能力上限越え』というチートを手に入れて異世界転生した主人公は、前騎士団長を一撃で屈服させる。ただ、彼はヘタレだった」
「いや、うっかり人を殺しかけたら普通は怯むでしょ」
レミ王国の王都レミリア。
その王城は、なんというか、小さかった。
「これって、体育館よりは大きいくらいか」
城というからには、一時間歩いてもまだ王座に辿り着けないほどの広いものを想像したのだが、この王城はさほど大きそうではなかった。
実用性だけを考えたような石造りで窓の小さな建物。魔王を倒した後の処遇は知らないけど、こんなところで生活するくらいなら、木で小屋を建てた方がまだ過ごしやすそうだった。
「確かに小さな王城ですね。自分が暮らす分には不便ですが、他所の世界だと思えば、かえって何かあってもたくさんの部屋に顔を出さずに楽ちんかもしれません」
別世界の女神シャーベットは、実に他人事な実況をしている。まあ自分が管理している世界じゃないんだから、他人事なのも当たり前か。
「……お前の管理している世界は、もっと大きな王城ばかりなのかよ?」
シャーベットだけに聞こえるように、ボソリとつぶやく。何しろ俺にしか姿の見えない、声の聞こえない女神様だ。いくら勇者様として認められたといっても、ぶつくさ独り言をつぶやく奇行の持ち主とは思われたくなかった。
「私の世界の場合は色々ですね。王城のない世界もあれば、ほとんど王城にしか人の住んでいない世界もあります。その世界の場合、丸一日歩いても王城の中です」
そんなやりとりをしているうちに、サイファーら騎士たちに連れられて王城の門にたどり着いた。
門は開け放たれていて、そこから階段の上に謁見の間があるようだった。騎士や兵士たちがズラリと並んでいて、まるでこれから運動会か卒業式かなにかを始めるようである。
「失礼ですが、勇者殿の名を教えていただけないでしょうか?」
「相馬だよ。相馬竜也」
「かたじけのうございます」
サイファーが俺の名前を聞くと、息子で現騎士団長のエイブルと相槌を打った。
「国王陛下! サイファー・ヒルトンの子、エイブルが申し上げます。大神サトーの神託が予言した勇者ソーマ・リューヤー様がお着きになられました!」
あのヒョロイボンボンが大声で報告をした。すぐさま生のファンファーレが演奏されて、騎士や兵士たちがガチャリと居住まいをただす。
「本格的だ……」
「長いイベントになりそうですね」
ちょっと感動していたのが、女神シャーベットのツッコミで台無しになった。
そりゃ最近はVRゲームとかも進歩してるから、この程度のイベントなんて簡単に再現できてしまうというか、もっと迫力があるものが作れてしまうかもしれない。
(けど、俺はマジで勇者としてここにいるんだぞ)
トラックにひかれた記憶もないので実感もないが、つい昨日までは通勤電車ですし詰めにされ、会社で客に上司に先輩にこき使われる日々だったんだ。
それがいまや、小さいとはいえ王国の城で、こうして甲冑をまとった騎士や兵士たちに歓迎されている。ゲームとかでなくリアルに。
「おお、おおおっ!」
王座から老人が立ち上がる。いや、老人のようにやつれた男が、フラフラと立ち上がったのだ。
「大神サトーよ、感謝いたします。確かに神託の通り、魔王と戦う希望を我々に授けていただいた……」
今にも倒れそうな危うげな足取りだというのに、王の歩みを誰も止めようとしない。誰かがすすり泣いているような声がすると振り向いてみれば、なんとあの厳しい騎士サイファーの瞳が潤んでいたのだ。
「王は……」
サイファーが呟いた。
「我が王は、勇者殿の到着を待ちわびていたのです。その日々は一日が一年のような忍従の日々でした。
我らは魔物の侵略を受け、直ちに勇者殿を歓待するような宴を開くことはできません。ただこうして、勇者殿への敬意を示すことぐらいしか……」
「なあ、シャーベット。ひょっとしてあの王様が俺のとこに来るまで、みんなつったってるつもりなのかな?」
「みたいですね」
感激しているサイファーらには悪いが、あの王様が王座からここへ来るのを待っていたら、辿り着く前にくたばってしまいそうだ。
そんなわけで、俺はズンズンと歩いて門をくぐり抜け、割と急な階段を上って謁見の間へと足を踏み入れた。
「勇者様だ」
「勇者様が王城に……」
ざわざわと声が上がる。まるでハワイへいく有名タレントを空港で見かけたミーハーたちみたいな反応だ。
「イベントが長引きそうだから、自分から短縮しようとする姿勢、嫌いじゃありません」
「いや、イベントうんぬんじゃなく、あの王様は俺のとこに辿り着く前にくたばりそうだぞ」
「そこまでヤワだとは思いませんが、まあこちらから出向いてあげたほうが楽にはなるでしょうね」
途中でコソコソとシャーベットとやりとりを交えつつ、俺は要介護な王様の元へ辿り着いた。
「おお、勇者よ……」
王様は立派なヒゲを生やしたシワだらけの顔を涙でくしゃくしゃにして、そのまま俺の胸に向かって倒れた。
よほど感激したんだろうなあという感慨と、なんでこれが美少女の王女とかじゃないんだって思いがついつい交差した。
「なんで、これが美少女の王女様じゃないの。とか思ったでしょう?」
「へ?」
女神シャーベットとは違う女の声が辺りに響き渡った。
「控えよクレア!」
俺の背後から雷のように響くサイファーの声。怒鳴り声というより静かな独白のようであったが、それにもかかわらず雷が落ちたような迫力があった。
「いったい、だれ?」
サイファーの恐ろしい声に正直すくみ上りながらも、クレアとかいうどこにいるかもわからない女に向かって俺は声をあげた。
「その質問に答える前に、緊張の糸が切れて気を失った国王陛下を横にしてあげてほしいな。
魔王が現れてから、今日まで一日として心休まることのない日々を過ごされたのだ。臣下として、今は穏やかなひと時を過ごしていただくことを願ってやまない」
「マジで?」
それは疲れ果てた王様への疑問だったのか、それともあまりにも芝居かかった声の主への疑念だったのか。
ともかく気絶してしまった王様をいつまでも俺の胸を枕にしているのも体裁が悪い。慌てて駆けつけたサイファーに王様を任せて、俺は声の主へと向き直った。
その女は亜麻色の長髪を二本の房に編み込んだ美人だった。芝居がかった声に劣らぬ芝居っ気たっぷりの表情で、黒いローブの中から楽しげに俺のことを見ていた。
「王国宮廷魔導士クレア・チャールストンだ。魔王に侵略されるまでは栄えある王室学校の校長などをしていたが、学校も閉校した今では王の側に仕えて時折に魔物を討伐するだけの根無し草。
勇者様におかれては、気軽にクレアと呼び捨てにしていただければ幸いというものです」
ローブの端をつまんで、片足をすらりと後ろへズラす。カーテンシーというお辞儀だったか。立ち振る舞いのひとつひとつが仰々しいのに、全てが舞台俳優のように優雅なんだからズルい。
「宮廷魔導士……」
正直、魔導士というよりも俳優という感じだった。ほら、彼女の大きな瞳を見れば、まるで吸い込まれそうな気分になる。
「ほう。流石は大神が遣わされた勇者様だ。私も天才魔導士という自負があったけど、これはかなわない。
まあ、スキルについては分があるけど、能力値が限界を超えているんじゃ、魔王だって力比べじゃあ勝てないだろうねえ」
などと言いながら、クルクルと杖で宙に円を描くクレア。けど彼女、いまなんて言った。
「彼女はソーマの能力値を【測定】の魔法で測ったみたいですね」
シャーベットが俺に解説をしたようだ。とはいえ、いきなり魔法とか言われてもわからない。
「【測定】の魔法?」
「能力値を調べる魔法です。これでクレアはソーマが能力値カンストしているチート勇者なのは理解したでしょう」
そんな魔法があるのかという思いと、能力値がカンストしたチート勇者なんて言われると、なんかズルをしたような気分になって気恥ずかしくなった。
「クレア」
「ああ、サイファー。喜びたまえ。この勇者様はこの世界で飛び抜けた能力値を持っている。全ての能力が最高値、というかその最高値さえ突き抜けてるような、生きる奇跡が目の前にいるんだ!」
一時期は静かになった宮廷が、再び騒がしくなった。宮廷魔導士クレアの言葉に、誰もが驚愕していた。
「全ての能力値が最高の勇者!」
「勝てる! 勝てるぞ! 魔王など、勇者様には赤子の手を捻るようなものだ!」
「信じられない。だが、あのクレアが自分より能力値が高いと保証するのだ。間違い無いのだろう……」
「勇者様はサイファー様でさえ軽くいなしたんだ! クレアごときが勇者様に及ぶべくもないんだ!」
騒めきは次第に歓呼の声へと収束を始めた。
勇者様万歳。これで魔王もおしまいだと。
「いや、そうなのかな……」
なんかここまで持ち上げられると、かえって怖くなる。
「そうでしょう。だって能力値カンストですよ。それで負けたら恥ずかしくないですか?」
退路を塞ぐようにシャーベットがたたみかける。いやまあ確かに、能力値カンストなら、負けたら恥ずかしいのだろうけど。
「勇者様万歳! 万歳!」
「大神サトーに感謝を! 最大の感謝を!」
熱狂の中にある王城の中で、つい愚痴ってしまう。
「スケベしようとして倒れた神様がくれたチートだぞ。なんか落とし穴があっても不思議じゃなさそうなんだけどな」
「まあ、この世界の細部に干渉できるのは異世界転生して送り込まれたソーマで、私ではありません。貴方が警戒するのならば、それを私が止める道理はないでしょう」
「やっぱり実況しかできない女神様か……」
俺のチートがキチンと最後まで機能するにしろ、とんでもない落とし穴があるにしろ、魔王を倒す役割は俺が果たすしかないわけだ。
勇者様、勇者様と歓呼の声に包まれて、俺は改めて自分の仕事が、あやふやなチートだけに頼って果たせるのか不安を覚えるのだった。
サブタイトルが漢数字になったので修正しましたが、そのような修正でも(改)がつくのですね。
なので、修正の件について明記しました。