番外編 前騎士団長、王都にて評定す
「初めましての方は初めまして。そうでない方も初めまして。実況の女神シャーベットです。
今回は転生者ソーマが登場しない番外回です。本編しか興味がない方は飛ばしてください」
王都レミリアに勇者一行が帰還した。
勇者の兜を納めた洞窟の入り口を閉ざした扉の鍵が必要になったからであり、人々は一行を歓迎していた。
「おかげさまで薬草の在庫に不安はありません。本日はゆっくりと旅の疲れを休めてください」
ミーニャの両親の提案もあり、勇者は彼女の家で一泊することになった。サイファーとレンはそれぞれの自宅で寝泊まりするものの、夕食は歓待を受けることになっていた。
「本来は我が王が宮廷をあげて歓待すべきではあるのですが、父上もご存知の通りに財政難ですから」
サイファーは王城で息子のエイブルと今後についての打ち合わせをしていた。兜の回収が無事に済んだとして、次は剣と盾を手に入れなければならない。今度は鍵を忘れるような失敗をするわけにはいかなかった。
「魔物が跳梁し、耕作できる農場も採掘できる鉱山も減るばかりです。不足しているのは医薬品ばかりではありません。むしろ死者が減ることは、食料の目減りさえ意味します」
「いそぎ魔王を討伐するしかない。鎮圧が済めば、被害の少なかった他国から輸入することも叶うだろう」
「足元を見られるのは避けられないでしょうが……」
レミ王国はこの世界を主導する唯一の大国である。だが魔物の蹂躙で国力を落としており、その隙を突いて利益を得ようと狙う他国は少なくない。
「そんな卑劣な真似は上手くはいかん。大神サトーは全てをご覧になられている」
息子の危惧を父は強く打ち消した。大神サトーは卑劣な行いに対して天罰を下すこともある。世界征服を狙い挙兵したある王国が、一夜にして洪水に呑まれて壊滅したような事例もあったのだ。
「ならば良いのですが……」
「何を気に病んでいるのだ」
まだ納得しかねているというエイブルにサイファーは問いただした。
「これまでの歴史であれば、既に大神サトーは人々の為に手を打っていたものと理解しています。そうはならないのは、大神サトーに何か異変が起きているからなのではないでしょうか?」
エイブルの懸念は、実のところ正しかった。はじめて異世界転生者を送り込むという不慣れな事をしたサトー神は、残り乏しかったエネルギーを使い果たしてしまい休眠状態にある。
代わりに女神シャーベットが世界の管理をしているものの、これはゲストユーザーがシステムを管理しているようなもので、システムの使用権限に大きな制約がかかっているのだ。だからこれまでサトー神がやっていたようなきめ細やかな管理はできないのである。
サトー神による世界の管理の仕方は介入主義で、世界が幸福であるようにと注意深く隅々まで管理者が目を配るようなやり方であった。そこは多数の民族が虐殺されても放ったらかしにする女神シャーベットとは正反対のやり方である。
逆に女神シャーベットの世界はどこでも神が介入しない為に大変な日々を過ごしているが、言い換えると神が介入しなくても変わらない日々を過ごせている。だからこうして他の世界で過ごしていても、それが大きな問題にはならないのだ。
これら神々の都合はサイファーやエイブルといった、ただの人間には預かり知らぬことである。しかしサトー神が倒れたことによる変化は二人にもなんとなく感じるものがあったのである。
「考えすぎだ。大神サトーを疑ってはならない。我ら人間は、ただ神の教えを守って生きていれば良い」
その上で、サイファーは疑問を抱くなと息子に答えた。彼自身が異変を自覚して、しかも敬愛する王でさえ信仰が揺らいでいるのを理解した上で、なお信じろと言った。
それが鋼鉄のサイファーに求められる在り方だと考えたからである。
「下々の者であれば、それでも良いかもしれません。しかし、我らは王に仕える騎士です。どんな事態にあっても行動できるよう、常に備えをしなければなりません」
対するエイブルの答えは、騎士団の長として現実的な行動を意識したものだった。父は自分が指名した騎士団長の能力に間違いがなかったことに内心喜びながらも、表面では仏頂面を崩すことはなかった。
「大神サトーこそ、このサトーランドの全てだ。それを忘れてはならない」
そして、サイファーは話題を強引に変えた。
「ところで、団長は勇者殿をどう思う?」
「勇者殿ですか。流石としか言いようのない実力の持ち主だと感じています。彼の人ならば、魔王など恐る恐るに足らないと信じています」
「……そうかもしれない。しかし、勇者殿は、真に勇者殿と呼ぶに相応しい方なのだろうか?」
「父上?」
「私は、まだ勇者殿から、真に勇者としての証を見せてもらえていないと感じているのだ」
それは大神サトーを信じるという言葉とは矛盾するようだが、一方でサイファーの偽らざる本音であった。
厳しく己を律し、節制を旨とし、他人のために尽くす人であれ。とは、大神サトーの教えである。現実には貴族や騎士といった上流階級は豪勢な生活をしているのだが、その中でもサイファーらヒルトン親子は魔物の跳梁により私財を投げ打って庶民を援助していた。
それは多くの上流階級の人間も同じである。サトーを信仰するレミ王国にあっては、ノーブルオブリージュは当然という考えであった。
なお、例外としてクレアのような人間もいる。彼女はほんの僅かにしか私財を出すことはなく、むしろ寄付に出す金を軍資金に王都の騎士団で付近の魔物を討伐すれば良いと主張していた。王都の騎士団は王を守る盾ならば、魔物との戦いに浪費するなどサイファーら騎士団の多くのものには受け入れがたい話だったのだが。
「クレアは信仰よりも計算で物事を考えますから。教会に金を使うより、貧民のための食料を輸入するべきだと主張して宮廷で騒ぎになったりしましたよ」
「お前もクレアの肩を持ったと聞いているぞ」
「別に肩を持ったわけでは……ただ、こんな時にまで祭事の道具を純金で作らず、メッキにしてはどうかというのに賛成しただけで……」
「祭具は純金と定められている。信仰に背いてはならない」
「五〇〇年前には、大神サトーの神託で祭具を全て売り払ったという記録もあります」
「それは神託があったからだ」
どうにもエイブルはクレアの影響を受けているようだと、サイファーは頭を抑えた。彼女も彼女なりに国と王を憂いているのはわかるし、王からの信任も厚いのだが、限度というものもあるだろう。
これ以上、彼女が過激なことをしないよう、エイブルが影響を受けないよう、騎士団内の根回しを進めておいた方が良いだろうとサイファーは結論した。
「……異変のことは私も考えておく。エイブル、お前はあまりクレアに近づかないことだ。これは父親として心配をしているからだということをわかってほしい」
「はっ」
そつなく頭を下げてやり過ごそうとするエイブルに、サイファーは根回しを急いだ方が良いと感じるのであった。




