第9話 「実況だけがシャーベットさんの取り柄ではないのです」
「初めましての方は初めまして。そうでない方も初めまして。実況の女神シャーベットです。
前回までのあらすじ。勇者の兜を手に入れました」
「まさか、サイファー前騎士団長たちとはぐれるとはなあ……」
勇者の兜を手に入れてはや一ヶ月。俺たちはヨーク市の近くにある山の洞窟に潜っていた。
この洞窟の奥には、勇者の盾が安置されているとの伝承があったからだ。
「勇者の盾は確認しました。無駄足にはならずに済みそうですね」
とは女神シャーベットの弁である。彼女が確認したということもあり、俺たちは洞窟へと挑んだわけだ。
「そもそも、洞窟に潜ってもう三日だぜ。広すぎるよここは」
シャーベットの大雑把な見立てでは、あと一日くらい歩けば盾を安置した祭壇にたどり着けるのだという。まったく、以前の勇者はどうしてこんな洞窟に盾を置いたのか。
あるいは盾を置くのが大変だったから、兜はすぐに回収できるような場所に置いたのかもしれない。
確かなのは、サイファーたちとはぐれたことで、今はレンと二人きりだということだった。
「本当にあと一日くらいで祭壇に辿り着けるのですか?というより、どうしてそれがわかるんですか」
レンの疑問はもっともだ。しかし別世界の女神に教えてもらっているだなんて言ったところで、信じてもらえるかわかったものではない。
「ス……大神、サトーの導き、みたいなもんさ」
うっかりスケベ爺さんと本音を漏らしかけて、慌てて俺は言い換えた。大神サトー。この世界の人々は、あの冴えない爺さんを馬鹿みたいに信心深く崇めている。いつも斜にかまえたレンでさえ、食事の時に大神サトーへ感謝の言葉を述べるのだから筋金入りだ。いただきます挨拶程度だとしても、この世界には大神サトーへの崇拝が深く根付いている。
「本当に?」
「あー……大神サトーを疑うのか?」
「そんな罰当たりなことは基本的にしません。ですが、大神サトーも勇者選びに失敗はするかもしれません。私はまだ、ソーマさんを勇者様と認めたわけではないですから」
まったくもって強情なガキである。クレアといいレンといい、魔導士は理屈屋が多いのかもしれない。ああいや、クレアはそういうのとはまた違った感じがあるようだったが。
「それで、これからどうするんですか?」
「んー、勇者の盾を手に入れる、かな」
「反対です。ソーマさんは勇者の盾の在り処がわかるかもしれませんが、はぐれたサイファー前騎士団長たちにはわかりません。ここは合流することが先決だと思います」
「あー、それもそうか」
それに野営のスキルもサイファーが俺たちの中で一番優れている。一ヶ月も一緒に旅をしているのだから少しずつ教えてもらってはいるが、まだ俺はその全てを学んだわけではなかった。
「……【松明】」
魔法で松明を作り出す。魔法で作られた松明だから簡単に消えることはないが、魔力の塊を手にすることにより、そういった魔力を知覚する生き物を刺激してしまうリスクがあった。
いままで平野を歩いているときには、そんな問題なかった。しかし、この洞窟にはそんな魔力の塊を求めて暗闇から襲いかかる怪物もいたのである。だからあまり魔法の松明は使いたくはないのだが、実物の松明のストックがあまり多くはなかったのだ。
「にしても、なんなんだろうな。あの怪物。剣で切りつけても手応えがイマイチだ」
魔法の松明をめがけて飛びかかった黒い何か。四つ足のケダモノのようでもあり、両足で立つ人型のようにも、手足が存在しない霧状の何かのようでもあった。
「あれはよくわかりません」
とは時々にしか役に立たないシャーベットの弁だった。
「……伝承によると、魔王の大幹部である四天王の一人が、ヨークの近くの山に居城を構えていたそうです。その時の手下の生き残りかもしれません」
カンストした能力で切りつけても、ダメージを与えているような与えていないような、そんな不思議な感触のする敵だった。
最終的に俺の【火球】の魔法で一撃だったので、物理攻撃に強い魔物だったのだろう。少しずつレンから魔法を教わっていた甲斐があるというものだが、今後は魔法も使っていかなければ苦労するかもしれない。
「四天王の住処だった場所の側に勇者の装備を置くとか、前の勇者は何を考えていたのかなあ」
「何も考えてなかったのかもしれませんよ」
「どういうことだ、レン?」
「いえ、ソーマさんを見ていたら、そう思ったんです」
「それってどういうこと?」
「行き当たりばったりでいい加減です。なまじ能力値が高いおかげで、そんな無計画でもなんだかんだ生きていけるのが余計に腹立たしいです」
痛いところをグサリと刺してくれるなこのロリは。能力値が高いだけで頭のいいことができるわけじゃないのはもう散々味わったよ。
「俺はレンのように頭がいいわけじゃないからな」
「別に最初から頭が良かったわけではありません。常に努力を怠らなかった結果です。というより私は、クレアや貴方のように天性の才能はありませんでしたから」
そう言われると難しいものがある。なるほどクレアには才能はあるのだろう。しかし俺は元はといえば低スペックなヤツだった。おまけに神様の都合で気づいたら死んだ。才能というか、能力はこの世界へ任務と共にもらったチートに過ぎない。
「才能、あると思うぞ。努力を続ける才能だよ。当たり前だってレンは言うけど、実際には難しいことなんだぜ。確か王室学校の生徒だったんだよな。それって簡単になれるものじゃないんだろ?」
「確かに狭き門です。生徒のほとんどは有力者のコネと優秀な家庭教師で推薦をもぎ取るものばかり。ただ純粋な成績で試験を通過できるのはごく僅かです。それでも努力をすればできないことはないんです」
だから、それが凄いんだって。普通は環境の差に諦め、才能の差に諦め、分相応の場に落ち着いていく。挫折の痛みは次々に傷を増やしていって、血まみれになって人は倒れていく。
それを何度もなんども乗り越えて、再び歩き出せる強さは、正直俺には眩しすぎる。にも関わらず、俺がレンに向き合えるのは、彼女があまりにも幼いからだろうか。
「お前は凄い。けど努力ばかりで生きているからか、窮屈で危なく感じる。もっとガキらしく遊んでいたらどうだよ」
「そんな時間なんてもったいありません。少しでも勉強をしなければ、将来に苦労します」
そうやって勉強勉強、仕事仕事でいいのだろうか。俺が間違っているのだろうか。遊ぶことなんて子供のうちにしかできないのに、その子供のうちも勉強漬け仕事漬けで、大人になって楽しいのだろうか。それとも、人生とはそんなものなのだろうか。
「だいたい、ソーマさんはどうなんですか」
「俺の転生前は、つまらない学校生活をして、つまらない仕事に振り回されるだけのつまらない人生だったよ。で、気づいたら神様の都合で転生させられていた。
まあ、別にいいんだけどな。あのまま人生を過ごしたところで、一生童貞のまま、仕事と寂しい老後しかなかっただろうし」
「それは……良くはないでしょう。貴方が死んで悲しんでいる人たちは沢山いるはずです」
「いないよ。別に俺が死んでも別のやつが職場に入るだけだし、本当に友達なんていえるやつもないし。親はまあ、ちょっとは悲しむかな。けど、そんなもんだろ」
「…………」
なんだろう。すっかりレンは俯いてしまった。
「ソーマさん。私は貴方のことを少し誤解していたかもしれません」
げっ。俺がどうしようもない落ちこぼれの負け組だとバレちまったか。
「貴方はとても辛い人生をおくってきたのですね」
「やめてくれよ。別に俺みたいなやつはいくらでもいる。へんに可哀想なやつ扱いしないでくれ」
「貴方の世界では当たり前のことだとしても、私たちの世界では考えられないことです。全員がそうということではありませんが、貴族だって自分の使用人が死んだら身内が死んだように悲しむのが普通です。そんな使い捨ての道具のように扱われるようなことは例外です」
そういうもんなのだろうか。あまり人と人の距離が近すぎても息苦しいと俺は思う。ただ、確かに俺の転生前の人生はあまりに他人との絆がないものだったかもしれない。
「……飯は、俺の世界のものの方が美味かったけどな」
重苦しい話題を逸らしたくて、俺はそんな事を口にした。
「そうなんですか?」
「バンバーグにトンカツ、寿司に茶碗蒸し。色々とあるぜ。この世界の食生活は、ちょっと寂し過ぎる」
「リプトン村のチェリーパイは?」
「ちょっと甘味が足りないな。ハチミツ味ってのは珍しいというか、バターの味も強かったりで変わっていた感じだ」
「王室御用達の最高級品ですよ。私はあんなに甘いものをこれまで食べたことはありません。というか、この旅に参加したことをあの時ほど喜んだことはありません!」
「そうなのか。やっぱり砂糖が乏しい世界なのか」
「ソーマの世界では砂糖は珍しくないんですか!?」
「どこの店にも袋詰めで無造作にならんでるよ。そりゃまあ、昔は金銀のように貴重品だったらしいけど」
「砂糖が、そんなに沢山……」
レンがショクを受けてクラクラしている。なんだ甘い物好きか。そりゃ女の子なんだからそうか。
「あー……俺はあんまり料理作ったことないけど、覚えている範囲で作ろうか。美味さにびっくりするぞ」
「じょ、上等です!まだソーマはこの世界で本当に美味しい食事を食べたことがないだけです。私が美味しい料理というものを教えてあげましょう!」
「そうか。楽しみにしているよ」
レンがひたむきに料理を作る姿は実に微笑ましいだろう。楽しみだと笑った俺に、彼女はまた顔を赤くしてプイッと背けてしまった。怒らせてしまっただろうか。
「ソーマさん」
「シャーベットか」
「サイファーさんたちを連れてきましたよ」
実況を放棄していたシャーベットが復帰したかと思ったら、サイファーたちが通路の向こうからやってくるのが見えた。
「ふふふ。実況だけがシャーベットさんの取り柄ではないのです」
「どうやったんだ?」
「ソーマさんのところに辿り着ける道以外を潰しました。物理的に」
そこは神秘的な導きとかではなく、物理的な障害なのか。残念なのはそういうところだよ女神シャーベット。
「ところでソーマさん」
「なんだ?」
シャーベットが実に嫌な笑顔を浮かべて俺にきく。
「レンちゃんが赤くなっていますが、何かヤラシイことでもしたのですか?」
「してねえよ」




